□男性更年期障害(LOH症候群) ~漢方薬による対応とその実際~

2022年09月06日

漢方坂本コラム

□男性更年期障害(LOH症候群)
~漢方薬による対応とその実際~

<目次>

男性更年期障害(LOH症候群)とは

男性更年期障害に対する漢方治療の実際

1、補腎薬(八味地黄丸など)の実際
2、性欲(リビドー)と勃起能力の低下に対する効能
3、漢方薬による改善のポイントはあくまで血流にある

男性更年期障害(LOH症候群)とは

女性特有の疾患と認識されがちだった更年期障害。

実は男性にも起こるということが、今では広く認知されるようになりました。

男性が心身の健康を維持するために必要とする男性ホルモン(テストステロン)。このホルモンは20代頃までに急激に増えてピークを迎え、その後は年齢とともになだらかに減少していきます。

ところがこのテストステロンが、何らかの理由で急激に減少してしまうことがあります。そのために心身に不調をきたす病が、男性更年期障害(LOH症候群・加齢性腺機能低下症)です。

男性更年期障害では心身に渡り多くの症状が発生してきます。そのため、自分では何の病か判然とせず、病の特定が遅れることもしばしばあります。

大別すると身体症状と精神症状とに分けられます。40代後半以降(発症のピークは50〜60代)になって、以下のような症状に悩まれている方にこの病の可能性が指摘されます。

■身体症状
〇疲れやすい・元気がない
〇ほてりや発汗
〇筋肉痛・関節痛
〇頻尿
〇睡眠障害

■精神症状
〇気力がわかない
〇意欲の低下
〇抑うつ感
〇不安感
〇イライラ
〇焦燥感

■性機能症状
〇性欲低下
〇勃起不全

基本的にはストレスが強く関与していると言われています。またテストステロンの減少は加齢と伴にどうしても進むため、一時的なホルモン分泌の変調をきたす女性の更年期障害とは異なり、待っていても回復しないと言われています。

さらに起こる症状が多岐に渡り、うつ病や自律神経失調症などの他の病と重なっていることがあります。実際には血液検査によってテストステロンの分泌を調べ、値が低かった場合に加齢性腺機能低下症と診断されます。そして症状に従ってED治療薬や抗うつ薬、そしてテストステロンの補充療法(筋肉注射)を行うこともあります。ただし、ホルモン補充を行っても改善しないケースがあり、治療がスムーズに進んで行かない方も多いようです。

それはおそらくこの病が未だ完全に解明されておらず、単にテストステロンの分泌量の減少というだけでは論じることが出来ないから、なのかも知れません。

そういう背景から、この病では漢方薬がしばしば処方されます

漢方治療ではテストステロンを直接補充するわけではありません。テストステロンが働きやすい場を体に作っていくというのが本質だと思います。

さらにテストステロンの急激な減少は、いわゆるメタボリックシンドローム・心筋梗塞・脳梗塞・がんなどのリスクを高めるとも言われています。そういう先の病の予防も含めて、漢方治療に期待が高まっているという傾向があるのでしょう。

ただし、この男性更年期に対しての漢方治療は、未だ研究段階であるというのが本当のところです。

西洋医学的病名であっても、視点を変えて広く対応できるというのが東洋医学の強みではあります。しかし比較的新しく認知され始めた病に対しては、非常に安易な見方で捉えがちになるというのも、東洋医学の悪しき特徴です。

私見では、男性更年期においても、この東洋医学の悪い面での対応が出てしまっているように感じます。そこで今回、男性更年期障害に対する漢方治療の現実的なところを、ご紹介していきたいと思います。

男性更年期障害に対する漢方治療の実際

東洋医学によって各疾患を把握する場合、どのような病であっても、その特徴の中から捉えやすいポイントというものをまず探します。

男性更年期障害では、漢方の専門家であればおそらく真っ先に目につくであろう要素が2つあります。「加齢」「性欲の減退」です。

すると、そこからすぐに導き出せる概念があります。いわゆる、東洋医学的に把握される「腎」という概念です。

この腎という臓は、「先天の精」と言われる生まれ持った生命力と、生殖能力とをつかさどると言われています。したがって男性更年期障害では「腎」の弱さをまず考える。これが、一般的かつ常識的に行われている、この病の核となる病理把握です。

1、補腎薬(八味地黄丸など)の実際

したがって「男性更年期障害 漢方薬」と検索すると、必ずと言っていいほど「補腎薬」が出てきます。八味地黄丸はちみじおうがん牛車腎気丸ごしゃじんきがんなど、漢方をお調べ頂いた方であれば、誰しもが目にしたことのある有名処方です。

これら補腎薬は、加齢と伴に弱る生殖能力や骨の弱り、そこから派生する病にしばしば用いられています。男性更年期障害などの疲労感を伴う生殖能力の減少や、脊柱菅狭窄症などの整形外科領域に広く応用されています。

ただし、この運用は非常に短絡的だと言わざるを得ません

結果として、現実的に効果が得られないからです。テストステロン補充療法を行っても治らなかった、どこに行っても改善が見通せないという男性更年期障害の方に使ってみれば一目瞭然の事実です。

中には良くなっているという方もいらっしゃるでしょう。しかし、私見ではほてりや発汗・不眠を強く訴える方や、精神症状が顕著に表れている方では、これらの補腎薬はあまり効果を発揮しません。むしろ、胃腸を悪くするという方もいらっしゃいます。

補腎薬が効くとされる根拠は、先で述べたように「腎は精を主る」という東洋医学思想に基づいています。しかしこれは臨床的には無価値です。補腎薬を一律的に使ったとしても、性欲が増したり、テストステロンが増えたりすることは、決してありません。

学術的に価値のある概念だとしても、それが臨床的に現実の効果を発揮する概念だとは限らない、というのが東洋医学のある種の特徴でもあります。飲めば加齢により弱った骨がもとに戻る、減退する生殖能力が若返る、そんな都合の良い薬は残念ながら無い、といのが現実です。ある意味、東洋医学特有の神秘性に騙されてしまっている解釈だと、言えるかも知れません。

2、性欲(リビドー)と勃起能力の低下に対する効能

以上のことから、補腎薬によって生殖能力が回復するという解釈は、非現実的だと考えていただいた方が良いと思います。

男性更年期障害に補腎薬を用いて回復する場合は、おそらく浮腫が取れたり、労作時の息切れが取れたりすることで、体が軽くなる感覚によって気持ちが楽になったという治り方だと思います。

直接的に性欲を回復させたり、勃起能力を回復させる薬ではありません。まず、その認識を持って頂くことが大切だと思います。

では、性欲や勃起能力の回復に対して、漢方ではどう対応したら良いのでしょうか。

漢方薬というと、いわゆる精力剤のようなものが多く用意されているような感覚を持つ方も多いのではないでしょうか。巷ではマムシやすっぽん、高麗人参やオットセイ(睾丸)などのエキスが漢方の精力剤として売られています。

こららの効果が有る無しは置いといて、まず前提として、これらは漢方薬ではありません。あくまで「民間薬」という部類の使い方に属しています。

民間薬とは、昔から良いとされている大衆薬という立場に属する薬です。皮膚湿疹に使うドクダミの葉を使う、咽の痛みに大根はちみつを飲むといった療法と同じです。どちからと言えば、誰しもに使える、比較的安全な治療方法といっても良いでしょう。いわゆる漢方の精力剤というものは、この手に属する大衆的な治療方法です。

一方、漢方はあくまで個人差に着目して人を見立てる医学です。大衆的な治療方法ではなかなか治らないという方が、ではなぜ他の人は治るのに自分では治らないのかという場において、本領を発揮する医学だと言えるでしょう。

その分、思想・概念・経験に基づいた専門知識を必要とする、やや敷居の高い医療ではあります。したがって逆を言えば、マムシやすっぽん、高麗人参やオットセイのエキスによって回復するのであれば、漢方治療は必要ないというのが、現実的なところです。

そして、さらに正直に言えば、漢方治療においては直接的に精力だけを回復するということは難しい、という側面があります。もし性欲や勃起能力が回復したとしても、それはあくまで間接的、つまり自律神経が安定したり、他の症状が改善へと向かうと伴に、結果的に改善してくるという治り方をします。

したがって、男性更年期障害における性欲・勃起能力の回復は、それだけを目的として治療するのであれば漢方治療は不向きです。いわゆる精力剤と呼ばれる市販薬以上のものが、漢方専門の医療機関に用意されていると考えるのは、少々現実的ではないと言わざるを得ません

3、漢方薬による改善のポイントはあくまで血流にある

では、漢方では男性更年期障害に対してどのような効果を発揮するのでしょうか。

私見では、目標とする症状はまず性機能症状以外から、つまり、疲労感やだるさ・不眠といった身体症状、またイライラや不安感といった精神症状にスポットを当てていきます。

これらの症状は、自律神経失調症などにおいても介在してくる症状の一端です。まずはそこから治療を始める。そしてその治療がそのまま、男性ホルモン(テストステロン)が働きやすい場を作るという治療につながっていきます。

結論から言うと、漢方薬の効果は「血流」を安定させることに重点が置かれます。

ここでいう血流とは、東洋医学的にいう「血」という概念ではなく、あくまで実際に体に流れている血液の流れを指しています。

ホルモンとはそもそも血液に乗って運ばれる物質です。分泌量だけでその活性が測れるわけでなく、その輸送系である血流が悪ければ、当然その働きも弱まっていきます。

さらに自律神経は血流を調節する神経です。つまり血液の流れが悪くなると、自律神経とホルモンの活性が同時に乱れてきます。

つまり漢方ではまず血流の安定を図ります。それによって、自律神経の乱れを整え、かつホルモンの働きを促すという治療を行います。

男性にとっての40代以降というのは、どうしても若い時のように血流を維持することが難しくなる年齢です。なぜならば、人体の血流を維持・安定させているのは筋肉だからです。40代以降、男性はどうしても筋力の衰えが現れてきます。

また、筋肉がちゃんとついている方であっても、内臓の筋肉も同様に強いとは限りません。暴飲暴食や睡眠不足、ストレスなどの影響で、内臓平滑筋が疲れたり、血管平滑筋の活動が乱れることで、血流が不安定になっているケースもしばしば散見される所です。

男性更年期障害に対して、漢方では血流を安定させることで、身体の筋肉の疲労をさり、活動を促すという効果を発揮します。それによってさらに血流が安定しやすくなり、自律神経ならびにホルモンの活性が安定しやすくなります。

つまり男性更年期障害においては、体内で低下したテストステロンの活性を、筋肉や血流に働きかけながらその輸送系を安定させることで高めるということを目的にするのです。

またテストステロンの補充とこの漢方治療とは決して相反する治療ではありません。むしろ、いくら補充してもちゃんと輸送できなければテストステロンは働くことが出来ません。

したがってテストステロンの輸送を整える漢方治療は、西洋医学と相性の良い治療だと言えるでしょう。漢方治療を同時に行うことで、さらに効果が発揮されやすくなるという側面があると感じています。

ただし漢方薬は、飲めば何でも血流が良くなるかというと、そういうわけではありません。

人体の血流障害は、人によって様々な違う状況を形成します。そのため、東洋医学的な解釈をもってその個人差を把握できるかどうかが、改善へ向けてのポイントになってきます。

つまり個人差に合わせて、しかるべき治療方針を組み立て、薬方を選択するということ。それが改善に向けての大前提であり、そのために多くの薬方薬が用意されています。

実はこの治療方針は、女性における更年期障害と基本方針はそう大きくは変わりません。また、自律神経失調を改善する場合と比べても、大きくかけ離れているわけでもありません。

むしろ、ホルモンバランスを調節する、自律神経を整えるという漢方治療の基本があってこそ、男性更年期障害は治療が可能となります。故に、単に精力を増すという安易な発想では、男性更年期障害を改善することは難しいというのが、臨床の実際だと感じています。

そして男性更年期障害治療の最大の難しさは、抑うつ状態の介在にあると私は感じています。抑うつ状態は、改善の進みが遅い治療や、症状に波を打ちながら進んでいく治療に対して、非常に徒労感を感じやすいという症状でもあります。

年齢を重ねながら出現する男性更年期障害は、西洋医学・東洋医学問わず、比較的治療に時間のかかる病です。したがって、ご家族の支えや治療の納得を含めた、長く治療を行っていける配慮が必須になる病だと言えるでしょう。

人により治療の長さは千差万別です。改善へ向けての心構えとして、腰を落ち着けた治療を心がけたい病です。



■病名別解説:「更年期障害

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