副鼻腔炎・蓄膿症・後鼻漏

副鼻腔炎・蓄膿症・後鼻漏

西洋医学的治療によって多くの病が改善可能となった現代においてもなお、漢方治療が優位に効果を発揮する病があります。副鼻腔炎はその一つです。

副鼻腔炎・蓄膿症・後鼻漏とは

副鼻腔炎とは副鼻腔という鼻の奥にある空洞に炎症が起こる疾患です。いわゆる鼻水・鼻づまりから、鼻汁が喉の奥に流れて口の中に回ってくる後鼻漏(こうびろう)や、頭痛・顔面などの痛みや圧迫感・臭覚障害などが起きてくる病です。長引かせると奥の空洞に痰が詰まり、時に副鼻腔いっぱいに痰を詰まらせる方もいます。

副鼻腔炎には急性のものと慢性のものとがあります。風邪を引いて鼻水・鼻づまりなどの鼻炎が起こり、そこから副鼻腔炎にまで波及してくるものが典型的な急性副鼻腔炎です。アレルギー性鼻炎が悪化して副鼻腔に炎症が波及してくるものもあります。そして副鼻腔炎は鼻炎のように外に近い所ではなく奥まった部分の炎症であるため、炎症が残存しやすいという特徴があります。90日を超えても後鼻漏などの症状が続く場合があり、これを慢性副鼻腔炎といいます。俗に蓄膿症と呼ばれる病です。

●慢性化すると治りにくい
西洋医学では抗菌薬や炎症を抑えるための点鼻薬にて改善を図ることが一般的です。急性副鼻腔炎のごく初期では、これらによって迅速に改善されていく傾向があります。しかしある一定数の方は、急性副鼻腔炎から慢性経過、もしくは年に数度副鼻腔炎を起こす再発性へと向かっていきます。このような再発性ならびに慢性に陥った副鼻腔炎になると、西洋医学的治療によって完治させることが難しくなってきます。まず抗菌薬が効きにくくなります。そしてネプライザー療法(薬液を細かい霧状にして鼻や口から吸入させる治療)や鼻汁の吸引を行っても、一時的に楽になるだけで数日経つともとに戻ってしまうということも少なくありません。そして最終的には手術になりますが、手術をしてもその後また再発するという方もいらっしゃいます。

●抗菌薬と副鼻腔炎
抗菌薬はすぐれた薬です。しかし副鼻腔炎が慢性化してしまう要素を作ってしまう薬でもあります。そもそも副鼻腔炎にて起こる炎症と鼻汁(痰)は、外的に侵入してきた悪いものを外に出させようとする反応として起こります。抗菌薬は炎症を迅速に抑えますが、同時に外に排出させようとしている痰を副鼻腔に残すことにも繋がります。そして残存した痰は培地となり、感染を起こす温床となって一度治った炎症を再発させたり、慢性的に炎症を継続させる病根になってしまいます。

また慢性化した時に使うステロイドの点鼻薬は、即効性が高く効き目が良いのですが、常用すると鼻腔内の免疫力を下げて感染を起こしやすい状況を作ってしまうことにも繋がります。さらにこれらの西洋医学的治療は炎症を抑える、物理的に痰を排出させるという対症療法ですが、再発性・慢性へと経過してしまう方のほとんどに炎症を根治させにくく長引かせやすい体質的傾向があります。そもそも炎症を完全に抑え切りもとの状態に戻す力は、自分自身の力によって行われます。その力が十分に発揮されていない方が副鼻腔炎を長引かせています。

副鼻腔炎・後鼻漏と漢方

●漢方治療の利点
漢方薬の利点はいくつかあります。まずは「排膿」という独特の薬能を持った治療薬があるということが大きいと思います。排膿とは膿や痰を体外に排出させようとする力を促すという薬能です。そのため副鼻腔炎の初期から抗菌薬とともに漢方薬を併用しておくと、痰が温床として残ってしまうことなく、再発や慢性化させずに完治させていくことができます。

また慢性・再発性のものでも、痰の排出が促されて鼻の奥がすっきりしたり、後鼻漏が無くなったりという変化がおきてきます。さらにしばらく漢方薬を服用した後に鼻汁の吸引を行うと、以前よりもずっと取れやすくなるという変化が起こる傾向もあります。そして漢方治療では副鼻腔炎を起こしやすい体質自体を改善できることも大きな利点です。特に再発性副鼻腔炎の方では、鼻がすっきりして後鼻漏が少なくなると同時に、年に何度も起きていた副鼻腔炎が起こらなくなったと感じられる方が多いと思います。

●適切な処方を服用すること
ただし気をつけて頂きたいのが、副鼻腔炎はその状況によって様々な病態があり、漢方薬の特性上それに的確に合わせて選択しないと効果が現れません。特に副鼻腔炎のような炎症性疾患では、選択を間違えると悪化してしまうこともあります。そして実際に効果を出すためには治療のコツのようなものがあり、処方を一律的に服用しているだけではあまり効果的とは言えません。例えば「排膿散及湯」という有名な処方がありますが、これはそのまま服用しているだけではあまり効果はなく、実際に改善へと向かわせていくには他剤との合方や加減が必要になります。

●漢方治療にて改善することの多い副鼻腔炎・後鼻漏
副鼻腔炎は非常に頻度が高い疾患です。しかし的確に行うことができれば漢方治療によって改善する例の多い疾患でもあります。そのため当薬局でも多くの方が来局される病ですし、おそらく漢方専門の医療機関であればどこでも改善例が沢山あると思います。副鼻腔炎は年単位で慢性経過したものでも、比較的早めに効果を実感することができます。しかし長引いているものほど完治までには時間がかかりますので、お困りの方はなるべく早めに漢方専門の医療機関におかかりなることをお勧めいたします。

参考症例

まずは「副鼻腔炎・蓄膿症・後鼻漏」に対する漢方治療の実例をご紹介いたします。以下の症例は当薬局にて実際に経験させて頂いたものです。本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

症例|病院にて問題ないと言われた後鼻漏(こうびろう)

40代男性、10年目にひいた風邪から副鼻腔炎を起こし、それ以来後鼻漏が続くようになってしまいました。病院にいって検査を行っても治っているよと言われるだけ。納得のいかない患者さまは漢方治療を求めて当薬局にご来局されます。鼻に効くと言われている漢方薬を使うだけでは改善へと導くことが出来ない事実。後鼻漏を治すための東洋医学的な考え方。その具体例をご紹介いたします。

■症例:後鼻漏(慢性副鼻腔炎)

参考コラム

次に「副鼻腔炎・蓄膿症・後鼻漏」の漢方治療を解説するにあたって、参考にしていただきたいコラムをご紹介いたします。以下の内容は当薬局にて実際に経験させて頂いたことを根拠にしております。参考症例同様に、本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

コラム|蓄膿症・後鼻漏・慢性副鼻腔炎 ~漢方薬で治る?その実際のところ~

慢性副鼻腔炎や蓄膿症、またそれに伴う鼻閉や後鼻漏を治療していく時、最近では漢方治療が選択されやすくなってきました。その理由には西洋薬には無い漢方特有の薬能が期待されている背景があります。ただし一律的に漢方薬を使うだけでは効果は現れません。例えば「排膿散及湯(はいのうさんきゅうとう)」。鼻耳科疾患で頻用される本方はある原則に則って使わなければ効果はありません。漢方治療の実際を深めて頂くために、これらの事実をコラムにて解説しております。

□蓄膿症・後鼻漏・慢性副鼻腔炎 ~漢方薬で治る?その実際のところ~

コラム|蓄膿症・後鼻漏・慢性副鼻腔炎 ~漢方治療による治り方・前編~

副鼻腔炎や蓄膿症などの治療においては、「どのような経過を経て治っていくのか」ということを知っておくことがとても重要です。これを知っておかないと、的確な治療を行えているにも関わらず完治へと向かえないという可能性が出てきてしまうからです。実際に完治へと向かうために、知っておくべきこと。その大切なポイントを詳しく解説いたします。

□蓄膿症・後鼻漏・慢性副鼻腔炎 ~漢方治療による治り方・前編~

コラム|蓄膿症・後鼻漏・慢性副鼻腔炎 ~漢方治療による治り方・後編~

漢方治療において蓄膿症や副鼻腔炎・後鼻漏が改善へと向かう時、一時的に症状が悪化へと向かうことがあります。むしろ急速に改善へと向かう方に起こりやすい現象なのですが、この時「もともとの病が悪化しているわけではないという状況の見極め」を行うことが非常に大切です。この現象はある程度、副鼻腔の各病態においてパターン化されている傾向があります。そこで、ここではその傾向を各病態に従って解説してみたいと思います。

□蓄膿症・後鼻漏・慢性副鼻腔炎 ~漢方治療による治り方・後編~

コラム|慢性上咽頭炎 ~Bスポット治療と漢方薬・その違いと併用の意義~

のどに痰が絡む・のどの奥が痛い・のどの奥に詰まりを感じるなど、「のどの奥に何か異常がある」という感覚。「慢性上咽頭炎」においてよく起こる症状です。この病では上咽頭の炎症に直接アプローチする「Bスポット治療」がしばしば行われますが、なかなか完治しないという方からのご相談が多く寄せられます。なぜ完治しにくいのか、そして漢方治療を行う意義はあるのか。副鼻腔炎との関連も含めて、上咽頭炎にまつわる漢方治療の実際をご紹介いたします。

□慢性上咽頭炎 ~Bスポット治療と漢方薬・その違いと併用の意義~

使用されやすい漢方処方

①排膿散及湯(はいのうさんきゅうとう)
②葛根湯(かっこんとう)
③荊防敗毒散(けいぼうはいどくさん)
④辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)
⑤柴蘇飲(さいそいん)
⑥小柴胡湯(しょうさいことう)
⑦四逆散(しぎゃくさん)
 大柴胡湯(だいさいことう)
⑧荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)
⑨苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)
⑩千金内托散(せんきんないたくさん)
⑪帰耆建中湯(きぎけんちゅうとう)
※薬局製剤以外の処方も含む

①排膿散及湯(東洞先生投剤証録)

 副鼻腔炎に用いられる機会が多い。未だ硬い膿を軟化させて排出を促す排膿散と、軟化した膿を排出させて潰瘍の早期治癒を促す排膿湯とを合わせて、排膿散及湯という。吉益東洞が癰治療に好んで用いた処方で、実際には他の方剤と合わせて用いていた。したがって副鼻腔炎のような化膿性疾患において運用される機会が多いものの、本方を単剤にて用いてもあまり効果がない。炎症の度合いに応じて清熱剤や活血・補托剤を合方する必要がある。
排膿散及湯:「構成」
芍薬(しゃくやく):枳実(きじつ):桔梗(ききょう):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):

②葛根湯(傷寒論)

 日本、特に古方派と呼ばれる漢方家は「癰(よう:おでき)」治療に好んで葛根湯を用いた。そして副鼻腔の化膿性炎症を生じる副鼻腔炎においても様々な場で用いる機会がある。まず全身の発熱を伴う急性副鼻腔炎に、本方によって「発汗法」を行うと迅速に炎症が消失することがある。また亜急性期から慢性期においても、活血・補托の意味合いで本方を用いると溜まった痰が排出されて快癒することがある。ただし状況に合わせて加減を施して用いなければならない。炎症が盛んならば石膏や大黄を、化膿すれば桔梗を、排膿を促すにはさらに川芎・枳実・蒼朮・附子などを加える。葛根湯を鼻の疾患に応用する場合、葛根湯加川芎辛夷の加減が有名である。痰の排出・消散を強めた加減であるが、花輪壽彦先生はこの加減を用いるよりも、むしろ葛根湯だけの方が効き目が良いことがあると指摘されている。
葛根湯:「構成」
葛根(かっこん):麻黄(まおう):桂枝(けいし):生姜(しょうきょう):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):

③荊防敗毒散(万病回春)

 おでき治療の代表方剤。古くは膿のことを毒と呼んだ。初期の化膿を消散させる目的で作られた処方である。副鼻腔に溜まる痰を毒と捉え、副鼻腔炎に応用する。ただし本方は清熱作用が弱い。したがって痰が黄色や緑色を呈するような熱証では、黄連解毒湯や辛夷清肺湯などの清熱薬を配合する必要がある。また蒼耳子を加えることもある。主として細菌感染による化膿性炎症に用いる方剤ではあるが、去湿薬を強めることでアレルギー性炎症に対しても効果を発揮する。葛根湯と比すればその作用が穏やかであることから、比較的用いやすい方剤である。
荊防敗毒散:「構成」
柴胡(さいこ):前胡(ぜんこ):川芎(せんきゅう):防風(ぼうふう):荊芥(けいがい):桜皮(おうひ):羌活(きょうかつ):独活(どくかつ):茯苓(ぶくりょう):桔梗(ききょう):甘草(かんぞう):薄荷(はっか):枳殻(きこく):金銀花(きんぎんか):

④辛夷清肺湯(勿誤薬室方函口訣)

 鼻腔・副鼻腔に起こる強い炎症をしずめる代表的な清熱剤。副鼻腔炎の急性炎症期、鼻の中に熱感や乾燥感がある場合に用いる。また炎症によって鼻茸(ポリープ)が生じ、鼻の孔を塞ぐように大きくなる勢いのもの。さらに後鼻漏にて黄色・緑色を呈する粘稠な痰を出す者に用いられる機会がある。
 本方は強力な清熱作用を持つ薬であるが、熱の程度によって清熱作用を強める必要がある。また本方には排膿作用がなく、そのため痰の排出を促さなければならない副鼻腔炎では排膿散及湯のような排膿薬を合わせる必要がある。鼻部の清熱剤には、本方の他にも加減涼膈散や清上防風湯などがある。これらの方剤にはそれぞれの特徴があり、病態を見極めた上で適宜選択する。
辛夷清肺湯:「構成」
辛夷(しんい):石膏(せっこう):知母(ちも):黄芩(おうごん):山梔子(さんしし):百合(びゃくごう):麦門冬(ばくもんどう):枇杷葉(びわよう):升麻(しょうま):

⑤柴蘇飲(本朝経験方)

 小柴胡湯と香蘇散との合方。鼻・耳の詰まりを取る薬として耳鼻科領域の病に広く用いることができる。どちらかと言えばアレルギー性の炎症に効果を及ぼす傾向があり、粘稠な痰を伴うような炎症の強い病態には不向きである。本方の特徴は「やわらかさ」である。点鼻薬などの常用によりややこじれた副鼻腔炎では、清熱や排膿などハッキリとした薬能を持つ方剤では対応しきれないことがある。そういう時は去湿・去痰・清熱を包括してやわらかく行う本方のような処方の方が、かえって効果を発揮しやすい場合がある。また胃腸におだやかで胃の弱い方でも安心して服用でき、さらに鼻炎から副鼻腔炎、さらに耳が塞がるといった耳閉感に対しても広く効果を発揮する。優しい薬にはそれなりの使い方がある。
柴蘇飲:「構成」
柴胡(さいこ):半夏(はんげ):人参(にんじん):黄芩(おうごん):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):香附子(こうぶし):紫蘇葉(しそよう):陳皮(ちんぴ):

⑥小柴胡湯(傷寒論)

 柴胡剤の主方。副鼻腔炎やニキビなどの化膿性炎症に対しては柴胡剤が良く用いられる。本方は柴胡剤の中でも最も基本的な構成を持つ方剤。基本処方故に他柴胡剤ほど頻用されてはいないが、急性から慢性にかかる副鼻腔炎に効果的である。しかし単剤にて用いてもあまり効果はない。加減や他剤との合方を施すことで初めて効果的な運用ができる。
 本方の本質は胃薬である。胃の機能を回復することで身体の水分代謝を是正する薬能を持つ。漢方では副鼻腔に溜まる痰は水分代謝の失調と捉えられ、本方は胃気を和すことで頭部に蓄積する痰飲を除く方剤である。臨床的にも副鼻腔炎を慢性化・再発させやすい方は、胃腸活動が整っていないことが多い。本方に限らず漢方の胃薬は総じて副鼻腔炎の治療に用いられることが多く、半夏瀉心湯や六君子湯などを用いて慢性副鼻腔炎(蓄膿症)の治療を図ることがある。
小柴胡湯:「構成」
柴胡(さいこ):半夏(はんげ):人参(にんじん):黄芩(おうごん):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):

⑦四逆散・大柴胡湯(傷寒論)

 小柴胡湯と並び、柴胡剤の基本処方。四逆散と大柴胡湯とは柴胡・芍薬・枳実の薬対を持つ類方である。これらも本質に胃薬としての薬能を持つ。特に枳実の薬能は破気と呼ばれ、凝り固まった詰まりを取る薬である。つまり四逆散と大柴胡湯は胃部の緊張強く、強い詰まりを生じる体質者に適応することが多い。胃部の強いつまりは頭部の水分代謝にも、同様の強い詰まりを起こさせる。したがって痰が粘稠で硬く、コロッとしたような痰を出す場合に良い。総じて柴胡剤は使うポイントを押さえれば副鼻腔炎に対して非常に有効である。それぞれの適応を見極めた上で運用する。
四逆散:「構成」
柴胡(さいこ):芍薬(しゃくやく):枳実(きじつ):甘草(かんぞう):
大柴胡湯:「構成」
柴胡(さいこ):芍薬(しゃくやく):枳実(きじつ):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):半夏(はんげ):黄芩(おうごん):大黄(だいおう):

⑧荊芥連翹湯(漢方一貫堂医学)

 本方も柴胡剤である。急性・慢性を問わず副鼻腔炎の治療に運用されやすい。柴胡剤の薬能をさまざまな疾患に広く運用し得るよう作られたのが本方で、一貫堂医学と言われる治療手法において運用される方剤である。一貫堂医学とは明治・大正時代に森道伯先生が編み出された病治方法。病的体質を大きく3つに分類して把握する手法にて、この処方は解毒証体質と呼ばれる化膿性疾患を生じやすい者に適応する方剤。血行循環を調えながら炎症を抑制することを本旨とする。ニキビや副鼻腔炎など、膿を生じやすい体質者に対して総合的な治療を本剤にて行う。
荊芥連翹湯:「構成」
黄連(おうれん):黄芩(おうごん):黄柏(おうばく):山梔子(さんしし):当帰(とうき):川芎(せんきゅう):芍薬(しゃくやく):地黄(じおう):柴胡(さいこ):荊芥(けいがい):連翹(れんぎょう):薄荷(はっか):防風(ぼうふう):白芷(びゃくし):枳殻(きこく):桔梗(ききょう):甘草(かんぞう):

⑨苓桂朮甘湯(傷寒論)

 副鼻腔炎においてアレルギー性炎症に傾くものは、利水去湿の薬能を持つ方剤を適応させることがある。漢方でいう所の「痰飲」や「湿証」「水気」などの病態に属するものである。分泌液(痰)が熱によって粘稠になり色づくというよりは、水っぽい痰がバシャバシャと多量に出るような印象の副鼻腔炎に適応する。鼻炎と副鼻腔炎が併発することも多く、鼻からは水鼻が出て、喉の方にも後鼻漏が垂れるという者。紫蘇葉・蒼朮・羌活・蒼耳子・細辛・附子などを含む処方を用いて改善を図る。本方は身体に水飲を溜めやすい体質を治療する方剤である。鼻部への配慮が乏しいため本方単独で用いてもあまり効果はないが、加減や他剤に合方して用いれてることが多い。
苓桂朮甘湯:「構成」
桂枝(けいし):甘草(かんぞう):茯苓(ぶくりょう):蒼朮(そうじゅつ):

⑩千金内托散(太平恵民和剤局方)

 膿を軟化させて排膿へと導く補托・透托の代表方剤。慢性副鼻腔炎において副鼻腔に凝り固まった痰を軟化させて排出させやすくする際に用いられることが多い。血行を促して痰を排出させやすくするという薬能を持つため、急性炎症期に用いると炎症が悪化することがある。あくまで炎症がおさまり、副鼻腔に痰が溜まったままになって排出されないという段階で用いる薬である。ただし慢性や再発性の副鼻腔炎において、弱い炎症が起きたり止んだりを繰り返しているという場合もある。その時は炎症が拡大しないようにする配慮が必要で、連翹や金銀花などの清熱解毒薬を配合することが多い。
千金内托散:「構成」
黄耆(おうぎ):当帰(とうき):川芎(せんきゅう):人参(にんじん):防風(ぼうふう):厚朴(こうぼく):白芷(びゃくし):桔梗(ききょう):桂皮(けいひ):甘草(かんぞう):

⑪帰耆建中湯(瘍科方筌)

 江戸時代を代表する外科医である花岡青洲が、難治性の癰(おでき)の治療のために作った処方。用いる場は千金内托散に近い。血行を促し痰を軟化させ、排膿を促して副鼻腔を炎症前の状態にリセットする方剤である。疲労しやすかったり年に何回も風邪をひきやすいといった方では、体力・免疫力が低下して副鼻腔炎を長期化・難治化させることが多い。本方は「虚労(きょろう)」と呼ばれる一種の疲労状態に適応し、体力を回復させることで病巣の治癒力を高める方剤である。ただし当帰や桂枝などの温薬を含むため、千金内托散と同様、炎症傾向の強い者には用いない。
帰耆建中湯:「構成」
黄耆(おうぎ):当帰(とうき):桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):

臨床の実際

<漢方による副鼻腔炎・後鼻漏治療の実際>

●急性・慢性の区別と、化膿性・アレルギー性の区別
副鼻腔炎の漢方治療では、いくつかの状況に対する弁別が必要になります。まず炎症の勢いによって選択される処方が異なってきます。つまり急性期・亜急性期・慢性期を区別します。また再発性であればその時生じている炎症程度に従って治療を行います。さらに炎症の質によっても選択される薬方が変わります。感染によって化膿性炎症が起こっているのか、それともアレルギー性鼻炎のようにアレルギー性炎症が起こっているのかを区別します。化膿性炎症であれば漢方でいうところの「癰(よう:おでき)」の治療を応用します。そしてアレルギー性炎症であれば「痰飲」や「湿証」「水気」の治療を応用します。両者が混在している場合もあり、それぞれの治療薬を組み合わせて用いる場合もあります。それぞれの状況に対する治療方針を簡単に示すと以下のようになります。

〇炎症の程度
「排膿」を基本に、炎症が強いようなら「清熱」。
炎症が完全に治まっている状態であれば「活血」や「補虚」。
〇炎症の質
化膿性炎症であれば「癰(よう)」の治療を基本に置く。
アレルギー性炎症であれば「痰飲」「湿証」「水気」の治療を基本に置く。

●治療方針の選択:「標治」と「本治」
また副鼻腔炎では再発を繰り返す方が多いため、副鼻腔炎の炎症を抑える治療(標治)と、副鼻腔炎を再発させない体質を作る治療(本治)とを使い分けることが一般的です。両者の使い分けは、治療に即効性を生み出すという意味で非常に重要です。ただし標治と本治とは重なる部分も多く、必ずしも標治を行った上で本治を行うという手順を踏むわけではありません。例えば標治をしっかりと行うことで自然と再発が起こらない体質へと変化していく方もいます。また本治を行わなければ副鼻腔炎の炎症がおさまらない方もいます。したがって標治法と本治法とを的確に捉えた上で、最も早く改善する方法を選択するということが重要です。

以上の治療方針を踏まえて、具体的な治療薬を示していくと以下のようになります。

1.強い炎症が起こっている急性期の治療

鼻の奥に熱感や乾燥感がり、頬や額が重く痛い。鼻が詰まって鼻汁が出にくいが、後鼻漏として出ると黄色や緑色をしている。炎症が強く起こっている副鼻腔炎の典型的な症状です。急性上気道炎(いわゆる風邪症候群)から生じるものが多く、花粉症などのアレルギー性鼻炎でも悪化してしまった時に起こることがあります。

ここまで炎症が強くなっていれば、アレルギー性炎症から始まっている場合でも化膿性炎症に対する配慮を行います。治療は「発表」・「清熱」・「排膿」を行いますが、実際に効果を上げるためには「清熱」を充分に行うことが重要です。そしてまずは炎症を抑える必要がありますので「標治」での対応が主となります。

●「発表」と「清熱」
副鼻腔炎の初期・急性期において、発熱・身体痛などが起こっている場合には「発表」という手法が用いられます。葛根湯の加減が用いられます。比較的穏やかな発表作用を持つものとして、荊防敗毒散や銀翹散の加減が用いれることがあります。発熱や身体痛などの全身症状がなく、炎症が局在化している場合には「清熱」が主体となっていきます。代表的な清熱薬は辛夷清肺湯です。石膏・知母・黄芩・山梔子の薬能が非常に重要で、熱の強さに合わせてこれらの分量が調節されます。また大黄を加えることもあります。ただし本方は排膿の効果が弱いため、排膿散及湯などの排膿剤を合わせる必要があります。さらに辛夷清肺湯の加減は鼻茸(ポリープ)に対しても効果的です。鼻茸に関しては炎症が強く起こっている時には石膏を重く用い、炎症がそれほど強く介在していない時は薏苡仁を重く用います。

2.亜急性期など炎症が残存して長引いている状態の治療

副鼻腔は鼻の奥にある複雑な洞窟です。そのためひとたび炎症が起こると熱が抜けず残存しやすいという特徴があります。鼻の奥の熱感や乾燥感はそれほどないが、頬や額が重く、鼻が詰まったり粘稠な後鼻漏が出たりといった状態になると長引く傾向があります。

●「葛根湯」の運用
この状態においても葛根湯が使われることがあります。葛根湯は「発表」という発病初期に用いる薬能を持つだけではなく、強力な活血排膿薬としての力も持っています。したがってやや陳旧化している副鼻腔炎にて残存している膿を、即効性をもって排出させるという場合に用いて良いことがあります。その場合は川芎や桔梗といった排膿薬を加えることもあります。ただし葛根湯はそのまま用いると、血行を促す作用によって残存している炎症が悪化することがあります。したがって炎症の程度に合わせて石膏や大黄などの清熱薬を加える必要があります。

●「柴胡剤」の運用
より穏やかに排膿を促し、炎症を鎮めていく場合には柴胡剤が頻用されます。小柴胡湯や大柴胡湯の加減、四逆散の加減や荊芥連翹湯が用いられます。柴胡は化膿性炎症において頻用される生薬です。副鼻腔にくすぶる熱を冷まし、溜まった痰をきれいに洗い流すという薬能があります。亜急性期から慢性期に至るまで幅広く用いられ、さらに「標治」と「本治」とを同時に行える性質を持つことから、非常に使われやすい処方群です。

3.慢性期もしくは再発性のもので、炎症がないかあっても微弱な状態の治療

ひとたび慢性化もしくは再発性に陥った副鼻腔炎は、西洋医学的治療が効きにくくなります。放っておいて治るものでもなく、年単位で長期化すると匂いが全くかげなくなるような臭覚障害を起こす方もいます。また後鼻漏だけがずっと続くというような場合では、病院にて画像を見てもまったく問題はないと片付けられてしまうこともあります。しかし後鼻漏が起きている以上は治療が必要です。このような西洋医学的治療が難しい場合であっても、漢方薬によって改善することが可能です。

●長期化するほど多くの病態が生じてくる
鼻中の熱感や顔面部の痛みは起こらないものの、後鼻漏がいつまでも続き、時に痰が喉にひっかかる。鼻がつまりやすく、調子が悪いと頬部が重く痛くなることがある。季節の変わり目などで咽が痛くなると、それがすぐに鼻にも波及して副鼻腔炎が起きやすい。こういった方では微弱な炎症が長期的に生じていたり、炎症がちょっとした刺激で生じやすくなっていたり、副鼻腔に画像では確認できない程度の痰が残っていたりします。漢方ではこのような場合に「清熱」「去湿」「排膿」「活血」「補虚」などの薬能を組み合わせて治療していきます。

●化膿性炎症とアレルギー性炎症との弁別
平素からニキビが出やすいなどの化膿傾向がある方では柴胡剤が運用されます。一貫堂の荊芥連翹湯はこういった化膿を生じやすい体質を改善していく柴胡剤です。「清熱」「排膿」「活血」を合わせ持ち、亜急性期から慢性期にかけて広く用いることができます。

一方で化膿傾向というよりはアレルギー体質があり、サラサラと水のような後鼻漏が流れ、鼻炎を起こして鼻水を出しやすいといった方では、紫蘇葉・蒼朮・羌活・細辛などが配合された「去湿」薬を用います。柴蘇飲や川芎茶調散、五積散の加減が用いられます。色白で浮腫みがあり、立ちくらみやめまいを起こしやすいという方では苓桂朮甘湯の加減、そして寒くなるとツーっと垂れるような水鼻を出すと同時に後鼻漏が起こるという方では麻黄附子細辛湯や桂姜棗草黄辛附湯が使われることもあります。

●「透托剤」と「補托剤」
また鼻の奥に痰が詰まって抜けないという方では、「透托剤(とうたくざい)」を使用することがあります。千金内托散や托裏消毒飲です。「活血」「排膿」を行うことで副鼻腔に溜まった痰を軟化させ排出へと導きます。また葛根湯は強力に透托を行う時にもしばしば用いられます。蒼朮・附子を加えることが一般的です。

さらに、そもそも痰を排出させようとする力が弱い、炎症を落ち着け回復するための力が弱いという場合では「補虚」が必要になります。帰耆建中湯などの「補托剤(ほたくざい)」を用います。めまいや耳鳴りの治療で有名な半夏白朮天麻湯が効果的なこともあります。

これらの治療方法はいわゆる蓄膿症と呼ばれる状態に用いられることが多いと思います。炎症が鎮まったあと、溜まった膿を排出・消散へと導くためには血行を促すことが必要になります。そのためいづれの処方を使う場合でも、強い活血性によって炎症が悪化しないかどうかを確認しながら治療を行う必要があります。

●あきらめずに試してみるべき
西洋医学的治療が無効に終わることの多い慢性副鼻腔炎ですが、漢方治療と併用することで効果を発揮しやすくなることがあります。匂いが全くわからず、吸引でも痰(分泌液)が抜けず、もう手術しかないという段階の方が漢方治療をしばらく行うと、痰が軟化されて吸引によって綺麗に取れるということがあります。慢性化するほど完治までに時間がかかる副鼻腔炎ではありますが、西洋医学と東洋医学とを的確に行うことで治療がスムーズに進行することが多く、長年患っている方であっても、決してあきらめる必要はないと思います。

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