【名著紹介】大塚敬節先生著『漢方診療三十年(かんぽうしんりょうさんじゅうねん)』

2024年12月12日

漢方坂本コラム

東京から山梨に引っ込んだのが十数年前。

昔は常にどこかしらの勉強会に参加していました。

そして現在、どの勉強会にも所属しなくなって久しい。

そのおかげか、最近は一人で勉強することが得意になってきました。

一人勉強会、というものを行っています。

行うといっても一人なので、傍から見ていればただの読書です。

でもちょっと違う。私の中では、一人ではないから。

歴代の名医が目の前にいる。

実際にはいません。そう想像しながら、名医とマンツーマンで勉強するのです。

名医が書いた本を読みます。

できれば治療例が望ましい。

実際に目の前にいて、直接語りかけられていると感じながら読みます。

名医と勉強会を行っています。ある意味とても贅沢です。

時々怒られます。

お前の質問はくだらないと。

逆に褒めてくれることもあります。

そんなことを勝手に妄想しながら行う勉強会です。

今、寂しい奴だなと思いましたよね。その通りです、自覚しています。

しかしこの勉強会、やりようによってはけっこうエキサイティングです。

正確に言うと、やっとエキサイティングに読めるようになりました。

今までは治療例を読んでも、私に入ってくるもがそう多くはありませんでした。

成長できたからこそ、まるで名医と勉強会が出来ているような感覚になれます。

どういうことかというと、名医が見ているもの、それを私も見れるようになってきたからです。

この勉強会には、名医と私と、

もう一人の参加者がいます。

治療例に書かれている患者さんです。

昔は治療例を読んでも、患者さんをありありと思い浮かべることが出来ませんでした。

文章ですから、書かれているものは文字、すなわち情報なのですが、

今は単なる情報としてではなく、そこからもっと有機的な人物像をイメージできるようになりました。

だからエキサイティングになるのです。

目の前に患者さんを想像できるからこそ、緊張もするし、興奮もします。

そして名医と私は、患者さんを通して初めて同じものを見ることができる。

これができるようになったのは、一重に私が臨床を経験してきたからです。

今まで私自身が患者さまとお会いしてきたからこそ、文章から実際の患者さんを思い浮かべることができます。

そして患者さんを思い浮かべることができるようになると、名医の文章から得られる質・量が全く変わってきます。

なぜならば、名医はそこに患者さんを書きたかったからです。

名医は文字を書きたかったわけではなく、

あくまで患者さんを文字で表現したかったのです。

本当に名医が表現したいものを、私も見れるようになっているからこそ、

名医と会話が出来ている感覚に陥るのです。

聖医・張仲景が書いた東洋医学のバイブル『傷寒論』。

この本を「患者の腹の上で読め」という格言を、昔の人が残しています。

患者の腹の上で読めというのは、ただ読むだけではなく臨床を通して読む、

そして文章から実際の患者さんを思い浮かべろ、という口訣でもあります。

そう言われる理由は、『傷寒論』が「人を書いた本」だからです。

病気や症状や漢方処方を書いた本ですが、本質的には人を書いた本です。

何人もの患者さんを目の当たりにしてきた。そのリアルな患者さんを書いた本です。

そして端的に、一切の余分を無くし、要所だけが読む人に届くように。

そういう作者の想いがきちんと具現化している作品だからこそ、

『傷寒論』は、患者の腹の上で読むべき本なのです。

漢方家は、名著が何たるかを良く知っています。

だから自分で文章を書く時も、その何たるかを確実に意識しています。

治験例というものは、どうしても美談・成功談になりがちです。

時には誇張が入り、嘘が混ざることさえあります。

しかし、そういう文章は見ていて分かります。

書かれている患者さんがリアルに感じられないからです。

実際に、偽りなく、目の前の状況を端的に書き、

著者の考えと視点を、出来る限り要点を絞って書く。

漢方ではそういう無駄がなく、誠実で、リアルな文章こそが名著になります。

『傷寒論』を手本とするからこそ、漢方家はそういう文章を書こうと努めるのです。

そういう本があります。

やはりこの人は名医だなぁと、感じる本があります。

最近の一人勉強会はこの本でやっていて、

著者は昭和の大家・押しも押されぬ名医・大塚敬節先生。

その数ある代表作の中でも特に血の通った名作、『漢方診療三十年』。

私はこの本のことを、こう捉えています。

『傷寒論』をとてつもなく読み込んだ漢方家が書いた『傷寒論』だと。

世界中の『傷寒論』、その一冊一冊に張仲景が宿っているように、

全国にある『漢方診療三十年』、その一冊一冊に大塚敬節先生が宿っておられる。

だからこの本さえあれば、いつでも、どこでも、

大塚敬節先生と勉強会が出来るのです。

この本の文章、その所々から、

傷寒論と同じ美しさを、是非感じてください。



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※コラムの内容は著者の経験や多くの先生方から知り得た知識を基にしております。医学として高いエビデンスが保証されているわけではございませんので、あくまで一つの見解としてお役立てください。また当店は漢方相談を専門とした薬局であり、病院・診療所とは異なりますことを補足させていただきます。