大塚敬節先生の愛

2021年11月01日

漢方坂本コラム

大塚敬節(おおつかけいせつ)先生。

我が国・日本の東洋医学史において、確実にその名を刻み込んだ名医であると同時に、

昭和漢方隆盛の立役者。現在の漢方流布のいしずえは、先生によって築かれたといっても過言ではありません。

漢方薬の保険適用や東医研の創立など、多くの功績を残されました。

そして、当時医療として未成熟だった漢方治療において、その基礎的理論を示さたことも功績の一つと言えるでしょう。

「方証相対(ほうしょうそうたい)」と呼ばれる基礎概念。

患者さまには各々適応する処方(方)があり、それを体質や症状(証)から判断するという概念です。

この「証(しょう)」という言葉。今ではかなり一般的になりました。

漢方を調べたことのある方なら、聞いたことがあるかと思います。患者さまから「私の証はなんですか?」と尋ねられることもあります。

それほど大塚先生たちが残したものが、広く流布し根付いたということでしょう。

今の皆さまが漢方を認知してくれているのは、大塚先生をはじめとした昭和の大家たちのおかげだと、感じずにはいられません。

私は若かりし頃、大塚先生が初代所長として創設された北里研究所東洋医学総合研究所(通称・東医研)で修行をしていました。

その時知ったことなのですが、

大塚先生が最も頻用した処方は、大柴胡湯だいさいことうだったそうです。

そして私は最近になって、そのことに共感させていただくことが増えてきていて、

というのも大柴胡湯は一見非常に独特な処方ではあるのですが、

実は使いやすいのです。

使い方によって、その表情が様々に変化するからです。

大柴胡湯に桂枝茯苓丸をあわせた処方は、柴胡桂枝湯に近い意味合いを持つし、

大柴胡湯には温胆湯の側面や、四逆散や半夏瀉心湯の側面もあります。

大塚先生が処方運用の中核にされたいたことにも、納得のいく応用の広さ感じます。

ただし、だからこそ「大柴胡湯の証とは何ぞや」と問われれば、

その答えが、非常に難しいのです。

漢方におていは、一つ一つの処方を固定的に考えることは決して出来ません。

この医学には、そういう「宿命」があります。

一つの処方にはさまざまな表情が有機的に重なり合っていて、

使い方によってその濃淡が変わります。たとえ、処方内容を変えなかったとしても、出す患者さまによってどう効くかが変わってくるという側面があるのです。

だから、「○○湯の証」というものを断定的に示すことは困難です。

少なくとも大柴胡湯の証は、よく言われている「体力のあるガッチリタイプで便秘がち、みぞおちから肋骨下部が強く張っている方」では、決してありません。

大柴胡湯を使い、その使い方が分かってくればくるほど、この「証」という概念が役に立たなくなってきます。

それを分かっていながら、大塚先生は「証」を探せといったのです。

何故なのでしょうか。

「証」を探せとは、

「漢方治療を始めるにあたっては、まずは証から探してみなさい」という、漢方薬を使ってみる方への大塚先生なりの指南です。

そういう使い方で、はじめは良いでしょうと。ただし、使っているうちにだんだん分かってきますよという、その先の運用へと導くための「いざない」なのです。

大塚先生が大柴胡湯を頻用されていた理由、それが「体力のあるガッチリタイプの人が、大塚先生のもとへたくさん来られていたから」であるはずがありません。

一見して華奢で、線の細いような方にも使っていたはずです。大柴胡湯の応用を知っていたからです。

そして同時にその本質も知っていた。大柴胡湯が本質的に、何をどうさせる方剤なのかを知っていたはずです。

だからこそ、先生は使用頻度を高めることが出来たのだと思います。

漢方の世界では、基礎とされるものの中にちょっとした嘘が混じっています。

嘘というのは語弊があるかもれません。しかし、正しくないことは明らか。正しくないなら、キツめに言えばそれは嘘と同じです。

日本漢方でいうところの「方証相対」ほうしょうそうたいがそうですし、現代中医学でいうところも「弁証論治べんしょうろんち」もこれに近い。

こういう基礎と呼ばれるものの中に、嘘が混じっている。

私がこのコラムを通して何回も伝えていることではありますが、それでも言い足りないと、感じてしまいます。

それほど、現在の漢方治療にはこの手の嘘が根付いてしまっていると、感じられるからです。

漢方を流布させたいという、大塚先生の愛。

愛ある優しさだからこそ、少々の嘘を交えておいたのでしょう。

しかしあれから数十年、大塚先生にしたみたって、未だに患者さまの「証」ばかりを探していたら、

「まだそんなことをしているのかい?」と、私たちは笑われてしまうと思います。

いや、笑っていただけるのであれば、まだマシか。

怒るときは怒る。

大塚先生は、そういう方だったそうです。



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※コラムの内容は著者の経験や多くの先生方から知り得た知識を基にしております。医学として高いエビデンスが保証されているわけではございませんので、あくまで一つの見解としてお役立てください。また当店は漢方相談を専門とした薬局であり、病院・診療所とは異なりますことを補足させていただきます。