□過敏性腸症候群(IBS) ~実際に効かせるために・漢方治療における重大なコツ~

2020年01月22日

漢方坂本コラム

□過敏性腸症候群(IBS)
~実際に効かせるために・漢方治療における重大なコツ~

<目次>

■漢方薬が用いられやすい疾患・過敏性腸症候群
■漢方薬を飲んでも効かなかった・そこには理由がある
■これをしないと治らない・過敏性腸症候群治療のコツ
 1、基本方剤は2つに分かれる
 2、薬用量の是非
 3、融通無碍(ゆうづうむげ)の治療へ

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■漢方薬が用いられやすい疾患・過敏性腸症候群

突然の絞られるような腹痛と共に急迫的な便意を生じる過敏性腸症候群(IBS)。腹痛・下痢を生じる疾患にはクローン病や潰瘍性大腸炎など様々な病がありますが、過敏性腸症候群(IBS)では特に漢方治療によって改善するケースが散見されています。その理由の一つは漢方治療が選ばれやすいからです。

画像や血液検査にて異常を発見しにくい過敏性腸症候群は、心理的要因(ストレス)が強く関わる代表的な心身症の一つです。西洋医学的な診断・治療が比較的難しいという印象があり、そのため漢方治療を選択する機会が多くなるのです。

■漢方薬を飲んでも効かなかった・そこには理由がある

漢方治療が選ばれやすく、かつ効果の出やすい疾患ではありますが、その一方で「漢方薬を飲んでも効かなかったよ」という方もかなりいらっしゃると思います。もちろん漢方薬は全能ではありませんので、治療の難しいケースがあることは事実です。ただしそれは正しく漢方が使われているということが前提になります。

適切な使用が行われていない漢方薬をいくら服用したところで効果がないのは当然のことです。漢方治療が選ばれやすい分、「漢方薬でも試してみましょうか」という感覚で処方されてしまう。過敏性腸症候群では特にその傾向が強いように感じます。

■これをしないと治らない・過敏性腸症候群治療のコツ

過敏性腸症候群治療にはコツが必要です。そのコツをしっかりと熟知されている先生でなければ、漢方治療の利点を引き出すことが出来ません。

「桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)」を飲んだけれども効かなかった、「四逆散(しぎゃくさん)」を飲んでも効かなかった、それはこれらの処方が効かないというよりは、効かせる使い方が出来ていなかった可能性があります。

そこでここでは過敏性腸症候群治療におけるコツをいくつか紹介したいと思います。漢方を熟知されている先生方がいったいどのように考え、治療を行っているかということをポイントを絞って解説していこうと思います。

1、基本方剤は2つに分かれる

過敏性腸症候群治療を熟知されている先生方は、まず始めに「芍薬(しゃくやく)・甘草(かんぞう)」という生薬の組み合わせを必ず想定します。この組み合わせは平滑筋の緊張を去る薬能を有しています。その薬能を利用することで、大腸平滑筋の緊張状態を緩和させることが出来るかどうかをまずは考えるというのが常道です。

この2つの生薬の組み合わせると「芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)」という処方になります。ただしこの処方をそのまま用いるということは通常あまり行いません。なぜならば、芍薬甘草湯に他の生薬を加えることで、さらに腹部の緊張を取りやすい状態へと導く手段があるからです。この手段は大きく2つの系統に分かれます。「桂枝加芍薬湯類(けいしかしゃくやくとうるい)」と「四逆散類(しぎゃくさんるい)」です。

この両者は同じ芍薬甘草湯を基本とはしていますが、実は効果を発揮できる緊張状態が全くと言って良いほど異なります。そのため患者さまの状態がこの2つの方向性のどちらに属しているのかを正確に判断することが重要で、そこがなおざりであれば効果は絶対に発揮されません。過敏性腸症候群に適応する漢方薬はたくさんありますが、その多くがこの2つの基本方剤から派生したものです。したがって両者の弁別は過敏性腸症候群治療において、まさに核となる要素になります。

漢方治療に熟達された先生方は、このことを充分に理解されています。つまり過敏性腸症候群治療におけるコツの一つ目、それはこの2つの方向性の見極めにあります。

実は両者の見極めは少し漢方薬をかじったという程度ではなかなか行えるものではありません。私自身は平滑筋の緊張と弛緩との振り幅の違いに起因しているのではないかと感じています。ただし何らかの機器を用いてそれを確かめるわけではなく(おそらく機器を用いたとしても正確に把握することは不可能です)、あくまで患者さまが持たれている総合的な状態を把握することでそれを確かめていきます。すなわち経験がどうしても必要になる見極めであり、治療者によって力量の差が出やすい部分であると言えます。

2、薬用量の是非

過敏性腸症候群を実際に改善へと導くために必要なコツ、その2つ目は薬用量です。上にて述べたように、2つの方向性の見極めがもし正しく行われたとしても、使う薬の分量が的確でなければ決して効果を発揮することが出来ません。

この薬用量のミスによる失敗は、多くがエキス顆粒剤を使った時に散見される所です。基本的にエキス顆粒剤の薬能は煎じ薬に比べて弱いという傾向があります。この弱さは一概に悪いことではありません。エキス顆粒剤の運用に長けた先生方は、逆にこのマイルドさを上手に利用することで治療を図ります。ただし過敏性腸症候群治療においては、特に薬用量を多くしないと効かないというケースが多々あります。一般的には一日7.5gとして出されることが多いのですが、ものによっては通常の2倍・3倍と分量を増やしていかないと効果が表れないということが実際にあるのです。

そのことを理解していない場合、エキス顆粒剤を通常通りの分量で使って効かないから他の処方を使い、またその処方を通常量で使って効かないからさらに他の処方を使うという、失敗のスパイラルに陥ります。このような治療を受けられた患者さまが当薬局に来られ、一度服用して効かなかった漢方処方の分量を増やして使用したところ著効した、そういう経験が山ほどあります。つまり処方は正しかったが分量が少なすぎたために効かなかったというケース、これが過敏性腸症候群においては非常に多いのです。

さらに重要なことがあります。実は分量を少なくしなければ効かないというケースもあるのです。過敏性腸症候群は身体の過敏さに起因する疾患です。したがって過敏な体に強い刺激をどんどん与えて良いかというと、一概にそうとは言えません。強い刺激を与えては絶対にいけないという場合があり、下手をすると悪化させてしまうケースさえあります。

この時、分量を少なくするから効き目が弱くなるということでは決してありません。刺激に対して非常に敏感な方では、むしろ弱い刺激の方が即効性をもって改善していきます。漢方薬には西洋薬に比べてマイルドという印象がありますが、身体に刺激を与えるものであることに変わりはありません。最も重要なことは、各患者さまに合った刺激を作り出すという手法であり、その点が過敏性腸症候群治療のコツとして、特に大切になってくるのです。

3、融通無碍(ゆうづうむげ)の治療へ

上記の2点は過敏性腸症候群を実際に治療へと導いておられる先生方が同様に持たれているコツです。そしてもう一つ、その上で治療に奥深さのある先生方が持たれているコツがあります。それは、これら常道で通用しない場合への対応策です。

基本や常道は治療において必ず知らなければならないことであると同時に、安定した治療成績を積み上げるため土台でもあります。常道を熟知しているだけでも多くの患者さまを改善へと導くことが出来るのですが、それだけでは治らないという方がおられることもまた事実です。

もし基本では通用しないという場に立ち会った時、次なる手段を用意できているかということは、常道だけでは語れない実際の臨床において非常に重要になります。名医と呼ばれる漢方の先生方にはこのような引き出しがたくさんあり、そのためにどこに行っても治らなかった病が治るという現象が起きるのです。この点に関しては過敏性腸症候群治療に特化したことではありませんが、漢方治療を一度行ってみたが治らなかったという方には、是非知っておいて欲しい事実だと思います。



■病名別解説:「過敏性腸症候群

【この記事の著者】店主:坂本壮一郎のプロフィールはこちら