■症例:冷え症(冷え性)・不妊症

日々患者さまを見させて頂いている中で、感じることがある。

治療において最も難しい部分、それは患者さまが医療機関に足を運ぶ前にこそあるのではないかということである。

患者さまは治療を行う前に、必ずある決断をしなければならない。
医療機関に足を運ぶ、という決断である。

その決断を行うためには、ご自身の体調を自分自身で判断しなければならない。
その判断こそが、最も難しいものだと思うのである。

医療機関に行った方が良いのか、それとも様子を見た方が良いのか。
医療の知識を豊富に持たれているわけではない患者さまが、それを決断しなければならない。

私たちが行う治療は、その患者さまの決断があって初めて成立する。

ご来局前に感じられている「治療しなければ」という危機感、そして「放っておかない方がよい」という患者さま自身の孤独な決断が、多くの治療の前提になっているのである。

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38歳、女性。

平素からの冷え症を改善したいというご相談だった。

一年前にご結婚され、それを機に手足の冷えが気になるようになった。
そんな時に丁度、ご友人に紹介されて当薬局のことを知った。

もし漢方薬で冷えが緩和されるのなら、是非治療を受けてみたい。
そう思い、実際に当薬局に足を運ばれた患者さまだった。

手足の冷えが「気になる」という表現に少し引っ掛かりを感じた。
そこに、患者さまなりの深い意味があるような気がしたからだ。

「では、お体のことをゆっくりお聞きしますね」

そう伝えると、患者さまはポツポツとご自身のことをお話になられた。

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結婚して一年、今後、子供が欲しいと思っている。

でもこの体で大丈夫だろうか。
年齢のこともあり、自分の体に自信がなかった。

もしかしたら、自分は赤ちゃんができにくい体質なのかもしれない。
昔からの冷え性もあって、いつからかそう感じるようになった。

今まで大きな病気をしたこともないし、婦人科で問題を指摘されたこともない。
仕事も普通に出来ているし、家事もちゃんとこなせてはいる。

だから、冷え性さえなければ、赤ちゃんができるのではないか。

そう思って、漢方治療を受けてみようと思い立たれたというお話だった。

通常冷え性治療は、その程度によっては薬を必要としない時もある。
しかし、そうかどうかは東洋医学的に見極めることが必要になってくる。

患者さまがご来局されたのは、もちろんそれをご自身で見極めたからではない。

赤ちゃんを授かるためには、自分の冷えを放っておいてはいけないのではないか、
そういう危機感の中で、医療知識に頼らず孤独に決断したからだった。

お体の状態を詳しく伺った。

患者さま自身が気になるのは手足の冷えである。
しかし東洋医学的に見ると問題になるのはそこだけではなかった。

やや多めの食事や冷えて起こる腹痛・下痢。
そして眠りが浅く、良く聞けば夜間お小水に3・4回は起きるという。

月経前にやや強めの下腹部痛がくる。
さらに仕事後、パンプスがきつくなるような浮腫(むくみ)がある。

はっきりと分かった。患者さまの決断は正しかった。

治療するべきだと思った。冷えは手足だけではない。

妊娠するための重要部位である胃腸と腰回りの冷え。
それが明確である以上、治療できれば必ず今以上に妊娠しやすいお体になれる。

私は体幹を温める漢方薬を出した。
手足の冷えの前に、まず体の芯を温める。

効果は一週間で表れた。

服用後、まるで温泉に入った時にように体があたたまり、その夜熟睡できたという。
同時に夜間のお小水がなくなった。そのかわり日中のお小水の量が増えたようだ。

患者さまはこんな表現をされた。お小水が暖かく感じるようになったと。
私は確信した。確実に骨盤内が温まってきていると思った。

一ヶ月後、月経痛が明らかに減少した。
患者さま自身も、体調の変化に驚かれていた。

それだけ冷えていたということです。私は患者さまにお伝えした。
うんうんと頷かれている患者さまを見て、私は言うまでもなかったと少し恥じた。

それを先に確信されていたのは、患者さまの方だった。
今までずっとその冷えに向き合ってきた。だからこそ、治療すると決断されたのである。

漢方薬の服用を始めてから、半年が経った。

薬局に電話があった。患者さまからだった。

「妊娠しました!今7週目です!」

いつも思う。「おめでとう!」と患者さまに言えるこの瞬間ほど、漢方家冥利に尽きるものはない。

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日々患者さまを見させて頂いている中で、驚くことがある。

患者さまはご自身の体のことを、たとえ感覚的だとしてもちゃんと分かっていらっしゃる。

治療を必要とするのかどうか、その判断を自分で下すことは非常に難しい。
その中で、患者さまは「治療しなければ」という危機感をちゃんと感じられている。だからこそ、当薬局にご来局されたのである。

治療を通じて体調が良くなり、患者さまからお喜びの言葉が聞けるとき、
私は思うのである。患者さまが危機感の中で下されたその決断こそが、病を治癒へと導いたのだと。

なぜならば、それがなければ治療を始めることさえ出来なかったのだから。
ご自身で体の悲鳴を正確に感じ取ってくれたからこそ、私は治療をさせてもらえたのである。



■病名別解説:「冷え症(冷え性)

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