■症例:メニエール病

2019年08月03日

漢方坂本コラム

水をたくさん飲みなさい神話というものがある。

漢方を生業とする人なら、誰でもこの神話が嘘をはらんでいることを知っている。

曰く、血液やリンパ液の循環を良くするため。
曰く、便通を良くするため。

確かに疾患によっては、水分摂取の不足に気を付けなければいけない時がある。
しかし水を飲めば誰でも循環が良くなる、というわけでは決してない。

人には水を循環させる力がある。
その力の弱い方が、水を飲み過ぎればどうなるのか。

循環は良くなるどころか、むしろ悪化する。
水が溜まって浮腫(むく)み、さまざまな症状の原因になる。

そういう患者さまからのお問合せが、これからの時期、特に多くなる。
豊かな水の国・日本、そこに暮らす人々の宿命なのではないだろうか。

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70歳、女性。

突然、世界がぐるりと回るめまいに襲われるようになった。
メニエール病。そう診断されたのが半年前である。

上品な方だった。色白で姿勢が良く、実年齢を聞いて驚いた。

しかし表情は明らかに冴えない。
当たり前であった。突然襲ってくる強いめまいに、恐怖する日々をおくられていたのである。

メニエール病は、内耳に溜まる水が原因だと言われている。
病院ではイソバイド(利尿作用のあるめまい改善薬)を処方され、服用していた。

この薬は、効く時は非常に良く効く。
患者さまの話を聞いていると、確かにそういう印象がある。
この患者さまにおいても、すぐにお小水の量が増えたという。
病院ではその反応を確かめて、継続服用を勧めていた。

しかし、めまいは止まらなかった。

水をたくさん飲みなさい、と指導された。
水を飲むことで循環が良くなれば、内耳に溜まる水が抜けていくという説明であった。

それを聞いた患者さまは、とにかく水を飲んだ。
水を飲むと胃が気持ち悪くなってみぞおちが苦しくなる。
それでも患者さまは頑張った。治したい一心で、水をたくさん飲むように努めた。

めまいが逆に悪化したのは、それからだった。

飲んでいた水の量を伺う。
一日2Lほどは、飲んでいたようである。

断言した。水を飲みすぎています、と。

お体は、決して水を欲してはいなかった。
水を巡らす力の弱り。まずはその力をつけないと、いくら飲んでも巡ることができない状態である。

私は、水の滞りを解除する薬を出した。
そして同時に、水分摂取はあくまで咽の乾きに応じて量を減らすよう、説明した。

3日後、今までにないほど、多量のお小水がでる。
そしてその後、めまい発作の頻度が明らかに減っていった。

同時に胃の不快感が消える。そしてちゃんと水が飲めるようになった。
それでも患者さまは、水のがぶ飲みを避けた。
口が渇いた時にだけ、その渇きが潤うだけの量を飲むよう心がけてくれた。

病院の指示のもと、イソバイドを排薬したのがそれから約一か月後。
そして3か月後には、漢方薬なしでもめまいを起こすことがなくなった。

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水をたくさん飲めという神話。

その神話を確立してしまったのは、我々医療者に他ならない。

水を飲むことで循環が良くなる。確かにそういう方だって沢山いると思う。
だからその指導が全て間違えているとは、私は決して思わない。

しかし、それが一律的であっていいはずがない。
同じ顔の人は一人としてこの世に存在しない。ならば、体だって同じである。

だからこそ、その誤解を解くべくあえて強く言いたい。

健康のために水を飲む。それは間違いである。
自分にとっての適量を知る。それこそが健康になる。



■病名別解説:「メニエール病

〇その他の参考症例:参考症例

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