どうしたら良いのか。
そんな不安を湛えた眼をしながらのご来局だった。
62歳、男性。
五・六年前から血圧が高くなり、そこから急激なのぼせや火照りが顔面を襲うようになった。
のぼせと同時にバクバクと心臓が鼓動し、不安で居ても立ってもいられなくなる。
内科にて血圧の薬をもらった。服用するとむしろ動悸が激しくなった。
そんな副作用はありませんよと説明を受けた。しかし実際に起こるのだからと、不安で飲めなくなった。
心療内科を紹介された。
自律神経失調と診断を受けた。特に心の方に問題があるようですと言われ、それから抗不安薬や抗うつ薬を服用するようになった。
今ではそれらの薬が効いているのかどうかさえ、自分では分からないという。
様々な症状に苦しまれていた。
のぼせや火照り以外にも、動悸や耳鳴り・不眠。
さらに足が冷えるとのぼせが強くなり、小さな物音が気になり眠れないという。
患者さんの症状を伺った後、私はこう説明した。
心の病かどうかを、確かめましょう、と。
心の病というものは実際にある。
しかし私には、この患者さまの症状はカラダの悲鳴に聞こえた。
心と体とは繋がっている。
そして病とは得てして両方を同時に乱すものである。
体の乱れが心に波及する、精神的な病の中にはそういうものが実際にある。
したがって、たとえ心の症状が全面に出ていたとしても、カラダの不調を取ることで、心も安定することがある。
不定の陽火。
漢方にはそんなカラダの極端な緊張状態を緩和させる薬がある。
患者さまは自分でグラフを作り、症状の増減を記入していった。
まず一週間で動悸の回数がへった。次の2週間で良く眠れるようになった。
しかし途中でいくつかの症状が波をうった。そんな時は心の乱れも強くなった。
しかし患者さまは頑張ってくれた。
一か月経ち、三カ月経ちと時間を経るごとに、グラフ上の数値は明らかな改善を見せていった。
四か月め、患者さまの眼は落ち着いていた。
その後一か月の服用で自信を取り戻した患者さまは、症状の消失とともに治療を完了した。
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心の病。
東洋医学は歴史的に、心の症状を体の不調として捉えてきた。
体の調節を行うことで心を安定させる。そんな手法を鍛え、積み重ねてきた。
そして今回のように、心の病と診断されていながらも、
体へのアプローチが心に届く、そんな症例が少なからずある。
たとえ精神的な不安定さで悩まれていたとしても、それだけで心の病と断定することは非常に難しい。
不安・焦り・イライラ・抑うつ感など、心の症状にお悩みの方には是非知っておいて欲しいことである。
ただし、心の病というものは、実際にある。
漢方薬でいくらカラダの調節を続けても、変化を見せない精神症状というものが、現実にあることもまた確かである。
このような心の病に対して、東洋医学でどのようにアプローチしていくのか、
それは漢方家にとって、今度の課題だと思う。
心と体。その関連と構造。
東洋医学の限界を底上げしていく試みを、続けていかなければならない。
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■病名別解説:「自律神経失調症」
■病名別解説:「パニック障害・不安障害」
■病名別解説:「心臓病・動悸・息切れ・胸痛・不整脈」
■病名別解説:「酒さ・赤ら顔」
〇その他の参考症例:参考症例