◆漢方治療概略:「下痢」・前編

2021年07月29日

漢方坂本コラム

◆漢方治療概略:「下痢」・前編

<目次>

〇日常的に起こりやすい下痢の種類

〇冷えによる下痢

<腹痛を伴う下痢>
■人参湯(にんじんとう)
■五積散(ごしゃくさん)

〇水の飲みすぎによる下痢

<シャーっと出る水下痢>
■五苓散(ごれいさん)
<すっきり出ない軟便>
■平胃散(へいいさん)

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<まえがき>

昨今、漢方薬はとても身近な薬になりました。

多くのCMが流れていますし、ドラッグストアにはたくさんの漢方薬が販売されています。このような市販薬は簡単に手にとって選べるという意味でとても便利です。しかし「どれを試したら良いのか分からない」という声をしばしば拝聴します。

そこで、そのような方々に参考にしていただけるよう、漢方治療の概略がいりゃく(細部をはぶいたおおよそのあらまし)を解説していきたいと思います。

概略はあくまで概略。臨床では確実にその応用が求められます。ただし基本的手法でズバリと治せる方も多く、そういう意味では体調不良でお困りの方にはぜひ読んでいただきたい内容かと。

ただ「何を言っているのか良くわからないぞ」とか、「やってみたけど全然だめ」という方がいらっしゃいましたらその時はぜひ漢方専門の医療機関に足をお運びください。

この場で伝えたいことは山ほどありますが、とてもじゃないけれど伝えきれません。実際におかかりになれば基本どころではない、各先生方が提供される漢方の神髄を体感できるはずです。

「下痢」の漢方治療概略・前篇

非常にありふれた症状である下痢。

お腹が調子悪くて困るということは、誰しもが一度は経験したことがあると思います。

トイレが近くにないところで急に便意をもよおしたり、せっかくの旅行先で下痢が始まってしまったなど、日常的にありふれているからこそ困ることの多い症状です。

そこで今回は、簡単に使えて、さらに良く効く下痢止めをご紹介していきたいと思います。

特に普段から下痢をしやすいという方であれば、自分に合った下痢止めを常に携帯しておくと便利です。また家庭に何種類かを常備しておき、すぐに服用できるようにしておくと良いと思います。

ありふれた症状だからこそ、東洋医学では今まで多くの下痢止めが考案されてきました。誰でも使えるよう、簡単に使い分けを解説いたしますので、体調管理に是非お役立てください。

日常的に起こりやすい下痢の種類

日常的に起こりやすい下痢には何種類かあります。

それを大まかに分類すると、おおよそ以下のように分けることができます。

〇冷えによる下痢
〇水の飲みすぎによる下痢
〇食べ過ぎによる下痢
〇胃腸の弱い方の下痢

この分類を見ただけでも、思い当たる方がいらっしゃるかも知れません。それぞれには、ちゃんと対応できる漢方薬が用意されています。

下痢する前から予防的に服用しておくことも大変効果的です。詳しく解説していきますので、思い当たる方はそれに適した漢方薬を是非試してみてください。

※下痢は良くおこる症状であると同時に、何らかの病気が背景に隠れている可能性もあります。下痢を繰り返してしまうという方は、一度病院にて検査をしてみた方が良いでしょう。そして病がある場合にはその治療を、さらに検査上問題がないのに下痢が続くという方は、漢方専門の医療機関におかかりになることをお勧めいたします。

冷えによる下痢

<腹痛を伴う下痢>

腸が冷えると人は如実に下痢をします。特にもともとお腹が冷えやすいという方であれば、クーラーなどの冷たい風を体に受けただけで下痢する方もいます。

起こった下痢が「冷え」によるものかどうか、その判別は比較的簡単です。

まず、冷たい水を飲んだり、冷えた果物を食べたり、体を冷やしたりといった、何らかの寒冷刺激を受けた後に起こるという点。そして、便意とともに必ず「腹痛」が伴うという点。この2点がそろっていれば、確実に「冷えたことによる下痢」です。

もう少し具体的に書きます。

まずギューッと絞られるような腹痛が起こり、同時に切迫するような便意を伴います。そしてトイレに駆け込んで、しゃがんですぐに下痢が出ます。この時の下痢は、基本的にはすっきり出ます。そして匂いはキツくありません。ギュッと痛くなって、バッと出る下痢です。そして下痢したあとは、フーっと一息ついて腹痛が無くなる。これが冷えによる下痢の典型例です。

経験あるという方も多いのではないでしょうか。この時の下痢は体の防御反応のようなものです。お腹の中の冷えを下痢と一緒に出すことで、腹中がこれ以上冷えないよう予防している反応です。

だから、冷たいものを大量に食べれば誰にでも起こる下痢です。ただし、もともとお腹が冷えやすいという方であれば、ちょっとした刺激でもこの冷えによる下痢が起きてしまいます。

そんな時に用意していただきたい処方が「人参湯」です。

■人参湯(にんじんとう)

超有名処方です。別名を「理中湯(りちゅうとう)」といいます。

胃と腹をとにかく温めるという処方です。ショウガの辛味を感じる薬で、この辛味が薬能の核になっています。

腹が冷えたことによる下痢ならば、この薬で一発です。市販薬の顆粒剤(粉薬)であれば、熱い湯にとかしてフーフーしながら飲んでください。効き目が強くなります。

誰でも安心して服用することのできる処方です。一部、浮腫みが起こるという方もいますが、冷えた時だけ頓服的に服用するのであれば、ほぼ問題は起こりません。

この処方の素晴らしい点は、冷えた時だけ飲むというのでも効くのですが、さらに「もともとお腹が冷えやすい」という方であれば、継続的に服用を続けることで下痢が起こりにくくなるという効果も期待できる点です。

さらに腹痛のみならず、胃痛にも効きます。冷えると胃が痛くなるという場合は、安中散あんちゅうさん(※)でも良いのですが、人参湯でも良いです。むしろ冷えが明らかであれば、人参湯の方をお勧めいたします。

※安中散は「大正漢方胃腸薬」が有名です。細かく言うと、大正漢方胃腸薬は安中散に芍薬甘草湯しゃくやくかんぞうとうを混ぜた薬です。ややストレス性の胃痛・腹痛へと効果を広げています。

■五積散(ごしゃくさん)

もう一つ、冷えによる下痢を治す薬として知っておいても良いかなという処方が「五積散」です。

たくさんの生薬が少量ずつ配合されている薬で、その中に人参湯の意味合いが内包されています。さらに腹のみならず、四肢の冷えにも効果を発揮するように調節されています。

夏場の仕事中、クーラーにどうしても当たってしまうため体が冷えて腹痛・下痢をもよおすという方であれば、五積散がお勧めかと。ただし私なら五積散に人参湯を混ぜて服用します。冷えて下痢をするというのであれば、やはり人参湯を入れておいた方が効きが良くなります。

水の飲みすぎによる下痢

<シャーっと出る水下痢>

単純に考えて、形のあるべき便が軟便に、そして水のようになっているということは、腸に水が溜まっていたということです。

したがって水を飲み過ぎると下痢をします。当たり前のことですが、こういう下痢は馬鹿にできないくらい大変頻発する下痢なのです。

特に気を付けていただきたいのが夏場。熱中症予防にとにかく水を飲めと至る所でアナウンスされます。

水は腸内に入り、そこから腸の活動をもって体内に入ることで始めて補われます。腸の吸収能力を上回る水を飲んだり、もともと腸が疲れていて水の吸収が悪くなっている場合では、飲んだ水が腸に溜まって下痢をします。夏場になると多くの方が、このタイプの下痢を起こしやすくなるのです。

例えば、夏場にスポーツをして大量に汗をかき、さらにのどが渇いて水をガブガブ飲む。その夜か次の日の朝、なんかお腹が調子悪くで便意を催しトイレに行ってみたら水みたいな下痢がシャーっと出た、というケース。ゴクゴク飲んで、シャーです。完全に、水の飲みすぎによる下痢です。

急迫する便意はあるものの、腹痛はそれほど感じないという方もいらっしゃいます。また、下痢をすればお腹が比較的すっきりする。だからまた汗をかいて水を大量に飲むということを繰り返しやすいのです。

この下痢は放っておくと、脱水症状や夏バテを起こしやすい体を作ってしまいます。ですから水下痢を繰り返すという方であれば、何らかの対応を行っておいた方が良いでしょう。

ただしこの下痢は、部活などのスポーツによって大量に汗をかき、そのためにのどが渇いて水を飲むという状況に起因しています。ですので、なかなか水を飲むことを止められないのです。したがって治すべきは、水を飲むことではありません。水を体内に吸収しやすくして、のどの渇きを収めることです。

「五苓散」を使います。

■五苓散(ごれいさん)

口渇が起こり、水を大量に飲む。そして下痢をするという場合に著効する名方です。

比較的体力のある方、スポーツマンタイプの方や成長期のお子様にこの手の下痢が起こりやすいという印象があります。

この処方の本意は、胃腸にたまった水を体内にどんどん吸収させていくという点にあります。そして効く時はおしっこがたくさん出ます。尿の回数が増えたり、一回量が増えたりします。

おしっこが気持ちよく出た時、腸がぐるぐると鳴って、お腹の力が抜けたと感じられる方もいらっしゃいます。お腹にたまった水を体に吸収させ、結果的に尿へと導くことで、お腹を軽くさせるという効果が発揮されたわけです。

余分な水を取る「利水剤りすいざい」として有名ですが、とにかく本意は水を吸収させることにあります。つまり結果的に水を体内に補うことで口渇が止まる、つまり脱水予防を行うこともできる処方です。

汗をかきやすく、のどが渇きやすい夏場に大活躍する処方です。またビールなどのお酒の飲みすぎ(二日酔いでのどが渇くタイプ)によっても、この手の下痢が起こることがあります。そして下痢のみならず、頭痛や吐き気、めまいや乗り物酔いなど、非常に応用範囲の広い薬です。使い方を心得ると、非常に重宝する薬だと思います。

裏技が一つあります。五苓散に近い薬に猪苓湯ちょれいとうという処方があります。膀胱炎の治療薬として有名なのですが、実はこの処方も下痢に効くときがあります。やはり水を多く飲みすぎた時に起こる水下痢で、皮膚が浅黒くかつ乾燥肌で、体が細く痩せた方であれば、この処方を使ってみるのも良いと思います。

<すっきり出ない軟便>

また水を飲みすぎることで起こる下痢には他のタイプもあります。

湿気の多い環境で多発してくる下痢です。多くは梅雨から夏場にかけて頻発してきます。

身体は常に自然発汗を行っています。体にサランラップを巻くと、すぐにサランラップが曇ってくるくらいの発汗を常に起こしています。湿気が強くなると、この自然発汗が行われにくくなってしまいます。外から抜け出す水が滞ることで、水を体内に取り込む時の初動である腸も、水が吸収されにくくなってしまうのです。

この湿気による下痢は、東洋医学では古くから着想されてきた病態です。

山嵐瘴気さんらいしょうき」といって、山や森の中に住む人に起こりやすい下痢としてその治療方法が確立されてきました。

霧が立ち込めた山(山嵐瘴気)の中にいると、お腹がゴロゴロと動いて「張り」を感じ出します。そして、そういう時に一口水を飲むと、すぐに便意をもよおしてトイレに行きたくなります。ただし便を出そうと思っても、すっきりと出てくれません。出しぶる感じで肛門がちゃんと開かないような、細い便がビビビッと出て、途切れ途切れになっていつまでもトイレから出ることが出来なくなります。

ゴロゴロいって、ビビビです。こういう便の出方が湿気による下痢の典型例です。人によっては何度も何度もトイレに行きたくなり、そのたびにすっきり出ないので肛門が痛くなる方もいます。お腹が湿気てくると、誰しもがこのような便通になります。先のシャーっとでる水下痢とは違い、すっきり出ないためにいつまでたってもお腹の不快感が取れません。

日本人にはこの手の下痢が特に多いのだと思います。比較的なじみの深い薬というか、日本ではよく使われてきた薬があるのです。

■平胃散(へいいさん)

胃を平する薬と名付けられていますが、基本的には「腸」の薬です。

腸にたまった湿気を取ることで、すっきり出ない軟便を改善します。身体の湿気取りの要薬で、この処方を基本として多くの薬が作られてきました。

江戸時代初頭に活躍した後世派と呼ばれる漢方家たちが好んで使った処方です。日本は山河の多い国であり、遠出するためには必ず山道を歩かなければなりませんでした。そういう時に、この平胃散を持ち歩いたのです。昔から伝わる由緒正しい旅の常備薬であり、速攻性高く下痢を止める名方です。

飲み方としては、一度でやめない方が良いと思います。調子が良くなっても、腹の張りなどといった違和感が無くなるまでは、繰り返し服用してみてください。

「湿邪」はべたっと張り付くという性質があると言われていて、そのために腹の中に居座る傾向があるのだと思います。確かに実際の臨床においても、2包・3包と間隔をあけて続けて飲まないと、またすぐ下痢っぽくなるという方がいらっしゃいます。

それともう一つ、飲む時は少なめのお湯で飲んだ方が良いと思います。お湯に溶かして飲むというよりは、口の中に平胃散を直接入れて、二くち三くちのお湯で飲み下してしまった方が効くと思います。腹中の湿は、少しの水分が入ってきただけでもその重さで下痢をもよおします。燥かすことが必要なので、水も少なめにした方が良いと思います。

そしてこの湿気による下痢ですが、同時に冷えによる下痢を併発することが多々あります。ギュッと腹痛がおきて、ビビビッと軟便が出る。そしてすっきり出ないという下痢です。

このように腹痛が強いようであれば、人参湯と一緒に飲むことをお勧めいたします。このあたり、以前のコラムに詳しく書いてありますので参照してみてください。

□下痢 ~梅雨時期の下痢に効く漢方薬1~
□下痢 ~梅雨時期の下痢に効く漢方薬2~



後編へと続く・・・◆漢方治療概略:「下痢」・後編

■病名別解説:「下痢

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