養生の基本、
それは「当たり前の事」の中にこそあります。
そりゃそうだ、というほどに当たり前のこと。
そして基本であるが故に、
その他いかなる健康法を利用したところで、
その基本が疎かであれば全く意味がないと、私は考えています。
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近年テレビやSNSを通じて、健康に関わる情報がたくさん流れるようになりました。
そしてたくさんの事や物が溢れるようになりました。そこには良い面と同時に、悪い面もあります。
誰かがやっていること、そこにいかなる説得力があったとしても、
一番大切なのは、自分にとって正しい情報を掴んでいるかどうかです。
人の体は個人差の塊ですので、何に気を付ければ良いのかは人によって違います。
したがって他者から与えられる情報はあくまでヒントにしか過ぎず、
それが必ずしも自分にとって正しいものであるとは限りません。
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個人差の塊、であるが故に気を付けるべきことは人それぞれ違う。
しかしその中で、共通して気を付けなければいけないことも確かにあります。
そしてそれは、人であれば当然のこと、極々当たり前のことに帰結します。
「運動」と「食事」と「睡眠」。
この三点が、まずは基本中の基本です。
裏技はありません。これらを疎かにすれば、他のいかなる養生も意味を成しません。
しかしなぜこれらが大切なのか。
今回のコラムでは、私自身が考える東洋医学の思想の中で、
なぜこれらが基本になるのかを説明していきます。
そしてそれを理解していただくと伴に、
養生への取り組み方、考え方を変えてみてください。
裏技は無い、ということ。
当たり前のことが、一番大切だということ。
私は治療に当たり、すべての患者さまに養生の大切さをお話します。
なぜならば、治療効果が歴然と変わるからです。
そしてあらゆる薬や治療を行わなくても、ご自身にとって正しい養生を行ってさえいれば、病にはならない、ぶり返さないという治療のゴールを目指していきます。
医者いらず。そうなるためにも、
みなさまの健康の一助として、本項をぜひご利用ください。
養生の基本
運動と、食事と、睡眠。
これらが養生の基本になることは、誰しもが疑わない、言うまでもない事いえば、確かにそうです。
しかし決して馬鹿には出来ません。
どんな養生を行っていたとしても、この基本が出来ていなければ意味がないからです。
なぜそうなのか。
それを知るためには、なぜこられが大切なのかを理解していなければなりません。
運動をしていなければ、体が怠けるよね。
睡眠をとっていなければ、疲れが取れないよね。
食事を疎かにしていれば、体調管理は難しいに決まっている。
そういうイメージは当然あると思いますが、それは何故なのでしょうか。
一度立ち返って考えてみる。
すると、人の本質が見えてくると思うのです。
当たり前のことをちゃんと理解することの大切さ。
それを是非実感していただければ、情報に踊らされない養生が実践できると思います。
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まず人が病むとはどういう状態を指すのかを考えてみます。
これに関しては、おそらく各医学によってさまざまな見解があると思います。
その中で、私が考える東洋医学の原始的かつ根本的な着想から導きますと、
答えはこうです。
人は「血流」が乱れた時に病を発症します。
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そもそも人が生きている状態とは、血液が流れている状態を指します。
当然ですが、血液の流れが止まると人は亡くなります。
すなわち逆に言えば、血液が流れているからこそ生命が維持されていると考えることもできます。
おそらくこの単純な着想にこそ、東洋医学の原点があります。
東洋医学の聖典たる『傷寒論』では、脈を診ることで人体を把握しようとしました。
脈診と呼ばれる技法です。この手法は現代の東洋医学においても基本となる診察方法の一つです。
そしてこの発想は、単純に脈の動きにこそ生命活動の根本が備わると、古人が考えたからではないでしょうか。
だとするならば健康な状態とは、「血流の維持・安定をいかに図るか」にあります。
血流を維持し続けること。
維持しつづけるとは、血液の質・量を維持し、時に力強く、時に穏やかに、メリハリのある流れを作りつつ、状況に応じて安定して変化させ得る力を養うこと。
そのような体を作り出すことが、東洋医学においては養生の基本になるはずです。
すなわち私の考える養生は、この一点に帰結します。
「いかに安定した血流を維持し続けるか」
それを実現するために、必要不可欠なのが、
基本の三本柱たる「運動」と、「食事」と、「睡眠」です。
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続き↓
養生の基本 2 ~運動~