■症例:無月経

2021年12月09日

漢方坂本コラム

心と体。両者は相関する。

気持ちの落ち込みや緊張は、必ず体の不調として表れるし、

その逆も然り。体の不調は、気持ちにも影響を与えて心を重くさせる。

漢方では当たり前に認識されているこの事実、

では、いったいなぜ両者は相関するのだろうか。

心と体、両者には双方をつなぐものがあるということ。

「血流」。

約9万Kmと言われている、体に流れる大河。

おそらく人は、この巨大な川の流れによって体を動かし、そして同時に心も動かしている。

そう考えると、辻褄が合うのである。臨床を通じて、しばしばそう感じる瞬間がある。

今回の患者さまもそう。

不調を伴う心身に耳を傾けていると、そんな人体の不思議が、垣間見える時がある。

23歳、女性。

中肉中背の普通体形。ただし顔色は芳しくない。

そして、何よりも表情が重い。

初めて合う赤の他人である私に、声が緊張し、口調が硬かった。

仕事を始めた19歳の頃から、月経が不安定になった。

1年前に婦人科にかかるも、

特に器質的な問題はなく、ホルモン剤を処方され、服用を始めた。

月経はそれで来るようになった。しかし服用を止めて後、自力では月経が来なかった。

最後に月経が来たのは3か月前。

漢方薬によって改善するかもしれないと、お母さまと一緒にご来局された。

そして、よくよく体調をうかがうと、

患者さまを悩ませている不調はそれだけではなかった。

ジストニア。

筋肉の収縮によって、自分では制御できない運動を起こしてしまう症状の一つである。

患者さまの場合、手足などが勝手に動いてしまう症状があり、

特に疲れた時や、仕事中など緊張する場面で起こることが多かった。

程度が軽いため病院では特に治療はせず、経過をみていきましょうと言われている。

原因は不明。しかし、心療内科的な問題ではないかと指摘されていた。

本人曰く、体を動かしにくく、ギュッと力が入ってしまうような感覚なのだと。

確かに。

私とお話している最中でも、どうにか勝手に動かないようにと、体をギュッと強張らせていた。

見て取れる強い緊張。

そして、不安をたたえた目。

彼女はこの状態で仕事を続けていた。並々ならぬ疲労を感じていて当然である。

案の定、疲労感について聞くと、

仕事では気を張っているため疲労を感じる余裕もない、しかしその代わりに、仕事が終わって帰宅すると疲れが押し寄せ、何もやる気が起きずに横になってしまう。

さらに聞くとこの状態が約2年間、ずっと続いているのだという。

23歳の若さで、である。お母さまの心配そうな表情も、至極当然のことだった。

ただし私は、

その中であっても、治療方針を決定すること自体はそう難しいことではないと感じた。

やることは決まっているように思えた。問題は、それを現実的にどう実現していくのか、である。

詳しく症状をうかがう。

便通はやや不定期で、時に冷たいものの飲食で腹痛・下痢を起こすことがある。

食欲はあるものの、疲れた時に胃が重くなることがある。

足が冷えやすく、顔がほてりやすい。

緊張したときには、ジストニアと同時に動悸を打つことが多かった。

そして強い疲労倦怠感。月経があった時は、月経前と特に月経中、だるさが強くなった。

なるほど。

これならどうにかなるかも知れない。

疲労感が強いものの、未だにどうにか仕事を続けていられているという点、

そして何よりも、彼女の心の乱れ方と、体の症状とに矛盾がなかった。

古人が言っていた疲労状態の一種。

その際生じる身体の状態に、とても近似している。

血痺虚労けっぴきょろう

体の中から血流を促し、身体の緊張を去って体の力を抜く。

それができれば、月経がまた再開してくる可能性がある。

症状としては重い部類に属するものの、やってみる価値はあると思った。

患者さまに「半年ください」と伝えつつ、

私はまず最初に、7日分の薬を出した。

最初の配剤は成功だった。

服用し始めてから、大便が毎日出るようになった。

それと同時に便の形が安定し、お小水の量も増えて気持ちよく出るようになった。

漢方を飲むと体が温まるのだという。そして足の冷えがなくなり、ほてりもあまり感じなくなった。

今の段階で言えること、それは治療の方向性はおそらく正しい、ということ。

私はこのままの流れで処方を出し続け、

そしてある段階から、さらに血流を促す配剤を強めていった。

その一か月後、月経がはじまった。

出血は7日間。不正出血ではなく、期間とキレとに申し分のないちゃんとした月経である。

さらにこの頃から、体の動かしにくさも気にならなくなってきた。

血が通った。

血痺けっぴ」とは、よく言ったものである。

無月経の治療は、基本的に時間がかかることが多い。

月経を繰りかえす必要があるからである。1回月経が来ただけでは、改善したとは言えない。

また月経がきはじめると、体もそのタイミングで不調の波を打つようになる。

患者さまの場合もそうだった。

月経前後に、疲労感が強く表れるようになった。

そして同時に、メンタルも乱れ始めた。

月経に伴い気持ちが落ち込む。泣きたくなるような悲壮感が押し寄せてくるようになった。

治療途中で、思いのほか強い月経前後の症状が出現してきたが、

私はそれほど焦らなかった。その頃はもう、以前の彼女ではなかったからである。

患者さまは自分の体調を、緊張することなくスムーズに私に伝えてくれた。

聡明な回答で、非常に分かりやすかった。これなら、的確にPMSに対応していくことができる。

薬の改良を続けながら、服用を続けてもらった。

2回目の月経は、一か月経っても来なかった。

しかし、彼女は落ちついていた。その落ち着きが、とてもうれしかった。そして二か月経った頃、また月経がはじまり、そこからは順調に毎月くるようになった。

その後、4回月経を繰りかえす頃には、月経前症状は消失していた。

その時の彼女は、表情も、しぐさも、そしてその口調も、始めの頃とは見違えるようだった。

体調が良いということで、患者さまは結局、一年半服用を続けた。

最後には「もう大丈夫だね」と、お互いに笑いながら治療を終了した。

無月経も、ジストニアも、疲労倦怠感も、結局のところ一緒に改善していった。

そう聞くと、何かとてつもない治療をしたように聞こえるが、決してそうではない。

私がやったことは、一つだけ。

血流を良くした。ただ、それだけのことである。

人体に流れる川。

地球の円周2週分に及ぶ大河。

その流れには未だに解明されていない何かがあって、

そう考えることが、私にはとても自然なことのように思える。

未だ到達できない海の底があり、未だ知ることのできない星があるのと同じ。

知り得ない何かを感じることが治療。

そう理解させてくれた、思い出に残る症例である。



■病名別解説:「無月経

〇その他の参考症例:参考症例

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