□頭痛・片頭痛 〜なぜ低気圧で頭痛が起こるのか・天気と頭痛との関係〜

2021年06月10日

漢方坂本コラム

□頭痛・片頭痛
〜なぜ低気圧で頭痛が起こるのか・天気と頭痛との関係〜

<目次>

■気圧に左右される頭痛=水毒?
■なぜ気圧に左右されるのか・気象病における頭痛の原因
1.気圧と血流との関係
2.血行障害から派生する病態
■天候に左右される頭痛をどう治していくのか
1.気圧によって頭痛が起こる人の特徴
2.漢方薬はなぜ効くのか・どう効かせるのか
■天候に左右されないための養生
1.運動のススメ
2.胃腸への負担を減らす
3.睡眠の重要性

気圧に左右される頭痛=水毒?

頭痛を誘発させる原因の一つに気圧の変化があります。

雨の降る前やその最中、また台風が近づいてくる時など。当薬局でも頭痛の相談に来られる方のほとんどが、痛みが天候に左右されることを自覚されています。

漢方薬で頭痛を治療する場合、痛みが天候に左右されるというのは治療上の大切なポイントになります。身体に余分な水が貯まることで起こると解釈され、これを東洋医学では「水毒」と呼びます

そのため天候に左右される頭痛では水毒治療を行うことが通説になっています。この時効果的な処方として「五苓散」がしばしば紹介されています。

これは漢方の解説でしばしば目にする一般的な解釈です。ただし、現実的な臨床の眼を通してみると、この解釈にはいささか疑問があります。

天候に左右される頭痛が全て「水毒」によるものかというと、決してそうではありません。また「五苓散」で改善できある頭痛は、実際にはそれほど多くありません

水毒、つまり身体の水分代謝が乱れている方では確かに頭痛が起こりやすい傾向があります。しかし水分代謝異常が顕著に表れていない方であっても、天候に左右されて頭が痛くなるという方は実際に多いものです。

また体内の水を調節するという意味で確かに五苓散は有効ですが、五苓散が著効する水分代謝異常はやや特殊な状態です。したがって頭痛治療に広く用いて効くものでは決してなく、五苓散がこの手の頭痛の特効薬のような形で紹介されていたとしても、それは臨床の現実にそぐわないことが多々あるのです。(※五苓散の本質的な薬能についてはこちらを参照してください。)

「天候に左右される頭痛」=「水毒」=「五苓散」という解釈しばしば目にするこの解釈では、この手の頭痛を改善することは出来ません

これはおそらく漢方を専門とする多くの先生方が感じていることです。そこで今回は、天候に左右される頭痛というものを漢方家はどう解釈し、治療を行っているのか、私が今まで様々な先生方から教わってきたこと、そして私自身の経験してきたものを踏まえて、その現実的なところを解説していきたいと思います。

なぜ気圧に左右されるのか・気象病における頭痛の原因

水毒が絡む頭痛は確かにあります。ただし、水毒(水分代謝異常)は根本的な原因ではなく、ある原因から生じた一つの現象にしか過ぎません。

結論から言うと、天候に左右される頭痛の大本おおもとには「血行障害」があります。気圧の影響によって血流が変化する。それによって頭痛が誘発されるというのが根本的な原因だと解釈することが出来ます。

人は高気圧を受けている状態と、低気圧を受けている状態とでは血流が変化します。その血流変化にうまく対応できていない方が頭痛を起こしているという印象があります。

この辺りをもう少し詳しく解説しましょう。気圧と血流との関係、そこから天候に左右される頭痛の原因を紐解いていきます。

1.気圧と血流との関係

高気圧が来ると、人には巨大な空気の圧力がのしかかってきます。したがって血行を維持するために血流を促す必要が出てくる。つまり高気圧を受けると人は、自然と血流を良くしようと体が頑張るようになります。

一方、低気圧が近づいてくると、のしかかっていた空気の圧力が軽くなります。この時、高気圧が来ている時と同じ血流状態を維持してしまうと、血流が強くなりすぎてしまうため血流を弱める方向へと自己調節を行い始めます。

つまり高気圧の時と比べて低気圧が来た時の方が、人体の血流は自然と弱まっていきます。何もなく生活しているようで、実は気圧の変化にしたがって血流の強弱を調節しているのです。

この時もし低気圧が「急激」に来ると、人体も「急激」に血流を弱める必要が出てきます。この急激な落差に体がすばやく対応できれば何の問題もありません。しかしこの大きな落差に対応できない方では、血流が過剰に弱まってしまうことがあります

すると体がだるくなったり、疲れやすくなったりしてきます。そして頭部の血流が悪くなると頭痛が起こってきます

つまり天気に左右される頭痛というは、気圧変化に自らの血流が上手く対応できないために起こるということです。「気圧変化を受けて、自らの血行調節が上手くいかなかったことによる血流障害」、これが天候に左右される頭痛の本質だと考えることができます

2.血行障害から派生する病態

この血行障害の結果、人によっては浮腫みが発生してきます。

血流が弱まるというのは、血管の緊張度が下がるということです。血管が弛緩して血流が停滞すると、まるで海に近づくにつれて横に広がる河水のように、血管外へと水が染み出してきます。漏れた水は浮腫みとなり、さらに血管を圧迫して血流を悪化させる。漢方でいうところの水毒とはこのような状態を指しています。

ただし水毒の発端は血流障害にあります。つまり水分代謝の是正を行った所で血流が回復しなければ頭痛は改善しません。つまり「天気に左右される頭痛」=「水毒」ではありません。水毒は気圧変化によって起こる現象の一つであって、漢方治療においてとらえるべき病態のすべてというわけでは決してないのです。

例えば、人体は気圧変化によってある種の興奮状態に陥ります。水毒ではなく、この興奮を落ち着かせなければ改善しない頭痛もあります。

急激に血流を弱めようとした結果、行き過ぎた血行の弱りに対して反射的に体が危険を感じ、興奮状態へと向かおうとします。すると興奮した血流が頭部に充血を起こして頭痛が起こる。そういう病態を解除しなければいけないケースもあります。

この時、体に表れる症状として動悸や息苦しさが生じることがあります。また人によっては首から上の充血を介してほてりや肩こりが起こることもあります。興奮はいくつかのパターンに分類され、すべて治療方法が異なってきます。的確な薬方を選ぶ必要があるため、一律的にこの薬が効くということはあまり言えません。

さらに、この血流低下に対する反応として緊張が強まることもあります。血管の急激な弛緩を助けようとして、血管をぎゅっと緊張させてしまう状態です。この時頭部に充血が生じるのではなく、むしろ虚血が起こります。顔面が蒼白になったり、冷や汗や吐き気を起こしたりもします。

漢方ではこれらが総合的に起こる状態を見極め、東洋医学的な分類をもって対応しなければなりません

「気の上衝」や「濁飲の上逆」などと表現される基礎的な分類が背景にあり、その派生の一つとして水毒症状が関与してくる事があるということです。

したがって浮腫みだけを取れば治るというものではな決してなく、より詳細かつ専門的な病態把握が必要になります。往々として水毒という便利な言葉は、あまりに短絡的過ぎて治療では役に立ちません。

天候に左右される頭痛をどう治していくのか

さて、次にこのような頭痛に対して、漢方ではどのように治療していくのかをご紹介していきたいと思います。

人体の気圧変化に対する血流調節の働きは、自律神経によって行われています。天候に左右される頭痛を解説する際、自律神経という言葉がたびたび登場するのはこのためです。

自律神経の働きを介して血管の弛緩・緊張が起こり、血流を変化させていきます。つまり自律神経を整えることが頭痛の改善につながっていくわけです。

では自律神経を整えるとは、いったいどういうことなのでしょうか。

具体的には「血流を安定させる」ということです。自律神経と血流とは相互に関係し合っています。自律神経が乱れると血流が悪くなる、ただしその一方で、血流が悪いから自律神経が乱れてくるという側面もあります。

つまり血流を安定させると自律神経も整ってきます自律神経からアプローチするのではなく、あくまで血流状態から自律神経をコントロールしていく方が現実的なのです

したがって頭痛治療においては、「低気圧が近づいてきても過剰に弱まることのない血流を作っておけるかどうか」が大切です。安定した血流を維持できていれば、天候に左右されることがなくなってきます。

1.気圧によって頭痛が起こる人の特徴

そういう視点で見ると、気圧が低くなる時に血流の弱りが過剰におこってしまう人にはある特徴があります。「もともと血流が弱く、血管が弛緩しやすい」ということです。

血管に丁度よい緊張感があり、力強い血流を維持できていれば、急激な気圧低下に対して過剰に血流を弱めてしまうことはありません。そしてその結果起こる異常な興奮や緊張、さらに水毒なども起こらなくなってきます。

つまり天候に左右される頭痛は、「弛緩しやすい血管に適度な緊張を取り戻し、血流を強めることによって改善が可能」だということです。事実、漢方治療でも身体に適度な刺激を与えるという手法をもって頭痛を改善させていきます。

2.漢方薬はなぜ効くのか・どう効かせるのか

総じて漢方薬は、その処方を構成している生薬一つ一つの刺激を利用して病を治していきます。

過度に弛緩しているなら適度に緊張させ、過剰に緊張してるならそれを緩めて弛緩させる、それを生薬が持つ多種多様な刺激によって体現していくのです。

天候に左右される頭痛の場合、まずは緊張度の低い血管活動を改善していかなければなりませんこの時使われる刺激は「辛味」です。様々な種類の「辛味」をもって血管の緊張度を増し、上手に血流を促していくことが求められます

良く使われる「辛味」は桂皮けいひ生姜しょうきょう呉茱萸ごしゅゆ川芎せんきゅうなど。ショウガ科やセリ科、ミカン科やクスノキ科など、各々が持つ特有の「辛味」をもって血管活動を調節していきます。

刺激によって血流を促すといっても、どのような刺激が必要かは人それぞれで異なります。その方にとってどの刺激が必要なのかを見極めることが、ある意味漢方家の腕の見せ所と言えます

また「辛味」だけで血流が良くなるかというと、それだけでは足りません。

血管は弛緩すれば緊張しようとし、緊張すれば弛緩しようとするという反射的活動を必ず行います。したがって「辛味」の刺激だけでは一方通行で、この人体の反射的活動に対しても配慮していく必要があります。

つまり辛味だけでは緊張しすぎてしまったり、逆に反射的活動によって弛緩しようとする活動が強まってしまうことがあるのです。

そこで辛味刺激の強度を調節する必要があります。弛緩した血管に必要なのは、あくまで「ちょうど良い緊張」です。そのちょうど良さを作るために、他の味を使って辛味を調節しなければなりません。

この時良く使われる刺激が、生薬が持つ特有の「甘味」です

甘草や大棗に代表される漢方の甘味は「諸薬を調和する」と言われています。これは辛味や苦味などの鋭い刺激を緩和させて、ちょうど良い刺激を作るという意味です。

甘味が持つ効能は決してこれだけれでは語れないのですが、総じて他の刺激を調和させて人それぞれに合った刺激を作り出す上で、無くてはならない重要な味が「甘味」なのです。

辛みによる緊張の回復と、甘みによる緩和天候に左右される頭痛では、これがベースになります

漢方家はこれを「陽と陰との回復・調節」と表現したりします。ただしこのような難しい言葉を使わなくても、辛味と甘味による刺激の調節と表現してもそれほど差支えありません。

そして「味」の調節を基礎として、その上で水毒や興奮・さらなる緊張といった派生してくる病態に対して配慮を加えていく。複雑なようですがしっかりと説明するのであれば、これが薬能発現の実態だと言えると思います。

この点を踏まえて、実際に天候に左右される頭痛において使われやすい処方をあげておきます。

すべて各生薬の「辛味」を中心として構成されたものです。また辛味が強い生薬においてはそれを「甘味」で緩和するという配慮がなされています。

・苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)
・茯苓沢瀉湯(ぶくりょうたくしゃとう)
・呉茱萸湯(ごしゅゆとう)
・当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
・逍遥散(しょうようさん)
・抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)
・半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)
・釣藤散(ちょうとうさん)など

実際に効果を発揮するためには、その方にとって「ちょうど良い刺激」を作れるかどうかが全てです。したがってこれらの処方を一律的に使うのではなく、生薬の質を調節しながら使わなければ効果は発揮されません

特にエキス顆粒剤では調節ができないため、他の処方を組み合わせるなどの配慮が必要になります。熟練した先生方の的確な匙加減をもってすれば、天候に左右される頭痛は決して治しにくい病ではないと思います。

天候に左右されないための養生

次に養生について説明します。

完治させていくためには養生は必須です。生活改善の努力が報われやすい症状ですので、是非がんばっていただきたいと思います。

まず天候に左右される方の特徴は、先で述べたように血管の緊張度が弱く、血流が緩慢になりやすいという点があげられます。

したがって、養生においては緊張度の高い・スムーズな血流を維持しておくことが重要です。普段から生活上、血流が弱くなりすぎないよう維持しておく必要があります。

1.運動のススメ

実は天候に左右されやすい人と、そうでない人との区別は、見た目でおおよその判断ができます。

身体の血流を良くする最大の器官は筋肉です。つまり筋肉量が豊富、または日ごろから筋肉をしっかり活動させている人は、緊張度の高い・スムーズな血流を維持することができます。

天候による頭痛が女性に多いのはそのためです。相対的に男性に比べて筋肉量が少ないために、良い血流状態を維持することが難しいのです。

そしてちゃんと筋肉がついている、または生活の中で筋肉を活動させている方は、女性であっても天候に左右されにくい傾向があります。

これは臨床的にも実感できることで、筋肉トレーニングをしっかりと行うことだけでも、頭痛が起こりにくくなる方が多いものです。たんぱく質をしっかりと取りながら、筋肉の容積を増やしてあげること。然るべき治療を行いながら、この養生を続けておられる方は総じて治療が早いという印象があります。

2.胃腸への負担を減らす

さらに筋肉が豊富に含まれている部位は、目にみえる脚や腕、腹筋や背筋だけではありません。

胃腸を中心とした消化管にも、広大な筋肉が備え付けられています

つまり、胃腸が疲れていたり、そもそも弱いといった方では、必ず全身の血流が弱くなりますしっかりと食事を摂りつつも過食を避け、よく噛んで消化管への負担を減らすこと、また夜遅くの食事は避けるようにしてください

3.睡眠の重要性

また普段天候に左右されないという方でも、一時的に低気圧によって頭痛が発現してくるタイミングがあります。

一つは月経前後です。そしてもう一つは睡眠不足をしてしまった時です。

このうち月経に関しては的確な漢方治療によって改善してくることが多いものです。ただし睡眠不足に関しては、いくら体調が良い方でも一時的に頭痛が発現してくる可能性は十分にあります。

そもそも筋肉は使われれば必ず疲労します。そして夜間寝ている時にだけ、この疲労は回復します。普段それほど疲れていなという方であっても、睡眠がとれなかった次の日は体がだるくなるものです。筋肉に疲労が蓄積して活動が弱まり、血流が一時的に減弱してきます。

したがって寝不足は必ず頭痛を誘発させる原因になります。そして慢性的な寝不足は、天候に左右されやすい血行不良を如実に形成していきます

気圧が乱れやすい梅雨時期は特に睡眠不足に注意が必要です。運動と食事と睡眠。当たり前のことですが、これに勝る養生はないのです。

東洋医学理論を構成するさまざまな用語・概念は、治療において非常に大切です。

しかし、時に曖昧に過ぎる傾向があります。実際の治療では、これらの概念だけでは現実的な効果を導くことが難しいケースが多いのです。

特に天気に左右される頭痛に関しては、水毒などという曖昧な概念だけでは充分に病態を捉えることができません。

より具体的に何を治療するべきで、生活上何が必要なのか。まだまだ考察の余地が残る見解ではありますが、以上の解説が症状改善のヒントになっていただければ幸いです。



■病名別解説:「頭痛・片頭痛

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