■症例:頭痛

By 2019年7月29日 コラム

漢方の臨床を始めたばかりのころ、

私は東洋医学理論の奴隷であったと、今は思う。

日本漢方を学び中医学を学び、その成果を患者さまに披露したいと意気込んだ。
そして症状一つ一つを東洋医学的にどう解釈するべきか、血眼(ちまなこ)になって追いかけていた。

当時の私は、患者さまを置き去りにしていた。
思うような効果をあげることが出来ず、一人で空回りしている実感もあった。

そんな時、先代である父にこう言われた。

患者さんの前では、勉強してきたことを忘れろ。

当時はまったく意味が分からなかった。
しかし今ではその真意が少しだけわかる気がする。

自分のつたない理屈に患者さまを当てはめてはいけない。
肩の力を抜いてみる。するとお体の欲していることが自ずと見えてくる。

ご相談を受ける時、私は今でもこの言葉を思い出す。
そして、前のめりの姿勢が元の位置に戻ると、お体が何を欲しているのか、スッと聞こえてくることがある。

40代前半の女性。

主訴は疲労感と頭痛。
体格に削げた所はない。しかし眼にはどんよりとした曇りがあった。

とにかく体がだるく、重い。
そして首の付け根が痛くなり、そこから決まって頭痛が起きてしまう。
天気の悪い日はとくに痛みがひどい。そういう日は朝から胃がもたれて、吐き気が起こるという。

患者さまが訴えられる症状は多岐に渡った。

上半身がほてり、足が冷える。
たくさん食べると下痢をしやすい。
緊張しやすく汗が止まらなくなる。
不安で仕方なく、夜の寝つきも悪いという。

これら一つ一つの症状は、お体の状態を知る上で大切な情報である。
しかし様々な症状に気を取られると、体の声は聞こえなくなる。

考えるべきことは、今患者さまの体がいったい何を欲しているのか。
すべての症状はリアクションであり、本当はどんなアクションを起こしたいのかを探ること。

そう考えると、見えてくるものがある。
この患者さまは、私にそれを最初に教えてくれた方である。

胃を動かせば良い。

私は漢方の胃薬をお出しした。
効果を感じるまでに、それほど時間はかからなかった。

服用後、すぐに胃が動く感じがした。やや不快感を伴ったが、私は継続するようお話しした。
そして3日後、あきらかな熟睡感を感じる。同時に目覚めた時の胃もたれが消え、上半身のほてりを感じなくなった。

その後、頭痛は急速に終息していった。同時に下痢も汗も不安感も、すべて順調に回復していった。

たった一つの胃薬が起こした効果であることに、私は驚いた。
そして漢方とはこういうものかと、この時初めて東洋医学の入り口に立った気がした。

勉強してきたことは忘れろ。

その言葉は、父がくれた口訣の中でも重要なものの一つである。

臨床家になりたいならば、机上の理屈を捨てろ。そして実際の患者さまから学べという、三代目への教えであった。

そして多くの患者さまに出会い、そこから学ばせて頂くことで、初めて本物の理論が作られていく。

東洋医学理論に囚われることなく、東洋医学の中を自在に泳ぐことができる。
まだまだ到底及ばないが、そんな臨床家のイメージを持てるようになった、感謝の症例である。

■病名別解説:「頭痛・片頭痛