■症例:お子さまの発熱(周期性発熱症候群)

2022年10月01日

漢方坂本コラム

小さい子をお持ちのお母さま・お父さまなら、

お子さまの突発的な発熱に、お困りになられた方は多いと思う。

元気だった子が、急に具合が悪くなる。

小さな子供には良くあることとはいえ、

我が子が辛そうな思いをしているのは、心配で、耐えがたい。

その多くは、病院で原因がわかる。

風邪などの感染症が、ほとんどのケースである。

しかし、もしそれが原因不明であったなら。

そしてもし、何度も何度も、繰り返すものであったとしたら。

周期性発熱症候群。

お子さまに起こる、原因不明の自己炎症性疾患である。

9月下旬。涼しくなり始めた頃。

お母さまと一緒に、6歳の男の子がご来局された。

年に何度も繰り返す、急な発熱。

周期性発熱症候群と診断され、今まで様々な治療を受けてこられた。

普段は何ともない。

ご来局された時も、元気いっぱいといった様子である。

心配そうなお母さまとは対照的に、一見、病を得ているようには見えない。

しかし、ひとたび熱を出すと、

この体調が、みるみると急変する。

まず38度の熱が出て、

頭痛と腹痛、そして吐き気を伴い実際に食べたものを嘔吐する。

さらに食欲が減り、物が食べられなくなり、

咽に膿が出だして、体を横たえて、しんどそうにする。

それが何日も続く。多くは、5日から7日間。

約一週間の体調不良が、年に数度やってくる。

見るに堪えない様子に、どうにか治そうと思って、さまざまな医療機関へと足を運んだ。

その中で周期性発熱症候群という病を知り、

実際にそう診断されて、病院では自然に治るよと言われた。

しかし、それからすでに4年が経つ。

自然に待つことなど、到底できなかった。

ある時に、漢方薬で治るかも知れないという話を聞いた。

そこで、漢方で有名な医療機関にかかることに決めた。

そこから根気強く、漢方薬を服用し続けている。

しかし、なかなか良くならない。発熱の頻度は、減る気配がなかった。

どうにか治したい、というお気持ち。

お話を聞いていて、想像するに余りある。

お子さまへの心配は、相当のものだと感じるのと同時に、

お母さまが話されている間の、男の子の様子。

なるほど。

その時すでに、感じるものがあった。

今まで服用されてきた漢方薬を拝見すると、

体質改善薬と、発熱時の頓服薬とを服用されていた。

体質改善の薬は、六味地黄丸ろくみじおうがん六味丸ろくみがん)。

小児に頻用される補陰の剤。この有名処方を、ここ数年服用し続けている。

そして熱が出た時の頓服薬は、葛根湯かっこんとうごう麻黄湯まおうとう

風邪の初期に使う薬の合方。効果はどうでしたかと尋ねると、そこそこ熱は治まるとのことだった。

六味地黄丸と、葛根湯・麻黄湯での対応。

漢方の王道、と言えばそうである。

しかし私には、この男の子からは、違う道筋が想起できた。

そもそも漢方治療は、先生方によって必ず治し方が変わってくる。

そういう宿命がある。

経験的根拠を重視する医学である以上、

人によって経験が異なってくるからである。

したがって決まった治療というものはなく、

どうしても漢方医学の解釈の違いが、治療に表れてくる。

つまり正解が、たくさんあると言ってもいい。

その上で、私の経験を言えば、

私は子供に、六味丸は使わない。

純然たる陰虚いんきょ。そういうお子さまを、私は目にしたことがない。

一時代前にはいたかもしれない。

しかし現代の日本には、それほどいないのではないかと思う。

六味丸という王道は、確かに大切な一手ではある。

ただし今回は六味丸で、体質が変わるようには思えなかった。

この発熱が、私には「陰虚」には思えなかったから。

発熱の本質は、「こじれ」にあると、感じられたからである。

こじれ。

子供は成長するとき、自身の力をもって体を発達させる。

それは外へ外へと、伸びようとする力。

大人よりもずっと、外へと発散する力が、強くなることが自然である。

しかしその力は、場合によっては、過剰な興奮と緊張とを生む。

力がこじれる。外に向かえず、内でこじれて熱を帯びることがある。

その時、体にあらわれる現象がある。

目と仕草とに緊張を帯びる。そして時に敵意と感じるほどの、感情をあらわにすることもある。

この男の子は、熱が出る前に、発狂するように暴れることがあるのだという。

そしてポイントは、その熱は押さえつけるべきものではない、ということ。

あくまで成長するための力。

むしろ、上手に伸ばしてあげるべきもの。

そういう時は、風を通す。

からまる風を疎通して、「こじれ」を緩める手法がある。

風ではらうべき熱というものが、漢方の世界にはあって、

古人はそれを「熄風そくふう」と呼んだ。

体にそよ風が吹けば、熱は自ずと消散する。

時間がかかるだろうことを、先にご説明した。

上手に成長させてあげること。治療の本質が、そこにあることを理解していただくためである。

そういう目的で、とにかくもう一度根気よくいきましょうと、

説明して出した薬は、7日分だった。

飲めるかどうかを確かめるための、短期投与であったが、

その結果は、思いのほか早く出た。

服用してすぐに、爆睡するようになったのだという。

今まで寝つきが悪く、具合が悪いとさらにひどかった。

それがなくなった。服用してすぐに、深く眠ることが出来るようになっていた。

良い感触をつかんだ私は、さらにかぶとの緒を締める気持ちで臨んだ。

治すべきは、成長しようとする力の発動。

小さなお子さまであれば、その力は不安定であって当たり前である。

実際に、発熱の頻度が減ってくるのかどうか。

根気よく服用していただくためには、

まずはこちらが、腰を据える必要がある。

幸いだったのが、お母さま自身が、この治療の意図を理解してくださったことである。

きっと良くなるという気持ちを持ってくれた。

少々の乱れには、左右されない強さをお持ちだった。

服用後、数ヵ月経つと、やはり発熱が起こった。

ひやりとしたが、お母さま曰く、いつもよりも本人が楽そうだという。

私は処方を変えなかった。お母さまに後押しされたと言ってもいい。

私も自信を持って、治ると伝えることが出来た。

そして実際に、この発熱は、それ以降明らかな終息を見せていく。

何よりも、体調が良くなると同時に、急速に体重が増えていった。

一年後には、体つきが変わった。がっしりとした、男の子らしい肉付きになっていた。

成長する力が、こじれることなく発動すると、

変化が速いのもお子さまの特徴である。まさに、男子三日会わざれば、である。

正解がいくつもある。

それが、漢方治療の特性である。今回は、その正解の中でも、より良い道が選べたのではないかと思う。

しかし、治療は道のりである。道のりである以上、必ず波もある。

その波をしのいでいくためには、薬の選択だけではどうにもならない。

必ず、患者さまとの意思の疎通が必要になる。

今回の症例では、そこが完治への決め手になった。

本人の頑張りと、ご家族の心根。

共同作業であるからこそ、病は改善できる。

それを、教えられた症例でもあった。

永く、関わらせていただいた患者さまである。

ご家族に、これからも爽やかな風が吹き続けてくれることを願っている。



〇その他の参考症例:参考症例

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