◆漢方治療概略:「下痢」・後編

2021年07月31日

漢方坂本コラム

◆漢方治療概略:「下痢」・後編

<目次>

〇食べ過ぎによる下痢

<胃がもたれて起こる下痢>
■半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)

〇胃腸が弱い方の下痢

<食欲がない方の下痢>
■六君子湯(りっくんしとう)
附)参苓白朮散(じんりょうびゃくじゅつさん)

<緊張しやすい方の下痢>
■桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)
附)小建中湯(しょうけんちゅうとう)
■柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)

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<まえがき>

昨今、漢方薬はとても身近な薬になりました。

多くのCMが流れていますし、ドラッグストアにはたくさんの漢方薬が販売されています。このような市販薬は簡単に手にとって選べるという意味でとても便利です。しかし「どれを試したら良いのか分からない」という声をしばしば拝聴します。

そこで、そのような方々に参考にしていただけるよう、漢方治療の概略がいりゃく(細部をはぶいたおおよそのあらまし)を解説していきたいと思います。

概略はあくまで概略。臨床では確実にその応用が求められます。ただし基本的手法でズバリと治せる方も多く、そういう意味では体調不良でお困りの方にはぜひ読んでいただきたい内容かと。

ただ「何を言っているのか良くわからないぞ」とか、「やってみたけど全然だめ」という方がいらっしゃいましたらその時はぜひ漢方専門の医療機関に足をお運びください。

この場で伝えたいことは山ほどありますが、とてもじゃないけれど伝えきれません。実際におかかりになれば基本どころではない、各先生方が提供される漢方の神髄を体感できるはずです。

「下痢」の漢方治療概略・後編

非常にありふれた症状である下痢。

お腹が調子悪くて困るということは、誰しもが一度は経験したことのある症状だと思います。

トイレが近くにないところで急に便意をもよおしたり、せっかくの旅行先で下痢が始まってしまったなど、日常的にありふれているからこそ困ることの多い症状です。

そこで今回は、簡単に使えて、さらに良く効く下痢止めをご紹介していきたいと思います。

前篇では〇冷えによる下痢と、〇水の飲みすぎによる下痢とをご紹介いたしました。

これらは良く起こる下痢の原因ではありますが、さらに他の原因でも下痢は良く起こります。

もしかしたら、今回ご紹介するものの方が頻度が高いかも知れません。後編では以下二種類の下痢において試すべき薬をご紹介していきます。

〇食べ過ぎによる下痢
〇胃腸の弱い方の下痢

※前編はこちらを参照して下さい
◆漢方治療概略:「下痢」・前編

食べ過ぎによる下痢

<胃がもたれて起こる下痢>

誰しもが食べ過ぎれば下痢を起こします。特に「脂っぽいもの」や「お酒」などの食べ過ぎ・飲みすぎによって下痢を起こすことが多いと思います。

暴飲暴食すれば、まずは胃もたれが起こります。胃がはって苦しくなる、ただし普通であれば、時間がたてば胃もたれは無くなっていきます。

しかし暴飲暴食が連日続いている方や、胃腸が疲れている方では、胃もたれだけでなく、吐いたり・下したりといった症状を起こしてしまうことがあります。

つまり食べ過ぎて下痢しやすいというのは、それだけ胃腸へのダメージが深いということです。やはり放っておくのではなく、何らかの対応を行うべきだと思います。

暴飲暴食を避けることは当然ですが、一時そうしたたけでは、胃腸へのダメージはなかなか回復しません。継続した胃腸へのダメージは単に下痢や吐き気といった消化器症状のみならず、頭痛やイライラ、不安感や不眠といった自律神経症状を容易に併発させてきます。

いくら胃もたれや下痢が少なくなっても、これらの症状が回復してくるまでは、胃腸の弱りは完全に回復していません。ですので、しかるべき常備薬で、早めに対応していただくことを強くお勧めいたします。

食べ過ぎれば下痢をするというのは、誰でも起こり得る当たり前のことです。しかし、そこから様々な症状へと派生していく怖さがあります。それを予防し、胃腸を回復させる名薬があります。「半夏瀉心湯」です。

■半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)

胃の部分、つまりみぞおち(心下しんか)は、東洋医学において全身の活動をつかさどる要所として認識されています。

この処方は胃腸の機能を正すことで、心下の痞えを取る働きがあります。胃もたれや吐き気といった胃部の不快感が取れると、自然と下痢がなくなり、腸もすっきりと軽くなってきます。

下痢というよりは、心下の症状を取ることが主体になる薬です。したがって胃もたれを起こしている、もしくは起こしやすい状態に使いやすく、そのため食べ過ぎた時の常備薬として使っていただくことが理にかなっていると思います。

また胃の詰まりは、そこから自律神経症状をしばしば多発させます。イライラしやすくなったり、不安を感じやすくなったり、目を閉じようとしても興奮して眠れないとか、顔がほてったり頭痛したりといった症状が続々と起こりやすくなってきます。

半夏瀉心湯はこれらの自律神経症状を安定させる効能もあります。ある意味で安全な睡眠薬・向精神薬のような効果を発揮する処方ですので、食べ過ぎるた時に思い当たる症状が出るという方は、是非常備薬として服用してみてください。

また、お酒飲みの方で下痢しやすいという方には、この処方がお勧めです。

胃腸が弱い方の下痢

<食欲がない方の下痢>

胃腸が疲れてくると、食べたの物を消化吸収する力が弱まることで下痢が起こりやすくなってきます。

胃腸が疲れるということは誰にでも起こり得ることですが、もともと体質的に胃腸が弱いという方では、特にこのような下痢が起こりやすくなってきます。

一時的な問題であれば、その都度の頓服薬で十分に対応することができます。しかし体質的に胃腸が弱いという方では、胃腸を根本的に強くさせる薬が必要になってきます。

この「もともとの弱さ」のことを漢方では「虚」と呼びます。治療にあたっては、この「虚」であることの見極めがとても大切になってきます。

例えば、「虚」を持つ方では食欲が沸いてきません。食べ過ぎたために食欲がない、とうのではなく、平素から食欲がわきにくい、すぐに食欲が落ちやすいという方。つまり、そもそも食べ過ぎることのできない方が「虚」に属しています。

こういう方では基本的に体が細いか、太っていても筋肉が少なく、ちょっとしたことで疲れやすく、時には貧血の傾向がある方もいます。色白もしくはやや黄ばんだ肌の色をしていて、性格も基本的におとなしく、声が小さくか細いという印象があります。

すべてがそろっている必要はありませんが、おおよそこれが「虚」に属する方の典型例です。このような体質者では、もともとの胃腸機能が弱いために、食欲が沸かない・下痢しやすい・時に便秘しやすいといった、消化器症状に不安定さを備えている方が非常に多いのです。

自分に思い当たる所がある方は、とにかく胃腸の活動を高める漢方薬を試してみてください。できれば食欲がない・下痢をしているという時だけでなく、毎日服用を続けることをお勧めいたします。

「虚」には段階があり、どこまで弱っているかによって適応する処方が細かく違ってきます。治療にあたっては、そこをピンポイントで合わせなければならないのですが、比較的広く、安全に、手軽に使っていただける効果的なお薬が、有名な胃腸薬である「六君子湯」です。

■六君子湯(りっくんしとう)
附)参苓白朮散(じんりょうびゃくじゅつさん)

虚に属する胃腸障害にしばしば用いられる有名処方です。

食欲不振や胃もたれ、下痢や便秘などの症状に幅広く用いることができます。ポイントはとにかく「平素より胃腸が弱い」という点で、上記であげたような虚の体質を持つ方であれば、胃腸機能のみならず、体力の増強も含めた体の元気を底上げするような効果を発揮します。

特に「虚による下痢」が明らかな場合は、この薬の他にも「参苓白朮散じんりょうびゃくじゅつさん」という下痢止めがあります。

六君子湯と同じく「虚」に対応する薬です。そして下痢に対する効果をさらに強めています。それほど有名な薬ではありませんが、市販薬として売られていることもあります。とにかく下痢に効果を発揮させたいという方であれば、こちらの薬を選択することも手かと思います。

六君子湯は体に優しく、虚に対してちゃんと効果を発揮できる大変優れた薬です。しかし明らかに「虚」に属する方であっても、この薬では体調が何ら変わらないという方がいらっしゃいます。

これは不思議なことでは全くなく、単に「虚」の程度が六君子湯では間に合わないということです。

「虚」には段階があり、そこに的確に合わせた処方を用いなければ効果は発揮されません。六君子湯は虚の中でも中間に属する処方です。その分、多くの方が服用できるという意味で良い薬なのですが、もしこの薬で効果を感じなければ、その時はより広い処方からの中から自分に合った漢方薬を選択する必要があります。漢方専門の医療機関に是非おかかりになってください。

<緊張しやすい方の下痢>

ストレスは人の消化管活動に影響を与えます。嫌なことを考えたり、苦手な場所へ行く時など、人は緊張が強まると胃腸がぎゅっと絞られたようになり、胃痛や腹痛を感じて下痢をすることがあります。

この現象をもし頻繁に繰り返すようならば、いわゆる胃潰瘍や十二指腸潰瘍、過敏性腸症候群といった病気の可能性が疑われます。しかし、特に病気ではなくとも、誰にでも起こり得る比較的ありふれた症状でもあります。

繰り返しはしないが年に数度は起こる時期がある、そういう方も中にはいらっしゃるのではないでしょうか。特にお子さまや働き盛りの20代・30代に多いという印象があり、この年齢層の方であれば、ストレスが全くないという生活を送ることはなかなか難しいかと思います。

したがって日常的な下痢に対応するのであれば、ストレスというものを無視することはできません。漢方ではしばしばこのような下痢に使われる処方があり、さらに市販薬として良く売られていますので、ここで少し紹介しておきたいと思います。

■桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)
附)小建中湯(しょうけんちゅうとう)

ストレスによって腹痛が起こるのは、消化管平滑筋がぎゅっと緊張を起こし、その緊張が腹直筋へと波及するからだと考えられています。

つまり筋肉の緊張が痛みを誘発させます。したがって漢方では筋肉の緊張を緩和させる手法として、芍薬・甘草という生薬の組み合わせがしばしば用いられます。

この芍薬・甘草を内包しながら、主として腹痛に対して効果を発揮する処方が「桂枝加芍薬湯」です。

古い歴史をもつ原始的な処方ではありますが、その効果には信頼できるものがあります。過敏性腸症候群では最初に選ばれやすい薬であり、かつ副作用が少なく非常に安全性の高い良薬でもあります。

ストレスで腹痛・下痢を起こしやすいという方、そしてシナモンが好きだという方ならば、まずはこの薬を服用してみてください。出来れば毎日しっかり飲み続けること、そしてお湯に溶かし、お腹を温めるようにして服用することが大切です。

この薬に非常に近い処方が「小建中湯」です。疲れやすいという方に使われることが多く、桂枝加芍薬湯をそのまま内包していますので、腹痛にも良い効果を発揮することができます。

特にお子さまに飲ませるのであれば小建中湯をおすすめいたします。成長期では体が大きくなるとともに体力がついてくる一方で、大変疲れやすい時期でもあります。小建中湯は成長期特有の疲労を回復しつつ、胃腸の機能を高め、安定させる薬です。すぐに腹痛を起こしてお腹を壊すというお子さまであれば、使ってみる価値のある処方だと思います。

■柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)

「柴胡桂枝湯」は桂枝加芍薬湯と同じく、ストレスによる腹痛に頻用される処方です。

芍薬・甘草の薬対を内包しつつ、さらに胃薬としての効果もあります。したがって、緊張により腹痛・下痢が起こりやすいというだけでなく、ストレスから胃痛を起こす方や、吐き気を伴う方に良い薬です。

桂枝加芍薬湯と比べると、やや胃にかかる場で使用されます。過敏性腸症候群だけでなく、胃潰瘍や十二指腸潰瘍に対してもそれを改善・予防していく効果が期待できます。

私見では日常的に夜間の食事が多かったり、油ものを食べる機会が多かったりといった、食生活に乱れのある方に良い印象です。先に説明した「半夏瀉心湯」もそのような傾向の方に使いますが、「半夏瀉心湯」はどちらかと言えば「胃もたれ」に使い、「柴胡桂枝湯」は絞られるような胃痛に使います。

どちらにしても食生活の見直しは必須ですので、ゆっくりよく噛む・腹八分目にする・夜遅くは食べないなどの養生を守ることが大切です。

ストレスによる下痢はその背景に病が隠れていることが多いものです。冷や汗をかくほどの痛みであったり、繰り返し起こるという方ではやはり医療機関におかかりになった方が良いでしょう。

そして漢方においても専門的な治療を行わなければならないケースがあります。これらの薬だけでは太刀打ち出来ないということも多いため、心配であれば一度、漢方専門の医療機関に足をお運びください。



■病名別解説:「下痢
■病名別解説:「胃潰瘍・十二指腸潰瘍
■病名別解説:「過敏性腸症候群

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