漢方Q&A どうして食欲が抑えられないのですか?

2021年01月27日

漢方坂本コラム

<まえがき>

患者さまからの「質問」。それは治療において非常に大切な要素です。

そもそも治療とは悩みやご自身の現状を「明らかにする」という行為です。こちらからの質問にお答えいただくと同時に、患者さまからのご質問にお答えする。そうやって様々なことがお互いに「明らかに」なっていくことで、改善へと向かっていくのが治療というものです。

臨床を始めて十余年、患者さまたちから今まで沢山のご質問を頂いてきました。その中で、多くの方から頂いた、かなり重要なご質問というものがあります。そんな治療に直結する大切なご質問とその回答とをご紹介していく、今回から始めるこのQ&Aシリーズは、そんな内容のコラムとなっております。

患者さまがお持ちの「ご質問」には、病や症状を改善するためのきっかけが沢山隠されています。同じように疑問に思っていたという方は、ご自身の治療や体調管理のために是非ご活用いただければ幸いです。

■ご質問Q どうして食欲が抑えられないのですか?

治療において食事の節制はかなり多くのケースでキーポイントになります。そんな中、「先生、わたし食欲が抑えられません!」と、何度となく患者さまから大変素直なご意見を頂いてきました。

わかります。そうですよね。食欲は本来人間にあって然るべき欲求です。それを抑えろという方が無理なこと。ただし、やはりご自身の消化機能に見合った食事を取ることは、養生の基本中の基本になってきます。

そこでこのことを知っておいて欲しいと思います。食欲は抑えるものではなく、おさまるものだということです。

人間の脳はそれ単独で存在しているわけではありません。常に体とつながっている。それによって脳は自身の働きを保っています。つまり人間の欲求は、体調の管理によってコントロールすることが可能です。体を調節することで脳の働きをコントロールする。そんな高等テクニックへのヒントが、このご質問には隠されています。

■回答A 食欲が抑えられない理由

なぜ食欲が抑えられないのか、それには様々な理由が考えられます。

食べることが何よりも好きだから、それも確かに立派な理由の一つです。好き・嫌いはその方の個性、理解や努力によってどうこうできる問題ではありません。しかし好きだとしても、過食を避けることはできるはずです。

なぜ過食を抑えられないのか。今回は自分自身の体にとって正常な・丁度よい食欲を導くために、過食をしてしまう原因について解説していきます。ポイントは以下の4つです。過食が抑えられないという方は、以下の内容にぜひ目を通してみてください。

1、「良い食欲」と「悪い食欲」
2、食欲と睡眠との関係
3、運動不足は食欲を呼ぶ
4、満たされない欲求を解除するために

気をつければ生活の中で改善できるものばかりだと思います。それぞれについて、解説していきたいと思います。

1、「良い食欲」と「悪い食欲」

まず食欲を解説するにあたって、その前提を知っておいてください。食欲には「良い食欲」と「悪い食欲」とがあります。

食欲とは本来人間が持っている自然な、そして必要な欲求です。食欲が湧くからこそ生命を継続させ、人生を謳歌することが可能になります。

しかしその一方で、生命活動に必須となる消化機能を痛めつけてしまうきっかけを作るのも食欲です。過剰な食欲は胃腸を傷つけ、大げさに言えば食べるという生命活動そのものに直接的なダメージを与えてしまいます。

つまり食養生の基本は、いかに「悪い食欲」を減らし、「良い食欲」を導けるのか、ということにかかっています。そして「悪い食欲」は身体の中途半端な興奮状態によって導かれ、「良い食欲」は深くリラックスできている時にこそ働くという前提を知っておいてください。

つまり身体の興奮を解除し、適度にリラックスへと導くということが肝になるわけです。そして興奮状態を継続させるような「悪い・過剰な食欲」が、大きく2つのケースで生じやすくなります。

2、食欲と睡眠との関係

今日はやけに小腹(こばら)が空くな・・・。そういう日ってあると思います。

さっき食事をしたばかりなのに口寂しい。コンビニに寄ってお菓子でも買おうかな。誰しもが経験したことがあるようなこの感覚は、上に示した2種類の中では基本的に体にとって不必要な「悪い食欲」に属するものです。

しかしこれは、日常的にゴロゴロと転がっているような当たり前の食欲です。ですから普通であれば、そのことに理由なんて考えないと思います。だから何の躊躇もなくお菓子を買うと思います。そして食べると思います。ただし私は、小腹が空いた時にこう考えるようにしています。「昨日の睡眠時間、どうだったけな?」と。

寝不足をした次の日、私は決まって間食したくなるという実感があります。これは何も私だけに限ったことではありません。睡眠不足は、脳に過剰な食欲をまねいてしまうのです。

東洋医学的な理屈の上でもそうだと私は考えておりますが、これは科学的な根拠に基づいていることでもあります。睡眠不足になると食欲を抑えるホルモン(レプチン)の分泌が減少します。そして逆に食欲を高めるホルモン(グレリン)の分泌が亢進します。その結果、食欲が増幅して抑えられなくなります。そういうことが研究によってすでに分かっているのです。

夜更かしの日が続くと、ついつい無意識に間食・過食が増えてしまうのはそのためです。間食・過食が増えてしまうのは睡眠不足のせいである。そういう研究が報告されているからというだけでなく、患者さまを見てきた中での私の経験から言っても、確かにそうだとはっきりと感じます。

ただしこの情報はあらかじめ知っておかないと、生活の中でそれを実感することが絶対にできません。なぜならば「小腹が空いた」というありふれた欲求が起こった時に、その原因が睡眠不足であると思考を置き換えられる人はそうそういないと思うからです。

しかしぜひ置き換えてみてください。こういうありふれた一口一口が減っていくことこそ、着実な体調変化を導いていくものです。今日はお腹がやけに空くな・口寂しな、そう思ったら最近の睡眠を必ず振り返ってください。そういえば夜更しが続いていると、ハッと気付いた時こそが、食欲コントロールへの扉が開けた瞬間です。

3、運動不足は食欲を呼ぶ

通常、食欲は体の中のエネルギーが枯渇するほどに高まります。そのため運動後は気持ちよくお腹が減る、そして食事からエネルギーを補給することで疲労を回復することが出来ます。

これは「良い食欲」です。消耗に対する供給という循環が高まる中で起こる食欲であり、こういう食欲は特に若い頃に旺盛に働くものです。

では、運動が不足してくると食欲は減る、のでしょうか?。答えはNOです。実は運動不足は過剰な食欲を招いてしまいます

確かに、運動が不足すると消費が減りますので食欲は減ります。しかしそれは「良い食欲」が、です。代わりに「悪い食欲」が増えます。自分の体の状態に見合っていない、胃腸を過剰に働かせてしまうような「悪い・過剰な食欲」がどんどん増えてきてしまうのです。

今日は一日何もしなかったな、そしてお腹が空いたなという時に、試しにゆるい運動を行ってみてください。たとえば簡単な筋トレやウォーキング・ランニングを30分ほどやってみる。すると食欲が一時的におさまってくるはずです。

人間はしっかりと体を動かしていると、食欲をあまり感じなくなるものです。悪い食欲は充分な興奮状態(※)にある時に落ち着いてくるからです。逆に中途半端な興奮状態にある時に高まります。そして中途半端にリラックスしている時にも悪い食欲が高まります。しかし、運動後など深くリラックスできている時には然るべき良い食欲が高まるものです。ということはつまり、生活の中で運動・リラックスのメリハリがない時にこそ、悪い食欲が継続しやすくなります

運動がちゃんと行われている生活では食欲の高低にメリハリが付きます。そしてちゃんと体が欲する時に然るべき良い食欲が高まるようになります。しかし生活に運動不足が絡むと身体の興奮・リラックスの高低差が中途半端になります。そのためにいつまでもダラダラと食欲が湧くような、「悪い食欲・いつまでも胃腸を働かせ続けてしまう食欲」が継続してしまうことになるのです。

運動と食欲とについての研究報告があります。英国のラフバラー大学は、運動後は食欲が抑えられること、運動をしなかった場合に比べて摂取カロリーが300kcal程度減ることを発表しています。運動をすると食欲が出ちゃう、という理屈は間違っているわけです。運動をすれば食欲は適度になり、逆に運動不足は過剰な食欲を招く。日々の生活の中で運動を取り入れることは大変だとは思いますが、この理屈を意識するだけでもかなり違うのではないでしょうか。

※充分な興奮状態・・・ここで言うところの「充分な興奮状態」とは、頭だけでなく、体もちゃんと活動している状態を指します。したがってデスクワークを続けているだけでは十分に活動できているとは言えません。からだ全体を動かす、いわゆる運動を心がけるということが大切です。

4、満たされない欲求を解除するために

食欲は人間が生きていくために必要なサインの一つです。体が満たされていない状態の時に、食欲というサインが脳に発動するわけです。

では何が満たされていない時に食欲が発動するのでしょうか。栄養でしょうか。エネルギーでしょうか。私は単にそれだけではないと考えています。

なぜならば、食べ物を摂取したいという欲求は、睡眠や運動、その他にも排泄などといった人間が本質的に持っている欲求たちと密接に関連しながら発動しているからです。すべて生命を維持していくために不可欠な欲求です。そのためいずれかに不足が生じれば、その帳尻を合わせるかのように他の欲求に過剰が生じても不思議ではありません。だからこそ睡眠や運動が満たされなければ、食欲に対する生命活動が過剰に発動してしまう。睡眠・運動が食欲に影響を与えるという事実は、このような各欲求の循環と関連とを通して形成されているように私には感じられます。

つまり食欲は、睡眠・運動・排泄という基本的な欲求がうまく噛み合わさり、循環している状態でこそ正しく発動すると理解するべきです。睡眠を見直し、運動を見直し、生活のリズムを正して規則的な循環を導くこと。臨床を通した私の経験から言って、それこそが人間にとって最も自然、かつ着実な食欲のコントロール方法です。

とはいえ、食欲・睡眠・運動、これら全てを気をつけることは難しいと思う方もたくさんおられると思います。そういう方のために一つだけ。循環は安定し始めれば、その後あまり努力しなくても安定が続きやすくなってきます

もっと簡単に言えば、睡眠も、運動も、そして過食も、気をつけ始める時が一番大変なのであり、そのうち必ず楽に維持できるようになるということです。過食を避けれて寝れば深く眠れるようになる、そして日中の活動しやすくなって運動量が高まれば自然とだらだら食いが減る。さらに心地よい疲れによって深く眠れることで、さらに食欲が落ち着きやすくなる。沢山食べたいという欲求も、運動したくないという気持ちも、うまく循環が作られると決して大変なものではなくなってきます。

つまり沢山食べたいという欲求は、これらの循環を作り出すことでコントロールできるものなのです。そして辛いのは始めの一歩。そのうち必ず大変さは自然と減ってきます。多くの患者さまを見させて頂いている中で、これは確実に言えることだと感じています。

「最近はもう、あんまり沢山食べたいとも思わなくなってきました。」

治療が進み、患者さまの症状が改善していく中で、私が何度も何度も耳にしてきた言葉です。



<引用・参考>
・睡眠と生活習慣病との深い関係,eヘルスネット,厚生労働省
・糖尿病患者さんと医療スタッフのための情報サイト,糖尿病ネットワーク

【この記事の著者】店主:坂本壮一郎のプロフィールはこちら