妊娠中・産後の不調

妊娠中・産後の不調について

女性は妊娠中・出産後で内分泌の働きが劇的に変化します。この大きな波の中で起こる各症状は、一時的であったり軽度であったりすれば変化の中で自然に消失していくものです。ただし妊娠・出産は女性にとっても、そしてお腹の中の赤ちゃんにとっても、絶対に万が一があってはならないことですので、どんな小さな症状でも気にならないわけがないと思います。そして出産を無事終了した後も、生まれたばかりの赤ちゃんを育ててあげるという大変な時期が続きます。この時ご自身の体調を安定させておくことは、守らなければいけない赤ちゃんにとっても大切なことです。

産前・産後と漢方

現在のように未だ医療が発達していない時代では、妊娠・出産は常にリスクと隣合わせでした。そのため漢方では多くの薬方や対応方法が考案されてきました。妊娠中・出産後に起こる様々な症状に対応するための漢方薬だけでなく、出産に備え体調を万全にしておくための漢方薬や、出産後に体調を回復しその後の病を予防するための漢方薬など、今でも多くの処方が存在しています。現在では西洋医学的な管理の中で、昔よりはずっと安全性の高い妊娠・出産を行なえるようになりましたが、産前・産後の体調を管理し不快な症状を除くという役割において、漢方薬は今でもその意義を失っていません。

●漢方薬の効能と有効な症状
産前・産後の症状にて漢方治療のお求めが多く、実際に改善が可能なものを一部列挙してみます。

・浮腫み
・精神的不快感(不安感・焦り・イライラ・抑うつ感など)
・頭痛
・耳鳴り
・動悸
・のぼせ
・乳汁分泌不足・乳腺炎
・分娩後の長引く出血
・貧血
・軽症の産褥熱(産後の産道や子宮腔内の感染)
・下痢や吐き気
・便秘などの胃腸症状
・食欲不振
・疲労倦怠感
・不眠

また漢方薬は生まれてくる赤ちゃんにとっても有意義です。妊娠中に不快感を改善するために漢方薬を服用し続けている方では、赤ちゃんの発育が順調で、生まれた後も夜泣きなが少なく、心身ともに安定して成長してくれる傾向が実際に見て取れます。赤ちゃんはお母さんのエネルギーを使ってお腹の中で成長していきますので、母体の安定は生まれてくる赤ちゃんの安定にもつながっていきます。

特に流産を経験したことがある方、習慣性流産の方では、漢方薬で体調を調えつつ妊娠・出産に臨んでいただくことを強くお勧めいたします。ここでは妊娠中や産後に使用されやすい処方をいくつかご紹介していきたいと思います。

※漢方薬によっては妊娠中は避けた方が良いものもあります。また安全だと言われるものでもお体に合っていない漢方薬は服用するべきではありません。漢方に精通した専門の医療機関にてお求めになってください。

参考症例

まずは「妊娠中・産後の不調」に対する漢方治療の実例をご紹介いたします。以下の症例は当薬局にて実際に経験させて頂いたものです。本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

症例|産後に起こったむずむず足症候群

33歳、約半年前に第2子を出産し、それから足の不快なむずむず感のため夜も眠れなくなってしまった患者さま。その他にも様々な症状に悩まれ、一見複雑な状態を作り上げているように見えました。しかし問診中の患者さまのある行動が、病態把握のきっかけになります。産後という状況で患者さまのお体に起こっていたこと、そして漢方薬をもってどう改善していくのか、具体的な症例をもってご紹介いたします。

■症例:産後の不調・むずむず足

症例|産後に悪化した月経前症候群(PMS)

二年前に出産し、その後から月経前緊張症(PMS)に苦しまれている31歳・女性。育児とともに志をもって就いた仕事を継続する中、月に一回やってくる心身の不調に苛まれていました。一見、加味逍遙散の適応をうかがわせる典型的な弱さが見て取れるものの、漢方の本質に従えば、それでは治らないということが想起されました。漢方の通説と、虚実の実態。定石にとらわれない治療の大切さを、実例をもってご紹介いたします。

■症例:PMS(月経前緊張症)・産後の不調

参考コラム

次に「妊娠中・産後の不調」に対する漢方治療を解説するにあたって、参考にしていただきたいコラムをご紹介いたします。参考症例同様に、本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

コラム|産後の不調 ~漢方をお勧めできる理由とその手法~

妊娠と出産は、言わずもがな人生の一大行事です。特に産後、日常生活の範疇を大きく超えた経験に、体調を崩す方が多くいらっしゃいます。しかし産後の体調不良の多くは、病院にかかっても問題なしと判断されることが多いものです。一方、漢方治療は心身の不調を改善し得る薬が多く用意されており、その手法も多岐にわたります。産後の不調にお悩みの方に漢方をお勧めできる理由。なるべく詳しく解説していきます。

□産後の不調 ~漢方をお勧めできる理由とその手法~

コラム|漢方治療の経験談「産後の不調」を通して

当薬局でもご相談の多い産後の不調。日々治療を経験させていただいている中で、実感として思うこと、感じたことを徒然とつぶやいたコラムです。

漢方治療の経験談「産後の不調」を通して
漢方治療の経験談「産後の不調」を通して 2

コラム|【漢方処方解説】当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)

当芍美人(とうしゃくびじん)という言葉を知っていますか。当帰芍薬散が適応となる方は、ある種の美人であることが多いと言われています。しかし、か細い日本美人という要素を追いかけてこの薬を使うと、大失敗することがあります。漢方では嘘ではありませんが、正しくもないという情報がたくさんあるのです。今回は有名処方・当帰芍薬散について、少々深く掘り下げて解説していきたいと思います。

【漢方処方解説】当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)

使用されやすい漢方処方

①当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
②紫蘇和気飲(しそわきいん)
③芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)
④当帰散(とうきさん)
 白朮散(びゃくじゅつさん)
⑤小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)
⑥香砂六君子湯(こうさりっくんしとう)
⑦五苓散(ごれいさん)沢瀉湯(たくしゃとう)
⑧芎帰調血飲(きゅうきちょうけついん)
 芎帰調血飲第一加減(きゅうきちょうけついんだいいちかげん)
 生化湯(しょうかとう)
⑨桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
⑩三物黄芩湯(さんもつおうごんとう)
⑪当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)
⑫妊娠中の風邪薬
 桂枝湯(けいしとう)
 香蘇散(こうそさん)
 参蘇飲(じんそいん)
 麦門冬湯(ばくもんどうとう)
※薬局製剤以外の処方も含む

①当帰芍薬散(金匱要略)

 婦人科領域の薬方として有名な本方は、もともと『金匱要略』という書物の「婦人妊娠病」という項目に載せられている。妊娠中に腹痛が起きる者は当帰芍薬散が良いという記載である。妊娠中に腹痛を繰り返し、病院で診てもらっても何ら異常はない、このような原因不明の腹痛であったとしても、本方は痛み止めとして非常に効果的である。また本方は妊娠をスムーズに進めるための安胎薬(赤ちゃんをお腹の中で順調に成長させるための薬)としても有名。妊娠中に継続服用することで流産を予防し、お産を軽くすませ、胎児を順調に成長させることができる。また浮腫を去る薬能を持つことから、妊娠中の浮腫みにも良い。単独で用いても良いが、他の方剤と合わせて用いられることが多い。気持ちの塞がりや胃の詰まりがある者では香蘇散を、立ちくらみや貧血の傾向が強いなら苓桂朮甘湯を、腹痛が強いなら桂枝加芍薬湯を、疲労感が強いなら補中益気湯を合方する。
当帰芍薬散:「構成」
当帰(とうき):川芎(せんきゅう):芍薬(しゃくやく):茯苓(ぶくりょう):蒼朮(そうじゅつ):沢瀉(たくしゃ):

②紫蘇和気飲(済世全書)

 『衆方規矩』において「凡そ胎前一切の諸病に宜しく加減して用ゆべし」と記載のある通り、妊娠・出産をスムーズに迎えるための安胎薬として広く運用される方剤。お腹の中の赤ちゃんが順調に成長するための薬能はもちろんのこと、血行を促し、内分泌機能を高め、自律神経を安定させる薬能を持つことから、母体の体調管理を包括的に行うことができる。特に気鬱を疎通する気剤を多く含むため、精神的な不安定さをもつ者に良い。また浅田宗伯は、お腹が大きくなることで胃・腹が張って痛み、食事がとりにくくなるといった、妊娠中の消化機能の滞りに用いると提示している。後世方派は産前に紫蘇和気飲、産後に芎帰調血飲を用いるというのが常套手段であった。
紫蘇和気飲:「構成」
当帰(とうき):川芎(せんきゅう):芍薬(しゃくやく):紫蘇葉(しそよう):陳皮(ちんぴ):香附子(こうぶし):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):大腹皮(だいふくひ):

③芎帰膠艾湯(金匱要略)

 不正性器出血に用いる代表的方剤。出典の『金匱要略』「婦人妊娠病」では「漏下(性器出血)」・「半産後の下血(流産後の出血)」・「胞阻(切迫流産)」の3つの適応を述べている。
 妊娠中は子宮の血流量が増えるため、ちょっとした刺激で出血しやすい状態になっている。ただし妊娠初期の出血はまず流産を疑ってすぐに病院を受診するべきである。また中期以降の出血においても切迫流産や切迫早産の可能性がある。妊娠中の出血では当然西洋医学的措置を優先するべきであるが、出血と陣痛様の腹痛が起きた時に本方をすぐに服用すると、出血や腹痛が止まり、流産を予防できることがある。妊娠中に常に携帯しておいて、出血が起きらた病院に向かいながらパッと服用すると良い。
 また一度出血がおこったものの、胎児には問題がなく、経過観察して様子を見るといった場合に、本方を継続服用し続けると流産の予防になる。出血の傾向があった場合は、当帰芍薬散や紫蘇和気飲よりも本方の服用を続けていた方が良い。
芎帰膠艾湯:「構成」
当帰(とうき)・川芎(せんきゅう):芍薬(しゃくやく):地黄(じおう):甘草(かんぞう):阿膠(あきょう):艾葉(がいよう):

④当帰散・白朮散(金匱要略)

 これらの処方は『金匱要略』「婦人妊娠病」において、妊娠中の様々な異常を予防するための方剤として提示されている。当帰散は「妊娠中には常に服用を続けて良い。妊娠中常に服用していれば、お産が軽くなり、妊娠中に病にならず、産後の様々な病気にも対応することができる。」と解説されている。さらに白朮散は「養胎」薬として提示されていて、胎児の順調な発育を促す薬である。今でこそ当帰芍薬散や紫蘇和気飲が有名になり、これらの方剤を運用する機会は少なくなったものの、もっと頻用されても良い処方だと思う。
 当帰散には清熱薬である黄芩が入っていることも興味深い。妊娠中は温薬を用いることが多いが、実際には寒証ばかりではなく、熱証もある。黄連や黄芩などの清熱薬を以て鎮めるべき興奮状が出現することは確かにあり、妊娠中の不眠やイライラ・のぼせや発汗過多・悪阻などに対して黄連湯や半夏瀉心湯などを用いる場がある。
当帰散:「構成」
当帰(とうき):川芎(せんきゅう):芍薬(しゃくやく):黄芩(おうごん):白朮(びゃくじゅつ):

白朮散:「構成」
川芎(せんきゅう):白朮(びゃくじゅつ):山椒(さんしょう):牡蛎(ぼれい):

⑤小半夏加茯苓湯(金匱要略)

 吐き気止めとして有名で、悪阻(つわり)の治療薬として運用する機会がある。悪阻はどうして起こるのか、その原因は未だわかっていないが、少なくとも病というよりは妊娠中の生理的な反応であり、完全に止め切ることは難しい場合が多い。気を付けなければいけないのは吐くことによって起こる脱水である。嘔吐が止まず脱水が危惧される場合には、病院にて点滴をしてもらうことが一番である。
 本方は悪阻を止めるというよりも、食事がとれる程度に吐き気を緩和させるという意味において効果的である。エキス顆粒剤で服用する場合には、湯にて溶かして生姜汁を混ぜた方が良い。食前に縮砂(ショウガ科の生薬)を噛んで飲み下すと、胃がスッとして食事が入りやすくなることもある。本方に細辛を加える手法もある。また紫蘇葉の香りが心地よいという者では、半夏厚朴湯を用いることもある。悪阻の最中は煎じ薬を温かい状態で飲むのではなく、冷まして服用した方が良い。煎じ液の匂いだけで吐き気をもよおし、飲むことができない。
 通常、悪阻は妊娠5週目くらいから始まり、15週目くらいでほとんどの方が治まるが、人によってはかなりの期間長引くことがある。その場合には本方以外にも胃調薬を中心としたさまざまな漢方薬をもって対応する。特に便秘の傾向がある者では、大黄甘草湯などの緩下剤を用いて便通を促すと吐き気が止まる場合がある。ただし妊娠初期(悪阻が起こる通常の期間内)ではこの手法を用いるべきではない。
小半夏加茯苓湯:「構成」
半夏(はんげ):生姜(しょうきょう):茯苓(ぶくりょう):

⑥香砂六君子湯(薛氏医案)

 お腹が大きくなることで物理的に消化管への圧迫が起こる妊娠中では、食事がうまく取れなくなったり、便秘したりといった消化管の不調和がどうしても起こりやすい。特に妊娠前から消化機能の弱りを持っている方ではこれが起きやすい。食事がとれない状態になり、母体の栄養状態が悪くなると、当然お腹の中の赤ちゃんにも影響が及んでくる。したがって消化機能に自信が無い方では早めにその対応をしておいた方が良い。本方はこのような状況にて頻用される処方である。妊娠中の胃腸の詰まりは気滞であり、香附子や縮砂・陳皮や藿香などの気剤によってその詰まりを取る。さらに補気剤である六君子湯と合わせることで、消化機能を高めるとともに、体力の回復に努める。また本方は非常に穏やかな薬性を持ち、妊娠中でも安心して服用することができる。小半夏加茯苓湯を内方することから悪阻(つわり)にも良い。特に長引く悪阻に対して有効なことが多い。
香砂六君子湯:「構成」
人参(にんじん):甘草(かんぞう):茯苓(ぶくりょう):白朮(びゃくじゅつ):生姜(しょうきょう):大棗(たいそう):半夏(はんげ):陳皮(ちんぴ):香附子(こうぶし):縮砂(しゅくしゃ):藿香(かっこう):

⑦五苓散(傷寒論)沢瀉湯(金匱要略)

 妊娠中は手足や顔が浮腫むことが多い。手足が浮腫みはばったいというだけでなく、腫れて痛むという者もいる。漢方薬には多くの浮腫みの治療薬がある。特に五苓散が有名である。五苓散は「口渇・小便不利」という2大目標を基に運用され、適合すると浮腫みに著効する。ただし口渇がそれほどないという場合では、五苓散では浮腫みが取れないことが多い。本来、五苓散が著効するのはやや独特な病態で、比較的急性的に生じた症状に対して効果を及ぼす薬である。したがって2週間ほど服用しても効果が認めれなければ、いくら服用を続けても浮腫みは取れない。
 一方で口渇がそれほどなければ、沢瀉湯の方が効果的である場合が多い。沢瀉湯はもともと冒眩(めまい)の治療薬であるが、利水としての適応の幅はむしろ五苓散より広い。浮腫み治療では五苓散が有名であるが、臨床的にいえば第一選択は沢瀉湯であるべきだと思う。
五苓散:「構成」
沢瀉(たくしゃ):白朮(びゃくじゅつ):茯苓(ぶくりょう):猪苓(ちょれい):桂枝(けいし):

沢瀉湯:「構成」
沢瀉(たくしゃ):白朮(びゃくじゅつ):

⑧芎帰調血飲(万病回春)芎帰調血飲第一加減(漢方一貫堂医学)生化湯(勿誤薬室方函口訣)

 本方は明代に書かれた『万病回春』において、産後一切の諸病に適応する方剤として紹介されている。日本では後世派を中心に頻用され、『衆方規矩』では様々な加減方を提示し、産後のあらゆる病・症状に対して広く運用している。もともと婦人科系疾患に頻用される当帰・川芎・地黄といった活血・補血薬は、胃腸の弱い者では胃に負担が来ることがある。本方は産後に体力を失い胃腸機能を弱めたものでも、活血・補血薬が負担なく吸収されるよう工夫されている点が最大の特徴。そのため誰でも安心して服用することができ、故に産後一切の諸病という。腰回りから下半身が冷え、情緒が敏感になり、鬱々として悲愴な気持ちになる者。『万病回春』では数々の加減方を提示し、日本では一貫堂という流派が「瘀血(おけつ)」に配慮した芎帰調血飲第一加減を頻用している。同じく産後、特に分娩後の下腹部痛に用いられる方剤に生化湯がある。芎帰調血飲を一等切れ味するどくしたような処方で、瘀血に対応しつつ頓服的な痛み止めとして運用できる。
芎帰調血飲:「構成」
当帰(とうき):川芎(せんきゅう):地黄(じおう):白朮(びゃくじゅつ):茯苓(ぶくりょう):陳皮(ちんぴ):烏薬(うやく):香附子(こうぶし):益母草(やくもそう):牡丹皮(ぼたんぴ):大棗(たいそう):乾姜(かんきょう):甘草(かんぞう):

芎帰調血飲第一加減:「構成」
当帰(とうき):芍薬(しゃくやく):地黄(じおう):川芎(せんきゅう):白朮(びゃくじゅつ):茯苓(ぶくりょう):陳皮(ちんぴ):烏薬(うやく):香附子(こうぶし):益母草(やくもそう):延胡索(えんごさく):牡丹皮(ぼたんぴ):桃仁(とうにん):紅花(こうか):桂枝(けいし):牛膝(ごしつ):枳殻(きこく):木香(もっこう):大棗(たいそう):乾姜(かんきょう):甘草(かんぞう):

生化湯:「構成」
当帰(とうき):川芎(せんきゅう):桃仁(とうにん):乾姜(かんきょう):甘草(かんぞう):

⑨桂枝茯苓丸(金匱要略)

 婦人科領域に用いる駆瘀血剤として有名。もともと本方は流産時の出血多量や、胎児死亡、後産の出ない場合や止まらない場合に、腹中に止まる「癥瘕(ちょうか:かたまり)」を下す薬として作られた。何をもって「癥瘕」と判断するのかはわからないが、出産後に骨盤内の血行状態が回復し切っていない状態を是正する方剤である。
 産後に瘀血の調理をしておくことは、その後の病の予防になる。出産をきっかけに様々な病が発症するということは臨床的に良く観察されることである。なぜそうなるのか現代医学では分かっていないが、例えばリウマチや潰瘍性大腸炎、各種皮膚病、腰痛や坐骨神経痛などは産後に再発したり発症したりすることが良くある。「血脚気」といって産後に下半身の力が入らなくなり歩けなくなる者もいる。これらは東洋医学では瘀血の症候と考えられており、産後に瘀血の調理(骨盤内臓器の血流是正)をしておくと改善・予防できるものである。したがって産後には芎帰調血飲第一加減や桂枝茯苓丸などがしばしば用いられる。また産後に悪化した病に関しては、瘀血の調理を治療の選択肢の一つに入れておく必要がある。
桂枝茯苓丸:「構成」
桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):茯苓(ぶくりょう):牡丹皮(ぼたんぴ):桃仁(とうにん):

⑩三物黄芩湯(金匱要略)

 出産後の手足の熱感に用いる処方。出典の『金匱要略』では産後に四肢の熱感を覚え頭痛する者は小柴胡湯を与え、頭痛が無ければ三物黄芩湯が良いと提示している。今でいうところの産褥熱に当たると考えられている。産褥熱は産褥期(出産後6から8週間、母体の生理的変化が非妊時の状態に戻るまでの期間)に起こる性器の感染症である。現在では抗生剤の内服または点滴で比較的容易に改善するが、昔は致命的な状態に陥る可能性のある怖い病であった。性器感染による全身の反応が頭痛にまで及ぶようなら小柴胡湯、ただ手足に煩熱を起こしているだけなら三物黄芩湯という指示である。三物黄芩湯は東洋医学的にいうところの「陰虚生熱」や「湿熱」の病態に適応する。産褥熱の軽症、または産褥熱に関わらず、出産後に手足がほてり眠れないといった者に用いる。その他出産後に起こる外陰炎や膣炎、悪露停滞などに本方を用いることがある。一般的には竜胆瀉肝湯や加味逍遥散、桂枝茯苓丸などと合わせて用いられることが多い。
三物黄芩湯:「構成」
黄芩(おうごん):苦参(くじん):地黄(じおう):

⑪当帰建中湯(金匱要略)

 本方は産後の体力回復を図るための要薬である。妊娠・出産はすべて母体のエネルギーによって行われる。エネルギーとは東洋医学的に言えば血の力である。妊娠中、短期間で生命を育むには相当の力が必要で、その分誰しもが血の力を消耗する。そして産後消耗した血の力の回復は母体の自然治癒力にすべてまかされているため、消耗が強い場合には体力の回復が追い付かない。また産後に赤ちゃんに与える母乳はやはり母体の力によって作られる。したがって授乳中も常に体力を消耗し続けるため、やはり体力の回復が追い付かなくなる。
 本方は血の力を強めて体力の回復を早める効果がある。また人は血の力を失うと、血行循環が悪くなるため内分泌や自律神経の働きが同時に乱れてくる。血行循環を改善する方剤でもあるため、内分泌機能と自律神経の働きを同時に改善していく薬能を持つ。したがって産後の疲労倦怠感・精神不安・不眠・動悸・息切れ・貧血・腹痛・腰背の痛み・食欲不振・下痢・便秘などに用いられる。
 本方はもともと「虚労」という一種の疲労状態に適応する小建中湯に、補血剤である当帰を加えたものである。またこれに補気剤である黄耆を加えたものを帰耆建中湯といい、気血ともに消耗した状態に適応する。さらに竜骨・牡蛎剤を合わせたり、人参剤を配合したりとその運用は非常に広い。ただし配合生薬が多くなるほど効きが良くなるわけではない。むしろ配合生薬数が少なく、かつ的確である時が最も迅速な効果を発揮する傾向がある。
当帰建中湯:「構成」
桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):大棗(たいそう):当帰(とうき):大虚の者は膠飴(こうい)を加える:

⑫妊娠中の風邪薬

・桂枝湯(けいしとう)『傷寒論』
風邪薬として有名な葛根湯の原型。葛根湯よりも体力の弱い方に適応する風邪薬であるが、その分非常にマイルドな効果を持っている。風邪が治った後でもそのまましばらく服用を続けると、風邪によって消耗した体力を回復させるとともに今後の風邪の予防にもなる。効果を出すためには、服用後の養生が非常に重要である。本方を服用した後、お粥などの消化に優しいものを食べてさらに体を温め、すぐに寝る。この時お腹いっぱいで苦しいというまで食べてはいけない。腹7分か8分にしておく。寝ている間に気持ちよく汗をかけると、熱が下がり風邪が治る。止まないくらいの大量の汗をかくのはやりすぎである。逆に風邪がこじれることもある。寝汗をかけなければ3.4時間ごとに起きてさらに服用する。様子を見ながら汗がかけるまで連服していくのである。桂枝湯を風邪薬として運用する場合には、生姜が重要である。煎じ薬であれば「ひね生姜」をスライスして入れ、エキス顆粒剤であれば生姜汁を入れるようにすると良い。

・香蘇散(こうそさん)『太平恵民和剤局方』
非常に優しい感冒薬。胃薬でもあり、胃腸の弱い人の風邪に用いられることが多い。妊娠中でも安心して服用することができる。特に鼻炎や頭痛がある者によい。風邪は寝なければ治らない。あまり重くならないうちに本方を服用し、良く寝て体力の回復をはかる。

・参蘇飲(じんそいん)『太平恵民和剤局方』
風邪に気虚を兼ねる者に用いられる感冒薬。体力なく治ろうとする力が弱く、いつまでもグズつく症状を残している状態の風邪である。お年を召した方の風邪や妊婦の風邪にしばしば用いられる。風邪の初期に香蘇散を服用したものの、症状が長引いて治まらないという者に良い。

・麦門冬湯(ばくもんどうとう)『金匱要略』
妊娠中に咳が出て止まらないという者に著効することがある。風邪の後やそうでなくでも、特に原因はわからないがこみ上げるような咳が止まらないという者。妊娠中でも安心して服用できるのはもちろんのこと、適応すると即座に効果を発揮する。ごくごく服用するのではなく、のどに一旦ためて喉を潤すようにしてゆっくり飲み下すと効果的である。

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