小さい子をお持ちのお母さま・お父さまなら、
お子さまの突発的な発熱に、お困りになられた方は多いと思う。
元気だった子が、急に具合が悪くなる。
小さな子供には良くあることとはいえ、
我が子が辛そうな思いをしているのは、心配で、耐えがたい。
その多くは、病院で原因がわかる。
風邪などの感染症が、ほとんどのケースである。
しかし、もしそれが原因不明であったなら。
そしてもし、何度も何度も、繰り返すものであったとしたら。
周期性発熱症候群。
お子さまに起こる、原因不明の自己炎症性疾患である。
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9月下旬。涼しくなり始めた頃。
お母さまと一緒に、6歳の男の子がご来局された。
年に何度も繰り返す、急な発熱。
周期性発熱症候群と診断され、今まで様々な治療を受けてこられた。
普段は何ともない。
ご来局された時も、元気いっぱいといった様子である。
心配そうなお母さまとは対照的に、一見、病を得ているようには見えない。
しかし、ひとたび熱を出すと、
この体調が、みるみると急変する。
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まず38度の熱が出て、
頭痛と腹痛、そして吐き気を伴い実際に食べたものを嘔吐する。
さらに食欲が減り、物が食べられなくなり、
咽に膿が出だして、体を横たえて、しんどそうにする。
それが何日も続く。多くは、5日から7日間。
約一週間の体調不良が、年に数度やってくる。
見るに堪えない様子に、どうにか治そうと思って、さまざまな医療機関へと足を運んだ。
その中で周期性発熱症候群という病を知り、
実際にそう診断されて、病院では自然に治るよと言われた。
しかし、それからすでに4年が経つ。
自然に待つことなど、到底できなかった。
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ある時に、漢方薬で治るかも知れないという話を聞いた。
そこで、漢方で有名な医療機関にかかることに決めた。
そこから根気強く、漢方薬を服用し続けている。
しかし、なかなか良くならない。発熱の頻度は、減る気配がなかった。
どうにか治したい、というお気持ち。
お話を聞いていて、想像するに余りある。
お子さまへの心配は、相当のものだと感じるのと同時に、
お母さまが話されている間の、男の子の様子。
なるほど。
その時すでに、感じるものがあった。
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今まで服用されてきた漢方薬を拝見すると、
体質改善薬と、発熱時の頓服薬とを服用されていた。
体質改善の薬は、六味地黄丸(六味丸)。
小児に頻用される補陰の剤。この有名処方を、ここ数年服用し続けている。
そして熱が出た時の頓服薬は、葛根湯合麻黄湯。
風邪の初期に使う薬の合方。効果はどうでしたかと尋ねると、そこそこ熱は治まるとのことだった。
六味地黄丸と、葛根湯・麻黄湯での対応。
漢方の王道、と言えばそうである。
しかし私には、この男の子からは、違う道筋が想起できた。
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そもそも漢方治療は、先生方によって必ず治し方が変わってくる。
そういう宿命がある。
経験的根拠を重視する医学である以上、
人によって経験が異なってくるからである。
したがって決まった治療というものはなく、
どうしても漢方医学の解釈の違いが、治療に表れてくる。
つまり正解が、たくさんあると言ってもいい。
その上で、私の経験を言えば、
私は子供に、六味丸は使わない。
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純然たる陰虚。そういうお子さまを、私は目にしたことがない。
一時代前にはいたかもしれない。
しかし現代の日本には、それほどいないのではないかと思う。
六味丸という王道は、確かに大切な一手ではある。
ただし今回は六味丸で、体質が変わるようには思えなかった。
この発熱が、私には「陰虚」には思えなかったから。
発熱の本質は、「こじれ」にあると、感じられたからである。
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こじれ。
子供は成長するとき、自身の力をもって体を発達させる。
それは外へ外へと、伸びようとする力。
大人よりもずっと、外へと発散する力が、強くなることが自然である。
しかしその力は、場合によっては、過剰な興奮と緊張とを生む。
力がこじれる。外に向かえず、内でこじれて熱を帯びることがある。
その時、体にあらわれる現象がある。
目と仕草とに緊張を帯びる。そして時に敵意と感じるほどの、感情をあらわにすることもある。
この男の子は、熱が出る前に、発狂するように暴れることがあるのだという。
そしてポイントは、その熱は押さえつけるべきものではない、ということ。
あくまで成長するための力。
むしろ、上手に伸ばしてあげるべきもの。
そういう時は、風を通す。
絡まる風を疎通して、「こじれ」を緩める手法がある。
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風ではらうべき熱というものが、漢方の世界にはあって、
古人はそれを「熄風」と呼んだ。
体にそよ風が吹けば、熱は自ずと消散する。
時間がかかるだろうことを、先にご説明した。
上手に成長させてあげること。治療の本質が、そこにあることを理解していただくためである。
そういう目的で、とにかくもう一度根気よくいきましょうと、
説明して出した薬は、7日分だった。
飲めるかどうかを確かめるための、短期投与であったが、
その結果は、思いのほか早く出た。
服用してすぐに、爆睡するようになったのだという。
今まで寝つきが悪く、具合が悪いとさらにひどかった。
それがなくなった。服用してすぐに、深く眠ることが出来るようになっていた。
良い感触をつかんだ私は、さらに兜の緒を締める気持ちで臨んだ。
治すべきは、成長しようとする力の発動。
小さなお子さまであれば、その力は不安定であって当たり前である。
実際に、発熱の頻度が減ってくるのかどうか。
根気よく服用していただくためには、
まずはこちらが、腰を据える必要がある。
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幸いだったのが、お母さま自身が、この治療の意図を理解してくださったことである。
きっと良くなるという気持ちを持ってくれた。
少々の乱れには、左右されない強さをお持ちだった。
服用後、数ヵ月経つと、やはり発熱が起こった。
ひやりとしたが、お母さま曰く、いつもよりも本人が楽そうだという。
私は処方を変えなかった。お母さまに後押しされたと言ってもいい。
私も自信を持って、治ると伝えることが出来た。
そして実際に、この発熱は、それ以降明らかな終息を見せていく。
何よりも、体調が良くなると同時に、急速に体重が増えていった。
一年後には、体つきが変わった。がっしりとした、男の子らしい肉付きになっていた。
成長する力が、こじれることなく発動すると、
変化が速いのもお子さまの特徴である。まさに、男子三日会わざれば、である。
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正解がいくつもある。
それが、漢方治療の特性である。今回は、その正解の中でも、より良い道が選べたのではないかと思う。
しかし、治療は道のりである。道のりである以上、必ず波もある。
その波をしのいでいくためには、薬の選択だけではどうにもならない。
必ず、患者さまとの意思の疎通が必要になる。
今回の症例では、そこが完治への決め手になった。
本人の頑張りと、ご家族の心根。
共同作業であるからこそ、病は改善できる。
それを、教えられた症例でもあった。
永く、関わらせていただいた患者さまである。
ご家族に、これからも爽やかな風が吹き続けてくれることを願っている。
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