漢方 case study ~雨天に起こるメンタルの落ち込みやイライラ・治療の具体例と治し方のコツ~

2026年08月10日

漢方坂本コラム

漢方 case study

 

~雨天に起こるメンタルの落ち込みやイライラ・治療の具体例と治し方のコツ~

 

<はじめに>

漢方 case studyでは当薬局での症例を通して得られた漢方治療の考え方(仮説)をご紹介していきます。病とは様々なことが複雑に絡み合っていることが普通です。故に基礎学習だけでは対応仕切れません。そこで基礎的な考え方をどう実際に応用していくのか、その実例をご紹介していきます。基本とは異なる漢方治療の応用を示していきますので、ご参考にしていただければ幸いです。

雨天に起こるメンタルの落ち込みやイライラ・治療の具体例と治し方のコツ

急激に気圧や気温、また日照時間が変化する時期は、体調のみならず精神面での不調も生じやすい季節です。例えば雨になると体がだるく重い・疲れやすいというだけでなく、やる気が起きない・何事にも楽しめない・些細なことでイライラするなどのメンタルの不調を訴えられる患者さまは多くいらっしゃいます。

これらの心身の不調は自律神経を介して起こると考えられてはいますが、だからこそいざ治療しようとなると簡単ではありません。そもそも自律神経という壮大なネットワークは未だに解明されていない部分が多く、したがって治療としてはそれぞれの症状への対症治療に止まるため、根本的な解決が難しという側面があります。

漢方治療においてもこられの不調に対応することは簡単ではありませんが、環境と人体との関連をつぶさに観察し続けた医学であるが故に、今まで多くの治療方法が編み出されてきました。湿病や中湿といった概念を基に作られたそれらの治療手段は、現在においてもなお廃れることなく使われています。

ただしここ近年の激しい天候変化に対しては、これまで歴史的に行われてきたやり方だけでは対応が難しくなってきています。例えば湿病の治療として使われてきた薬に防己黄耆湯があります。体のだるさや関節痛、多汗症などにしばしば使われてきた薬ですが、昨今の急激かつ強い湿度や気圧の変化には、この優しく穏やかな薬では充分に対応することができません。

今後漢方においても、これらかの気圧や湿度に対応する治療へとアップデートしていかなければなりません。そこで今回は当薬局にて経験した症例の中から、天候によって起こる心身の不調を現実的にどう解決していったのかをご紹介していきます。特にメンタルに不調を起こしているケースを主とし、漢方薬でどのように変化したのかを示してみたいと思います。

現代において特に多い典型例を選びましたので、天候の不安定さを乗り切るための参考にしていただければ幸いです。

■症例

17歳・女性。
いよいよ大学受験を控え、これから勉強をがんばっていかなければならない高校三年生。梅雨入りした5月の後半、雨とともに湿度が高くなってから朝から極端に疲れやすくなり、学校に登校しにくくなった。登校しても体がだるく授業中に座っているのがキツイ。集中できず勉強がはかどらない。一日中やる気が起きず、夜も寝つきが悪い。
さらにメンタル面での落ち込みがひどい。気持ちが前向きにならず頑張りたくても気力がわかない。受験勉強をやらなきゃいけないのにやる気が起きない自分にイライラして自己嫌悪に陥る。生きるのもどうでも良いと思ってしまう時もある。普通ではない様子を見かねたお母さまが半ば強引に本人を連れてご来局された。

色白にて体型はやや肥胖傾向あり。大便正常でやや便秘しやすく小便は少ない方だという。食欲はあり過食はない。咽の渇きもない。ただ水分を摂り過ぎると胃に多少詰まる感じがするときはある。動悸や息苦しさはない。立ち眩みはしない。月経周期・経血量は正常。生理痛が強く痛み止めを必ず飲む。経血に血の塊もない。月経に伴いメンタルが崩れるという自覚もない。とにかく体が浮腫みやすく足と顔が特に浮腫む。来局された時にも見た目に顔が浮腫んでいる様子があった。

東洋医学ではメンタルの問題をメンタルで解決しようとはしない。必ず体と心との関連で考える。すなわち体調を調えることで自然と心を治める。今回治すべき体の不調は明確。取るべきはとにかく浮腫み。体が軽くなることで取れる気分の落ち込みがある。それができるかどうかをまず狙う。

14日分の漢方薬をお出しする。効果は比較的早く表れる。寝起きに体が軽くなった感覚があるという。疲れやすさは未だにあるが、勉強中今までよりもねばれるようになったと。

治療の方向性が正しいことを確認して同処方を継続。三カ月後の夏の盛り、未だに断続的な台風や湿気の高さはあるものの、気分が大分よくなりネガティブになることがほとんどなくなった。体も軽く、勉強もずいぶん集中できるようになった。何よりも相談中に本人が良く話すようになった。また浮腫みと気分の改善は見た目にも出る。特に顔周り(まぶたとアゴと首)がすっきりとしてくる。顔が細くなったねと伝えると満面の笑顔を見せてくれた。

■解説

気象病には漢方薬が効く。漢方専門の医療機関を中心にそうアナウンスされている記事をしばしば目にします。気象病とは正式な病名ではありませんが、主に気圧の急激な変化に伴う体調不良を指しています。天候が変わりやすい梅雨や台風の時期に起こりやすい体調不良として、漢方では特に袪湿剤や利水剤と呼ばれる薬が頻繁に使われます。

五苓散や平胃散、桂枝加苓朮附湯や五積散や防己黄耆湯などが良く使われます。ですが正直に言って、これらの薬だけでは昨今の気象病にはなかなか対応することができません。それほど気圧の波や湿度変化が激しくなっているということでもあるのですが、それ以前の問題として気象病は単に袪湿剤や利水剤を使うだけでは治らないからです。

確かに低気圧に伴う頭痛や浮腫みが五苓散で取れることがあります。しかしそれは気象病であると同時に五苓散を使うべき病態が備わっていたからです。つまり気象病だから利水剤を使うという短絡的な方法では治療に再現性を持たせることは出来ません。あくまでこの病の機序や治し方(治療指針)を東洋医学的把握していなければ、気象病は治すことできません

その指針一つとして最も古くから示唆されているのが『金匱要略』の「痰飲咳嗽病篇」に書かれている治療方法です。この「痰飲咳嗽病篇」では身体に流れて巡るべき水(飲水)がどこに、どのように滞るかで病態を区別するよう示唆しています。この考え方は水分代謝異常を回復する手段の基礎とも呼べるものです。およそ二千年前からある原始的な考えではありますが決して馬鹿にはできません。感染症や気候などの原因に関わらず、水分代謝異常が誘発された際にこの考え方が治療方針の軸となります

例えばこの考え方で今回の症例を見てみると、患者さまの状態には「支飲(しいん)」と呼ばれる形で水分代謝異常を来たしている可能性が見て取れました。飲んだ水がみぞおちで止まり、そのためにからだ全体にも水の滞りを生じる病態を「支飲」と呼びます。この支飲の治療では水がどの程度の勢いをもって外に張り出そうとしているかで治療方法が異なってきます。患者さまの場合では決して強くはないものの、その勢い自体は弱くはありません。そこでそれに合わせた漢方処方を選択することで、著効を見ることができました。

この指針は基礎ではあるものの、ちゃんと使いこなしている先生は実はあまりいません。私も決して使いこなしている訳ではなく、あくまで想定と臨床結果とを鑑みながら研究を続けています。基礎とはいえ大変奥が深く、簡単に把握できるものではありません。だとしても、この考え方に向き合っているかどうかが大切です。巷にあふれている気血水や五臓、風寒湿などといった説明的な解釈で切り回しているだけでは気象病に対応することはできないからです。

今回のケースでは治療方針としてもう一点大切なことがあります。それは心に及ぶ症状であったとしても、メンタルの治療に着眼し過ぎないということです。東洋医学ではメンタルの不調が介在すると、すぐに気や血の問題として取り上げ、半夏厚朴湯や加味逍遙散、帰脾湯や抑肝散といった気滞・気鬱・気血両虚・肝気鬱結などに対する薬を使いたくなります。その考え方も少々短絡的に過ぎるきらいがあります。

心と体とは別として治療しなければならないことも当然あります。しかし体の不調を取り除くことで自ずと取れるメンタルの不良も少なからずあります。特に「水」が絡む病態である場合はそれが顕著に起こります。すなわち水分代謝異常が明確に存在している場合では、まずは体の水(重り)を取ってみる。柴胡や蘇葉などの気剤に頼らず、あくまで水分代謝を改善することでメンタルの変化を見るという方法が最も効率よくメンタルを改善させる。そういうことが今回の症例のように臨床の実際としてしばしば見受けられます。

浅田宗伯が変製心気飲の条にて「水鬱」と表現したのがまさにその状態に当たります。また漢方では昔から、分けの分からない病を見たら「水」を考えろと言う口訣もあるくらいです。心の症状だからと思考を限定せず、よりシンプルに捉えてみる。そういう治療が功を奏すると、比較的迅速な効果があらわれやすいという特徴があります。



■病名別解説:「自律神経失調症

【医療者向け解説】~雨天に起こるメンタルの落ち込みやイライラ・治療の具体例と治し方のコツ~

今回ご紹介した症例について、医療関係者向けにさらに詳しく解説していきます。
使用した方剤や選択のポイント、さらに考え方などを記載していますのでご参照ください。

漢方 case study ~雨天に起こるメンタルの落ち込みやイライラ・治療の具体例と治し方のコツ~|漢方坂本/坂本壮一郎
当薬局HPにて下記のコラムを投稿しました。 その中でご紹介した症例について、医療関係者向けに使用方剤などを示しながらさら...

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※コラムの内容は著者の経験や多くの先生方から知り得た知識を基にしております。医学として高いエビデンスが保証されているわけではございませんので、あくまで一つの見解としてお役立てください。また当店は漢方相談を専門とした薬局であり、病院・診療所とは異なりますことを補足させていただきます。