【漢方処方解説】銀翹散(ぎんぎょうさん)

2025年01月17日

漢方坂本コラム

銀翹散(ぎんぎょうさん)

<目次>

銀翹散の特徴

銀翹散の効かせ方

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のどの痛みに効く薬、銀翹散

風邪の初期、のどが痛くて市販薬を買おうと思ったら、比較的目につきやすい薬だと思います。

のどの痛みに効くというのは確かにその通りです。ただし、咽の痛みなら何でもよいというわけではありません

銀翹散は東洋医学の歴史では比較的最近になって作られた処方です。しかもはっきりとした目的をもって作られた処方でもあります。

今回は銀翹散が他の風邪薬とは何が違うのか、その特徴を説明するとともに、効かせやすい使い方を具体的に説明してきます。

銀翹散の特徴

先で述べたように銀翹散は比較的最近になって作られた処方で、中国清代に書かれた『温病条弁うんびょうじょうべん』によって初めて世に紹介されました。

『温病条弁』の著者は呉鞠通ごきくつう。東洋医学の歴史に名を残す天才です。銀翹散は呉鞠通によって作られたわけですが、その創方の意図はこの本にはっきりと記載されています。

そもそも漢方で行うところの風邪治療は、ずっと昔の漢の時代、張仲景ちょうちゅうけいにより書かれた『傷寒論しょうかんろん』の手法が基本であり、かつ王道です。

今でもしばしば使われている葛根湯や麻黄湯などがそれに当たります。張仲景によって作られた大変クラシックな薬ではありますが、今でもたくさん使われています。

もちろん中国でも日本でも、歴史を経て風邪薬は改良されてきました。中国金元時代に作られた防風通聖散や補中益気湯、また日本安土桃山から江戸にかけて使われていた荊防排毒散や香蘇散はその一例です。

しかし歴史と経験則とを重視する東洋医学においては、古い時代から残り続けいているということ自体が良薬の証明です。故に『傷寒論』中の処方は現代でも風邪薬としての地位を保ち続け、第一線で使われ続けています。

ただし、どうしても葛根湯や麻黄湯では解決できない感染症もあります。「温病うんびょう」です。

「温病」とはある特殊な病態推移を示す感染症の概念であり、具体的には炎症(熱)が強力かつ長期的に続くことで身体の潤い(陰液)が消耗し続ける(体を燃やし尽くす)病を指しています。

呉鞠通はこの病態を「熱」による病と定義し、その病態推移と治療方法を『温病条弁』にまとめました。一方で『傷寒論』は読んで字のごとく、人が「寒」にやぶられて発生する病を述べています。

つまり両者は全くの逆の病、と思えるかもしれませんが、実は身体に起こる炎症(抗病反応)を鎮める手法であることは同じです。したがって『温病条弁』では『傷寒論』とは違った角度から、それを行う手法を新しく提示したという解釈が正しいと思います。

そもそもなぜ葛根湯や麻黄湯が「温病」の治療に適さなかったのか。それは葛根湯や麻黄湯といった『傷寒論』の処方には、身体を温めて血流の促す効能があるからです。

風邪の初期に発熱するのは、身体が病原体と戦うために抗病力を高めているからである、そう考えた張仲景は風邪の初期は熱を冷ますのではなく、逆に熱を高めて抗病力を助けようとしました。

この考えを基礎におくのが葛根湯であり麻黄湯です。しかしこの抗病力により生じた熱は、度が過ぎれば自分自身を傷つける原因にもなり得ます

そういう病の推移を目の当たりにした呉鞠通は、違った角度から抗病力を助ける治療を導き出しました。なるべく体を温める薬は用いず、涼しげな香りを用いて熱を払い、かつ熱によって消耗する身体の潤いを保ち続ける。呉鞠通の着想を端的に言えばそうなります。そしてそういう目的で作られた薬が銀翹散です。

この創方の意図を踏まえれば、銀翹散とは「体に対する刺激が穏やかで優しい薬」だということが分かります。呉鞠通は明らかにそういう意図をもって本方を作っています。

血流を促して抗病力をどんどん高めてやろうという強さはなく、むしろその激しさを嫌う。あくまで優しく穏やかに。そして消炎よりも身体の消耗を未然に防ぐという点に着目しています。

その分、全身に影響を与える力は弱く、あくまで鼻腔や咽喉、気管支などの上気道に影響を及ぼすことに重きを置いて作られています。したがって発熱などの全身症状に用いるよりも、上気道の局部的な炎症に使うことが本方をより上手に、かつ広く使うポイントになります。

銀翹散は『温病』の処方です。そういう原則から、風邪の初期ではまず「風温(温病)」なのか「風寒(傷寒)」なのかを弁別した上で銀翹散を使う、これが基本です。

しかし本方はそこまで大げさに考える必要はないと思います。なぜならば優しい薬だから。

基本は基本として大切にしつつも、熱を優しく払うという呉鞠通の創方の意図を考えれば、銀翹散はもっと使いやすい薬として世に広まっても良いと感じます。

銀翹散の効かせ方

ではこのような特徴を持つ銀翹散を、具体的にどのように使ったらよいでしょうか。

まず、本方は優しく炎症を抑制する薬であるということ。さらに「温病は上焦から始まる」という原則の通り、鼻腔・副鼻腔・上咽頭・咽喉・気管支など上気道の炎症に対して効果を発揮する目的で作られているという点がポイントになります。

特に風邪の初期であれば咽喉部に症状を生じる方が多く、かつ銀翹散を使って効きやすい傾向があります。そこで銀翹散はまず「のどの痛み」を目標に使うことがお勧めできます。

特にいつものどの痛みから風邪が始まるという方。また今日は朝から咽喉が痛いなと感じた時。

なるべく全身症状を呈していない初期段階で使うことが望ましい。発熱や寒気などが起こる前、咽喉が痛いなと思ったらすぐに服用することが肝要です。

『温病条弁』では傷寒と温病とを区別するために、悪寒せず発熱が生じた際に銀翹散の使用を勧めていますが、これは無視しても良いでしょう。咽喉の痛みだけの段階で対処できれば、発熱する前に治せるからです。咽が痛いなと思ったらすぐ飲めるよう、家庭に常備しておくと便利です。

そして優しい薬であるというところがこの薬の良さです。少々使いどころを間違えたところで、そうそう悪いことは起こりません。

ただし咽喉の痛みには銀翹散以外にも治し方があります。

というよりも銀翹散で治るケースと、銀翹散ではなく他の方法で治るケースとがあります。

■銀翹散の使い分け

例えば夜間急激に寒くなると、寝ている間に咽喉部の血流が悪くなり、起きた時に咽がイガイガして痛みを感じることがあります。

この場合であれば、熱めの湯をゆっくりと飲み、のどを温めるだけで治ってしまうものです。

では一歩進んで実際に風邪を引きそうになっている初期の段階ではどうか。この時咽喉の粘膜に炎症が起きて、その部の血管か拡張し充血が起きることでのどの痛みが強まってきます。

そして充血とともに炎症がどんどん強くなってくるわけですが、未だごく初期の段階、つまり痛みの原因が炎症(熱)よりも血行障害(充血)によるところが大きい段階であれば、咽が冷えた時と同様に血行を促すことと、粘膜の過敏さを和らげることで痛みは止まります。

その場合は民間療法であれば大根はちみつが良く効きます。より積極的に治療するならば、甘草湯桔梗湯が適合し、頓用してしばしば著効します。

さらに麻黄附子細辛湯や麻黄附子甘草湯を使う場もありますが、やや専門的な状態で一般的ではありません。したがって桔梗湯あたりが最も使いやすいと思います。お湯に溶かしてのどを湿らせるようにゆっくり飲むとさらに効果的です。

ただし血行障害は放っておくと、どんどん炎症が強まってきます。ある程度炎症が強まるとこれらの薬は効きません。故に桔梗湯は咽喉の痛みが強くなる前、とにかく咽喉がおかしいなと感じたらすぐさま服用することが大切です。

では炎症が強まってしまったらどうするのか。炎症が強まると咽喉部の粘膜が腫れ、ヒリヒリとした敏感さも強まってきます。

例えば唾を飲んだだけで咽喉にビキッと痛みが走るようになります。そうなってくると血行を促しても痛みは取れず、炎症を抑えることが必要になります。

このタイミングで使う薬が銀翹散です。先に述べたように発熱はあってもなくてもかまいません。

いつも咽喉の痛みから風邪が起きる、また腫れがすぐに強くなるという人は桔梗湯の段階で銀翹散を飲んだ方が良いでしょう。咽の腫れは放っておくとすぐに悪化します。先回りして対応することが大切です。

ただし先で述べたように、銀翹散は優しい薬です。失敗の少ない良い薬ですが、炎症を抑える効果はそれほど強くはありません。

そして咽喉の炎症は勢い良く悪化します。治す時期を逃すと、すぐに銀翹散では対応できない炎症になってしまいます。

銀翹散では消炎作用が物足りないという場合は、銀翹散に桔梗石膏を加えると良いでしょう。軽い薬である銀翹散に、重く炎症をおさえる石膏を加えるというやり方です。桔梗石膏は市販でも売られています。

それでも効かないほど炎症が強まってしまう場合もあります。もうそうなれば、より専門的な漢方治療が必要です。東洋医学専門の医療機関におかかりになることをお勧めします。

逆に言えば、そこまで強くならないよう、早期に対応する時に使う薬が銀翹散です。早めに対応することが何より大切ですので、咽喉が痛いなと思ったら桔梗湯や銀翹散を中心にこれらの方法を是非試してください。

ただしもともと慢性的な炎症が咽喉にあるという場合はこの限りではありません。やはり専門的な漢方治療をご検討ください。

辛涼平剤しんりょうへいざい・銀翹散。

『温病条弁』では銀翹散のことを辛涼平剤と表現しています。

呉鞠通の着想、治療センスが垣間見れる表現です。銀翹散とはつまり「上気道に涼しい風を吹かせる軽めの薬」ということです。

病の軽重と薬の軽重とを見極める。呉鞠通が温病の初期に重視していることです。

軽い薬として作られた銀翹散は、未だ重きに至っていない病の状態でこそ、その効果を発揮します。

そういう創作者の意図を組むことが、漢方を的確に使うということです。



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※コラムの内容は著者の経験や多くの先生方から知り得た知識を基にしております。医学として高いエビデンスが保証されているわけではございませんので、あくまで一つの見解としてお役立てください。また当店は漢方相談を専門とした薬局であり、病院・診療所とは異なりますことを補足させていただきます。