□月経前症候群(PMS) ~なぜ効かないのか・現行の漢方治療とその問題点~

2023年01月12日

漢方坂本コラム

□月経前症候群(PMS)
~なぜ効かないのか・現行の漢方治療とその問題点~

<目次>

問題点1・「気血水」による病態把握

問題点2・「証」を探すという治療

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大なり小なり女性であれば多くの方が経験している月経前症候群(PMS)。

西洋医学に比べて対応する薬が多いため、漢方薬がしばしば選択されます。

当薬局でもかなり多くのPMS治療を経験してきました。そして来られる方のほとんどが、すでに何らかの漢方治療を受けられていた方達です。

さらに患者さまに今までどのような治療を受けてきたか確認すると、おおよそ同じような治療を受けられています

例えば加味逍遥散かみしょうようさん当帰芍薬散とうきしゃくやくさん桂枝茯苓丸けいしぶくりょうがんの婦人三大処方。

その他、柴胡加竜骨牡蛎湯さいこかりゅうこつぼれいとう五苓散ごれいさん抑肝散加陳皮半夏よくかんさんかちんぴはんげ加味帰脾湯かみきひとうなど。

これらの処方は、確かにPMSに効果を発揮することがあります。しかし実際にはこれらを飲んでも改善しないというケースが少なくありません

そこで今回のコラムでは、なぜこれらの処方が効かないのか、現行治療とその問題点とを解説していきたいと思います。

まず第一に言えることは、これらの処方が効かないのではない・・・・・・・・・、ということ。

処方がいけないのではなく、あくまで使い方の問題。

効かせる使い方が出来ていない・・・・・・・・・・・・・・もしくは病態の見立て方が間違っている場合が多い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のです。

問題点1・「気血水」による病態把握

漢方治療には、「気血水」という概念があります。

気血水とはそれぞれ人体に流れる生理物質であり、これらの乱れを把握・分類して処方を選択していきます。

気虚・気滞といった気の乱れ、血虚・瘀血といった血の乱れ、水滞・津液不足といった水の乱れに着目します。そして、それぞれに適合する漢方薬を選択していくわけです。

比較的わかりやすく、漢方初学の概念として広く使用されている治療方法の典型例です。しかし、この概念だけで治療できるかというと、実際の臨床はそれほど簡単ではありません

なぜ気血水だけでは難しいのか。

その理由は、この解釈だけでは人体を的確に把握することが出来ないからです。

この概念は東洋医学における基本中の基本と言っても過言ではありません。

基本である故に重要です。しかし、全てのPMSが気・血・水だけで分類できるわけではありません。病態把握はそこまで簡単なものではないのです。

また気血水はあくまで「概念」であることを理解しなければなりません。

漢方の先生一人一人に、「気」とは何かと聞けば分かります。

深く漢方治療を行っている先生ほど、その定義は必ず異なってきます。

「概念」であるからこそ、先生方の臨床の経験によってその定義は大きく変わってくるのです。

気・血・水はかなり簡略化された分類だということ、そしてこれらはあくまで「概念」であり、取りようによっていくらでも解釈を変えられるということ。

「曖昧さ」から逃れられない東洋医学をそのまま体現したような治療手法です。すなわち有機的な人体においてはどうしても、気・血・水だけでは治療を定めることができません。

ちなみに、この気血水の概念は江戸時代の名医・吉益南涯よしますなんがいによって提示されたと言われています。

南涯は、重鎮・吉益東洞よしますとうどうの息子で、多くの門人(弟子)たちに東洞の難解な医説を解説するために、気血水概念が作られました。

つまり気血水という概念は、そもそも「説明のための概念」だということです。

決して臨床から導き出されたものではない。あくまで父・東洞の医説を補充・解説するために作られたものです。

分かりやすいのもそれが理由で、説明としては有意義です。

そのため気血水概念は漢方の初期学習に決まって使用されています。

しかし、それをそのまま臨床に応用したところで、決して人を把握することはできません。

基本はあくまで基本。現実からは少なからず乖離があるものです。

漢方の臨床家はそれを知っています。基礎学習と臨床とには、まったく違う正解があります。

したがって臨床家は、いかに臨床に則した概念を導き出すかに心血を注ぎます。

例えば半夏厚朴湯はんげこうぼくとうは、気血水概念で言えば気滞と水滞とに使う薬ですが、現実的には桂枝茯苓丸でも治らない瘀血を改善することがあります。

気・血・水という曖昧な定義をそのまま運用する治療方法、それがなされている限り、多くの場合で改善は難しいというのが正直なところです。もし上手くいったとしてもそれはまぐれ当たりで、再現性はなかなか望めません。

問題点2・「証」を探すという治療

漢方ではしょう」という概念があります。

「証」とはある処方を使う証(あかし)という意味です。患者さまの体調からさまざまな処方の「証」を探すことで、その病を改善し得る薬を見つける際に用いられる言葉です。

つまり患者さまから「証」が見つかれば、おのずと処方が決定するという考え方です。これを「方証相対ほうしょうそうたい」といいます。

主に昭和の漢方家たちが提言してきたやり方で、病名が決まれば治療方法が決まるという、西洋医学的な治療方針を模倣した考え方だとも言えます。

そういう意味で、漢方治療を分かりやすくしたものではあります。この方証相対も、漢方では真っ先に覚えなければならない基礎に属します。

そのため今でも患者さまから「証」を探すという試みがしばしば行われます。しかしやはりこれも気・血・水と同じ、必ずしも治療に結び付くやり方ではありません

そもそも人体は個性の塊であり、同じPMSであっても多岐に渡る病態が考えられます。

その個性をいかに捉えることができるのか。漢方治療の基本は、個々の患者さまのお身体に合わせて、処方・治療方法を選択していく点にあります。

したがって、いくら患者さまから「証(適応する処方)」を探そうとしても、そうそう簡単にピタリと合う薬など見つかりません。

「証」とはあくまで「典型例」です。例えば加味逍遙散の証とは、加味逍遙散にて治すことのできるある典型的な病態を指しています。

漢方処方には確かにたくさんの種類があります。しかしいくらたくさん用意されているといっても、人体が持つ個性に比べれば極々わずかです。

つまり無限の有機性を見せる人体にいくら「証」を見つけようとしても、典型例ばかりではないため、証が見つからないというのが臨床の現実です。

昔、師匠に言われたことがあります。患者さんの中から、処方を見つけようとしてはいけないよと。

漢方処方を勉強していくと、その薬の使い方が分かってきます。そして使い方がわかると、その漢方処方が適応する患者さまを、ありありと思い浮かべることが出来るようになります。

しかし実際の臨床では、いくら患者さまの中に勉強してきた適応処方を探そうと思ってもなかなか上手くいきません。

誰一人として同じ人がいないからです。「証」という典型例に固執してしまうことが、方証相対の弱点だと言えます。

私はこの方証相対によって作られる治療を、漢方治療における処方第一主義と呼んでいますが、患者さまから処方を探すのではなく、あくまで「病態」を見極めなければなりません。

そしてその病態を解除するために、必要な処方を道具として使うというのが、個々の患者さまに適応する自然かつ有効な治療手法です。

気血水分類にて病態を把握すること、証を探して処方を決定しようとすること、これらは漢方の基礎手法でありますが、そうそう都合よく治療は進んでいきません

両者に共通することは「説明のための概念」であるということ。吉益南涯が父・東洞の医説を解説するために作り出されたのが気血水であるように、方証相対もまた、昭和の漢方家たちが当時の西洋医学者たちに漢方を説明するために利用し、作り出した概念です。

ある意味分かりやすい考え方であることは確かです。しかしわかりやすい分、現実に即していない考え方でもあります。

かけやすい色眼鏡で患者さまを見るのではなく、素直に、ありのままに見るという、一歩前に進んだ病態把握をすることが求められます。

さて、次回はその一例として、PMSという病態をどのように捉え、治療していくかという点について解説してみたいと思います。

漢方治療は先生方によってやり方・考え方が変わってくるという宿命があります。

漢方家の数だけ正解がある世界です。その一端を示すべく、私自身の考え方を簡単にお話していきたいと思います。



次項へ続く
□月経前症候群(PMS) ~基礎だけでは通用しない・漢方独自の見立て~



■病名別解説:「月経前緊張症(PMS)

【この記事の著者】店主:坂本壮一郎のプロフィールはこちら