首・肩・腕の痛み・しびれ(五十肩・頚椎症・頸椎椎間板ヘルニアなど)

首・肩・腕の痛み・しびれについて

急性・慢性問わず、首・肩の痛みや凝り、腕の痛みやしびれに対して東洋医学的治療が選択されるケースは非常に多いと思います。手術を必要とする場合などを除いて、これらの症状は根本的に治療するというよりも、姿勢に気を付けたり、首や肩の日常的な負担を減らしたりといった対応のみを余儀なくされることが多いからです。

按摩やマッサージ、理学療法、そして鍼灸などによる治療は、消炎鎮痛作用のある西洋薬とともに、第一選択的に取り入れてみるべき治療だと思います。変形性頚椎症や頸椎椎間板ヘルニアなどのように脊柱の変形があったとしても、経験の豊富な先生であれば、症状をかなり抑えることが可能です。またこれらの治療によって症状をまったく感じない状態にまで改善する方もいらっしゃいます。

痛み・しびれの治療と漢方

その中で、漢方薬による治療はこれらを行っても改善が見られない方、または一時的には良くなるが、すぐに症状が出現して根治しないという方にお勧め致します。漢方薬で痛みやしびれが取れるというのは、イメージとして信じがたいものがあるかも知れません。しかし、痛みやしびれの治療は漢方においてはむしろ得意分野です。さらに漢方治療はその他の治療を邪魔することは決してありません。むしろ平行して行うことで、互いの治療の効果が発揮されやすくなります。

●骨の変形に対する漢方治療
変形性頚椎症のように首の骨が変形していたり、椎間板ヘルニアのように椎間板が飛び出ていたとしても、漢方薬はそれによる痛みやしびれを改善することが可能です。漢方薬では骨の変形を直接元通りにさせることはできません。しかし物理的に変形があったとしても、痛みやしびれを軽くさせることができます。なぜかというと「血流が良くなる」からです。陰・陽や気・血などの概念が漢方にはあり、それはそれで大切なことなのですが、結局何をやっているのかと言えば、漢方薬は血流を調節しています。

首の骨はその状態を周囲の筋肉で安定させています。そして筋肉は血液が豊富に流れることで柔らかさを保ち、質を維持しています。この血流が滞ってしまうと、筋肉は固く劣化したゴムのようになります。そしてそういう劣化した筋肉で支えられている骨はスムーズに動くことができません。動きが悪くなった骨は、継ぎ目である関節や骨自体に負担をかけ、それによって骨の変形を助長し、肩・首・腕の痛みやしびれ、可動域の狭さなどを発生させてしまいます。

風呂や温泉に入って温まると症状が楽になる。これは血行が良くなるからです。漢方薬は単純にこの現象を応用しているだけなのです。温泉につかった時のように体の中から血行を促し、それによって劣化した筋肉を回復させ、靭帯や骨の負担を減らし、症状を改善していきます。骨や椎間板の物理的変形の程度にもよりますが、血行を促すと確かに痛みが消失していきます。また痺れや麻痺などの神経症状も包括しながら改善していきます。

●痛み・痺れを伴う疾患と「痺証」
漢方には「痺証(ひしょう)」という病態があります。痺れや痛みを主体とする病です。例えば長く正座をした後に、血管や神経が圧迫されてジンジンとしびれ、知覚が麻痺して感覚がなくなり、痛みが生じて立てなくなったりします。このような状態を痺証といいます。痺証の原因は等しく血行障害が関与しています。頚椎症や頸椎椎間板ヘルニアで起こってくる病態は、この痺証という概念を応用して対応するわけです。

ただし血液の流れ方は、100人いれば100人すべて違います。一言に血流を良くするといっても、そのやり方は千差万別です。また炎症が強いような場合では血流を良くするよりも、まずは炎症を去る治療が必要な場合もあります。この時血流を良くすると、むしろ悪化する場合がありますので注意が必要です。血流を良くする。単純なことですが、実は簡単なことではないのです。漢方治療をお求めの場合は、かならず漢方専門の医療機関におかかりになってください。

参考症例

まずは「首・肩・腕の痛み・しびれ」に対する漢方治療の実例をご紹介いたします。以下の症例は当薬局にて実際に経験させて頂いたものです。本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

症例|手仕事を続けているうちに発生した腕の痛みと手指のこわばり

長年手仕事を続けているうちに、手指の強張りが慢性化した59歳・女性。ばね指にて6度の手術を行い、最近では腕のしびれや痛みが生じるようになってしまいました。手指・腕に対してピンポイントで効かせるべき治療、その難しさと細かな配剤の妙。漢方治療の実際を、具体的な症例を通してご紹介いたします。

■症例:腕の痛み・手指のこわばり

使用されやすい漢方処方

①独活葛根湯(どっかつかっこんとう)
②薏苡仁湯(よくいにんとう)
③桂枝附子湯(けいしぶしとう)
甘草附子湯(かんぞうぶしとう)
白朮附子湯(びゃくじゅつぶしとう)
④桂枝加苓朮附湯(けしかりょうじゅつぶとう)
⑤五積散(ごしゃくさん)
⑥烏薬順気散(うやくじゅんきさん)
⑦二朮湯(にじゅつとう)
⑧十味剉散(じゅうみざさん)
⑨治打撲一方(ちだぼくいっぽう)
⑩治肩背拘急方(ちけんぱいこうきゅうほう)
※薬局製剤以外の処方も含む

①独活葛根湯(外台秘要方)

風邪薬として有名な葛根湯は首や肩・腕の痛みや凝り・しびれの治療薬としても用いられる。特に独活と地黄を加えた本方は浅田宗伯が「此方は肩背強急にして柔中風(麻痺・神経障害)の症をなし、あるいは臂痛(ひじの痛み)攣急、悪風寒ある者に宜し」というように、葛根湯を首・肩背の痛み止めとしてさらに改良を加えた処方であることがうかがえる。即効性があり、慢性化した痛みよりも急性的に生じた痛みに対して用いられやすい。ただし本方のように麻黄を含む方剤の長期服用には気を付けるべきである。胃障害・食欲減退・不眠・動悸・高血圧などを引き起こすことがある。麻黄剤として的確な運用が求められる。
葛根湯:「構成」
葛根(かっこん):麻黄(まおう):桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):

②薏苡仁湯(明医指掌)

葛根湯と同じく、痛み・しびれ止めとして用いられる麻黄剤。患部腫れて痛み、同時に血行障害を起こして痛みやしびれが長引くもの。葛根湯と比べてやや慢性化した痛みに適応となることが多い。「湿病(しつびょう:湿気によって痛みを発生させる病)」に用いる麻杏薏甘湯や麻黄加朮湯の方意を内包する。したがって「風湿(ふうしつ)」つまり曇天による湿気や急激な気圧の変化によって痛みが助長する、という場合に良い。頸部捻挫(むち打ち症)の後遺症や、変形性頚椎症・頸部椎間板ヘルニアなどに広く運用される。
薏苡仁湯:「構成」
薏苡仁(よくいにん):麻黄(まおう):桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):当帰(とうき):蒼朮(そうじゅつ):

③桂枝附子湯・甘草附子湯・白朮附子湯(傷寒論・金匱要略)

「風湿(ふうしつ)」つまり曇天による湿気や急激な気圧の変化によって、首から肩・腕の痛みやしびれを発生させる者に適応する機会が多い。一味一味の生薬が非常に大切で質・量ともに充分に調整がなされていないと効果は弱い。身体の虚状なく、肌肉の浮腫みの程度も軽く、ただ天気により痛みが左右されて風呂に入って温まると楽になるという者。浮腫んで張り、痛み強く、動かすと痛みが増悪するという者には甘草附子湯。浮腫むも張りに力なく、胃腸弱り食細い者には白朮附子湯。三者とも緩急・虚実の違いをもって運用を別とするが、伴に「風湿」に適応し痛み・しびれに用いる方剤である。
桂枝附子湯:「構成」
桂枝(けいし):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):大棗(たいそう):附子(ぶし):

甘草附子湯:「構成」
桂枝(けいし):甘草(かんぞう):蒼朮(そうじゅつ):附子(ぶし):

白朮附子湯:「構成」
蒼朮(そうじゅつ):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):大棗(たいそう):附子(ぶし)

④桂枝加苓朮附湯(方機)

江戸時代の名医・吉益東洞によって作られた処方。傷寒論中の桂枝加附子湯に茯苓・白朮の利水燥湿薬を加えたもの。桂枝加附子湯と桂枝附子湯とは芍薬一味の違いしかない。しかしその運用には大きな差がある。桂枝附子湯は「風湿」にて天気の影響を受けて痛むことを主とするが、桂枝加附子湯は身体羸痩(るいそう)の状あり筋脈の弱りを主とする。桂枝加附子湯の変方である本方も、その流れの中で用いるもの。虚状を持つことが適応の根拠になる。
桂枝加苓朮附湯:「構成」
桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):茯苓(ぶくりょう):蒼朮(そうじゅつ):附子(ぶし):

⑤五積散(太平恵民和剤局方)

もと風邪薬として運用された本方は、「寒湿(かんしつ)」を去る薬方として広く運用される。「寒湿」とは冷えて水分代謝を停滞させることで出現する病態を指す。外に寒湿があれば手足の痛みや頭痛を生じ、内(胃腸)に寒湿があれば胃痛・腹痛・吐き気・下痢などを引き起こす。本方は内外の寒湿を同治する。首・肩・腕の痛みに用いる場合には、附子を加えたり、桂枝加苓朮附湯を合方することが多い。
五積散:「構成」
蒼朮(そうじゅつ):陳皮(ちんぴ):茯苓(ぶくりょう):白朮(びゃくじゅつ):半夏(はんげ):当帰(とうき):厚朴(こうぼく):芍薬(しゃくやく):川芎(せんきゅう):白芷(びゃくし):枳殻(きこく):桔梗(ききょう):乾姜(かんきょう):桂枝(けいし):麻黄(まおう):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):

⑥烏薬順気散(万病回春)

もともと「中風(ちゅうふう:脳血管障害の後遺症)」に用いる処方として紹介されているが、腕の麻痺や運動障害に用いられることから、首・肩・腕の痛みやしびれにも応用されるようになった。烏薬による血行循環の改善という意味では治肩背拘急方に近い。麻黄剤は基本的に急性症状に適応するが、慢性化して固着した痛みにも用いる場合がある。
烏薬順気散:「構成」
烏薬(うやく):川芎(せんきゅう):麻黄(まおう):白姜散(びゃくきょうさん):白芷(びゃくし):陳皮(ちんぴ):枳殻(きこく):桔梗(ききょう):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):

⑦二朮湯(万病回春)

万病回春にて臂(ひじ)の痛みを治す薬方として紹介されている。万病回春には「臂痛むは湿痰、経絡に横行するに因る。二朮湯 痰飲、双臂痛むを治す。是れ上焦の湿痰、経絡の中に横行していたみをなす」とある。痰飲とは身体の水分代謝異常を指し、二朮湯は水分代謝が悪くなりやすい体質を改善していくことで肩背から上腕の痛みを去る方剤。水肥り気味で体がいつもだるく、十分眠れない・イライラする・手足がほてる・汗っかき(全身)・頭重・立ちくらみ・咽が渇いて尿が出しぶり、量が少ないなど、水毒体質の人に適応するとされている。
二朮湯:「構成」
半夏(はんげ):白朮(びゃくじゅつ):蒼朮(そうじゅつ):天南星(てんなんしょう):陳皮(ちんぴ):茯苓(ぶくりょう):香附子(こうぶし):黄芩(おうごん):威霊仙(いれいせん):羌活(きょうかつ):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):

⑧十味剉散(葉氏録験方)

血虚に適応する鎮痛薬として有名。身体枯燥し、筋肉が疲労しやすく、肩背にだるさを伴う者。痛みは労作時や夕方から夜間にかけて増悪することが多い。浅田宗伯は自著『勿誤薬室方函口訣』において、「臂痛(ひじの痛み)筋及び骨に連り、挙動艱難(かんなん:動かし難く苦しむ様)なるを治す。此方は血虚臂痛甚だしき者を治す」と説明している。十全大補湯を痛み止めに改良したような処方である。上腕の筋肉痛や神経痛、五十肩などに応用されることが多い。
十味剉散:「構成」
当帰(とうき):川芎(せんきゅう):芍薬(しゃくやく):地黄(じおう):白朮(びゃくじゅつ):桂枝(けいし):防風(ぼうふう):黄耆(おうぎ):茯苓(ぶくりょう):附子(ぶし):

⑨治打撲一方(勿誤薬室方函口訣)

打ち身や打撲の治療薬として有名。浅田宗伯曰く「此方は能く打撲筋骨の疼痛を治す」と。打撲の後、早期にこの方を服用すると、腫れが引き痛みが取れ、痛みを後に残しにくくなる。また打撲の後、日を経て痛みの残る者は附子を加える。大黄にて「下法(げほう:便を下すことで炎症を去る手法)」を行うことで痛みを去る。桃核承気湯や通導散もこの意味で打撲・打ち身の治療に頻用される。頸椎捻挫(むち打ち症)や頚椎症・頸椎椎間板ヘルニアでは知っておくべき治療手段である。
治打撲一方:「構成」
桂皮(けいひ):川芎(せんきゅう):川骨(せんこつ):土骨皮(どこっぴ):甘草(かんぞう):丁子(ちょうじ):大黄(だいおう):

⑩治肩背拘急方(勿誤薬室方函口訣)

浅田宗伯は本方を「気鬱(きうつ)より肩背に拘急する者には即効あり」と説明している。この記載から「気鬱」を気分の塞がりとみなし、精神的ストレスによる血行障害にて首・肩・背が痛むという場合に用いられている。思うにここでいう気鬱とは、心療内科的問題ではなく、むしろ消化管活動の失調による胃気の塞がりと捉えることもできる。胃炎や膵炎を持つ者は、痛みが背肩に波及することが多い。浅田宗伯は先の文言に続けて曰く「もし胸肋に痃癖(げんぺき)ありて迫る者は、延年半夏湯に宜し。ただ肩背のみ張る者は、葛根湯加芎黄か、千金方の独活湯を用ふべし。」と。本方はただ肩背のみ張る者にあらず、やや内臓にかかる者に適すると考える。
治肩背拘急方:「構成」
烏薬(うやく):香附子(こうぶし):青皮(せいひ):我朮(がじゅつ):甘草(かんぞう):茯苓(ぶくりょう):

臨床の実際

身痛・身体痛・骨節疼痛など、漢方では昔から多くの言葉を用いて痛みを表現してきました。またその病態を瘀血や内湿と解釈してみたり、風寒や風湿の邪の侵襲と解釈してみたりと、多岐にわたる病態把握方法を打ち出してきました。これらの手法は長い歴史の中で積み重ねされた意味ある手法ではありますが、それだけに溺れてしまうと実際の効果的な運用からは離れてしまいます。

より的確に、より効果的に、症状を改善していくという方法をシンプルに突き詰めると、痛み・しびれの治療においてはどうしても『傷寒論』と『金匱要略』という書物の理解が必要になってきます。『傷寒論』と『金匱要略』は痛みに対する具体的な治療方法を初めて打ち出した書物です。そのため痛みの治療はこの考え方をもとに行われることが多く、特に日本ではその傾向が強いと思います。

<痛み・しびれ治療の基礎>

ここでは理論立てた話よりも、具体的にどのような運用がなされるか、その一端を説明していきたいと思います。『傷寒論』『金匱要略』の考え方から導き出される痛み・しびれ治療の基礎です。

まず最初に、痛み治療は炎症が介在している場合と、介在していないか、もしくは非常に微弱である場合とに分けて考えます。

1.痛みに炎症が伴う場合

風邪などの感染症や、物理的な刺激によって筋肉や靭帯の組織に損傷を受けると炎症が生じます。炎症とは患部に血液を集めて、ダメージを受けた組織を取り除き、回復しようとする治癒反応です。この時患部に血液(血液中の成分)を集めることで、その部に熱感や腫れ、そして痛みを生じます。自己治癒反応ではありますが、この充血があまりに強すぎると炎症がさらに組織にダメージを与え続けてしまいます。したがって炎症が酷くならないうちに、炎症反応をスムーズに進めて、自己治癒反応を全うさせてあげること、これが漢方薬による熱感・腫れ・痛みを消失させるメカニズムです。

●痛み治療に欠かせない要薬「麻黄剤」
この時用いられる生薬が麻黄(まおう)です。麻黄を配合した処方は「麻黄剤」と呼ばれ、各種炎症性疾患に頻用されます。ただし麻黄は扱いが難しい生薬でもあります。麻黄を必要としない痛みに対して麻黄を使うと、胃もたれや動悸などの副作用を起こすことがあります。しかし麻黄を必要とする痛みであれば、麻黄を使わなければ絶対に痛みは引きません。麻黄の適応を正確に見極めることが、痛み治療の基礎になってきます。

麻黄は炎症性浮腫(滲出性炎症に伴う腫れ)に適応します。麻黄・甘草という薬対を持つ麻黄甘草湯は、その基本方剤です。そして炎症の程度や経過・段階にしたがって、基本方剤に生薬が足されていきます。例えば炎症が甚だしい場合は、早期に炎症をしずめるための清熱薬を加えます。この時頻用される生薬は石膏で、麻黄・甘草・石膏という薬対を作ります。越婢湯・越婢加朮湯などはその代表方剤で、関節に生じた強い腫れをひかせる効能があります。

次に、炎症が起こるも石膏を必要とするほど激しくない、もしくは時間経過とともに炎症がピークを越えた場合、腫れや痛みを引かせるためには、患部に蓄積していた血液を巡らす必要が出てきます。麻黄・甘草の薬対に血行を促す生薬を足します。桂枝・蒼朮・附子・芍薬・当帰・川芎などが使われます。さらに石膏は炎症を去る力が強い分、血行を止めてしまうことがあります。そのため炎症の程度が弱まるとともに、薏苡仁や知母といった穏やかな清熱薬を石膏に代えて使っていきます。独活葛根湯や麻杏薏甘湯、麻黄加朮湯や桂枝芍薬知母湯・続命湯などが用いられます。

〇「麻黄剤」の運用
このうち、首・肩・腕の痛みに使用されやすい方剤は独活葛根湯や麻黄加朮湯です。またその変方である薏苡仁湯(明医指掌)も用いられます。特に頸椎捻挫(むち打ち症)でこれらの処方を応用する機会があります。むち打ち症の初期はとにかく安静と冷やすことが大切です。ただし約一週間経った後は、むしろ血行を促すことが必要になります。むち打ち症では頸部の炎症が約一か月ほどは残ると言われていますので、血行を促しても良い時期に移行したら、麻黄剤であるこれらの処方を使用します。痛みの消失と組織の回復を早めるとともに、バレー・ルー症候群や後遺症を残しにくくしていきます。また後遺症の治療にもこれらの方剤を使用します。血行を促し残存する炎症反応を鎮めてあげることで、むち打ち症による損傷を治し切る方向へと向かわせます。

●下法による消炎「大黄剤」
さらに麻黄ではなく、大黄を用いることで引かせる炎症というものもあります。麻黄は利水薬であり、滲出性炎症、つまり関節内や皮膚面などに滲出液が溜まる腫れに適応します。しかし打撲や打ち身では、筋肉の損傷とともに筋肉内の血管が傷つき、内出血を起こして腫れて痛む状態になります。この状態には大黄を用います。「下法(げほう)」といって便の通じをつけることで炎症を引かせるという、即効性のある手法です。桃核承気湯はその代表方剤です。下剤によって下痢をさせるイメージですが、必ずしも不快なくらいの下痢が起こるわけではありません。上手に使われれば、それほど便通に変化がなく腫れがスッと引いたり、便通が促されたとしてもスッキリとした便が出る、というくらいです。

漢方では効能が強い分、副作用もある、つまり使用を間違えてはいけないが、恐れずに用いなければいけない時がある、という生薬がいくつかあります。麻黄や大黄はその一つです。これらの生薬はその質や分量によっても効能が変化してきます。習熟した先生であるほど、非常に大切に用いる生薬であると言えます。

2.炎症がないか、あっても微弱な場合の痛み

炎症によって起こる痛みは、組織の損傷とそれを回復しようとする血管活動、そして腫れによる他組織への圧迫によって発生します。したがって炎症にて腫れがある場合には、麻黄や大黄を使うことで腫れを引かせ、炎症のサイクルをスムーズに進めることで痛みを止めていきます。しかし炎症が弱まったり、ほとんど無くなったりしても、痛みが残ることがあります。患部の血行循環障害が残存している場合です。この場合には腫れや炎症を抑える治療ではなく、血行循環を促進させる治療を行う必要があります。

●段階により変化する漢方治療
この段階では基本的に麻黄を用いません。本来、麻黄の薬能は「発陽」と言われています。これは炎症反応によって身体が急激に展開しようとしている血管活動変化に同調し、それを促してスムーズに終了へと導くという薬能です。炎症がほとんど下火になった状態では、身体は血管活動を急激に展開しようとしているわけではありません。したがってこの状態ではいくら麻黄によって発陽しようとしても身体は同調せず、反応しません。効果が無いばかりか、返って麻黄は胃を荒らしたり、心臓に負担をかけたりします。

●「傷寒・金匱」の方剤から後世へ
したがってこの段階では麻黄剤を用いず、桂枝・当帰・蒼朮・附子などを主体にした方剤をもって対応します。甘草附子湯・桂枝附子湯・桂枝加附子湯・桂枝加苓朮附湯・白朮附子湯・附子湯などはその代表方剤です。これらの処方はその生薬構成が似ていて、生薬1つ2つの違いしかありません。しかしその運用には確かな違いがあり、その理解の差が臨床の腕となって如実に反映されてきます。

これら『傷寒論』『金匱要略』の処方の他にも、身体の痛みに用いる薬方は数多く存在します。薏苡仁湯(明医指掌)や烏薬順気散・二朮湯・治肩背拘急方・治打撲一方・通導散・十味剉散など、傷寒金匱以降の長い歴史の中で、多くの痛み止めが作られてきました。ただしこれらの方剤も、傷寒・金匱の痛み治療を基本とした上で用いることで、初めてその運用が理解できるという仕組みになっています。

●漢方による集中治療
慢性化した痛みは、天候に左右されたり、同じ姿勢を継続することで悪化したりします。これにはちゃんと理由があり、その理由を東洋医学的に理解した上で処方が運用されると、長く患った症状であっても驚くほど素早く改善することがあります。首や肩・腕の痛みであれば、ずっと服用を続ける必要はないと思います。症状の程度や生活の状況にもよりますが、数か月集中した治療を行なえば、その後、漢方の服用を止めても症状は悪化しないという状態に向かっていく傾向があります。まずは鍼灸や整体などの物理的治療を行い、症状がひどい時は漢方薬を併用するというのも良いでしょう。症状が収まった後は、物理的治療をメンテナンスとして継続すると、さらに良いと思います。

ご相談の多い疾患

ちなみに首・肩・腕の痛みを生じる疾患にて、ご相談の多い疾患には以下のようなものがあります。

頸肩腕症候群
くびから肩・腕に凝りや痛みを起こす病気の総称。明確な原因が特定できない場合にこれと診断されることが多い。

変形性頸椎症(頸椎症)
背骨のことを脊柱という。脊柱は椎骨と椎間板が交互に一つずつ連結して形成されている。そして脊柱のうち丁度くびの部分にあたる上から七個を頸椎といい、この部分の一部が変形したものを変形性頚椎症と呼ぶ。頸椎は通常加齢とともに変形しやすいため、50代以降の方では比較的ありふれた病であるといえる。首部分の痛みを主症状として、肩こり・背中の痛み・頭痛やめまいを生じることもある。
脊柱の中には脊髄が通っている。脊髄は神経・神経線維の集合で、主に運動神経や感覚神経を脳から身体へ、身体から脳へと伝える役割を持つ。そして脊髄からは神経が身体へと伸びているが、頸椎が変形してこの神経の根元を圧迫したものを「頚椎症性神経根症」という。こうなると神経症状が発生し、首から肩・腕へと走るような痛みが生じたり、手の痛みやしびれ・手に力が入らないといった症状が発生する。
さらに神経の根元ではなく、脊髄が直接圧迫されたものを脊髄症というが、頸椎が変形したことで脊髄が圧迫されたものを「頚椎症性脊髄症」という。手のしびれや動きのぎこちなさが生じるだけでなく、下半身にいく神経も圧迫されるので、足がしびれたり、もつれたり、尿や大便の出しにくさ・失禁などが生じてくることもある。

頸椎椎間板ヘルニア
椎骨は椎体(身体前側)と椎弓(背中側)で構成されている。(ちなみに椎骨には椎孔という空洞がある。それが連なったものを脊柱管といい、この中に脊髄が通っている。)そして椎体は椎間板という弾力性のあるクッションを挟んで脊柱を形成している。このクッションの表面(椎間板・繊維輪)に亀裂が入り、中の髄核が飛び出した状態を椎間板ヘルニアという。腰部で生じやすいこの病気は頸椎で起こることもあり、これが頸椎椎間板ヘルニアである。頸部の痛みを発生させるが、飛び出した椎間板が脊髄や神経の根元を圧迫すると、神経根症や脊髄症を起こし、手足のしびれや痛み、麻痺や運動障害を起こすようになる。変形性頚椎症は加齢によって発生頻度が高まるが、椎間板ヘルニアは椎間板がある程度は存在している方でないと起こらない(加齢と伴に椎間板が痩せてくれば飛び出すことさえなくなる)。したがって椎間板ヘルニアは変形性頸椎症に比べて、急激な外力を首に受けた時など、年齢的に若いうちでも起こる病であると言える。

胸郭出口症候群
首と胸の間には主要な血管や多くの神経が通っている通路がある。何らかの理由でその部分が狭くなり、これらの血管や神経を圧迫しておこる一群の病気を胸郭出口症候群という。痛みやしびれ、チクチクとした感覚が首・肩から腕・手にかけて生じる。時に頭痛などを起こすこともある。胸郭出口症候群は、その圧迫される部位によって4つに分類される。首を支える筋肉の間で圧迫されたものを斜角筋症候群、鎖骨と第一肋骨の間で圧迫されたものを肋鎖症候群、胸と肩の間の筋肉を通る神経が圧迫されたものを小胸筋症候群、頸椎に本来無いはずの小さな肋骨がありそこで圧迫されたものを頸肋症候群という。

頸椎捻挫・頸部挫傷(むち打ち症)
頭を支えている頸部が、外力によって前後屈・側屈・回旋を強いられることで生じる様々な障害(脱臼や骨折などは起こっていないもの)を頸椎捻挫(むちうち症)という。首や肩・背中の痛みを生じ、時に自律神経を乱してめまい・息苦しさ・頭痛・耳鳴りなどを生じることもある(バレー・ルー症候群)。また神経根や脊髄を傷つけると、手足の痛みやしびれ・麻痺などを発生させたりもする。

五十肩(肩関節周囲炎)
五十肩とは肩の痛みと運動制限(可動域が狭くなる)をきたす疾患を指す。本来は肩関節周囲炎という疾患群に含まれる。明らかな外傷や誘因がなく、加齢による肩周囲組織の老化によって起こるものである。一般的には自然治癒する例も多いが、実際には慢性経過をたどるものも少なくない。

その他、はっきりとした原因の分からない疾患もあります。(その場合には頚肩腕症候群とか肩関節周囲炎などと診断されることが多いようです)西洋医学的に原因が明確に分かっていることは、漢方治療を行う上でも望ましいことです。しかし漢方治療には、明確な病名がわからなくても、症状さえあれば対応できるという側面があります。むしろ西洋医学的に明確ではない病こそ、漢方治療を優先的に考えてみるべきだとも思います。

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