月経痛(生理痛)・月経困難症について
生理(月経)の際に生じる腹痛などの諸症状が、治療が必要なほど重いものを月経困難症といいます。強い生理痛(月経痛)のために日常活動が困難になり、学校や仕事などに行けないといった状態です。酷い痛みと同時に吐き気をもよおし、手足が氷のように冷たくなって冷や汗をかくという方もいます。また月経痛の他にも、腰痛や頭痛・倦怠感・下痢・精神的な不安定さ(イライラや不安感、抑うつ状態)などを伴う方もいます。
月経痛と漢方
●月経痛治療に注目されている漢方治療
月経痛に対しては、ロキソニンなどの痛み止めによって治療されている方が多いと思います。ただしあくまで症状を取るだけの対症療法であることや、連用すると痛み止めの副作用(胃痛など)が起こりやすくなることから、このような治療に疑問を抱いている方も多いようです。その点漢方薬は根本治療に近く、月経痛を生じにくい体質へと導いていくことが可能です。また月経痛以外にも身体に備わる不快な症状を同時に消していける傾向があるため、多くの医療機関で漢方薬を処方することが一般化されてきました。
●酷い月経痛が漢方薬で良くなるのか?
皆様が疑問に思うことは、はたして漢方薬でこんなに酷い痛みが本当に楽になるのだろうか、なるのだとしてもかなり時間がかかるのではないだろうか、ということではないでしょうか。事実、医療機関でもあくまで補助的な治療として漢方薬を処方している所が多く、実際にそう患者様にも説明していると思います。しかし結論から申し上げますと、漢方薬は比較的短期で月経痛をかなりのところまで改善することが可能です。少なくとも、やや重さは残るものの痛み止めを飲むほどではない、という程度までには軽減することができます。ただし注意していただきたいのは、どのような漢方薬でもただ飲めばそうなるのかというと、それは違います。その方の状態に合った、適切な漢方薬を服用できている、ということが絶対条件になります。
●「効かない使い方」では効かない
月経困難症に対しては、当帰芍薬散や加味逍遥散・桂枝茯苓丸などから選択している医療機関が多いようです。確かにこれらの処方は月経痛に有効です。ただしそれぞれに「使い方」があります。詳しくは下で述べますが、これらの処方を何の工夫もなく一律的に使用しているだけでは漢方薬の薬能を充分に引き出すことができません。例えば、桂枝茯苓丸のエキス顆粒剤を服用しても月経痛が治らなかった方に、同じ桂枝茯苓丸でも煎じ薬や工夫を加えたエキス顆粒剤を服用していただくと月経痛がピタリと止む、ということが現実として起こるのが漢方治療です。適切な処方が選択されていて、かつ分量が的確で、痛みを止めるための工夫がちゃんと施されているかどうか、そういった「使い方」のコツを心得ている治療が行われなければ、漢方薬は効かない仕組みになっています。
※月経困難症には他の婦人科疾患が原因となって生じる「器質性月経困難症(続発性月経困難症)」と、原因となる病気がない「機能性月経困難症(原発性月経困難症)」とがあります。器質性月経困難症の原因疾患には子宮筋腫や子宮内膜症などがありますが、これらは別の項で説明していますので、そちらをご参照ください。
参考コラム
まずは参考にしていただきたいコラムをご紹介いたします。本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。
コラム|◆漢方治療概略:「月経痛・生理痛」
月経痛・生理痛に使われる漢方薬にはたくさんの種類があります。ドラッグストアなどで選ぼうを思っても、「どれを試したら良いのか分からない」という声をしばしば拝聴します。そこで、そのような方々に参考にしていただけるよう、漢方治療の概略(細部を省いたおおよそのあらまし)を解説していきたいと思います。
コラム|【漢方処方解説】当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
当芍美人(とうしゃくびじん)という言葉を知っていますか。当帰芍薬散が適応となる方は、ある種の美人であることが多いと言われています。しかし、か細い日本美人という要素を追いかけてこの薬を使うと、大失敗することがあります。漢方では嘘ではありませんが、正しくもないという情報がたくさんあるのです。今回は有名処方・当帰芍薬散について、少々深く掘り下げて解説していきたいと思います。
コラム|【漢方処方解説】桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
「瘀血(おけつ)」の名方、桂枝茯苓丸。この処方は「瘀血」と呼ばれる骨盤内臓器の充血に効果を発揮します。そこで月経痛や子宮筋腫、子宮内膜症などの治療に頻用されていますが、一方で安易に使われ過ぎている傾向もあり、飲んでも効果が無かったと言われる方も少なくありません。そこで今回は桂枝茯苓丸とは本質的にどのような薬なのかを、自身の経験と考察とを通して説明していきたいと思います。
コラム|【漢方処方解説】呉茱萸湯(ごしゅゆとう)
頭痛の薬として有名な呉茱萸湯。そしてこの薬は月経痛に対しても効果を発揮する処方です。大塚敬節先生はその運用法を詳しく解説されていますが、要を得ているとはいえ的確に使用することが難しい処方です。その理由は呉茱萸という生薬の特殊性にあります。複雑な薬能を秘めた呉茱萸の謎を、臨床の経験を通して紐解いていきたいと思います
使用されやすい漢方処方
①当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
②逍遥散(しょうようさん)
加味逍遥散(かみしょうようさん)
③桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
④当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)
⑤温経湯(うんけいとう)
⑥桃核承気湯(とうかくじょうきとう)
⑦折衝飲(せっしょういん)
⑧芎帰調血飲第一加減(きゅうきちょうけついんだいいちかげん)
生化湯(しょうかとう)
⑨苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう)
⑩柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)
大柴胡湯(だいさいことう)
⑪建理湯(けんりとう)
⑫当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)
⑬六君子湯合補血湯(りっくんしとうごうほけつとう)
⑭芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)
⑮呉茱萸湯(ごしゅゆとう)
⑯安中散(あんちゅうさん)
※薬局製剤以外の処方も含む
①当帰芍薬散(金匱要略)
本来妊娠中の腹痛に用いる処方。月経痛に対しても高い効果がある。今日では婦人科領域全般に対して用いる名方として、冷え性で浮腫みやすく、色白で貧血傾向のある者に広く用いられるようになった。これは本方の適応者を示す有名な解説である。しかし実際には付け加えなければいけない点が多い。
まず本方の特徴は当帰・川芎という薬対で血行を促すという点にあるが、色白の人で当帰・川芎を使うと顔がのぼせて頭痛などを起こす者がいる。芍薬を増量するか、苓桂朮甘湯などの桂枝・甘草剤を合方する必要がある。またここでいう貧血とは一種の仮性貧血のような状態である。血色素が減少していたり食欲無く栄養状態が悪いために起こっている真の貧血ではない。本方でいうところの貧血傾向とは、血管の緊張度が強く、末端に血液が行き届いていないような状態を指している。真に貧血の傾向があり、消化吸収の力も弱いというような者に本方を用いると、胃もたれを起こしたり、返って具合を悪くさせることもある。本方には体形が細く色白で貧血という比較的体の弱い人に使うイメージがあるが、適応の本質はそこではなく、虚が明らかな者に使用するべきではない。華岡青洲は呉茱萸を加えて用いていた。
当帰芍薬散:「構成」
当帰(とうき)・川芎(せんきゅう):芍薬(しゃくやく):茯苓(ぶくりょう):蒼朮(そうじゅつ):沢瀉(たくしゃ):
②逍遥散(太平恵民和剤局方)・加味逍遥散(薛氏医案)
逍遥とは「うつろいゆく」という意味である。その時々で訴える症状が色々と変化する者に適応する、と解説されていることが多い。確かにそのような傾向はあるが、実際の臨床においてはこのような曖昧な目標は決め手にならない。逍遥散は元来、一種の消耗性の発熱性疾患に用いられていた。身体に緊張・興奮の状態が継続し、それにより体力を消耗して自律神経の乱れがいつまでも解除されないような病態である。本方は血の消耗を回復することで興奮を落ち着け、緊張を去るという薬能を持つ。その本質は胃腸薬であり、芍薬・甘草・生姜・茯苓・白朮が核となり、柴胡を加えることで骨格が完成する。月経前に浮腫み、興奮してイライラしやすく、夜間に手足がほてる者。緊張すると胃腸を壊す者。胃腸の弱りは血の不足を招く。よって鉄欠乏性貧血などを伴う者もいる。
加味逍遥散は本方に牡丹皮・山梔子の血熱を冷ます生薬を加えたもの。空間的に中心に位置する胃腸の弱りは空間外部に血行を停滞させる。特に頭部の煩熱が強く、のぼせイライラが強いものは加味逍遥散である。ただし逍遥散にも涼血の配慮がある。ある意味で加味逍遥散は逍遥散の適応範囲を狭めた処方であり、あくまで逍遥散の方が使い勝手が良い。
逍遥散:「構成」
当帰(とうき):芍薬(しゃくやく):白朮(びゃくじゅつ):茯苓(ぶくりょう):柴胡(さいこ):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):薄荷(はっか):
加味逍遥散:「構成」
当帰(とうき):芍薬(しゃくやく):白朮(びゃくじゅつ):茯苓(ぶくりょう):柴胡(さいこ):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):薄荷(はっか): 牡丹皮(ぼたんぴ):山梔子(さんしし):
③桂枝茯苓丸(金匱要略)
婦人科領域に用いる駆瘀血剤として有名。「瘀血(おけつ)」を去る薬方として月経痛に頻用されるが、実は効果を発現するためにはコツがいる処方である。まず第一に、そもそも桂枝茯苓丸には痛みを止める配慮が弱い。したがって本方を月経痛に運用する場合には痛み止めへの配慮が必要になる。まず必要になるのが甘草。芍薬・甘草の薬対を作ることで子宮筋の緊張を緩和する。原南陽は本方に甘草と生姜とを加え「甲字湯」と名付けて運用している。その他、香附子や大黄などを適宜配合する場合もあれば、鎮痛作用のある他剤に合方して用いる場合も多い。
もともと本方は流産時の出血多量や、胎児死亡、後産の出ない場合や止まらない場合に、腹中に止まる「癥瘕(ちょうか:かたまり)」を下す薬として作られた。つまり本来は痛み止めではない点、そして一時的に生じた病態に適応する薬方である点(体質治療を目的とはしていない点)は知っておく必要がある。本方適応者の体質として「体力があり中間証から実証の体質者で、足がひえてのぼせ、イライラして気逆の傾向がある者」などと説明されることが多いものの、習熟した漢方家であるほど、これをそのまま鵜呑みにして運用しない。体質治療に応用するならば、本方にそれなりの配慮を行う必要がある。単剤で用いるよりは駆瘀血剤として他剤と合方されることが多い。
桂枝茯苓丸:「構成」
桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):茯苓(ぶくりょう):牡丹皮(ぼたんぴ):桃仁(とうにん):
④当帰四逆加呉茱萸生姜湯(傷寒論)
末端冷え性に用いられる機会が多い。その実は桂枝湯を内包し、血を復して血流を促し、冷えに対する身体の過緊張状態を緩和させる薬方である。強力な痛みを生じる月経困難症に用いられる。適応した時の鎮痛効果は非常に高く、一服にて痛みを消失させる場合も多い。月経時に足先から下腹部まで急激に冷え、冷気が下半身を伝って下腹部に内攻し、激しい痛みと同時に身体が緊張状態に陥り、胃痛や吐き気・下痢、頭痛にまで諸症状が波及する気配のある者。呉茱萸・生姜を除いたものを当帰四逆湯というが、これも痛み止めとして有効である。ただし内攻する気配のある者は呉茱萸・生姜が必要。
当帰四逆加呉茱萸生姜湯:「構成」
当帰(とうき):桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):細辛(さいしん):木通(もくつう):生姜(しょうきょう):呉茱萸(ごしゅゆ):
⑤温経湯(金匱要略)
前述の当帰芍薬散や桂枝茯苓丸と同じく、婦人科領域の名方である。その名の通り、下腹部の経脈を温める方剤。浅田宗伯はその運用の目標を「胞門(ほうもん:子宮部)虚寒」と提示している。下腹部を温めるという点では当帰芍薬散に近い。ただし彼方は茯苓・蒼朮・沢瀉などの利水薬をもって浮腫みを取る薬能を持ち、本方は人参・甘草・麦門冬・阿膠などの滋潤薬を内包し「血燥」ともいえる乾燥状態に潤いを持たせる薬能を持つ。口唇乾燥し、夜間に手足煩熱し、皮膚乾燥して荒れやすく、上半身のぼせるも腰から下は冷え、月経前に下腹部が張ってガス腹になる者。月経困難症のみならず、無月経・月経前緊張症・不妊症などに広く応用される。月経血に血塊が混ざるようなら桂枝茯苓丸を合方し、それでも血が快く下らない者は桃核承気湯を合方する。その他下痢傾向が強い者は茯苓・白朮を、月経前のイライラが強いものには柴胡をといった加減が行われる。
温経湯:「構成」
当帰(とうき):川芎(せんきゅう):桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):人参(にんじん):麦門冬(ばくもんどう):阿膠(あきょう):半夏(はんげ):生姜(しょうきょう):呉茱萸(ごしゅゆ):牡丹皮(ぼたんぴ):
⑥桃核承気湯(傷寒論)
代表的な駆瘀血剤の一つ。「下法(げほう:大便の通じを促すことで鬱血を去る手法)」によって瘀血を駆逐する点が特徴。桂枝茯苓丸に比べてその作用は強い。適応する症状も実に幅広く、鼻血や不正出血などの出血症状や、月経痛や腰痛・頭痛などの痛み、打撲による内出血などに応用される。また下法は血行循環を促すと同時に、身体の興奮状態を沈静化させる薬能も持つ。故に狂(きょう)の如くと言われる精神症状や、不眠などにも応用される。月経前に便秘し、便は乾燥気味で、のぼせてイライラし、月経時に血の塊が排出されると痛みが緩和するという者。桃核承気湯が適応するのぼせは、のぼせっぱなし、である。もともとは感染症において急激に発生した瘀血を、迅速に瀉下し揮発する目的で作られたもの。したがってやや急性的に生じたものに適応する。より陳旧化した瘀血には通導散を用いる。
桃核承気湯:「構成」
桂枝(けいし):甘草(かんぞう):桃仁(とうにん):大黄(だいおう):芒硝(ぼうしょう):
⑦折衝飲(産論)
「子宮部の瘀血による痛み」に対して高い効果を発揮する方剤。当帰芍薬散や桂枝茯苓丸・桃核承気湯などでも止まらない月経痛にしばしば著効する。通常、強い駆瘀血(化瘀)作用は大黄などの下剤を用いて「下法」を行うことで実現させるが、本方は下法を用いず、延胡索や牛膝などの鎮痛薬をもってそれを実現させているところに最大の特徴がある。子宮筋腫や子宮内膜症などに運用の場が多い。鎮痛薬としての効能のみならず、その高い駆瘀血性から長服すれば瘀血を生じにくい体質へと導く薬能も持つ。瘀血の迅速な消退を主眼としているため、排出を緩和させる甘草は入っていない。過多月経にて貧血が介在している場合には、人参・甘草剤などを合方することがある。
折衝飲:「構成」
当帰(とうき):川芎(せんきゅう):桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):牡丹皮(ぼたんぴ):桃仁(とうにん):延胡索(えんごさく):牛膝(ごしつ):紅花(こうか):
⑧芎帰調血飲第一加減(漢方一貫堂医学)生化湯(勿誤薬室方函口訣)
産後におこる骨盤内の充血を去る芎帰調血飲に、血行循環を改善する駆瘀血薬を配合したのが本方である。骨盤内臓器の充血を去る目的で月経痛や冷え性・腰痛など、産後に関わらず広く応用される。平素より下半身が冷え、膀胱炎や痔を患いやすく、時として気持ちを病み不安定になりやすい者。多種類の生薬にて構成される処方ではあるが、その基本骨格を理解すれば様々な疾患に応用することができる。
同じく産後、特に分娩後の下腹部痛に用いられる方剤に生化湯がある。芎帰調血飲第一加減を一等切れ味するどくしたような処方で、頓服的な痛み止めとして月経痛に運用できる。浅田宗伯は月経痛で痛みが耐え難い者は、桃仁を去って用いると解説している。
芎帰調血飲第一加減:「構成」
当帰(とうき):芍薬(しゃくやく):地黄(じおう):川芎(せんきゅう):白朮(びゃくじゅつ):茯苓(ぶくりょう):陳皮(ちんぴ):烏薬(うやく):香附子(こうぶし):益母草(やくもそう):延胡索(えんごさく):牡丹皮(ぼたんぴ):桃仁(とうにん):紅花(こうか):桂枝(けいし):牛膝(ごしつ):枳殻(きこく):木香(もっこう):大棗(たいそう):乾姜(かんきょう):甘草(かんぞう):
生化湯:「構成」
当帰(とうき):川芎(せんきゅう):桃仁(とうにん):乾姜(かんきょう):甘草(かんぞう):
⑨苓姜朮甘湯(金匱要略)
通常、月経に関わる症状には当帰・川芎・芍薬などの活血薬・補血薬を使いたくなるが、あえてそこから外れ、利水剤を使うことで消失する月経痛がある。本方は腰回りが冷えて痛むものに頻用されるが、腰回りに付着した寒湿を去ることで血行を促す薬方。その結果、通常の活血剤では取れない月経痛が改善することがある。腰から足にかけて水の中に入っているように冷えを感じ、冷えると如実に尿が近くなるという者。同じく利水の薬能を持つ苓桂朮甘湯や温胆湯でも月経痛が改善されることがある。吉益東洞の『薬徴』を校註し『重校薬徴』を著した尾台榕堂は、本書の中で水と血との同一性を示唆している。「水と血とは素と類を同うするなり。唯赤きときは則ち之を血と謂い、白きときは則ち水というのみ。」と。着眼すべき指摘である。
苓姜朮甘湯:「構成」
茯苓(ぶくりょう):乾姜(かんきょう):蒼朮(そうじゅつ):甘草(かんぞう):
⑩柴胡桂枝湯(金匱要略)大柴胡湯(傷寒論)
柴胡桂枝湯は「心腹卒中痛」、大柴胡湯は「心下急」と言われるみぞおちや臍回りの腹痛に適応する方剤。通常は胃もたれや胃痛などの消化器系の疾患に応用されることが多い。月経痛に対しても効果があり、湯本求真は体質改善薬としてこれらの方剤に当帰芍薬散や桂枝茯苓丸を加えて用いた。これらの合方は月経痛のみならず、月経前症候群や無月経など、総括的な治療手段として婦人科系に広く運用される。
柴胡桂枝湯:「構成」
柴胡(さいこ): 半夏(はんげ): 桂枝(けいし):黄今(おうごん): 人参(にんじん): 芍薬(しゃくやく): 生姜(しょうきょう): 大棗(たいそう): 甘草(かんぞう):
大柴胡湯:「構成」
柴胡(さいこ):半夏(はんげ):黄芩(おうごん):芍薬(しゃくやく):枳実(きじつ):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):大黄(だいおう):
⑪建理湯
小建中湯と理中湯(人参湯の別名)との合方を中医学では建理湯と呼ぶ。血を益し筋の緊張を和らげて腹痛を止める小建中湯と、腹中を温めて内臓の血行を促し腹痛を止める理中湯とは、両者ともに非常に相性の良い組み合わせである。「虚労(きょろう)」と呼ばれる一種の疲労状態に適応する。平素より緊張すると腹痛・下痢を起こす傾向があり、腹は冷えるが手足のひらはほてるという者。月経前の気持ちの不安定さを月経後に引きずり、出血中に気持ちが落ち込むという者。月経と伴に腹痛を伴う下痢を起こす者。当帰芍薬散や当帰四逆加呉茱萸生姜湯にて効果のない月経痛において、考えるべき手段の一つである。
建理湯:「構成」
桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):大棗(たいそう):膠飴(こうい):人参(にんじん):白朮(びゃくじゅつ):乾姜(かんきょう):
⑫当帰建中湯(金匱要略)
建理湯と同じく小建中湯の加減方。小建中湯に当帰を加えたもの。出典の『金匱要略』では産後の疲労状態に伴う腹痛への適応を提示している。腹に刺すような痛みや絞るような痛みがあり、痛みが腰や背にまで及ぶ者。血を充実させ、血行を促すというのが本方の主眼であり、いくら活血薬を使っても痛みが引かないという者は、まず本方のような補剤をもって血の力から回復させなければならない。これに黄耆を加えたものを帰耆建中湯という。江戸時代の外科医、花岡青洲によって作られた処方で、膿瘍自潰後の肉芽の新生を早め、外科手術後の傷跡や全身状態を回復させる目的で使用していた。血行を促し、身体を温める薬能をもって、この方剤もまた月経痛に応用する。血の弱さを持つものは、傷が治りにくく、体力が回復しにくい。故に月経血がいつまでもダラダラと続いて止まず、出血中に疲労感が強く、すぐに体がだるくなる。当帰・黄耆は二味で補血湯(当帰補血湯)という。気血両者を充実させて血行を促すことから、月経痛を止める手段の一つとして知っておくべき方剤である。
当帰建中湯:「構成」
桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):大棗(たいそう):当帰(とうき):
⑬六君子湯合補血湯
血の弱りは最終的に胃腸の弱りに行きつく。食欲が無いか、もしくはあっても少食で貧血の傾向がある者。月経血の量が少なく2・3日で終了するか、もしくは少量の出血をダラダラと長引かせる者。出血中に疲労感が強く、さらに食欲がなくなる者。こういった傾向を持つ方の月経痛は胃気(消化吸収能力)を回復しなければ血が増さず、痛みが取れない。虚の段階としては当帰建中湯や補中益気湯などに近い。食欲不振が主なら本方を、疲労が主なら補中益気湯を、「虚労」の流れに属するならば当帰建中湯をそれぞれ専用する。
六君子湯合補血湯:「構成」
人参(にんじん):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):大棗(たいそう):茯苓(ぶくりょう):白朮(びゃくじゅつ):陳皮(ちんぴ):半夏(はんげ):当帰(とうき):黄耆(おうぎ):
⑭芍薬甘草湯(傷寒論)
筋肉の緊張を緩和させて痛みを止める。こむら返り(足のつり)に用いる代表方剤であるが、痛み止めとして月経痛にも運用される。芍薬・甘草の2味で構成されるシンプルな処方であるが、漢方薬は構成生薬が少ないほど切れ味が良い(効き目が早い)傾向があり、本方も頓服薬としても充分に薬能を発揮する。また効き目が早い分、適応の是非も判断しやすい。すなわち、もしこの処方にて月経痛が軽くならないようであれば、いくら連用しても効かない。他方剤の適応を考えるべきである。筋肉の緊張を緩和することが本方の薬能ではあるが、本質的な薬能は「陰を復す」ことにある。
芍薬甘草湯:「構成」
芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):
⑮呉茱萸湯(傷寒論)
片頭痛治療薬として有名な本方は、頭痛の他にも胃痛や月経痛に運用され、迅速な鎮痛効果を発揮する名方である。急激に発生した血行障害に対して、身体が過剰な緊張・興奮状態を発動する病態に著効し、芍薬甘草湯のように筋肉の緊張を緩和する薬能とは一線を画すものである。このような病態が発動する根本には冷えがあり、特に足首が冷えると訴える者が多い。激烈な痛みと同時に吐き気をもよおす者。痛みとともに下痢をする者もいる。冷えの根本は消化管にあることが多い。急激に発動する痛みの波を早期に終息させるような鎮痛効果を持つため、痛みが発生する前から服用していた方が効きが良い。
呉茱萸湯:「構成」
呉茱萸(ごしゅゆ):大棗(たいそう):人参(にんじん):ひね生姜:
⑯安中散(勿誤薬室方函口訣)
胃薬として有名。特に胃が冷えて痛むという者に用いられる。桂枝や良姜、延胡索などの血行を促し痛みを止める薬能をもった生薬が配合されていることから、胃痛のみならず、月経痛にも応用することができる。ただし、やはり主は胃部の痛みであり、月経痛に対して積極的に使用するような薬ではない。胃調の冷えと子宮部の冷えとが相関するという点に関しては一考するべきである。この方のみならず、建理湯や呉茱萸湯なども消化管を温める薬であると同時に、月経痛を止める薬でもある。常日頃から冷飲食によって胃腸を冷やしている者は、月経痛を発生しやすい。
安中散:「構成」
桂皮(けいひ):延胡索(えんごさく):牡蛎(ぼれい):茴香(ういきょう): 甘草(かんぞう):縮砂(しゅくしゃ):良姜(りょうきょう):
臨床の実際
漢方薬運用の実際
月経痛は漢方治療の基本の一つです。現在ではその有効性が認められ、多くの医療機関で処方されるようなりました。そして漢方処方の使い方を説明する上で良く取り上げられるのが「気・血・水」という概念です。色々な本やサイトで説明されていることですので、ここでは詳細な説明は省きますが、非常にわかりやすく、説明しやすい概念であるとは言えます。
●「気・血・水」は説明のための概念
しかしいわゆる「気・血・水」の概念をもって治療できる月経痛はごく一部です。これが実際の臨床における現実だと思います。現代でいうところの「気・血・水」の概念は、江戸時代に吉益南涯(よしますなんがい)が提示したものが基になっています。南涯の父・吉益東洞(よしますとうどう)の万病一毒説を受け、それをより弟子たちが納得しやすく、漢方を学びやすくするために改変したものだと言われています。つまりある意味では、治療のための概念というより、説明のための概念です。より多くの方の月経痛を、より再現性高く改善していくためには、もう少し現実的な考え方で対応する必要があります。
●月経痛とは:現実的な捉え方
機能性月経困難症(背景に他の婦人科系疾患が関与していないもの)における月経痛の原因は、過剰な子宮収縮と、虚血によるものだと考えられています。月経周期中の分泌期に子宮内膜で作られるプロスタグランジンという物質が、子宮筋層を収縮したり血管を収縮させて筋層への血流を減少させるために痛みが発生します。もともと子宮回りの血行が悪い方では、月経時の子宮収縮や虚血が強く起こってしまいます。これが激しい痛みを起こしてしまう原因です。
すなわち月経痛の改善は「いかに下腹部の血行を良くするか」ということがすべてです。月経時にお腹にカイロを貼ると痛みが楽になるのは、温めることで血行が良くなるからです。血行障害というと、東洋医学では「血行障害=瘀血(おけつ)」とすぐに説明されてしまいますがそれは誤りです。「瘀血」は駆瘀血薬(桃仁・大黄・虻虫・水蛭など)によって改善する病態です。血行を促す薬物はこれら駆瘀血薬だけではありません。活血薬に属する桂枝や川芎・当帰、理気薬に属する紫蘇葉・香附子・木香、こういった生薬も血行を促す薬物です。さらに蒼朮や白朮・茯苓といった利水薬・去湿薬でさえ、結局は血行を促す薬物だと私は思っています。
●月経痛を改善する要薬:「芎帰剤・呉茱萸剤・桂枝湯類」
気だとか血・水だとかの概念はひとまず置いといて、とにかく下腹部の血行循環を良くするためにはどうしたら良いのか、という単純な考え方を用いたほうがずっと臨床的に有意義です。下腹部の血行循環を促すには、大きく分けて三通りの方法を考えます。当帰・川芎(芎帰剤)を使うか、呉茱萸を使うか、桂枝湯類(桂枝・芍薬・甘草を基本としたもの)を使うか。それぞれ下腹部の血行を促す薬物ですが、その促し方が違います。また駆瘀血剤を用いるべきかどうかを同時に検討する。これくらいシンプルに捉えた方が、運用に無駄がありません。そしてこれらに一見属していないように見える大柴胡湯や逍遥散、六君子湯合補血湯といった処方も、あくまでこれらの派生であって、そういう捉え方ができるようになれば、運用の幅も広がっていきます。
もし「気・血・水」という概念で、実際に効果的な運用を展開するのであれば、まず「気」の概念を明確に定義するべきです。東洋医学では何々と言われているなどという曖昧な解釈ではなく、せめて臨床的にはこう考えると効果的である、という所まで解釈を深めるべきだと思います。漢方医学は現実に目の前にある事象に対応するための医学です。曖昧なものを曖昧にせず、その中にどれだけ効果的なものを求めることができるか。こういう作業が如実に治療成績に反映されてくるのが漢方です。