■症例:頭痛・胃痛・下痢

2022年12月08日

漢方坂本コラム

一般的な治療で治る人は来ない。

そういう宿命が、漢方専門の医療機関にはある。

当薬局にご相談に来られる方々も、

他の医療機関では、打つ手なしと言われてしまった方がほとんどである。

当然と言えば当然の話で、

そういう方のために、漢方などの代替医療があると言ってもいい。

最後のとりでとして、期待される医療。

であるならば、漢方治療とは「漢方を使う治療」ではなく、

改善への道筋を・・・・・・・本気で模索する治療・・・・・・・・・でなければならない。

そうなると大切なのは、「どの薬を出すか」ではない。

「どのような治療方針を示すのか」

それが、一番大切になってくる。

徐々に暖かくなり始めた三月中旬。

44歳。細身の女性がご来局された。

主訴は、定期的に起こる頭痛、胃痛、腹痛と下痢。

痛みに悩まされる方特有の、眉間にしわを寄せる表情が印象的だった。

聞けば、過去にかなりの大病を経験している。

お子様を二人授かり、その5年後に、

子宮筋腫が発覚して子宮を全摘。

その後、それが原因で腸に癒着を起こし、再度手術を行っている。

癒着を剥がし、病院では手術は成功と言われたが、

その時期から数ヵ月に一度、

突発的な胃痛と腹痛・下痢が起こるようになった。

そしてしばしば、腸閉塞が来る。

当然、その痛みは強く、激しい。

腸閉塞とまではいかなくても、絞られるような激痛が起こることもある。

その時、痛み止めは効かず、ただ治るのを待っているしかなかった。

痛みがいつ来るのか分からないという恐怖。

激烈な痛みに対する不安が強い、と本人も気持ちの乱れを自覚されている。

病院ではストレスの関与が強いと指摘され、

抑肝散加陳皮半夏を処方された。しかし、効いている感覚は特にないという。

私は初診の時点で、精神的な問題は否定できると感じた。

というよりもむしろ、これだけの痛みを抱えていれば、不安に感じて当然だった。

今回の治療では、痛みを止めることが絶対条件になる。

一筋縄ではいかない、という印象。

しかし、何処に行っても治らなかった先の東洋医学である。

漢方治療ではむしろ、この難しさは当然のことだった。

手術は成功し、癒着は剥がれている。

しかし、腸や子宮といった骨盤内臓器の活動・機能が乱れていることは明白だった。

したがって、如何に骨盤内の乱れを改善できるのか。

治療方針としては、そこから外れることはないと感じた。

あとは、どのようにしてそれを実現するのか。

体調の大枠を掴むべく、詳しく症状を伺う。

日常的に腹の張りと胃もたれがあり、

特に油もので強くなり、耳鳴り・耳閉感が毎日ある。

子供の頃からIBS(過敏性腸症候群)と言われ、

病院に通っていたが、治らないので今は通っていなかった。

発作が起こるきっかけは、

主に疲労と冷え。そして食べ過ぎと寝不足である。

発作時に吐き気はなく、

普段から冷え性。発作時に手足が冷えるかと聞けば、

発作の時は痛みでそれどころではなく、分からないという。

小便正常、舌萎でやや白苔がある。

眠りに問題はなく、疲労感も人並み程度だと思う、とのこと。

やや掴みどころに欠けるが、

まずは王道から入る。

骨盤内の血行障害。

と聞けば、漢方家はどうしも駆瘀血剤を出したくなる。

ただし、それでは恐らく効果はない。

特に日常的に胃もたれがある場合、駆瘀血剤の「重さ」は胃に負担をかける可能性さえある。

王道とは「温める」こと。

腸閉塞が起こるという時点で、まずは使っておきたい薬がある。

腹満寒疝宿食ふくまんかんせんしゅくしょく』の大刀、大建中湯だいけんちゅうとう

山椒・乾姜をもって温めるこの有名処方を使って、まずは様子を見ることにする。

一週間分の大建中湯。

2回目の来局時、きっちりと服用された患者さまに様子を伺った。

腹の張りと胃もたれは、依然として続いていた。

ホットケーキを食べたのが良くなかったのか。本人はそう言って、食生活の改善がなかなかに難しいとおっしゃられていた。

今回のケースでは、食養生は必須。

したがって、養生を徹底してもらうよう、初回に説明はしていた。

ただしそれが難しいことも、良く分かる。

日常を変化させることは、言うほど簡単なことではなかった。

しかし一週間にして不変の原因は、おそらく私の薬の選択にある。

服用後、腹が温まる感覚がまるで無い。

そうであれば、この薬では、私の治療方針が体現できる可能性は低い。

私はすかさず、初回から考えていたもう一つの薬を差し出した。

患者さまに、その場で飲んでもらう。

熱く温めた薬を、一口、二口と、ゆっくりと服用してもらった。

すると、胃がじんわりと温かくなった。そして、みぞおちにあった硬いものが、柔らかくなっていると感じられた。

飲み切っていただき、そのまま少し時間を置くと、

手が温まり、さらに汗をかくように、からだ全体が温まってきた。

胃と腹が温まり、体の外側にまでその熱が波及していく感覚。

私が欲しかったのは、このリアクションだった。

大寒痛を温める大刀、大建中湯。

しかし温めるだけでは足りない。「火」をくべる必要があったという証(あかし)だった。

適応処方の中核は捉えた。あとはこれをより適切に服用していただく。

患者さまにもう一度食養生の徹底をお願いし、私は14日分の薬を出した。

それから4か月後、

患者さまの体調は、以前に比べてだいぶ良くなった。

頭痛や胃痛が穏やかになり、下痢することはほとんどなくなった。

調子の良い日が増え、日常生活も楽になっていた。

ただし、どうしても寝不足の日には胃もたれが起きる。

時に胃痛が起き、さらに雨天になると頭痛や胃痛が、どうしても強めに起こる。

当初から、必ず波を打ちながらの治療になると説明はしていた。

それをちゃんと理解し、不安に負けることなく、がんばって治療を続けてくださっていた。

患者さまも私も、ここは我慢のしどころだった。

治療方針としては、間違っていない。

今まで患っていた期間を考えれば、持重して同方を続けることが最短の道のりだった。

私は患者さまが来局される度に、

今どのような治療をしているのか、

改善するためには、どのような養生が必要なのかを説明し続けた。

患者さまも治したい一心で、耳を傾けてくれている。

ねばりの治療。

時間をかけながらの、根気の治療である。

それからまた数ヵ月、

今でも忘れない。患者さまが、急に晴れ晴れとした表情でご来局された。

症状が突然、全く出なくなったのだという。

胃もたれが全くない。胃痛も頭痛も腹痛も下痢も、起こる気配がなくなっている。

どんなマジックなのか。

本来であれば、まだ時間はかかるはず。

急に良くなったことに、私は驚きを隠せなかった。

いったい、どうしたのか。

患者さまに聞くと、その返答はこうだった。

気を付けていた食事を、もう一度見直した。

今までも気を付けていた、しかし、まだ甘かったと実感した。

うなぎを食べたりパンを食べたり、ちょこちょこと油ものを口に入れていた。

それを全くやめた。

そして睡眠時間をちゃんと確保した。

筋トレも毎日やった。食事も良く噛んで、ちゃんと食べるようにした。

言われた守るべき養生を、自分なりに本気で実践してみた。

そしたら体が急に変わったように、症状が全く出なくなった。

最後の扉が開いた、という気分だった。

漢方の医療機関には、一般的な治療で治る方は来ない。

誰もが治らないから、漢方の門戸をたたく。

治らないけれども、本気で治したいと思うから、漢方治療をお求めになられる。

そういう強さが、いつだって治療を支えていて、

ひとたび正しい治療方針を組み立てたならば、

それに向かって、本気で進んでいく。

薬だけではない。完全な薬など、そもそも無い。

薬は要素の一つにしか過ぎない。体に起こすべき変化を、さまざまな手法で実現していくのである。

今回の患者さまは、そのことをちゃんと実感してくれた。

治療期間、約7か月。廃薬後も、おそらく症状を再発させることはないだろう。

そう思えるのは、患者さまが本気で治そうと、努力を実感してくれたから。

私の力だけでは、ここまでの改善を実現することは到底できなかった。

先代である父が良く言っていた。

どこに行っても治らない、そういう方が一人でも救えたなら、すばらしいことじゃないか、と。

本当にそう思う。

最後の砦たり得る、医療機関には何が必要なのか。

それを教えられた症例。

感謝の症例である。



■病名別解説:「慢性胃炎・萎縮性胃炎
■病名別解説:「頭痛・片頭痛
■病名別解説:「下痢

〇その他の参考症例:参考症例

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