東京から山梨に引っ込んだのが十数年前。
昔は常にどこかしらの勉強会に参加していました。
そして現在、どの勉強会にも所属しなくなって久しい。
そのおかげか、最近は一人で勉強することが得意になってきました。
一人勉強会、というものを行っています。
行うといっても一人なので、傍から見ていればただの読書です。
でもちょっと違う。私の中では、一人ではないから。
歴代の名医が目の前にいる。
実際にはいません。そう想像しながら、名医とマンツーマンで勉強するのです。
名医が書いた本を読みます。
できれば治療例が望ましい。
実際に目の前にいて、直接語りかけられていると感じながら読みます。
名医と勉強会を行っています。ある意味とても贅沢です。
時々怒られます。
お前の質問はくだらないと。
逆に褒めてくれることもあります。
そんなことを勝手に妄想しながら行う勉強会です。
今、寂しい奴だなと思いましたよね。その通りです、自覚しています。
しかしこの勉強会、やりようによってはけっこうエキサイティングです。
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正確に言うと、やっとエキサイティングに読めるようになりました。
今までは治療例を読んでも、私に入ってくるもがそう多くはありませんでした。
成長できたからこそ、まるで名医と勉強会が出来ているような感覚になれます。
どういうことかというと、名医が見ているもの、それを私も見れるようになってきたからです。
この勉強会には、名医と私と、
もう一人の参加者がいます。
治療例に書かれている患者さんです。
昔は治療例を読んでも、患者さんをありありと思い浮かべることが出来ませんでした。
文章ですから、書かれているものは文字、すなわち情報なのですが、
今は単なる情報としてではなく、そこからもっと有機的な人物像をイメージできるようになりました。
だからエキサイティングになるのです。
目の前に患者さんを想像できるからこそ、緊張もするし、興奮もします。
そして名医と私は、患者さんを通して初めて同じものを見ることができる。
これができるようになったのは、一重に私が臨床を経験してきたからです。
今まで私自身が患者さまとお会いしてきたからこそ、文章から実際の患者さんを思い浮かべることができます。
そして患者さんを思い浮かべることができるようになると、名医の文章から得られる質・量が全く変わってきます。
なぜならば、名医はそこに患者さんを書きたかったからです。
名医は文字を書きたかったわけではなく、
あくまで患者さんを文字で表現したかったのです。
本当に名医が表現したいものを、私も見れるようになっているからこそ、
名医と会話が出来ている感覚に陥るのです。
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聖医・張仲景が書いた東洋医学のバイブル『傷寒論』。
この本を「患者の腹の上で読め」という格言を、昔の人が残しています。
患者の腹の上で読めというのは、ただ読むだけではなく臨床を通して読む、
そして文章から実際の患者さんを思い浮かべろ、という口訣でもあります。
そう言われる理由は、『傷寒論』が「人を書いた本」だからです。
病気や症状や漢方処方を書いた本ですが、本質的には人を書いた本です。
何人もの患者さんを目の当たりにしてきた。そのリアルな患者さんを書いた本です。
そして端的に、一切の余分を無くし、要所だけが読む人に届くように。
そういう作者の想いがきちんと具現化している作品だからこそ、
『傷寒論』は、患者の腹の上で読むべき本なのです。
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漢方家は、名著が何たるかを良く知っています。
だから自分で文章を書く時も、その何たるかを確実に意識しています。
治験例というものは、どうしても美談・成功談になりがちです。
時には誇張が入り、嘘が混ざることさえあります。
しかし、そういう文章は見ていて分かります。
書かれている患者さんがリアルに感じられないからです。
実際に、偽りなく、目の前の状況を端的に書き、
著者の考えと視点を、出来る限り要点を絞って書く。
漢方ではそういう無駄がなく、誠実で、リアルな文章こそが名著になります。
『傷寒論』を手本とするからこそ、漢方家はそういう文章を書こうと努めるのです。
そういう本があります。
やはりこの人は名医だなぁと、感じる本があります。
最近の一人勉強会はこの本でやっていて、
著者は昭和の大家・押しも押されぬ名医・大塚敬節先生。
その数ある代表作の中でも特に血の通った名作、『漢方診療三十年』。
私はこの本のことを、こう捉えています。
『傷寒論』をとてつもなく読み込んだ漢方家が書いた『傷寒論』だと。
世界中の『傷寒論』、その一冊一冊に張仲景が宿っているように、
全国にある『漢方診療三十年』、その一冊一冊に大塚敬節先生が宿っておられる。
だからこの本さえあれば、いつでも、どこでも、
大塚敬節先生と勉強会が出来るのです。
この本の文章、その所々から、
傷寒論と同じ美しさを、是非感じてください。
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