漢方 case study ~後鼻漏に伴う不安や動悸・自律神経症状と上咽頭炎の関係と対処法~

2026年07月14日

漢方坂本コラム

漢方 case study

 

~後鼻漏に伴う不安や動悸・自律神経症状と上咽頭炎の関係と対処法~

 

<はじめに>

漢方 case studyでは当薬局での症例を通して得られた漢方治療の考え方(仮説)をご紹介していきます。病とは様々なことが複雑に絡み合っていることが普通です。故に基礎学習だけでは対応仕切れません。そこで基礎的な考え方をどう実際に応用していくのか、その実例をご紹介していきます。基本とは異なる漢方治療の応用を示していきますので、ご参考にしていただければ幸いです。

後鼻漏に伴う不安や動悸・自律神経症状と上咽頭炎の関係と対処法

上咽頭炎と診断された方の中には、上咽頭部の痛みや後鼻漏といった症状の他にも、不安や焦り、動悸や息苦しさ、時にめまいや不眠といった自律神経症状を併発されている方がいらっしゃいます。

一見互いに全く関係のない症状のように思えますが、そんなことはありません。私の印象としては決して稀なことではなく、多くの患者さまに見受けられることです。

当薬局ではEAT治療(上咽頭擦過治療)などの西洋医学的治療にて十分に改善されない方からのご相談が多く寄せられます。治りにくく症状が複雑に絡まり合っているケースが多いためにそう感じるのかもしれません。

しかしながら上咽頭部の痛みや後鼻漏がいつまでも治らないという方では、むしろ自律神経症状が全く無い方のほうが稀だと感じています。心身に及び何らか自律神経症状が必ず介在していて、それ故に上咽頭炎治療ではこの自律神経症状にどう対応していくのかを同時に考えていかなければなりません。

上咽頭炎においてなぜ自律神経症状が生じるのか、その理由は未だにはっきりとは分かっていません。一つの説としては、自律神経の中枢である視床下部と上咽頭との位置が近いために何らかの影響を与えている可能性が指摘されています。

ただしもしそうだとするならば、上咽頭部に続く慢性炎症を治せば自律神経症状も同時に改善するはずです。しかし、これがなかなかそうは上手くいきません。例えばEAT治療によって患部の炎症がほとんど無くなったとしても、後鼻漏と自律神経症状とがいつまでも治ってくれないという方が多くいらっしゃるのです。

今回はまずその典型例を私が経験した症例の中からご紹介していきます。上咽頭炎のEAT治療を続け、病院にて良くなっていると言われたとしても、症状が依然として続き改善を自覚できなかったというケースです。

その具体像を示した上で、そしてなぜ上咽頭の患部が改善されても自律神経症状や後鼻漏が治っていかないのか、その理由も含めて後の解説にてご説明していきます。

■症例

60代・女性。
数年前にコロナに罹患し、発熱など治るもその後から後鼻漏がずっと継続。泡立ったりややべたつくような後鼻漏がひっきりなしに咽に落ちてきて気持ちが悪い。耳鼻科にて検査をしたところ上咽頭部に炎症があるということで上咽頭炎を診断。EAT治療を始めた。現在のところ8回ほど行い、施術してくれる先生はだいぶ良くなっているとおっしゃってくれた。

ただし自覚する後鼻漏はその程度が変わらず、毎日気持ちが悪い。特に朝に溜まっていた痰が後鼻漏として沢山流れ、時に濃く色づいた痰が出ることもある。その他、時にめまいや頭痛を起こしたり、耳が塞がってまるで水の中にいるように音がこもって具合が悪い。病院では問題はないはずだと。自律神経の乱れを指摘されて心療内科への受診を勧められたとのこと。

体は華奢で細く色白。昔から体力が無く弱い方であったと。食欲はあるが少し多めに食べるとすぐ胃がもたれやすい。ピロリ菌はいなかったがストレスなどで胃が痛くなることが昔にあった。二便(大便・小便)に問題はないがやや便が硬くなりやすい。後鼻漏が治らないのではないかという不安感が常にあり、毎日感じることなので早く治したいと焦ってしまう。また様々な薬に敏感ですぐに副作用が出やすい。特に抗菌剤はすぐに胃もたれ下痢が起こるので服用することができない。

お話を聞いて私には、上咽頭炎がなかななか治らない方の典型という印象があった。上咽頭炎では多くの方が、めまいや耳閉感や不安感や焦り、神経質さなどの自律神経症状を同時に伴うことが多いからである。そしてこの場合上咽頭炎と自律神経症状とを分けて考えない方が良いことも経験的に感じていた。つまり上咽頭炎も自律神経も一つの薬で同治するべきである。さらにいわゆる耳鼻科領域の漢方薬では解決しにくいことも経験的に分かっていた。患者さまのお体の弱さ、その本質を突く治療が必要になる。

まずは14日分のお薬をお出しした。丁寧で優しい治療を心がけなければならない。まず聞きたかったのは良くなっているかどうかではなく飲めたかどうか。初手で失敗するとこの手の治療は巻き返しが効きにくい。患者さまは味も含めて苦も無く飲めたと言う。むしろ飲みやすいと。ただ後鼻漏は治らず、もしかしたら増えたかもしれないと。大丈夫ですよ、最初は飲めたことが確認できただけで、改善に向けて着実に前進しています、このまま続けていきましょうと。そうお伝えし、さらに同処方を続けていただいた。

そして結果としては約1年経った頃、症状はほとんど気にならなくなった。以前からあった胃腸の弱さを自覚しにくくなり、かつ自分でどのような食生活を行うと調子が悪くなるのかが分かりやすくなった。また後鼻漏はあるが、前のように朝からひっきりなしに出て困るということはほとんどなくなり、前ほど気にならない。すでにEAT治療はだいぶ前に卒業し、それでも良い状態を保っていられている。

ただしこの状態に至るまでに、良くなったり悪くなったりの波を打った。患者さまは悪くなるたびに不安になられたが、養生を含めて我慢強く継続してくれた。この手の上咽頭炎は改善する際に、患者さまは決まって「後鼻漏や上咽頭部の痛みが気にならなくなった」とおっしゃられる。漢方薬を止めてももう不安ではないという段階で廃薬、治療完了とした。

■解説

EAT治療によって患部の炎症がほとんど無くなったと説明を受けたが、それでも後鼻漏が気になり、自律神経症状も治ってくれないという今回のようなケースは、ご紹介した症例のみならず多くの方に見受けられます。

そして今回のように時間をかけながら治療することで、上咽頭炎の症状と同時に自律神経症状も解決できる場合が少なくありません。

上咽頭炎になぜ自律神経症状が伴うのか。その理由は上咽頭の炎症部位と自律神経の中枢である視床下部との位置が近いためだと言われています。つまり上咽頭部の炎症が直接神経に影響を与えているという解釈です。

しかし今回の症例において、私は上咽頭部の炎症を直接鎮めるような漢方薬は使いませんでした。例えば荊芥連翹湯や黄連解毒湯、また辛夷清肺湯や小柴胡湯加桔梗石膏といったいわゆる耳鼻科領域で用いられる消炎剤を使っておらず、一見上咽頭炎とは全く関係のない薬で対応しました。

それによって上咽頭炎と自律神経症状とが同時に回復しました。そしてこれは、私にとっては上咽頭炎治療の典型例です。

つまり上咽頭部の炎症が直接自律神経に影響を与えているという解釈に、私はいささか疑問を感じています。もしそうであるならば先に挙げた上咽頭炎へ直接的な治療(標治)によって自律神経症状も解決するはずだからです。

しかし実際の臨床ではなかなかそうはいきません。鼻や上咽頭部の治療という解釈から視点を広げる必要があります。すなわち本質的な病態を見極めた本治を行わなければ、改善へと向かわないケースが実際には多いのです。

私は今回の症例のような経験を重ねる中で、上咽頭炎に伴う自律神経失調は以下のような理由で起こっているのではないかと考えるようになりました。

上咽頭部の炎症が直接自律神経に影響を与えているのではなく、そもそも上咽頭部の炎症が治りきらない理由が東洋医学の視点で見ると鼻や咽以外にあり、その理由が上咽頭だけでなく自律神経を乱す原因にもなっているという着想。つまり鼻や咽以外に「大本の原因」があり、それが上咽頭炎を治りにくくし、かつ自律神経も同時に乱しているというケースが少なからずあるのではないかと感じるのです。

今回の症例でそれを具体的に説明するとこうなります。

まず上咽頭部の炎症が治りきらない理由が東洋医学的に見ると「胃(心下)」にあった。「心下」とは胃や横隔膜の活動状態を反映する場所で、時に胆嚢や膵臓の機能までを包括して反映している場所と考えられています。

そして「心下」に問題を抱えていると鼻の症状が長引くということが東洋医学では経験的に分かっています。そもそも鼻や咽の治療に用いられる漢方薬は胃腸薬から改良されたものが少なくありません。例えば鼻閉や蓄膿症に用いられる葛根湯はその原型が胃腸薬である桂枝湯により構成されています。

また「心下」は自律神経の緊張・興奮状態を解除する要所としても理解されています。漢方の聖典『傷寒論』にて風邪症状(感染症による身体の緊張・興奮状態)が治りきらない場合に「胃気和せば癒える」という記載がしばしば見受けられますが、それはこのことを示しています。

すなわち、今回の症例では長引く上咽頭炎と自律神経症状との原因がともに「心下」にある可能性が想定されました。そしてその想定に基づいて然るべき薬を用いることで両者は同時に解決していきました。

このように上咽頭炎のせいで自律神経が乱れていると考えるのではなく、上咽頭炎と自律神経症状とを長引かせている同一の理由が他にあるという解釈を持つことで解決の糸口を掴むケースがしばしば見受けられます。そしてそうであるが故に、漢方では一つの処方を以て同時に両者が解決できることも珍しくはありません。

今回はその根本的な問題が心下にあるケースをご紹介いたしました。しかしながら自律神経の要所、上咽頭炎解除の要所は他にもあり、一概に胃だけが問題とは当然言い切れません。

その辺りの見極めを正しく行えるかどうかが治療効果に反映していきます。東洋医学の造詣が求められるところですので、是非専門の医療機関におかかりになってください。

また上咽頭炎治療は比較的時間のかかる治療だということは是非覚えておいてください。総じて自律神経症状が絡む病は症状が安定するまでに時間がかかります。不安や焦りに負けず、今回の患者さまのようにゆっくりじっくり構えて治療に望めるかどうかも、改善を実現するために必要な要素の一つです。



□慢性上咽頭炎 ~Bスポット治療と漢方薬・その違いと併用の意義~
■病名別解説:「自律神経失調症

【医療者向け解説】~後鼻漏に伴う不安や動悸・自律神経症状と上咽頭炎の関係と対処法~

今回ご紹介した症例について、医療関係者向けにさらに詳しく解説していきます。
使用した方剤や選択のポイント、さらに考え方などを記載していますのでご参照ください。

漢方 case study ~後鼻漏に伴う不安や動悸・自律神経症状と上咽頭炎の関係と対処法~|漢方坂本/坂本壮一郎
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