□産後の不調 ~漢方をお勧めできる理由とその手法~

2022年05月26日

漢方坂本コラム

□産後の不調
~漢方をお勧めできる理由とその手法~

<目次>

産後の不調に漢方をお勧めできる理由

■産後の体調不良
■産後の不調と漢方

産後の不調をどう見立てるのか

■産後治療のコツ・体調不良の傾向の見極め
1、骨盤内の血行障害
2、疲労回復と虚労
3、精神症状と自律神経の調節
■一人で抱え込む前に

産後の不調に漢方をお勧めできる理由

■産後の体調不良

妊娠と出産は、言わずもがな人生の一大行事です。

新しい家族が増えるというのがその一つ。そしてもう一つは、体調を大きく崩すきっかけになり得るということです。

日常生活の範疇を大きく超えた経験である妊娠・出産は、それだけで母体の体力を相当奪います。今でこそ産婦人科技術の向上により昔に比べて安全性は高くなったものの、やはり命をかけて命を生み出すことに変わりはありません。

そのため、産後に体調を悪くされる方はたくさんいらっしゃいます。浮腫みや疲労感のみならず、精神的にも非常に過敏になりやすい時期でもあります。

しかし産後の体調不良の多くは、病院にかかっても問題なしと判断されることが多いものです。検査をして異常がなければ、頭痛があれば痛み止め、眠れなければ睡眠導入薬といった、対症療法にて対応していくことになります。

■産後の不調と漢方

現代のような出産管理を行うことが出来なかった時代では、今以上に妊娠・出産はリスクを伴いました。

漢方はそういう時代に作られたからこそ、妊娠・産後の体調を維持・回復するための手法が多く考案されてきました。

漢方の歴史において、最も古くから培われてきた技術の一つであり、対応するための薬方もかなりの数にのぼります。その多くが対症療法とは異なり、お身体そのものの弱さや不安定さを回復していくことを主眼としています

私見では、これらの技術は現在においてもなお、非常に有効性の高いものが揃っています。産後の諸症状の消失、産後の体調管理という意味では、これらの手法を使わないのはもったいないと感じます。

ただし、漢方薬であれば何だって良いかというと、それは違います。先に述べたように、その手法はかなりの数があります。その中で、自分の体調を改善し得る薬を選ぶことが重要になります。

そこで今回のコラムでは、産後の漢方治療の特徴をご説明していきたいと思います。

長い歴史の中で培われてきたからこそ、効果を発揮するためには少々コツがいる治療になります。

実際の治療において、どのように見立てていくのか。その辺りのところを、ポイントを絞ってご紹介したいと思います。

産後の不調をどう見立てるのか

■産後治療のコツ・体調不良の傾向の見極め

産後の不調といっても、実際にはさまざまな症状が発現してきます。強いだるさや倦怠感をはじめとして、人によって出てくる症状は全く異なってきます。

産後の治療では、この症状によって当然使う薬が異なってきます。ただし、疲労が強いから疲労を取る薬といったような、一律的な処方選択ではなかなか効果が発揮されません

ポイントは、その方がもっている、本質的な「体調不良の傾向」の見極めることです。産後は、人によってどのように体力を消耗していくのかが異なります。その傾向を見極めることが重要で、そうすることでより的確な処方を選択することができます。

例をあげて説明しましょう。

1、骨盤内の血行障害

まず第一に、妊娠・出産によって最も傷つきやすい部分は「骨盤内」です。

妊娠中では子宮が大きく膨らみます。また出産ではいきむことで子宮に強い圧がかかり、さらに産後は子宮平滑筋に脱力が起こります。出産後、子宮は骨盤内に収納されますが、この時子宮の血行が通常どおりに戻らないと、そのまま骨盤内にもその血行障害が広がっていきます。

骨盤内には大腸があります。また膀胱も骨盤内に位置しています。子宮に負担がかかると、同じく子宮の近くで骨盤内に収納されている大腸や膀胱にも負担がかかります。つまり産後は子宮の負担が大腸や膀胱へと広がり、下半身にさまざまな症状が出やすくなります。

例えば、産後にを患う方はかなり多いと思います。また便秘になったり下痢になったりと、便通が乱れる方もかなりたくさんいらっしゃいます。さらに大腸に原因不明の炎症が起こる潰瘍性大腸炎は、産後に悪化する傾向があります。これらは産後、骨盤内の負担が大腸に広がることで起こると考えられます。

また産後に頻尿や残尿感、排尿痛や尿漏れを起こす方もいらっしゃいます。膀胱炎を起こしやすくなるケースもあります。特に妊娠前から膀胱炎を繰り返していた方では、とくに起こりやすくなります。大腸と同じように、膀胱にも血行障害が波及し、膀胱の筋肉活動に不具合が生じるからです。

これらの下腹部に起こる症状は、便通障害や排尿障害における一般的な漢方治療を行ってもなかなか治りません。産後における骨盤内全体の充血という点を勘案し、それなりの薬方を選択しなければならないからです。

例えば痔に対する有名処方である乙字湯おつじとうや、膀胱炎治療に良く使われる猪苓湯ちょれいとうだけでは難しいことが多いのです。産後という特殊性と、もともとの骨盤内の弱りとを把握しながら、体質的な傾向を読み取って薬方を選択する必要があります。

2、疲労回復と虚労

産後に起こる症状の大半は、妊娠・出産、そしてその後の育児による体力の消耗に起因しています。

この体力の消耗を如何に回復できるかというのが、多くのケースで産後治療のポイントになります。

体力の消耗というと、漢方では「虚」という概念がしばしば登場します。特に「気虚」や「血虚」が有名で、それぞれ身体に必要な生理物質の消耗という概念で、これらの病態は位置づけられています。

ただし、気虚や血虚と呼ばれる病態をいくら追いかけても、体力の消耗を回復することは実際には難しいものです。気虚だから補中益気湯ほちゅうえっきとう帰脾湯きひとう、血虚だから当帰芍薬散とうきしゃくやくさん四物湯しもつとうと短絡的に選択しても、産後の疲労は取れていかないことが多いのです。

その理由は、「虚」は単に別々で存在しているものではないからです。「虚」には流れがあります。体のどこが先ず疲労し、その後どのように疲労が深まっていくのかという、「流れ」を把握した上で治療することが非常に大切です。

この体力消耗の流れを提示しているのが「虚労きょろう」という概念です。これは今で言うところの気虚や血虚が提示される以前、『金匱要略きんきようりゃく』と呼ばれる聖典に収載されている概念です。

人が体力を消耗するときに、どこが、どのように疲労し、それを深めていくのか。それを段階を踏んで解説している最古の資料で、ここにこそ産後の体力回復を実現させるためのヒントが提示されています。

漢方では歴史と向き合いつつ、その造詣を深めた先生と、そうでない先生とで如実に腕の差が出てきます。私が今までお会いしてきた先生においても、ちゃんと効果を出されている方々は必ずといってよいほど漢方の素養・教養を大切にされています。

単に疲労を去る、という一見単純なことの中にも、東洋医学の英知が隠されているのです。特に産後の疲労においては、このような造詣の深さが治療効果に直結しやすいという印象があります。

3、精神症状と自律神経の調節

産後に体調不良を抱えておられる方の多くが、気持ちの乱れを自覚されています。強いイライラや不安感をはじめとして、いてもたってもいられないような焦燥感を感じる方もいます。

体調と伴に生活習慣が激変する産後は、気持ちの不安定さを生じやすい時期です。赤ちゃんやご家族に対して優しくできない、ちゃんと見ていてあげられないなど。産後に心地よい生活を送るためには、これらの精神症状を落ち着かせる治療を行うことも、非常に大切になってきます

漢方では、心と身体とを切り離して考えません。気持ちの乱れは必ず体の不調に起因している。そういう大前提のもとで治療を組み立てていきます。

そうすると、精神症状に対しては効果が薄いように感じるかもしれませんが、決してそういうわけではありません。体の症状が楽になると同時に、気持ちも安定してくるということが良くおこります。

例えば良く眠れるようになって疲労が取れると同時に、イライラや不安感が消えていくということが実際に起こります。生理前にイライラするという方は多いと思います。これは脳だけの問題ではなく、体である子宮と脳とのつながりによって起こる症状だからです。

つまり精神症状の多くが脳だけの問題として起こると考えるほうが不自然です。産後に気持ちが乱れるのは、産後という特殊な体の状態が大きく起因しています

人体は自律神経によって緊張・興奮とリラックスとを調節しています。漢方では永年の経験を経て、この自律神経を調節する手法を多く見い出してきました。

その調節手法をいかんなく発揮することで、産後の体を心とを伴に回復させることが可能です。ポイントはやはり、気滞や気逆、気鬱といった東洋医学の基本概念から脱却すること。より本質的に自律神経を調節し得る人体の要所を見極めて治療することが必要です。

■一人で抱え込む前に

産後はこれから赤ちゃんを安全に育てなければならない大切な時期です。

一時も目を離せない育児を、体調不良を抱えながら行っていかなければなりません。

しかも、状況的に母親一人で育児を抱え込まなければならないケースも多く、誰にも相談できない、相談しても分かってもらえないという、非常に孤独な状況に置かれてしまうことも少なくありません。

産後に失った体力を回復させたい、自分ではコントロールできない気持ちの乱れを安定させたいと思いつつも、病院の検査にて問題がなければ、どうしたら良いのかわからないという状況に立たされてしまうものです。

当薬局でも、そういう方からのご相談が多く寄せられています。

そして実際に良くなる方が多いというのが、この体調不良の特徴でもあります。

これは当薬局に限ることではなく、漢方専門の医療機関であれば同じように効果を上げています。

産後の不調は漢方の得意分野だといっても過言ではなく、治療を受けてもなかなか治らない方であっても、諦める必要は全くありません。

お一人で悩まれている方にこそ、強くお勧めしたいと思います。体と心とが軽やかになり、赤ちゃんとの生活を心から楽しめるように、ぜひ漢方治療をご利用ください。



■病名別解説:「妊娠中・産後の不調

【この記事の著者】店主:坂本壮一郎のプロフィールはこちら