■症例:メニエール病

2019年12月19日

漢方坂本コラム

水毒。

漢方にご興味のある方なら、ネットや本などでこの言葉を耳にしたことがあると思う。

身体内に溜まった水。体にとって、いらない水。
悪い水という意味で使われるこの言葉のニュアンスには、説得力があるし、分かりやすい。

水毒の治療は、その水を抜くことにある。
したがって漢方には五苓散(ごれいさん)や四苓湯(しれいとう)など、
水を抜くための処方がたくさん用意されている。

しかし水毒は、いくら抜こうとしても抜けない時がある。
その理由の一つは、この言葉に隠された、思い込みにある。

水毒とは、水の「過剰」ではない。
水毒とは、水の「偏在」を指す。

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68歳、女性。

三人のお子様を育て上げたお母さま。
日々の疲れを押し切って、今まで頑張り続けてきた女性である。

5年前から回転性のめまいに悩まされるようになった。

突然世界がぐわんと回転し、めまいと吐き気で起きることができなくなる。
いわゆるメニエール病である。

今までなんとかやってこれたのは、病院にて出されたイソバイド(強い利尿作用のあるめまい止め)をその都度服用してきたからだった。
しかし当薬局にて拝見させて頂いた時、私は必ずしもそれで体調が管理されていたとは思えなかった。

重なる疲労と不眠。
体を引きずるような毎日だったはずである。

メニエール病は内耳に溜まった水が原因である。
したがってイソバイドで水を抜けば、確かにめまいの発作はおさまってくれる。

しかし患者さまには、めまい以外にも無視のできない所見が備わっていた。
夜間に手足が火照り、口の中が乾燥する。肢体が細く、皮膚が乾燥している。

明らかに水(潤い)の不足である。

すなわち、患者さまの体内では、内耳に水が滞留する一方で、身体には水の不足が生じていた。

つまり顕著な「水の偏在」が起こっていたことになる。

この場合、いくら利水剤で水を抜こうと思っても決して抜けることはない。
水を抜きすぎると、むしろ水の不足を悪化させる。
そういう矛盾をクリアしなければ、改善しない病態である。

私は薬方を慎重に配剤した。
利水剤が効果を発揮できるよう、下ごしらえを必要とする配剤だった。

服用後、まず感じたのは熟睡感だった。
同時に朝の頭重感が消え、前よりもすっきりと起きられたという。

ただし、ややお顔の浮腫みが強くなった。
水が動き出した。こうなれば積極的に水を抜く配剤に切り替える。

14日後、お小水の一回量が多くなったというご報告を聞いた。
私は安堵した。そしてそこからは、順調にめまいの頻度が減少していった。

現在も継続して服用を続けてもらっている。
心なしか肌にも艶が出て、表情が柔和になられた。

今でも一月に一回対面してお話している。
お互い笑顔で話せることを、とても嬉しく思っている。

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東洋医学で用いられる「気・血・水」という言葉。

誤解を恐れずに言えば、これらの概念は非常に曖昧である。

分かりやすく説明しやすい、そういう言葉であることは確かである。
しかし曖昧な概念を曖昧なまま使用した所で、臨床で通用するわけがない。

言葉をいかに具体的に定義し、把握しているのか。

多くの先生方にお会いする中で、
そういう所に腕前が出るのだと、何度も教えられてきた。



■病名別解説:「メニエール病

〇その他の参考症例:参考症例

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