■症例:脂漏性皮膚炎(脂漏性湿疹)

2020年08月28日

漢方坂本コラム

2月、冷え込みの厳しい時期、

皮膚病に悩まれる患者さまからのご相談を受けた。

脂漏性皮膚炎。

当薬局でも問い合わせの多い、未だ原因不明の皮膚疾患である。

マラセチアと呼ばれる真菌の関与が疑われているものの、
その根本的な原因は分かっていない。

頭皮や面部などの毛の生える部位に、異常な鱗屑(りんせつ:皮膚から剥がれ落ちるフケ)を生じる。
成人においては難治性であると同時に、非常に不快感の強い皮膚病の一つである。

40代の男性。

発症は数年前に遡り、きっかけは定かではない。

頭皮の乾燥が激しく、多量のフケが発生している。
そして年を経るごとに、フケの量が増えてきているという。

痒みはそれほどないが、髪の生え際にそって痂皮が厚く折り重なっている。
赤く浮き出た膨疹が、見た目にはっきりと分かる状態だった。

接客業をされている患者さまにとって、顔の症状は如何ともしがたい悩みである。

黄色を帯びたフケがボロボロと剥がれ落ち、
朝、枕に落ちたフケを見て憂欝になる毎日だった。

どうにか治そうと、今までさまざまな治療を行ってきた。
しかし、抗菌剤を塗っても、ステロイドを塗っても、一向に治まる気配を感じなかった。

自分でもこの病を色々と調べた。
ストレス・食事・睡眠・運動。節制をしながら生活を改め、出来る限りの努力を続けてきた。

しかし症状は落ち着くどころか、日に日に悪化していく。

もし漢方で治るならば・・・。
そう思い、当薬局のHPを見て漢方治療を決断された患者さまだった。

皮膚治療は通常、「標治(ひょうち)」と「本治(ほんち)」とを厳密に区別する。

「標治」とは皮膚症状をとにかく抑えるという治療、
そして「本治」とは皮膚症状を起こしにくい体質へと導く治療である。

今回の患者さまの場合、皮膚以外の体調面では特に問題が無さそうだった。

中肉中背、やや脂肪が乗るも筋肉が維持された体。

規則正しい生活を心がけていたからだろう、
便通・食欲・疲労ともに、特筆するべき症候は見当たらなかった。

したがって治療は「標治」を行う。

十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)や荊防敗毒散(けいぼうはいどくさん)、消風散(しょうふうさん)や場合によっては黄連解毒湯(おうれんげどくとう)などを合方するというのが、一般的なやり方である。

しかし患者さまのお話を伺っているうちに、
これらの手法では到底太刀打ち出来ないだろうと感じた。

患者さまが脂漏性皮膚炎を発生させている原因、
それが、東洋医学的な視点をもって観て取れたからである。

まず最初に気付いたのは、冬であっても寝汗をかく、という症候だった。

身体に籠る熱。

よくよく確認すると、真冬でも薄着でいたくなるような自覚的な熱感が常に介在していた。

この症候を、ご本人はそれほど気にはされていなかった。

しかし私から見たら違った。患者さまの脂漏性皮膚炎を治すためには、この症状こそが無視の出来ない重大なサインだった。

「温病(うんびょう)」。

患者さまに生じている病態は、おそらくこの病の範疇に属する。

標治・本治は皮膚病治療の基礎である。
しかしその基礎とは別に、ある軸をもって病の流れを把握しなければならないケースがある。

患者さま脂漏性皮膚炎は、まさにこのケースを私に連想させた。
常道を用いても効かない。そういう経験の中で得た一つの手法だった。

私は2週間分のお薬をお出しした。
皮膚症状の変化の前に、知りたいことがあった。

この2週間で体に籠る熱がどう変化するのか。
見極めなければいけないことは、まずはそこからだった。

2週間後。

患者さまがまず教えてくれたのは、朝起きた時の変化だった。

枕に付着していたフケがなくなった。
そして鏡を見ると、明らかに膨疹が薄くなっているのを実感できたのだという。

寝汗はどうかと聞くと、そういえば、ここしばらくはかいていないとおっしゃられた。

ただし、最近寒いと感じるようになったようだ。
それで良いのですと説明した。冬の真っただ中、寒いと感じていないことの方が不自然だった。

身体に籠った熱が、取れ始めた。

つまり皮膚を焼く火が消えてきている。
だからこそ皮膚症状が改善してきているのである。

薬方の効果を確認した私は、
皮膚症状が完治しきるまで服用を継続して頂くようお願いした。

そして生活の養生をもう一度確認した。
今まで頑張ってこられたことは正しい。それを今後も続けて頂くようお願いした。

正しい養生が効果を示さなかったのは、
自分ではどうすることも出来ない火が、体に灯っていたからである。

その火を消せば症状は改善する。今までの養生も、的確に効果を発現してくるという確信があった。

原因不明の病、脂漏性皮膚炎。

原因は確かに分かっていない。
しかし、東洋医学的に観ると必ずしもそうとは言い切れない。

現代医学の常識からすれば、身体にくすぶる火など、全く根拠の薄い概念であろう。

しかし、そう捉えることで改善し得るという現実もある。
歴代の先哲たちが伝えてきてくれたこと。それは、的確な想像力が学問へと昇華されるという教えだった。

患者さまは現在も治療を継続されている。
養生を続けながら、皮膚症状の完治を目指されている。

今ではもう、ほとんど気にならない程度になった。
治し切ろうとする患者さまの意気込みが、何よりも頼もしかった。



■病名別解説:「脂漏性皮膚炎

〇その他の参考症例:参考症例

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