何百年も継承され続けた医学である所以

2023年05月08日

漢方坂本コラム

数多ある漢方処方、

そのうち3つ以上の生薬で構成されたものの中で、

最も基本となる処方を一つ挙げろと言われれば、何か。

桂枝湯。

これは、ほとんどの漢方家に異論はないと思います。

では二つ挙げろと言われれば、何か。

まずは桂枝湯、

そして四逆湯。

では、三つ挙げろと言われたら。

桂枝湯と四逆湯、

そして麻黄湯。

桂枝湯と四逆湯が、一本の軸を作る。

そして麻黄湯が分岐を作る。

数多あるとはいえ、漢方処方には例えばこういう繋がりがあって、

幹から派生する枝のように、そこから無限の広がりを作り上げていきます。

漢方家は腕を上げていくと、

たくさんの処方が使えるようになっていく、

そう思われがちですが、実はそうではありません。

むしろ、使う処方の数が少なくなっていきます。

先代の父はおそらく10くらい、多く上げて20個くらいの処方しか使っていませんでしたし、

東京での修行時代、他の先生たちも、おそらくそれくらいの数の中で処方を切り回していました。

正確に言うと、これはたくさんの処方を使う必要がないから。

全ての処方は繋がっているということです。

全く違う処方でも、その幹は同じだったりする。

そして幹が同じなのであれば、それはもう同じ処方だと言っても過言ではない。

それくらい、割り切ることが出来るようになる。

考え方が、至極シンプルになっていくということです。

それは、病態の把握がシンプルになっていくということであり、

同時に人体の見立てに、無駄がなくなるということです。

だからこそ、単純な処方でも効かせることが出来るようになってくる。

多くの処方を世に残した浅田宗伯でさえ、

おそらく自身が運用していた処方は、それほど多くは無かったのではないかと想像します。

ある処方を使ってそれが効かないと、

違う処方を使いたくなる、他に効く処方を探したくなります。

しかしその行為は、おそらく間違いです。

単に効かない処方を増やしていくだけだからです。

ある処方を使って効かないのであれば、

処方ではなく、見立てを見直すべきです。

考え方を変えなければなりません。

処方はあくまで道具にしか過ぎず、

道具は使い方次第で、どのようにでも使えるものです。

道具が悪いのではなく、使い方が間違えているということ。

道具のせいにしてはいけないということ。

例えば起立性調節障害に補中益気湯が効かなかったとしても、

それは補中益気湯が効かないのではなく、

使う場を間違えているということ、

もしくは効かせる使い方が出来ていないということです。

漢方薬を飲んでも効かなかったという声を耳にするたたびに、

私は少々納得すると同時に、とても残念に思います。

昨今の漢方医学にはなぜか、処方第一主義的な考え方が蔓延しておりますが、

自分に合う漢方薬を探すというやり方だけでは、

漢方治療を行っているとは言えません。

数多ある漢方処方の中で、

最も基本となる処方、それをもし、五つ挙げるとするならば、

あなたは何を挙げますか?

桂枝湯と、麻黄湯と、四逆湯と、あと二つ。

各処方は漢方の哲学という壮大な理論の中で、全て繋がっています。

それが恐らく漢方の歴史そのものであり、

何百年も継承され続けた医学である所以ゆえんです。



【この記事の著者】店主:坂本壮一郎のプロフィールはこちら