■症例:不眠・不安感

2020年09月08日

漢方坂本コラム

空を見上げ、腕をあげ続けるきつい仕事。

それを炎天下の中、何年も続けられている方々がいる。

生産量一位を誇る山梨。ブドウ農家の方々である。

毎年実る滋味深いブドウは、全国に出荷され、沢山の人を楽しませている。

ただしその実りは、時に身を粉にするほどの努力で支えられている。

きつい仕事の中で、体調不良を押してでもブドウを実らせる農家の方々。

土と生きるということ。

農家の方々からのご相談を受けるたびに、自然と生きることの過酷さを、思い知らされている。

ご高齢の女性から、不眠のご相談を受けた。

70歳、女性。

ブドウ農家に嫁いで数十年。人手不足もあり、未だに現役で働いていた。

夏になると茹だるような暑さに見舞われる甲府盆地。

滝のような汗をかくことが当然で、

毎年夏になると体重が落ち、冬になると戻るということを繰り返していた。

昨年の夏は、例年に比べて忙しかった。

そして冬になった。仕事もひと段落し、やっと骨休めができるという状況になった。

しかし今年は、もどるはずの体重がもどらない。

ご飯は食べている。ただ食べても体重が増えていかない。

そして体重がもどらなくなると同時に、いつの間にか眠ることが出来なくなってしまっていた。

今までも寝付けないことはあった。

その時は病院で処方された入眠剤を飲む。いつもはそれで寝つけていたのだという。

しかし今回は、入眠剤を飲んでもまったく寝付けない。

さらにそれだけではなく、心配事ばかりが頭に浮かんで、不安でしょうがなくなってしまった。

物音に敏感になり、夜間外で鳴る様々な音に、ハッと驚いて眠ることが出来ない。

見るからに痩身の女性である。目を充血させながら、穏やかながらも焦りを孕んだ口調でそう説明してくれた。

一通りの説明を受け、心の中で深くうなずいた。

過酷な労働による代償。

年齢を加味しても、明らかにオーバーワークによる自律神経の乱れである。

お話を聞いた時点で、治療の方針はある程度決まった。

ただし、詳しく確認しなければいけないことがあった。

胃気(いき)。

人体が生きるために持つ「食べる力」。

食事は変わらず食べているという。しかし普通であればこの時、胃気は落ちて当然だった。

詳しく聞くと、食べてはいるものの、それほど多くは食べられないのだという。

年齢的に見れば当然ではある。加齢と伴に若い頃のようには誰だって食べられなくなる。

胃気の判断が、やや難しかった。

こういう時は、一旦ゆったり構えた方が良い。

今までの流れをもう一度ゆっくりと伺うと、最近、慰安旅行で飛行機に乗った際、気持ちがわるくなって吐いたというエピソードを話してくれた。

まずは胃気への配慮を行うべきだと断じる。

口乾あるも手足煩熱なし。冷えの自覚もなし。ただし風呂に入った時に良く眠れたという。

処方が決まる。

血流の促し方が、はっきりとイメージできた気がした。

14日後。

結果は上々だった。味に不具合なく、やや寝つきが良くなったと喜ばれていた。

そして、食事が美味しく食べられるようになったようである。

今までは体重を増やそうと、やや無理やり食べていた。

それが無くなった。ちゃんとお腹が減って、ご飯を食べたいという気持ちが湧くようになっていた。

しかし、気になることがあった。

漢方薬を服用してから体が温まった。ただし若干暑いくらいに、火照る感じがあるのだという。

薬はかなり慎重に出した。強く火照らないよう、配慮したつもりだった。

それでも火照りを強く感じている。

私が想定していたイメージに、ほころびがある証左だった。

思っていた以上に血が「濃い」。

浅田宗伯がいう所の「血道を滑らかにするの手段」。

お出しした処方を変更し、今後の変化を慎重に見守るべく、仕切り直して14日分のお薬をお出しした。

それ以来、患者さまの眠りは日に日に回復していった。

若干の改良ではあるものの、薬能の変化をすぐに実感されていた。

体が暑くならず、さらに眠りが深くなった。

そして何よりも気持ちが落ち着いた。気持ちが安定してきたことに、患者さまも体調に自信がついてきたようである。

数か月服用を続け、そろそろお薬を止めても良いでしょうという段階になった。

しかし服用していると安心する、だからこれからも続けていきたいとおっしゃられていた。

私はそれに賛同した。身を削る仕事、農業の大変さを目の当たりにしていたからだ。

不眠に陥るほどの過酷な労働。

美しく陳列されたスーパーのブドウからは想像できないほどの過酷さを、少しでも和らげることが出来ればと思った。



■病名別解説:「不眠症・睡眠障害
■病名別解説:「自律神経失調症

〇その他の参考症例:参考症例

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