下痢

下痢について

下痢は病の中でも非常に身近なものだと思います。食べ過ぎなどによる一時的な下痢であれば、治療の必要なく回復することも多いものです。下痢は体が必要としないものを外に出そうとする反応として起こるものでもあります。したがって病ではなく、生理的な反応としても下痢は起こります。また形がやや崩れている程度の軟便であれば、正常の範囲内とも言えます。

下痢治療と漢方

ただし泥状から水様の下痢が継続的または断続的に起こっている時は、治療が必要です。特に排便のたびに腹痛を伴ったり、しぶり腹(出そうと思っても少ししか出ず、出し終わった後もスッキリしない)を伴ったりしている時には、的確な治療を行う必要があります。またお年寄りでは単純な下痢でも体力を急激に消耗していくことがありますので、放っておくべきではありません。

●「痢疾」と「泄瀉」
漢方において下痢を治療する場合はその原因を「寒・熱」「虚・実」に分けるのが一般的です。熱証であれば感染性の下痢である場合が多くこれを「痢疾(りしつ)」といいます。痢疾は実証の傾向に属し、あえて下剤などをかけることで腹の中の邪(悪いもの)を外に出させるような治療を行うことがあります。

一方で寒証つまり冷えが原因である場合は腹痛を伴うことが多く、虚証であれば食欲がなくなり体力の消耗を伴います。漢方ではこれらを「泄瀉(せっしゃ)」と呼びます。下痢は古い歴史をもった症候です。漢方では実に様々な適応方剤があります。

近年、慢性の下痢として注目されている疾患に「過敏性腸症候群」や「潰瘍性大腸炎」「クローン病」などがあります。これらは下痢を生じる病の中でもやや特殊な消化器疾患に分類されます。詳しくは別項目にて説明しておりますので、そちらをご参照ください。

参考症例

まずは「下痢」に対する漢方治療の実例をご紹介いたします。以下の症例は当薬局にて実際に経験させて頂いたものです。本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

症例|夏場に体を冷やし下痢が続いていた46歳女性

夏場にクーラーにて体を冷やし、浮腫みと下痢が続いていた患者さま。良く受けるご相談であり、分かりやすい病態だと感じました。しかし、その分かりやすさにこそ落とし穴がありました。治療者が見極めなければならない重要症候とは何なのか。漢方治療の難しさとその現実を、具体例をもってご紹介いたします。

■症例:冷え性・下痢

症例|手術後から始まった激しい腹痛・下痢

44歳、女性。子宮筋腫手術後に腸壁に癒着が起こり、再手術にて癒着を剥がすも、その後から起こり始めた激しい胃痛・腹痛・下痢。腸閉塞を度々起こし、その不安から痛みに怯える日々送られていました。本気で治す治療において何が必要なのか。その具体例を、患者さまとの経験を通してご紹介いたします。

■症例:頭痛・胃痛・下痢

参考コラム

次に「下痢」に対する漢方治療を解説するにあたって、参考にしていただきたいコラムをご紹介いたします。参考症例同様に、本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

コラム|◆漢方治療概略:「下痢」

下痢に使われる漢方薬にはたくさんの種類があります。ドラッグストアなどで選ぼうを思っても、「どれを試したら良いのか分からない」という声をしばしば拝聴します。そこで、そのような方々に参考にしていただけるよう、漢方治療の概略がいりゃく(細部をはぶいたおおよそのあらまし)を解説していきたいと思います。

◆漢方治療概略:「下痢」・前編
◆漢方治療概略:「下痢」・後編

コラム|下痢 ~梅雨時期の下痢に効く漢方薬~

梅雨に入ると人は「下痢」を起こしやすくなります。また下痢までいかないものの「軟便・泥状便」がずっと続いてしまう方もいます。そこで梅雨時期特有の下痢の治し方を、なるべく簡単にご説明したいと思います。とにかくすぐに対応して頂けるよう、ドラッグストアさんに置いてありそうな処方を選んでみました。そして出来るだけ副作用なく安全に服用できるものをご紹介致します。梅雨のみならず、夏場はお腹を壊す方が多くなります。山や海に遊びに行く時の常備薬としても、ご参考にして頂ければ幸いです。

□下痢 ~梅雨時期の下痢に効く漢方薬1~
□下痢 ~梅雨時期の下痢に効く漢方薬2~

コラム|【漢方処方解説】五苓散(ごれいさん)

下痢を始め様々な疾患に用いられる五苓散。身体の過剰な水(水毒)を抜くという意味で「利水剤」と呼ばれています。そのため下痢しつつ浮腫みがあるという方に使用されてはいますが、この処方を一律的に使用しているだけでは決して効果は表れません。五苓散が持つ薬能の真意を通して、漢方処方の現実的な使用法を解説いたします。

【漢方処方解説】五苓散(ごれいさん)

使用されやすい漢方処方

①参苓白朮散(じんりょうびゃくじゅつさん)
 啓脾湯(けいひとう)
②半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)
③黄芩湯(おうごんとう)
④五苓散(ごれいさん)
⑤真武湯(しんぶとう)
⑥平胃散(へいいさん)
⑦人参湯(にんじんとう)
※薬局製剤以外の処方も含む

①参苓白朮散(太平恵民和剤局方)啓脾湯(万病回春)

 両者ともに胃腸虚弱な体質の者で、消化力が弱く下痢しやすいという者に用いる。虚証に属する下痢に対する基本方剤。中医学では「脾陰虚」という病態に用いられ、下痢とともに水分が吸収されにくく、唇の周りや爪の周りなどに乾燥症状がみられやすい者に用いる。両者ともに似た薬能を備えるが、中医学では参苓白朮散を、日本漢方では啓脾湯を用いる機会が多い。子供の下痢にこのタイプが多い。虚の方剤として有名なものに「六君子湯」があるが、六君子湯は胃の弱りを主とし、これらは下痢を主とする。
参苓白朮散:「構成」
茯苓(ぶくりょう):白朮(びゃくじゅつ):人参(にんじん):甘草(かんぞう):山薬(さんやく):蓮肉(れんにく)・白扁豆(はくへんず):桔梗(ききょう):薏苡仁(よくいにん):縮砂(しゅくしゃ):

啓脾湯:「構成」
茯苓(ぶくりょう):蒼朮(そうじゅつ):人参(にんじん):甘草(かんぞう):山薬(さんやく):蓮肉(れんにく):山査子(さんざし):陳皮(ちんぴ):沢瀉(たくしゃ):

②半夏瀉心湯(傷寒論)

 過食などの食事の不摂生により胃腸が障害された時の下痢に用いられる。げっぷ・胸やけ・腸鳴・下痢・口臭・口内炎・みぞおちの痞え・便が軟便にて気持ち良くでない・便臭がきつい・排便後に肛門に灼熱感があるなどが目標となる。食欲があって、胃が重苦しくむかついて下痢するという者に良い。
半夏瀉心湯:「構成」
半夏(はんげ):乾姜(かんきょう):黄芩(おうごん): 竹節人参(にんじん):大棗(たいそう):甘草(かんぞう):黄連(おおれん):

③黄芩湯(傷寒論)

 「湿熱」と呼ばれる炎症性の下痢に用いる方剤。腹痛・しぶり腹・肛門の灼熱感などが目標となる。本来は感染によって生じた下痢に対して用いる方剤。胃腸炎にて西洋医学的な治療を行うも下痢と腹痛がなかなか治らないという者に、この方剤を併用して良い場合がある。「湿熱」は感染以外でも酒や油ものの過食によって生じる。経験上、その場合には半夏瀉心湯の方が使いやすい。
黄芩湯:「構成」
黄芩(おうごん):芍薬(しゃくやく):大棗(たいそう):甘草(かんぞう):

④五苓散(傷寒論)

 下痢の処方として有名な本方は、口渇・小便不利という症状を目標に用いる。「水飲」という水分代謝異常を是正する方剤。小柴胡湯や六君子湯などを合わせて用いられることが多い。ただしこの方剤は本来急性的に生じた病態に用いることでその効果を発揮するやや独特な方剤である。似た処方に「猪苓湯」という方剤がある。この処方は膀胱炎などに用いる機会が多いが、下痢にも用いる場がある。
五苓散:「構成」
茯苓(ぶくりょう):白朮(びゃくじゅつ):沢瀉(たくしゃ):猪苓(ちょれい):桂枝(けいし)

⑤真武湯(傷寒論)

 五苓散と同じく下痢の処方として有名。真武湯も「水飲」という身体の水分代謝異常に用いられる方剤で小便不利が目標となる。ただし五苓散とは陰・陽の別がある。真武湯は陰証に属し、新陳代謝が衰え水分を吸収し巡らす力のない状態に適応する。朝方に水下痢を下すことを鶏明下痢といい、真武湯を用いる目標となる。お年寄りなど身体細く明らかな虚弱体質者に用いることの多い処方であるが、若く体格のしっかりした者でも陰証に陥ることはある。真武湯にて効のない場合は、より陰証に属する方剤を運用する。
真武湯:「構成」
茯苓(ぶくりょう):芍薬(しゃくやく):蒼朮(そうじゅつ):生姜(しょうきょう):附子(ぶし):

⑥平胃散(太平恵民和剤局方)

 古くから食あたりなどの下痢に対する処方として常用され、多くの変方が作り出されてきた基本処方。除湿と散寒の効能があり、湿気と冷えとが腹に当たって下痢するという場合に良い。特に日本のような山河に囲まれた環境においては適応する機会が多い。下痢するもスッキリ出ない、腹が張って苦しいなどの症状を目標とする。この方剤を基本とするものに「五積散」や「藿香正気散」などがある。
平胃散:「構成」
蒼朮(そうじゅつ):陳皮(ちんぴ):厚朴(こうぼく):大棗(たいそう):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):

⑦人参湯(傷寒論)

 別名「理中湯」。胃腸の冷えに対する代表方剤。冷たいものの過食や冷たい外気に当たることによって、腹が冷えて痛み下痢する者に用いる。平素から体力無く胃腸を冷やし易い方に用いることで体質を改善していく傾向のある処方。その一方で平素から体力あり丈夫な方でも一時的に腹を冷やして下痢する場合の頓服薬としても用いる。疲労状態が強い場合は小建中湯と合わせた建理湯を用いることが多い。
人参湯:「構成」
人参(にんじん):甘草(かんぞう):乾姜(かんきょう):白朮(びゃくじゅつ):

臨床の実際

下痢と漢方治療

●下痢は漢方治療の基本
漢方の臨床を学んだ時、先ず初めに勉強したのが風邪であり、次に学んだのが下痢でした。衛生環境が整い西洋医学的な全身管理が行えるようになってから、下痢は今でこそ致命的な症状ではなくなりましたが、昔は命に関わる症状の一つでした。そのため漢方における下痢治療は基本中の基本であり、その分効果が臨床家の腕前に左右される疾患であると感じています。

●漢方治療を考慮するべき下痢
漢方において「痢疾」と呼ばれる感染に由来する下痢(ノロウィルスや食中毒によるもの等)は、今日では西洋医学的治療を主とします。ただしお子様やお年を召した方などでは、こういった治療後に腸内の状況をくずし、下痢が慢性化するケースもあります。その場合には整腸剤などが効きにくいことが多いため、漢方薬での治療を考えるべきです。

一方「泄瀉」つまりお腹が冷えやすくお腹を壊しやすい方や、平素から胃腸が弱くちょっとしたことで下痢をしやすい方、またご老人にて下痢が止まない方などは漢方治療を積極的にお勧めいたします。特にご老人にて下痢が続いている方はそれを放っておくべきではありません。体力のない方やお年寄りの下痢は、急速に体力を落とす危険なサインでもあります。

また下痢に対して多くの処方が用意されている漢方では、一時的な下痢に対しても効果を発揮します。食べ過ぎにて下痢した、お酒を飲むと下痢する、夏になると下痢するようになるなどの症状に対しては、即効性の高い下痢止めを用います。ただしその場合であっても体質的な傾向や下痢の程度を把握する必要がありますので、ご相談に基づいた処方の選択が必要になります。

●漢方薬の効かない使い方
ここで漢方薬の運用の仕方を少しだけご紹介します。慢性的な下痢にて相談に来られる方は「虚」に属する方や「寒」に属する方、そして「水飲(全身的な水分代謝異常)」に属する方などがいらっしゃいます。これらに適応する代表方剤は、虚であれば啓脾湯、寒であれば人参湯、水飲であれば五苓散といったところでしょうか。

ここで重要なのは、病態にはそれぞれ段階がある、ということです。虚ならば虚の段階があり、水飲ならば水飲の段階があります。

例えば虚を補う有名な処方に啓脾湯がありますが、啓脾湯にて改善できなければ、より虚の状態に適応する薬方を使うことで改善することがあります。漢方薬はこのような程度の見極めが肝要で、これに対して正確に適応させなければ効果は表れません。

この段階の確認を中途半端にして、啓脾湯で効かなければ五苓散を使う、それで効かなければ人参湯を使う、といったやり方はただ下痢に効くとされる漢方薬をはじから使っているだけにすぎません。漢方はこのような手当たり次第の使い方では効いてこないのです。下痢は比較的一般的な症状ですが、だからこそこういった正確な運用が求められます。

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