腰痛・足の痛み・しびれ(脊柱管狭窄症・腰部椎間板ヘルニア・ 坐骨神経痛など)

腰痛・足の痛み・しびれについて

年齢とともに増加傾向があり、非常に多くの方が抱える悩みとして、腰痛はその最たるものではないでしょうか。腰は文字の如く、上半身と下半身との要(かなめ)です。一日のうちで腰を使わない(動かさない)ことはありません。腰痛を持つ方は痛みを感じない日はなく、また今まで当然のように出来ていた動きが出来なくなります。痛みが継続すれば、日常生活に著しい影響が出てきて、趣味をあきらめなければならなかったり、仕事が出来なくなる方もいらっしゃします。

●放っておくべきではない
ただ腰が重いという程度であっても、ある日突然腰に激痛が起こったり、年齢を重ねるごとに下半身の痛みやしびれなどへと発展したりすることがあります。軽い腰痛だからといってそのまま放っておくことはお勧めできません。少なくとも整形外科にて腰椎の状態を確認することは必要です。

また足の痛みやしびれだけがあり、腰には痛みを感じないという方でも、腰の骨に根本的な問題を抱えている場合があります。したがってこのような場合でも、やはり腰椎の検査は必要です。各疾患については、以下に簡単に説明していますのでご参照ください。いずれの疾患でも慢性化すると痛みの根治が難しくなります。

腰痛・神経痛治療と漢方

慢性腰痛・足の痛み・しびれに対しては、西洋薬の痛み止めや、神経ブロックによって痛み・しびれを抑えることができます。また適切な運動療法や理学療法も、症状の改善と予防には役立ちます。しかしこういった治療を行っても改善しないという方もいらっしゃいます。さらに腰椎や椎間板の変形に対しては手術によって完治する方もいらっしゃいますが、手術が成功しても痛みが残るという方も実際にいらっしゃいます。漢方治療をお求めになる方々は、こういった治療をしても改善されなかったという方が多く、藁をもつかむ思いで来局される方がほとんどです

●漢方と痛み・しびれ
痛み治療は漢方の得意分野です。東洋医学にでは古くからその治療方法が見いだされてきました。紀元250年頃にかかれた『傷寒論』では、すでに身体痛や骨節疼痛という言葉で痛みを表現し、その治療方法を体系化して表しています。そしてその治療方法は、今でも痛み治療の基礎中の基礎であり、的確に運用することができれば非常にすぐれた鎮痛効果を発揮します。たとえ骨や椎間板の変形を伴うような疾患であっても、痛みやしびれをおさめていくことが可能です。どのようにしても改善しなかった不快感が消えていく感覚に、驚かれる方も多くいらっしゃいます。藁をもつかむ思いで来られた患者様にとっては、狐につままれたように感じるかも知れません。

腰痛・下半身の痛み・しびれには、漢方による治療をお勧めいたします。鍼灸や整体・理学療法などを平行して行うことは、さらに良いと思います。またこれらの治療を行っても効果がなかったという方でも、漢方薬を併用するとこれらの治療の効果が現れやすく、かつ効果が持続しやすくなる傾向があります。私見では、どのような腰部の疾患であろうとも、風呂に入って温めると楽になるという方であれば、漢方治療によって多くの場合で著効します。

●実は間違いの多い腰痛・坐骨神経痛治療
ただし漢方治療をお求めになるにあたって、一つ注意点があります。椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症などの骨や椎間板の変形が生じている疾患を「腎虚(じんきょ)」と捉え、そこから発生する下肢の痛みやしびれに八味地黄丸や牛車腎気丸を使用するケースがありますが、現実的にはあまり効果がありません。これらの処方は腰痛など下半身に効く処方として確かに有名です。しかしこれらが適応する痛みは、坐骨神経痛のような痛みではありません。腰痛や下半身の痛みといっても、東洋医学的には多くの病態が関与します。痛み治療に習熟した漢方家にご相談いただくことをお勧めいたします。

参考症例

まずは「腰痛・足の痛み・しびれ」に対する漢方治療の実例をご紹介いたします。以下の症例は当薬局にて実際に経験させて頂いたものです。本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

症例|これ以上悪くなると手術しかないと言われてしまった脊柱管狭窄症

67歳女性、脊柱管狭窄症を発症し、病院で処方された痛み止めや牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)を服用しても効果を感じられなかった患者さま。これ以上悪くなると手術するしかないと言われてしまいました。骨の変形による痛みに対して、漢方ではどのように対応していくのか。実際に効果を発揮するための手法とその実例とをご紹介いたします。

 →■症例:脊柱管狭窄症

参考コラム

次に「腰痛・足の痛み・しびれ」に対する漢方治療を解説するにあたって、参考にしていただきたいコラムをご紹介いたします。参考症例同様に、本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

コラム|脊柱管狭窄症・椎間板ヘルニア ~坐骨神経痛への新たな漢方治療~

漢方治療によって改善するケースの多い坐骨神経痛。ただし「漢方薬を服用したけれどもちっとも効かなかったよ」という方も相当おられると思います。実は、一昔前までは漢方治療においても脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアに伴う坐骨神経痛は難治性の症状でした。しかし現在漢方の世界では治療手法が見直されてきており、より現実的な手法によって漢方治療が大きな飛躍を遂げている現状があります。坐骨神経痛治療の古今を見直し、これからの漢方治療を臨床的な視点で紐解いていきます。

□脊柱管狭窄症・椎間板ヘルニア ~坐骨神経痛への新たな漢方治療~

コラム|脊柱管狭窄症・椎間板ヘルニア ~漢方薬で治りやすい坐骨神経痛の特徴~

現在、漢方薬における坐骨神経痛治療が新たなる段階へと飛躍を遂げる中、それと同時に坐骨神経痛の中でも比較的治しやすいものと、そうでないものとの差が分かるようになってきました。今回のコラムでは「こういう状態があれば治しやすい」という点と、逆に「こういう状態があると改善までにかなりの時間を要する」という点との両方をご紹介し、現実的な坐骨神経痛治療の実際をご説明していきたいと思います。

□脊柱管狭窄症・椎間板ヘルニア ~漢方薬で治りやすい坐骨神経痛の特徴~

コラム|漢方治療の実際 ~腎虚?八味地黄丸?臨床的に正しい理論とは~

脊柱管狭窄症や腰椎椎間板ヘルニアなど、腰痛や下肢の痛み・痺れ(坐骨神経痛)を伴う疾患にしばしば用いられる八味地黄丸(はちみじおうがん)や牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)。これらの処方が頻用されている理由は「骨の変形=腎虚」という学問的に重要な理論が存在しているためです。しかし実際の臨床においてはこの理解に大きな落とし穴があります。「学問的に重要な理論」と「臨床的に正しい理論」、両者は全くの別物であるという事実。八味地黄丸の考察を通して、漢方治療の現実的な考え方をご紹介いたします。

○漢方治療の実際 ~腎虚?八味地黄丸?臨床的に正しい理論とは~

使用されやすい漢方処方

①八味地黄丸(はちみじおうがん)
 腎気丸(じんきがん)
 牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)
②葛根湯(かっこんとう)
③桂枝附子湯(けいしぶしとう)
 甘草附子湯(かんぞうぶしとう)
 白朮附子湯(びゃくじゅつぶしとう)
④桂枝加苓朮附湯(けしかりょうじゅつぶとう)
⑤当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)
⑥芍甘黄辛附湯(しゃっかんおうしんぶとう)
⑦五積散(ごしゃくさん)
⑧苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう)
⑨芎帰調血飲第一加減(きゅうきちょうけついんだいいちかげん)
⑩疎経活血湯(そけいかっけつとう)
⑪独活寄生湯(どっかつきせいとう)
※薬局製剤以外の処方も含む

①八味地黄丸・腎気丸(金匱要略)牛車腎気丸(済生方)

 「腎虚(じんきょ)」に対する補腎薬として頻用される処方。「腎虚」とは骨を主る腎の弱りを指すと言われている。そのため加齢によって発現する骨の変形を腎虚と捉えることが多く、脊柱管狭窄症などの腰椎の変形を伴う疾患に用いられることが多い。しかし本方はすでに骨の変形を伴っているために起こる座骨神経痛や間欠性跛行に対しては決して効果的ではない。その場合は漢方における「痺証(ひしょう:痛みやしびれ)」の治療が必要である。本方は本質的に「痺証」に対応する処方ではなく、「腰や下半身の重だるさ」に適応する方剤である。
 加齢とともに坂道で息切れしやすくなり、小便の出が弱り切れが悪く、足が重だるく浮腫んで冷えやすくなり、夜間は返って手足がほてるという者。腰椎すべり症のごく軽症にて腰が重いという程度であれば効果があるかもしれない。また今後腰椎の変形を予防するべく服用する分には良いかもしれない。牛車腎気丸は八味地黄丸(別名:腎気丸)に牛膝・車前子の鎮痛薬を加えたものであるが、本質は同じ。
八味地黄丸・腎気丸:「構成」
地黄(じおう):山茱萸(さんしゅゆ):山薬(さんやく):牡丹皮(ぼたんぴ):茯苓(ぶくりょう):沢瀉(たくしゃ):桂枝(けいし):附子(ぶし):

牛車腎気丸:「構成」
地黄(じおう):山茱萸(さんしゅゆ):山薬(さんやく):牡丹皮(ぼたんぴ):茯苓(ぶくりょう):沢瀉(たくしゃ):桂枝(けいし):附子(ぶし):牛膝(ごしつ):車前子(しゃぜんし):

②葛根湯(傷寒論)

 本来風邪の初期の薬として創立された本方は、広く痛みやしびれの治療に用いられることがある。比較的急性的に生じた腰痛に用いられるが、慢性経過する腰痛や坐骨神経痛に適応することもある。ただし麻黄剤である以上はお年寄りや胃腸の弱い方、心臓に問題のある方などが服用及び連用するべきではない。身体が疲労しているというよりは、一時的な組織の損傷が治りきっておらず、動き出しに痛むが動いているうちに楽になるという方。葛根湯加蒼朮附子という加減を以て用いられることが多い。
葛根湯:「構成」
葛根(かっこん):麻黄(まおう):桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):

③桂枝附子湯・甘草附子湯・白朮附子湯(傷寒論・金匱要略)

 「風湿(ふうしつ)」つまり曇天による湿気や急激な気圧の変化によって、腰痛や坐骨神経痛を発生させる者に適応する機会が多い。基本処方であるが故に用いられる機会が少ないが、習熟された先生であるほど、こういう処方をうまく使用する印象がある。身体の虚状なく、肌肉の浮腫みの程度も軽く、ただ痛みが天気に左右されて風呂に入って温まると楽になるという者。浮腫んで張り、痛み強く、圧迫したり動かすと痛みが増悪するという者には甘草附子湯。浮腫むも張りに力なく、胃腸弱り食細い者には白朮附子湯。三者とも緩急・虚実の違いをもって運用を別とするが、伴に「風湿」に適応し痛み・しびれに用いる方剤である。
桂枝附子湯:「構成」
桂枝(けいし):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):大棗(たいそう):附子(ぶし):

甘草附子湯:「構成」
桂枝(けいし):甘草(かんぞう):蒼朮(そうじゅつ):附子(ぶし):

白朮附子湯:「構成」
蒼朮(そうじゅつ):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):大棗(たいそう):附子(ぶし)

④桂枝加苓朮附湯(方機)

 江戸時代の名医・吉益東洞によって作られた処方。傷寒論中の桂枝加附子湯に茯苓・白朮の利水燥湿薬を加えたもの。桂枝加附子湯と桂枝附子湯とは芍薬一味の違いしかない。しかしその運用には大きな差がある。桂枝附子湯は「風湿」にて天気の影響を受けて痛むことを主とするが、桂枝加附子湯は身体羸痩(るいそう)の状あり、虚を呈して筋脈が弱る者を主とする。桂枝加附子湯の変方である本方も、その流れの中で用いるもの。虚状を持つことが適応の根拠になる。
桂枝加苓朮附湯:「構成」
桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):茯苓(ぶくりょう):蒼朮(そうじゅつ):附子(ぶし):

⑤当帰四逆加呉茱萸生姜湯(傷寒論)

 末端冷え性に用いられる機会が多い。その実は桂枝湯を内包し、血を復して血流を促し、冷えに対する身体の過緊張状態を緩和させる薬方である。月経痛・腹痛・腰痛・坐骨神経痛などの痛み治療に応用される。冷気が下半身を伝って下腹部に内攻する者。呉茱萸・生姜を除いたものを当帰四逆湯というが、これも痛み止めとして有効である。ただし内攻する気配のある者は呉茱萸・生姜が必要。
当帰四逆加呉茱萸生姜湯:「構成」
当帰(とうき):桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):細辛(さいしん):木通(もくつう):生姜(しょうきょう):呉茱萸(ごしゅゆ):

⑥芍甘黄細附湯(勿誤薬室方函口訣)

 浅田宗伯は吉益南涯の創方とし「攣急に偏痛(坐骨神経痛のように左右どちらかに偏って生じる痛み)を兼ねたる者に広く用ふるなり。近来の製なれども、古方に劣らず効験あり」と評している。芍薬甘草附子湯と大黄附子湯との合方。脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアにて生じる坐骨神経痛に著効することがある。大塚敬節先生曰く「およそ大黄や石膏のような寒薬と附子のような熱薬とを同時に配した処方は、頑固で動きにくい病気を揺り動かす力をもっている」と。痛みに敏感で少しの動きや寒冷刺激で痛みが発生し、それが固着しておさまりにくいという者。通じがつくと、痛みが楽になるという者に適応しやすい。
芍甘黄細附湯:「構成」
芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):細辛(さいしん):大黄(だいおう):附子(ぶし)

⑦五積散(太平恵民和剤局方)

 もと風邪薬として運用された本方は、「寒湿(かんしつ)」を去る薬方として広く運用される。「寒湿」とは冷えて水分代謝を停滞させることで出現する病態を指す。外に寒湿があれば手足の痛みやしびれを生じ、内(胃腸)に寒湿があれば胃痛・腹痛・吐き気・下痢などを引き起こす。本方は内外の寒湿を同治する。ただし全方位的に対応する薬能を持つ故に、使用する際には加減や合方が必要になる。下半身の痛みやしびれに対しては、附子を加えたり、桂枝加苓朮附湯・苓姜朮甘湯などを合方することが多い。
五積散:「構成」
蒼朮(そうじゅつ):陳皮(ちんぴ):茯苓(ぶくりょう):白朮(びゃくじゅつ):半夏(はんげ):当帰(とうき):厚朴(こうぼく):芍薬(しゃくやく):川芎(せんきゅう):白芷(びゃくし):枳殻(きこく):桔梗(ききょう):乾姜(かんきょう):桂枝(けいし):麻黄(まおう):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):

⑧苓姜朮甘湯(金匱要略)

 腰回りの冷えによって腰痛を生じるという者に著効を示すことがある。腰から足にかけて水の中に入っているように冷えを感じ、尿が近く頻尿の気があるというのが目標となる。腰回り、つまり骨盤内の冷えによる血行障害と膀胱活動の不安定さとを改善する方剤である。痛みは重さを伴う鈍痛を主とし、腰が重く立ち座りがおっくうで、足が浮腫んで重だるく、冷えるとさらにつらくなるという者によい。
苓姜朮甘湯:「構成」
茯苓(ぶくりょう):乾姜(かんきょう):蒼朮(そうじゅつ):甘草(かんぞう):

⑨芎帰調血飲第一加減(漢方一貫堂医学)

 産後におこる骨盤内の充血を去る芎帰調血飲に、さらに血行循環を改善する駆瘀血薬を配合したのが本方である。平素より下半身が冷え、膀胱炎や痔を患いやすく、時として気持ちを病み不安定になりやすい者。多種類の生薬にて構成される処方ではあるが、その基本骨格を理解すれば様々な疾患に応用することができる。冷えると増悪する下肢の痛みやしびれ・坐骨神経痛に良い。
芎帰調血飲第一加減:「構成」
当帰(とうき):芍薬(しゃくやく):地黄(じおう):川芎(せんきゅう):白朮(びゃくじゅつ):茯苓(ぶくりょう):陳皮(ちんぴ):烏薬(うやく):香附子(こうぶし):益母草(やくもそう):延胡索(えんごさく):牡丹皮(ぼたんぴ):桃仁(とうにん):紅花(こうか):桂枝(けいし):牛膝(ごしつ):枳殻(きこく):木香(もっこう):大棗(たいそう):乾姜(かんきょう):甘草(かんぞう):

⑩疎経活血湯(万病回春)

 明代に書かれた『万病回春』において、手足の関節の痛みの治療薬として紹介されている処方。今では慢性関節リウマチや、椎間板ヘルニア・脊柱管狭窄症などにおける坐骨神経痛に広く応用されるようになった。出典に「風寒湿熱を被り内に感じ、熱は寒に包まれ、すなわち痛み経絡を傷る」とあるように、湿熱と呼ばれる病態を背景に備える者に著効することが多い。酒客(酒飲み)にて坐骨神経痛が治らないという者。便秘がちの者には大黄を加える。『衆方規矩』には「足痛むには木瓜・木通・黄柏・薏苡仁を加う」とあり、坐骨神経痛への加減方として運用される。
疎経活血湯:「構成」
当帰(とうき):地黄(じおう):川芎(せんきゅう):芍薬(しゃくやく):羌活(きょうかつ):蒼朮(そうじゅつ):茯苓(ぶくりょう):牛膝(ごしつ):防已(ぼうい):竜胆(りゅうたん):防風(ぼうふう):陳皮(ちんぴ):白芷(びゃくし):桃仁(とうにん):威霊仙(いれいせん):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう)

⑪独活寄生湯(太平恵民和剤局方)

 中医学にて頻用される腰痛治療薬。日に久しい腰痛・下肢の痛み・しびれにて、気血両虚・肝腎不足を併存させる者。端的に言えば加齢により足腰が弱り、冷えて血行を損ない痛みやしびれに長く悩まされている者に適応する。十全大補湯に類似する処方として、首・肩・腕の痛みには十味剉散、腰・足の痛みには独活寄生湯。身体肌肉に疲労状のある者の痛みに適宜運用する。
独活寄生湯:「構成」
独活(どくかつ):桑寄生(そうきせい):杜仲(とちゅう):牛膝(ごしつ):細辛(さいしん):秦艽(じんぎょう):防風(ぼうふう):茯苓(ぶくりょう):人参(にんじん):甘草(かんぞう):芍薬(しゃくやく):地黄(じおう):当帰(とうき):川芎(せんきゅう):桂枝(けいし):

臨床の実際

なぜ骨の変形を調えても痛みやしびれが消えないのか

椎間板ヘルニアや、すべり症、脊柱管狭窄症などで起こる痛みやしびれは、腰椎の変形がその根本的な原因です。そのためこの変形を悪化させないための理学療法や、手術によって神経の圧迫を取り除くといった治療を行うことが一般的です。しかし、手術で神経の圧迫を物理的に除いても、痛みやしびれが残る人もいます。また逆に、腰椎の変形がもともと無い方でも、坐骨神経痛を発生させることがあります。つまり腰椎の変形は根本的な原因である一方で、起こる症状と骨の変形とが必ずしも相関しないという現実があります。すなわち骨以外の部分に、腰痛を発生させる要因が隠れていることになります。

●骨と筋肉
骨は骨だけでその状態を安定させているわけではありません。骨の周りには筋肉があります。そしてその筋肉によって骨はスムーズに動くことができます。もし劣化したゴムのように固く柔軟性のない筋肉が骨の周りについていれば、その骨の動きはスムーズにいかず不安定となり、骨自体に負担をかけてしまいます。それが長期的に起これば、骨の負担が重なって骨の変形を招きます。椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症などの腰椎の変形は、このような筋肉の劣化が背景に隠れていることが多いと言われています。

●筋肉と血流
そして筋肉には血液が豊富に流れています。筋肉が動くためにはエネルギーが必要で、血液が常に養分を供給しているためです。血流量が豊富な筋肉ほど、柔らかく力強く、動くことができます。つまり筋肉の状態は、筋中に流れている血流状態に左右されています。筋肉に豊富な血液が絶え間なく流れ、質の良い筋肉が維持できれいれば、骨は極端な負担を伴うことなく、その動きを維持することができるわけです。したがって、血行を促すという治療を行うと、変形した骨であっても骨の動きをスムーズにするとともに、骨の変形を予防することができます。

●神経と血流
さらに血流と神経とは密接な関係にあり、神経自体も血液から栄養を受けています。つまり血流を促すと神経の通りも良くなり、坐骨神経痛などの痛みやしびれも改善されてきます。お風呂にはいって下半身を温めると痛みやしびれが楽になるという現象は、血行が良くなることによって神経の通りが良くなるためです。過剰な労働により、また加齢により、筋肉中の血行状態が悪くなり、それによって骨に負担がかかり、骨が変形する。そして骨の変形による神経の圧迫と伴に、筋肉の血行障害が継続していれば、神経の通りがさらに悪くなり、痛みやしびれを継続させてしまう。つまり骨の変形だけを治したとしても、筋肉の質と血行状態が改善されなければ、痛みやしびれが残ってしまうことになります。

「痺証」と血行障害

東洋医学には「痺証(ひしょう)」という病があります。山本巌先生は『東医雑録』において以下のように説明されています。「痺証とは「しびれる」病で、例えば腕を紐で縛ったときのように、知覚が鈍麻し、痛みやしびれ感が起き、運動麻痺がおきる。このような状態を痺証と言ったものであろう。今で言うと、血液循環の障害と神経の働きを抑制することである。」

この痺証は3つの病態があります。風痺・寒痺・湿痺です。風痺とは、例えば扇風機の風にあたり続けて知覚麻痺や運動麻痺がおこったものです。寒痺とは冷えた外気によって感覚が麻痺し・痛み・かじかんだもの、そして湿痺とは、湿った外気によって麻痺や痛み・しびれが発生したものを指します。これらの痺証はすべて血行障害を基本としています。したがって痺証は血行を促し、身体をあたためると良くなります。

●「痺証」治療の理解と運用
関節リウマチなどの特殊な関節炎を除いて、脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニア、腰椎すべり症などの病態は、すべてこれらの痺証に属します。したがって椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症のように骨の変形を認める疾患であっても、また骨の変形はないが坐骨神経痛を生じているような病態であっても、漢方薬は等しく血行を促すことでこれらを解決していきます。腎は骨を主(つかさど)るといって、補腎薬である八味地黄丸や牛車腎気丸・六味丸・右帰丸・左帰丸を一律的にいくら使っていても、腰痛や座骨神経痛は収まりません。これらは痺証の治剤ではないからです。少なくとも私の経験では、これらの処方が椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症による痛み・しびれに著効したことはありません。

下半身の血行を促す。簡単に言えばこれが漢方の腰痛・痛み・しびれ治療のすべてですが、100人いれば100人とも、患部の血行状態は違います。それを見極めて、的確な処方を導き出すことができなければ、血行は改善されません。シンプルな治療ではありますが、同時に奥が深いと言えます。痛みやしびれは長くかかるという言葉を言い訳にせず、実際に痛みやしびれが緩和されていると実感できる治療を行うためには、シンプルでありながら、細かい配慮が成された見立てと処方運用とが必要になります。

※ちなみに、膝の腫れや痛み(変形性膝関節症)や関節リウマチのような関節部の炎症を伴う疾患に関しては、血行を促すという治療のみでは対応することができません。詳しくは各項目を参照してください。

ご相談の多い疾患

腰痛や下半身の痛み・しびれの症状を発生させる病の中で、漢方治療をお求めになることが多い疾患を以下にご紹介いたします。

腰部脊柱管狭窄症
椎骨には空洞があり、その部分には脳につながる神経の束である脊髄が通っている。この空洞を脊柱管という。何らかの原因で脊柱管が狭くなり、中の神経を圧迫することで、腰部や下半身に痛みやしびれが出現する疾患を腰部脊柱管狭窄症という。脊柱管は座ったりかがんだりしている時よりも、立ったり後ろに沿ったりしている時の方が圧迫が強くなる。したがって歩いていてしばらくすると、足にしびれや痛みが起こって歩けなくなるという症状が起き、これを間欠性跛行(かんけつせいはこう)という。脊髄の先端部にあたる馬尾神経(ばびしんけい)を圧迫すると、両足に症状が出やすい。また足の脱力感が出やすく、会陰部(股の間)のしびれ感や頻尿・残尿感・便秘が起こることもある(馬尾型)。脊髄から延びる神経の根元を圧迫すると、どちらか片方のお尻・ふともも・ふくらはぎ・足の裏に症状が表れる(神経根型)。また両者が同時に出る場合もある。多くが加齢に伴う変形によって生じ、腰椎すべり症から派生することも多い。

腰部椎間板ヘルニア
背骨は椎骨と椎骨との連続で形成されており、その間には椎間板と呼ばれるクッションが挟まっている。このクッションの表面(椎間板・繊維輪)に亀裂が入り、中の髄核が飛び出した状態を椎間板ヘルニアという。急激な外力(重い物を持ち上げるなど)が腰にかかった時に発生しやすく、椎間板の外殻が避けて腰部に痛みを生じる。また飛び出した椎間板が隣接する脊髄神経の根元を圧迫・刺激すると、立ったり歩いたりするときに腰から下半身にかけて痛みやしびれが走る症状(神経根症状)が発生する。腰部椎間板破裂や腰部椎間板ヘルニアは、このような坐骨神経痛を発生させることが多い。20代から40代の男性に多いとされていて、運送業の方など腰部に負担の多い仕事をしている方に発症しやすい傾向がある。

坐骨神経痛(座骨神経痛)
坐骨神経痛とは病気の名前ではない。腰椎や仙骨から下肢に延びる太い神経を坐骨神経といい、この神経の沿って痛みやしびれが広がるものを坐骨神経痛という。つまり頭痛や肩こりと同じく症状の名前である。坐骨神経痛は腰部ヘルニアや脊柱管狭窄症、腰椎すべり症などが原因となって生じることもあるが、まれに糖尿病性神経障害や腫瘍・血腫・膿瘍などによって起こったり、時に原因が不明な場合もある。坐骨神経は腰・お尻・ふとももの裏側を通り、そこからふくらはぎ側とすね側との二手に分かれ、足首・つま先へとそれぞれ伸びていく。通常は足の左右どちらか一方に起こりやすく、この坐骨神経の走行部位に沿って、チクチクとした痛みや、針金でも張ったようなビーンとした痛み、そしてしびれが発生する。

腰椎すべり症
腰椎が部分的にずれてしまっているものをすべり症という。これには大きく2種類ある。背骨(脊椎)は椎骨が積み重なって形成されているが、椎骨自体は前側の椎体と背中側の椎弓とで構成されている。この椎体と椎弓とが離れてしまった状態を「腰椎分離症」という。そしてこの分離症の中で椎体が前方にくずれ、背骨がズレてしまっているものを「分離すべり症」という。これは先天的に腰椎の変形があったり、若い時にスポーツなどで腰に負担がかかった者で起きやすいとされている。一方で椎骨同時のクッションの役割をしている椎間板の老化によって、腰椎が不安定となってずれたものを「変性すべり症」と呼ぶ。すべり症では腰痛が主体となる。一般的に強い痛みは起こらず、立ったまま同じ姿勢でいたり重労働のあとに、鈍く重い痛みとして発現する場合が多い。時に下半身の痛みやしびれといった神経根症状を伴うこともある。変性すべり症では、脊柱管狭窄症の特徴である間欠性跛行や、馬尾神経の圧迫症状(会陰部のしびれ感や排尿排便障害)が起こることもある。

変形性腰椎症
腰椎の変形によって腰痛が生じる疾患。腰椎の加齢変化を基盤としていることが多い。主として腰痛を訴え、下肢症状があってもごくわずかで、さらに画像上腰椎の変化を認めるが、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症・すべり症ではなく、他の疾患も関与していないという場合に本症と診断される。

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