漢方治療の心得 40 ~ジョブズの失敗~

2026年07月10日

漢方治療の心得

今日は「学者」と「臨床家」との違いについてお話しようかと。

両者は明確に違います。もちろん、どちらが良い悪いの話ではありません。

重なる部分も当然あります。両者ともに膨大は知識の上で成り立つものです。

しかし素晴らしい学者は必ずしも素晴らしい臨床家ではないし、その逆もまた然り。

私は一時、この両者の違いで苦しんだことがあります。

修業時代、たくさんの勉強を通して私は、ある程度漢方を語ることが出来るようになりました。

臨床家であった父とも滞りなく漢方の話で盛り上がることができました。

漢方の歴史や業界の常識のようなものに通じ、それを知識として持つことが出来ていたからです。

しかし私は、それでも患者さんをすぐに治せるようにはなったわけではありません。

知識はある、しかし治せない。そういう時期がありました。こんなに勉強したのに何故なんだと、大変苦しい思いをしました。

その理由が今ならば分かります。持っていた「知識の種類」が違ったのです。

「学者」と「臨床家」との違い。

今思い返せば、当時の苦しみはその違いを大きな壁として感じていたからに他なりません。

私は臨床家になる必要がありました。

であるならば、あくまで学問としての知識を臨床的に有効利用しなければなりません。

しかしそれが出来なかった。知識の種類の違いのせいです。

臨床家というフェーズに立たされた時に、学者と臨床家との違いをまざまざと痛感したのです。

そして徐々にその違いを理解していきます。

臨床家としての知識、そして技術が研鑽されていきます。

すると今までとは勉強の仕方が変わりました。

漢方に対する知識の捉え方のようなものが、確かに変わってきたのです。

臨床家として学ぶべき知識は、学者として知っておくべき知識とはやはり違います。

今回はそんなお話をしていきたいと思います。

例えば漢方の知識としてどうしても知っておかなければいけないものの一つに、処方の知識があります。

漢方処方を理解すること。各処方の構成にどのような意味があり、その意味をもってどのような効果を上げることができるのかを知ることです。

ただし臨床家として知らなければならないのは、必ずしも「この薬で何ができるのか」ではありません。

薬で何ができるのかを知ったとしても、実際にその効果を必要としている場がなければ意味がないからです。

ところでスティーブ・ジョブズがこんなことを言っています。

言わずとも知れたAppleの共同創業者の一人です。

稀代の実業家であった彼はもともとエンジニアでした。そんな彼がある講義でこう言っています。

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「ある領域においては彼(あるエンジニア)のような人の意見は正しい。

でも最も難しいのは、どのようにしてそれを年商80億ドル・100億ドルの製品を販売可能にする一貫した大きなビジョンに適合させられるかなんだ。

そして最も重要なポイントの一つとしていつも僕が思っているのは、素晴らしい顧客体験を最終ゴールにしてその実現を可能にするためにテクノロジーを活用しなければらならない。

つまりテクノロジーの開発をスタートしてから、どのように売るかを考えてちゃダメなんだ。

僕はおそらくこの会場にいる誰よりもそのミスを犯してきた。失敗の結果がそれを証明している。

その苦い経験から学んだんだ。だからAppleの戦略とビジョンを考えようとした時には、顧客にどのような素晴らしい価値を提供できるかから始めたんだ。

顧客にどんなポジティブな影響を与えられるのか。

エンジニアたちと議論してどんなすごい技術を開発できるか、そしてそれをどのように売っていくかの順番じゃなくてね」

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どんなに素晴らしい技術であったとしても、

そもそも必要とされるテクノロジーでなければ人は見向きもしない。

人が求めている技術を提供できるからこそ、はじめて社会、つまり人の営み中で生きる技術になるということ。

この考え方は、まったくそのまま薬の勉強にも当てはまります。

すなわち「この薬で何ができるのか」を知ったところで、それを社会が求めていなければ意味がありません。

その知識を社会で生かすことができないからです。

「この薬で何ができるのか」ではなく、「この薬がどう使えるのか」。

知るべき知識はそこです。そしてそれは、その「薬」以上に「人」を分かっていないと知ることができません。

つまり臨床家として漢方処方を知るとは、人を知ることと同じです。

人や社会(現状漢方治療に何が求められているのか)を知ることで初めて処方は使えるようになります。

この薬はどういう薬だ、ということを理解する以上に、この薬は「こういう人に使える」と感じること。

つまり処方から人が浮かんできてはじめて、臨床で使える知識になります。

学者は知識の正しさを重視します。

再現性や整合性、根拠やデータの質や量を重視します。

それはとても大切なことです。学者・臨床家関係なく、知っておく必要があります。

ただし臨床家はそれだけではダメです。

正しと同時にそれが使える知識がどうか、求められている知識かどうかを重視する必要があります。

だから臨床家として処方を学ぶのであれば、知識と同時にビジョンが必要です。

その薬で、その薬の知識で、どんな人が笑顔になるのかを具体的に想像できるかどうか。

人と薬とが繋がるビジョン。それを持っているからこそ、臨床家なのです。



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※コラムの内容は著者の経験や多くの先生方から知り得た知識を基にしております。医学として高いエビデンスが保証されているわけではございませんので、あくまで一つの見解としてお役立てください。また当店は漢方相談を専門とした薬局であり、病院・診療所とは異なりますことを補足させていただきます。