【漢方処方解説】五苓散(ごれいさん)

2020年03月05日

漢方坂本コラム

五苓散(ごれいさん)

<目次>

■五苓散の誤解・浮腫(むく)みを取る薬に非ず
■そもそもどんな処方なのか
■五苓散の本質的な薬能
■五苓散を用いる場とは
■使ってみたい五苓散・3選
 1.夏場の諸症状
 2.お子さまの諸症状
 3.二日酔い
 注)五苓散を使ってもイマイチという病態
■水はどのように流れているのか

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■五苓散の誤解・浮腫(むく)みを取る薬に非ず

漢方処方の中には、体の中を水を去るという目的で使用される処方が沢山あります。その中でも特に有名な処方が五苓散(ごれいさん)です。

様々な解説にて「利水剤(りすいざい)」と銘打たれていることからも分かる通り、この処方は現在、身体の水分代謝を是正する目的でしばしば用いられています。特に身体に浮腫(むく)みが介在している場合(これを「水毒(すいどく)」と言ったりもします)では、ファーストチョイスとして選択されることが多いのではないでしょうか。

冷え症で浮腫みが強いなら当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)と五苓散。
疲労感と浮腫みがあるなら補中益気湯(ほちゅうえっきとう)と五苓散。

とにかく浮腫みがあれば、五苓散という使い方。「余分な水(水毒)を、お小水から出す」という考え方で使用されている傾向があると思います。

確かに不必要な水を抜くという意味合いにおいて「利水剤」という考え方は感覚的に非常に分かりやすい概念です。また「水毒」を去るという便利な言葉によって、五苓散が浮腫みの特効薬だと信じて使われている現状があるように感じます。ただしこの考え方は、ハッキリと言えば間違いです。「水毒」という考え方も、「利水剤」という意味合いも、臨床の現実においては使えない概念だと言わざるを得ません。

こう言うと、何となく一般論から外れた、攻めたことを言っているように感じられるかもしれませんが、そんなことはないと思います。漢方の臨床に携わっている先生方からすれば当たり前のことですので、むしろはっきりとお伝えするべきだと感じます。

五苓散の本質的な効能は、小便を出して浮腫みを去ることではないのです。

■そもそもどんな処方なのか

「五苓散」 
出典:『傷寒論(しょうかんろん)』
構成
・茯苓(ぶくりょう)
・白朮(びゃくじゅつ)
・沢瀉(たくしゃ)
・猪苓(ちょれい)
・桂枝(けいし)

五苓散は『傷寒論』という感染症による急性熱性病の治療を述べた書物の中で、漢方の歴史上はじめて紹介されました。その本によると、こんな状態の時に五苓散を使いなさいと記載されています。

「風邪をひいて熱が出て、そして汗が大量に出たあとに、もし咽が渇いて落ち着かず、寝ることが出来ない時は、水を少しづつ飲ませてみなさい。そうすれば治ります。でももし、まだ体が熱っぽいなら五苓散が必要です。」

正確に訳しているというよりかなり意訳したものなのですが、ただし本文の要たる所はついていると思います。つまり本来であれば水を飲ませなきゃいけない状態において五苓散を使っているわけです。すわなち五苓散を、発熱に伴う脱水の状態に使用しています。熱が高くなって身体の水分が失われ始めている状態、脱水症の重症度分類でいえば軽度から中等度に当たり、咽の渇き・尿産生量の減少・めまい・ふらつき・頭痛・嘔吐などが発生している段階で五苓散を使う状態があるということを示唆しています。

脱水症状は、現代ではやや重いものであっても点滴によって迅速に回復することが可能です。しかし未だそのような治療が行われていなかった時代では、それこそ命を落としかねない重要な病態として、今よりもずっと危険視されていました。だからこそ脱水の予兆をなるべく早く察知し、迅速に対応する手法が必要でした。五苓散は重篤な脱水状態に適応する処方では決してありませんが、このような脱水への方向性を持つ病態の初期に適応する処方として編み出されたのです。

■五苓散の本質的な薬能

つまり五苓散は身体の水の過剰に用いる処方ではありません。むしろその逆、脱水に至るその過渡期において用いられるべき処方です。

脱水とは、ただ水が抜けるという現象ではありません。抜けるだけではなく、身体内の水の流れが滞るという現象が同時に発生してきます。ある所には水が無くなるが、ある所には水が貯留する。水の滞りの中で、そういう水の「偏在」を生じながら徐々に水分枯渇の状態へと進行していくというのが脱水症です。

五苓散にはこの「偏在」を是正する薬能があります。身体に巡っていない水を、不足している部分に到達させるというのがこの処方の本質です。小便の量が増え浮腫が解消されるのは、その結果でしかありません。水を落ち着かせて水を動かし、水を集めて栓を緩める。おそらく五苓散はこういう着想をもって創立された処方であり、少なくとも余分な水があるからそれを小便から出そうという着想では作られてはいないのです。

■五苓散を用いる場とは

事実、ただ浮腫むという方に五苓散を使っても、その浮腫みが取れることはほとんどありません。西洋医学にて用いられる「利尿剤」は、その名の通り腎臓(腎尿細管)に直接働きかけてお小水の産生を促す薬です。したがって服用を続けていれば、基本的には誰であってもずっと尿量は増え続けます。五苓散は直接腎臓に働きかける薬ではありませんので、利尿剤とは区別し「利水剤」と名付けられています。しかし私見では両者ともに水を抜くという意味において名付けられている点は同じです。つまり五苓散を「利水剤」と呼ぶことについても、少々語弊があると感じざるを得ません。五苓散の本質は決して水を抜くことではありませんし、お小水を出し続けて浮腫みを取る薬でもありません。

五苓散が適応となる水分代謝異常は一種独特な状態に属しています。脱水へと至る過程の中で用いられる処方、特に脱水の初期段階の中でも、あるピンポイントの場で適当となる方剤です。脱水の過渡期、さらに比較的急速に進行してはいるが、未だそれほど強い勢いではないという状態。この点を見極めて五苓散を適応させると、しばしば鬼神の如き薬能を発揮します。しかし逆にそこからズレた場に用いれば、お小水が増えることも、浮腫みが取れることも絶対にありません。したがって女性で冷え性で慢性的に足が浮腫んでいますという状態に、一律的に用いたとしても決して効果は表れないのです。

的確に使用された時に発現する五苓散の薬能には目を見張るものがあります。一日二日の服用でお小水の量が増え、不快な症状が急速に消失するということもざらではありません。かつ服用を続けていても、身体内の水の所在が整えば尿量は通常量に戻ります。その正確な適応さえ見極めることが出来れば、五苓散は現代においても決して色あせることのない要薬の一つとして君臨しています。

■使ってみたい五苓散・3選

それでは、現代における五苓散の現実的な運用を一部ご紹介いたします。なるべくどなたでもイメージしやすい簡単なもの、さらに五苓散が比較的著効しやすいものを選びました。

1.夏場の諸症状

脱水への方向性を持つ病態に適応するという事実から、五苓散は特に夏場に運用する機会が多く見受けられます。汗をかきすぎて咽が渇き、水の飲んでもいつまでも口渇が止まないという場において、漢方家は必ず五苓散を念頭において治療に当たります。

特に多いのが夏場の下痢です。口渇・小便不利・下痢とくれば五苓散適応の確立はグンと上がります。一部、猪苓湯(ちょれいとう)が適応する場合もありますが頻度としては五苓散の方が圧倒的に多いと思います。さらに夏場の疲労倦怠感にも著効することがあります。足が浮腫んで抜けるように怠く、寝る時に足を上にしていないとせつなくて寝れないと訴えられる方に良く効く傾向があります。※この場合、五苓散にある処方を合わせることでさらに著効しやすくなります。

2.お子さまの諸症状

大人にくらべて水分の占める割合の多いお子さまでは、脱水に対して体調を崩しやすく、さらに水の偏在が発生しやすいという事実があります。五苓散はそんなお子さまにとっての常備薬として非常に有効で、こんな時はまず五苓散を飲ませてみなさいと、今まで多くの漢方家が紹介してきた処方でもあります。

まずは乗り物酔いです。車酔い・船酔いの類に良く効きます。トラベルミンという有名な酔い止めが市販されていますが、五苓散は時にトラベルミン以上の効果を発揮します。酔いやすい子は、乗り物に乗る前に服用しておくと良いでしょう。

その他胃腸炎に伴う下痢・嘔吐、さらにお子さまの頭痛や疲労感、特に夏場に起こるものには効果的です。すべて脱水という状況が見え隠れしているという場において用います。ただし、既に脱水が起こっているという場においては、もう間に合わないということも知っておいてください。その場合では点滴が必要です。五苓散はあくまでその状況に至らないようにする薬であるという理解が最も重要です。

その他、起立性調節障害(OD)と呼ばれるお子さまの病において、五苓散を必要とするケースがあります。

3.二日酔い

酒を飲んだ次の日、決まって顔がパンパンに腫れて頭が重いという方は五苓散を服用しておくと良いと思います。飲む前に飲んで、飲んだ後に飲んで、起きたら飲んでとしつこく服用してみてください。深酒は五苓散が適応となる脱水状態への過渡期を人工的に作りだす作業です。時に五苓散に黄連解毒湯を合わせた方が良いこともあります。それでも効かないという場合、取り得る選択肢は主に二つです。専門的な漢方治療を行う医療機関に足を運ぶと、さらに広いお薬の中から体に合ったものを選択してもらえます。そしてもう一つ、これを最もお勧め致しますが、お酒を控えましょう。

注)五苓散を使ってもイマイチという病態

最後に、これらとは逆に五苓散が頻用されているけれどもあまり効果的ではないという病を紹介しておきます。あくまで私自身の経験に基づくものですが、すべて五苓散の本質的な適応が無視されて、ただ過剰な水を取るという短絡的な考え方で用いられているケースが散見されている病です。

よく自己免疫疾患に伴う浮腫み(ステロイドの副作用を含めて)に五苓散(もしくは五苓散に小柴胡湯を合わせた柴苓湯)が用いられていますが、その効果は正直に申し上げて疑問です。さらにメニエール病と呼ばれる内耳に浮腫を伴うめまいに五苓散が用いられることもありますが、これもなかなか疑問を孕む運用だと感じます。そして女性特有の一般的な浮腫み(冷えや筋力不足・運動不足によるもの)、これに対してはほとんど効果を発揮しません。特に冬場に足が冷えて浮腫むという場合は、他の処方を想定するべきだと思います。

■水はどのように流れているのか

体の70%が水で構成されていることからも分かる通り、人体はその内包している水によって生命を維持しています。人体にとって水とは生命そのものであり、そのため人体にはもともと、この水をバランス良く調節し続けるための機構が多く備わっています。

このことに気付いた古人は、とりわけ身体の水について注意深く観察を続けてきました。その機能は多種多様な働きによって成し得ていて、その全容は未だ解明し切れていません。しかし東洋医学はその独特な発想をもって身体内の水の動きに着目し、飲んだ水がどのように身体を巡るのかをあらゆる角度から考察し続けてきました。

五苓散は漢方の誇る名薬の一つです。ただし、身体が行おうとしている水分代謝異常の一状況に働きかける薬でしかありません。単に浮腫みを取るという治療において、一律的に五苓散を使うというのは間違いです。そして水の病を単に「水毒」、それを去るのが「利水剤」と捉えることもまた然り。身体の水がどのように流れているのかということを東洋医学的に把握した上で治療に当たらなければ、単なる浮腫みでさえ、取ることは出来ないのです。



<五苓散が処方されやすい疾患>

■病名別解説:「頭痛・片頭痛
■病名別解説:「多汗症・臭汗症・わきが・すそが
■病名別解説:「下痢
■病名別解説:「起立性調節障害
■病名別解説:「めまい・良性発作性頭位めまい症・メニエール病

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