漢方治療の心得 32 ~体質の見極め~

2023年03月03日

漢方治療の心得

漢方医学はそもそも「曖昧」なものです。

この医学の宿命です。体の中を想像することで作られてきた医学だからです。

現在では生きた体を中を見ることができるようになりましたが、

それでも漢方の土台には必ず、この「曖昧さ」が介在しています。

しかし当然、曖昧なままでは治療ができません。

正しい想像力をもって、どうにか体の中を知る必要があります。

曖昧さをどうしても伴う治療の中で、いかに具体的なものをつかみ取るのか。

そうやって経験を積んでいくうちに、まず分かってくるのが「体質」というものです。

ある方にはこの薬が効き、そして違う方にもまた同じ薬が効く。

そういう経験を積んでいくうちに分かってくるのが、人にはある薬が適応しやすい体質がある・・・・・・・・・・・・・・・、という事実です。

例えば桂枝(桂皮)剤が適応する方には、ある特徴があります。

また半夏剤が適応する方にも、ある特徴があります。

その方が起こしている症状や得ている病はもちろんのこと、

滲み出る雰囲気や印象などを通じて感じることができるものです。

この明らかに存在する「体質」というものを、

理解しながら治療することが漢方では大切です。

時に気・血や陰・陽と言った見立て以上に、治療効果を左右する「武器」になります。

この体質的特徴というものは、経験を積むごとに自然と感じられるようになるものですが、

いかんせん現代の東洋医学では、この「体質」というものへの考察が幾分希薄であるように、私には感じられます。

昭和の時代。

いわゆる昭和の大家たちが隆盛を極めた時代。

当時は今よりもずっと、この「体質」というものに深く着目していました。

人の病態を5つに分類した森道伯もりどうはくの漢方一貫堂医学は、明らかに体質に根差す治療を推奨しています。

また昭和大家の師匠として知られる湯本求真ゆもときゅうしんは、基本処方の組み合わせを駆使してやはり体質治療を試みています。

また○○剤が適応する者には□□の傾向がある、とか、

畢竟ひっきょう△△の生薬はこのような人に使う、とか、

そういう「体質」の見極めをかなめとする口訣が多く示されてきました。

それが現代では、いつの間にか言われなくなってきた。

おそらく単に症状を追いかける治療が、是とされている傾向があるからかも知れません。

例えば動悸とめまいと浮腫みがあり、小便の出が少なければ苓桂朮甘湯りょうけいじゅつかんとうが想起できます。

しかし同じ症状があったとしても、温胆湯うんたんとうでなければ改善できない場合があります。

また同様に、加味逍遙散かみしょうようさんでなければダメな場合もあります。

これらの違いをどう見極めるのか、

それには単に症状だけを追いかける治療では、到底難しいと思います。

桂皮適応の体質者が分かることで、苓桂朮甘湯が正確に使えるようになり、

半夏適応の体質者が分かることで、温胆湯が使えるようになる。

漢方は経験がものを言う医学ですが、その理由がこの辺りにあるように感じます。

症状の羅列から処方を導き出すことはAIにも出来ますが、

やはり漢方は人の医学。印象を言語化・数値化することは、どうしても難しいものです。

数値化できないものの、明らかに「体質」というものはあります。

そしてその理解は武器になります。ある程度、治療の先を見通すことができるようになるからです。

ただし「体質」というものの存在が、曖昧であることに変わりはありません。

曖昧さからは逃れることができない。だからこそ、それに依存することもまた危険です。

「体質」を知った上で、それによる治療の難しさを少々。

例えば半夏が適応しやすいだろうという、半夏適応体質を患者さまから感じたとします。

当然、半夏が使いたくなります。しかし、半夏を使わずに治療した方が良いケースもあります。

例えば先に述べた一貫堂医学では、基本五方に半夏を含む処方がありません。

時に半夏を含む二陳湯などの合方を指示してはいますが、基本的には半夏剤がとても希薄です。

しかし一貫堂においては、それで良いのです。なぜならば、半夏体質者というは、視点の一つにしか過ぎないからです。

彼は半夏を使うが私は使わない、それで正解なのです。おそらく森道伯であれば、半夏体質者であったとしても、使う方剤は防風通聖散ぼうふうつうしょうさんです。

体質を知ることは重要ですが、その体質治療に溺れると、逆に治療を見失います。

必ずしも固定しない、流動的な思考。

おそらく大切なのはそれで、知っていたとしてもその上で何を行い、何を行わないか、が重要です。

この前芸人が、何を言うかは知性、何を言わないかは品性、と発言していたのには感銘を受けました。

湯本求真はこれを使うだろう、一貫堂ではおそらくこれだろう、

その上で、私は最も効率よく解決できる策としてこれを使う。

それぐらいに俯瞰して、治療方針を見極められることが、

品のある治療、といった所でしょう。大切なことだと思います。



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