【漢方処方解説】苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)

2021年06月24日

漢方坂本コラム

苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)

<目次>

■苓桂朮甘湯の使われ方
■苓桂朮甘湯が適応する体質者・フクロー型体質について
■苓桂朮甘湯が使用されやすい疾患
1、メニエール病
2、気管支喘息
3、動悸・不整脈・うっ血性心不全・心臓神経症・パニック障害
4、起立性調節障害(OD)

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■苓桂朮甘湯の使われ方

「立ちくらみ」を治す薬。そう言われた時に、漢方家が真っ先に思い浮かべる処方が苓桂朮甘湯です。

急に立ち上がった時にサーっと血の気が引いて倒れそうになる。このような「起きれば則ち頭眩ずげんする」という症状を目標にすることが正式な使い方だと解釈されています。

そして実際にこの手の立ちくらみに良い効果を発揮します。『傷寒論しょうかんろん』という漢方のバイブルに記載されている由緒正しい名方です。

ただし苓桂朮甘湯は「立ちくらみだけを治す」という形ではあまり使われません。現実的には「立ちくらみを起こしやすい体質を持った方」が起こす「頭痛」や「動悸」、「めまい」や「浮腫み」などの治療薬として使います。

つまり苓桂朮甘湯を使う場合には、この処方が適応しやすい方の「体質」を見極めることが大切なポイントになってきます。

立ちくらみを経験されたことのある方は多いと思います。誰しもに良くおこる症状ですので、日常的に当たり前におこるものとして認識されている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

しかし立ちくらみを起こす全ての方に苓桂朮甘湯が当てはまるわけではありません。そのため立ちくらみという症状だけで判断するのではなく、その背景にある「体質」を見極めることが大切になってくるのです。

本方は今までたくさんの名医によって解説されてきました。その中でも、この「使用上見極めるべき体質」を最も的確かつ分かりやすく提示されたのはおそらく山本いわお先生です

先生は苓桂朮甘湯が適応する体質者を「フクロー型」と名付けています。今では多くの漢方家が取り入れている解釈で、苓桂朮甘湯を知る上での基礎的知識と言っても過言ではありません。

私自身もこの解釈から具体的な運用方法のコツを学びました。そこで、先ずは先生の名著である『東医雑録とういざつろく』から、一部抜粋してその内容をご紹介したいと思います。

■苓桂朮甘湯が適応する体質者・フクロー型体質について

(山本巌先生著『東医雑録(1)』「苓桂朮甘湯に就いて」より抜粋)

私は人間を大別して次の二つにしている。

1、ヒバリ型

世の中には体の丈夫な人がいる。朝は早起きで、寝つきも良く、若い頃は不眠などとは縁が遠い。雑音のひどいところ、また、手足の充分に伸ばせないような狭い所など、どのような場所にでも横になれば、すぐに眠られる。体が丈夫で医者にはかからない。健康診断もめんどうだから逃げて受診しない者もいる。生命保険の加入か何かの時に、高血圧や糖尿病などを指摘され、保険には加入出来ず、危篤状態だ、などとおどされる。あわてて医師にかかり、酒も煙草も皆止めて養生する。そのうちに酒も煙草ものみ出して、医者も次第に遠ざかり、忘れたころには中風(脳卒中)などになる。若い間は元気がよく誠に申し分がない。しかし中年以後はよくない。漢方でいう実証の部類に入るものであろう。

2、フクロー型

それとは反対に、弱虫の者も多い。体力がなく、粘りがきかないため、力仕事には向かない。労働などは無理である。(中略)従って都会に集まる傾向がある。都会の生活には軽い労働や、夜型に適する面もある。

前者をヒバリ型とすれば、この方はフクロー型である。即ち「朝寝のよいっ張り」で朝はいつまでも床に居たい。日曜休日は昼近くまで寝ている者もある。たとえ早く起きたとしても、頭がボーッとして、はっきりしない。体を動かすのも大儀である。丁度春の霞がかかったような頭である。やっとのことで体を起こしてみると、近所のヒバリ型の奥さんが、元気な音を立てて、掃除も終わり、洗濯物を干しているのをみて、一体あの人達はそうしてあんなに元気なのか、私はなんでこんなにしんどいのか、何処が悪いのであろうかと思う。朝食は欲しくない。食べないと体に悪いからと考えて、無理に口に入れることにはしているが、決して起きた直後は食べたくない。起きてから時間の経過とともに食欲が出てくるのである。午前中は体の動きもよくないし、頭の働きも悪い。段々によくなり午後の3時をすぎると非常によくなる。日が落ちる頃から夜にかけては、一日中で最も元気である。何を食べてもおいしく、またよく食べられる。色々の不定愁訴もこの時間帯には影をひそめ、全くないか、ほとんどなくなっている。だからスロースターターである。しかし、早く眠らなければと思って床に着くが、頭の中が冴えて眠られない

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山本巌先生は本書の「苓桂朮甘湯に就いて」という題目において、人には2つのタイプがあると、まずは解説されています。

「ヒバリ型」と「フクロー型」。その対比の上で「フクロー型」の体質的傾向を具体的に明記しています。

そしてその後、「フクロー型」の方が起こしやすい症状を提示し、さらにそれらが苓桂朮甘湯をもって改善されたという実際の症例を紹介しています。

経験から導き出された現実的な内容です。理屈に惑わされない稀代の臨床家である山本先生らしい、非常に参考になる解説だと思います。

山本巌先生が提示した「フクロー型」とは、つまりは「学校の朝礼や集会などで脳貧血を起こして倒れてしまうタイプの方」です。

そういう方の多くは「朝に弱く、夜に強い」という傾向があります。とにかく朝起きるのに非常に苦労する方、しかしその割には夜はいつまでも起きていられるというタイプの方です。

そして色白の方が多く、比較的やせ型が多い。顔や下肢が浮腫みやすく、かつ冷え性、さらに運動が嫌いで出来れば座っていたいという方。

患者さまを見ていると、確かにこういう傾向を備えている方がいらっしゃいます。そしてそういう方たちには、共通して起こりやすい症状というものがあります。

「立ちくらみをしやすい」というのがその一つです。そして「頭痛」「動悸」「めまい」「息切れ」も良く起こります。さらに「浮腫み」「不眠」「耳鳴り」「肩こり」なども頻発します。山本先生が言われている通り、すべてよいっ張りの朝寝坊」という方に、このような症状が共通して生じてくるのです。

苓桂朮甘湯はこのような体質的傾向を目標に使うと、確かによく効きます。立ちくらみという目標だけではなく、「フクロー型」という体質を目標にした方がずっと的確に運用することができます

■苓桂朮甘湯が使用されやすい疾患

そして「フクロー型」の方たちには、共通して起こりやすい疾患があります。すべて苓桂朮甘湯が治療薬の第一候補としてあがりやすい疾患ですので、どのように使われているのかという点も含めて、一つずつ解説していきたいと思います。

1、メニエール病

内耳の浮腫によって強力なめまいを生じるメニエール病は、フクロー型の体質者が起こしやすい病です。

メニエール病の好発年齢は30歳から50歳代だと言われています。比較的壮年期の方に多く、高齢者が発症することは少ないとされてきました。

誰しもが体を成長させる青年期や、肉体が弱り始める老年期とは違い、壮年期は個々の体質的傾向が強く表れやすい時期です。そういう点からみても、メニエール病がある種の体質的傾向によって発症しやすくなるということは、一理あるのではないかと考えられます。

事実、実際の臨床においてもフクロー型体質者はメニエール病にかかりやすいという印象があります。さらに苓桂朮甘湯は第一選択薬として選ばれやすく、かつ効きやすいという傾向があります。

苓桂朮甘湯だけでは難しい場合もありますが、そこにいくつかの改良を加えることで対応することが可能です。長く服用を続けることで、その後服用を止めてもめまい発作を起こさない状態にまで改善していく方がたくさんいらっしゃいます。

ただし、近年メニエール病は高齢者に起こるケースが多くなってきました。その場合、持って生まれた体質だけではなく、「加齢に伴う肉体の変化」という点にも着目していかなければなりません。

実際に苓桂朮甘湯だけでは太刀打ちできないメニエール病も散見されてきました。そして「加齢」という点を東洋医学的に把握することで改善できるケースも増えてきています。

特に高齢化が進んでいる日本では、今後増えていくであろう高齢メニエール患者さんへの現実的な対応が求められています。フクロー型からの視点を持つばかりでなく、より広く本疾患を理解し改善していくことが大切だと感じています。

2、気管支喘息

気管支にアレルギー性炎症を生じ、気道を詰まらせることで呼吸困難をきたす気管支喘息は、漢方の得意分野の一つです。

漢方薬を効かせるためのコツは、炎症の程度や勢いに従って漢方薬を選択することにあります。そして喘息のある段階における治療薬として頻用されているのが、この苓桂朮甘湯です。

本方は気管支を拡張させなければいけないような発作期において使用されるべき処方ではありません。炎症が強まらないよう予防していくような、長期管理を必要とする段階で使うべき方剤です

気管支喘息もメニエール病と同様に、フクロー型の体質者に多く発症する傾向があります。そして発作を起こさないようにしていく長期管理の段階では、この体質的傾向を改善していくことが強く求められてきます。

そこで苓桂朮甘湯をもって「フクロー型体質」を是正し、根本治療を行っていくわけです。やはり個人差に合わせた工夫が必要です。上手く適合すれば喘息のみならず浮腫みや頭痛が取れていくなど、からだ全体の調子の良さが表れてくる傾向があります。

苓桂朮甘湯は身体の水分代謝を改善する薬です。身体に蓄積した水を動かし、水が貯留しにくい体質へと促していく薬能を持っています。

メニエール病や気管支喘息へと応用される理由は、この薬能が基本になっています。すなわち内耳に水を除いたり、気道に浮腫を起こしにくい体質へと向かわせることで、これらの病を改善へと導いているわけです

このように身体に貯留する水のことを漢方では「痰飲」と呼びます。そして「痰飲は温薬をもって和す」という大原則が漢方にはあります。

苓桂朮甘湯はこの治療原則をそのまま体現したような処方です。痰飲を改善する治療薬の中でも基本中の基本に属する故に、様々な病に広く応用することが可能なのです。

3、動悸・不整脈・うっ血性心不全・心臓神経症・パニック障害

胸部に「痰飲」を蓄える病は、気管支喘息だけではありません。動悸や不整脈などの心機能の乱れも「痰飲」によっておこる症状の一つです。

身体に貯まる余分な水と動悸とが関連するという解釈は、一見分かりにくいように感じるかも知れません。しかし心臓が弱ると体に浮腫が起こるということは実際にあります。古人はそういう現象を観察することで、動悸の治療に水のめぐりを整えることが大切だという着想を得たのではないでしょうか。

茯苓・桂枝・甘草は、このような水に起因した動悸を治療する際に頻用される生薬構成です。その中でも苓桂朮甘湯は特に水に対する配慮を強めるべく、この構成に白朮という去湿薬を配合しています。

すなわち心臓神経症やパニック障害の中でも「浮腫みやすい体質」の方に適応しやすい処方です。さらに浮腫みだけではなく、そこに「フクロー型体質」が介在しているかどうかを見極めることでより的確に効かせることが出来るようになります。

苓桂朮甘湯は桂枝・甘草・茯苓・白朮という4つの生薬からなる処方で、その骨格をなす構成は桂枝と甘草です。

この構成は桂枝甘草湯という一つの処方であり、「手をんで自ら心をおおう」という状態を目標にする動悸治療の主方でもあります。

そして、そこに茯苓と白朮という水分代謝改善薬を加えたものが苓桂朮甘湯です。つまり、苓桂朮甘湯は心機能を整えつつも、どちらかといえば水への配慮がメインとなっている処方だと言えます。

したがって動悸に使う場合、最も的確に当てはまるのは心機能の弱りによって身体の浮腫みへと派生するうっ血性心不全です。心臓神経症やパニック障害など、心機能の乱れがメインになる場合は、心肺機能への配慮をより強める必要があります。

4、起立性調節障害(OD)

朝に弱く、夜に強い。学校の朝礼で脳貧血を起こし倒れるタイプの子。このようなフクロー型の傾向から真っ先に想起できる病は起立性調節障害(OD)です。

朝、頭痛や吐き気・だるさ・倦怠感などによって起きることが出来なくなってしまうこの病は、確かにフクロー型の体質者に多発する傾向があります。その体質的傾向が強まってしまった結果として、発症に至っているという印象があります。

そのため苓桂朮甘湯は、この病においても第一選択的に選ばれやすい処方です。フクロー型の体質者はその傾向を子供の頃から顕在化させてきます。そこで早めの段階で本方を服用すると良いと思います。

ただし私見では、苓桂朮甘湯で治せる起立性調節障害はそれほど多くはありません

特に重症例、つまり重い頭痛とめまい、さらに強い倦怠感とによって体を全く起こすことが出来ないという状態を何日も続けているという方では、本方を使っても症状が取れず、なかなか改善へとは向かっていかないという印象があります。

そもそもなぜ「フクロー型」の体質が形成されてしまうのか、その点については先の『東医雑録とういざつろく』でもあまり触れられてはいません。今後の研究が期待される所ではありますが、私見ではおそらく血管の緊張度と心機能の乱れ、つまり循環器系にある種の弱りが介在しているのではないかと考えています

循環器系に弱さを生来より抱えている方が「フクロー型」の体質を形成し、さらにその中でも、身体に浮腫みを生じやすい体質の方に苓桂朮甘湯が適応しやすいという印象があります。

つまり正確に言えば苓桂朮甘湯は、「フクロー型体質者」の特効薬ではありません。確かにこの体質者に適応する方剤ではありますが、「フクロー型」の方にこの薬だけで対応可能かというと、決してそうではありません

したがって起立性調節障害では「フクロー型体質」=苓桂朮甘湯という概念に捉われない治療が大切です。より広く、この病の治し方を把握しておく必要があると感じています。



■病名別解説:「めまい・良性発作性頭位めまい症・メニエール病
■病名別解説:「喘息・気管支喘息・小児喘息
■病名別解説:「心臓病・動悸・息切れ・胸痛・不整脈
■病名別解説:「パニック障害・不安障害
■病名別解説:「起立性調節障害

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