おでき・皮膚化膿症

おでき・皮膚化膿症について

おでき治療と漢方

おできのことを「癰(よう)」(または「癤(せつ)」)といいます。日本では歴史的に多くの方がこの「癰」に悩まされてきました。江戸時代の書物には「癰」の治療例がたくさん紹介されています。米が主食である点と、湿度が高い日本の風土が「癰」を多発させていたのでしょう。

そのため皮膚病の中でも「癰」の治療は基本中の基本でした。漢方の得意分野であるとも言えます。今では衛生環境が整い、抗菌剤やステロイドといった非常にすぐれた化膿止め・炎症止めがありますので、おできに悩まれる方は少なくなりました。しかし治っても同じ部分が何度も化膿したり、ご高齢の方では排膿した後の潰瘍が治りにくかったりするなど、現代においても漢方薬をもって「癰」の治療を必要とするケースが散見されます。おでき(皮膚膿瘍)のみならず、尋常性ざ瘡(ニキビ)・脂漏性皮膚炎・肛門周囲炎・虫垂炎・中耳炎・副鼻腔炎・扁桃炎・床ずれなど、多くの化膿性疾患にこの「癰」治療が応用されます。

※「癰(よう)」と「癤(せつ)」
ともに皮膚化膿症を指します。数個の隣接した毛嚢に化膿が生じて大きな膿を発生させるものを「癰」、単独の毛嚢に化膿が起きるなど比較的小さく浅い膿を発生させるものを「癤」といいます。昔はドイツ語で「癰」のことをカルブンケル、「癤」のことをフルンケルと言っていました。ここでは「癰」の治療方法を主としますが、両者ともに化膿性炎症を生じる病態であり、治療原則は同じです。

使用されやすい漢方処方

①十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)
 荊防敗毒散(けいぼうはいどくさん)
②葛根湯(かっこんとう)
③黄連解毒湯(おうれんげどくとう)
④排膿散及湯(はいのうさんきゅうとう)
⑤托裏消毒飲(たくりしょうどくいん)
⑥千金内托散(せんきんないたくさん)
⑦帰耆建中湯(きぎけんちゅうとう)
⑧伯州散(はくしゅうさん)
※薬局製剤以外の処方も含む

①十味敗毒湯(瘍科方筌)荊防敗毒散(万病回春)

 おできの治療の代表方剤。古くは膿のことを毒と呼んだ。初期の化膿を消散させる目的で作られた処方。荊防敗毒散中の生薬を抜き、シンプルにしたものが十味敗毒湯であるが、配合から読み取れる薬能は両者でほぼ等しい。しいて言えば方中に大小柴胡湯の差がある。現実的には単剤として用いるよりも、清熱解毒剤などと合方された方が効果が高い。浅田流では十味敗毒湯に連翹を加え、十敗加連と称して運用している。
十味敗毒湯:「構成」
柴胡(さいこ):川芎(せんきゅう):防風(ぼうふう):荊芥(けいがい):桜皮(おうひ):羌活(きょうかつ):茯苓(ぶくりょう):桔梗(ききょう):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):

荊防敗毒散:「構成」
柴胡(さいこ):前胡(ぜんこ):川芎(せんきゅう):防風(ぼうふう):荊芥(けいがい):桜皮(おうひ):羌活(きょうかつ):独活(どくかつ):茯苓(ぶくりょう):桔梗(ききょう):甘草(かんぞう):薄荷(はっか):枳殻(きこく):金銀花(きんぎんか):

②葛根湯(傷寒論)

 日本特に古方派と呼ばれる漢方家は「癰」治療に好んで葛根湯を用いた。十味敗毒湯や荊防敗毒散と用いる場は同じであるが、温薬としての性質が強く、全身の悪寒発熱を伴い発汗法が必要な場合にはこの方が良い。ただし多くが加減を施して用いられる。炎症が盛んならば石膏や大黄を、化膿すれば桔梗を、排膿を促すにはさらに川芎・枳実などを加える。尾台榕堂は蒼朮・附子を加え、膿を軟化させて排膿を促し、潰瘍の肉芽新生を賦活させる薬として用いている。これは初期に病巣を消散させるというよりは、強力な補托・透托・補陽剤としての運用である。
葛根湯:「構成」
葛根(かっこん):麻黄(まおう):桂枝(けいし):生姜(しょうきょう):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):

③黄連解毒湯(肘後備急方)

 清熱薬として有名な黄連解毒湯はその名の通り、毒(膿)を解する薬能を持つ。病巣の炎症拡大を抑制する「清法」の基本方剤。炎症傾向が強い時には必ず用いなければならない手法であるが、清熱薬の過剰投与は血液循環を妨げ病巣治癒の沈滞化を招く。炎症の段階、勢いの強さを見極め、黄連解毒湯の他にも石膏・連翹・金銀花などを的確に運用しなければならない。
黄連解毒湯:「構成」
黄連(おうれん):黄芩(おうごん):黄柏(おうばく):山梔子(さんしし):

④排膿散及湯(東洞先生投剤証録)

 未だ硬い膿を軟化させて排出を促す排膿散と、軟化した膿を排出させて潰瘍の早期治癒を促す排膿湯とを合わせて、排膿散及湯という。吉益東洞が癰治療に好んで用いた処方。実際には清熱剤や補托剤を合わせて用いていた。したがって化膿性疾患において有名な処方ではあるが、排膿散及湯を単剤にて用いても効果の薄い場合が多い。
排膿散及湯:「構成」
芍薬(しゃくやく):枳実(きじつ):桔梗(ききょう):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):

⑤托裏消毒飲(万病回春)

 托(たく)とは際立たせるという意味。皮膚中の毒を表面に引き出し排膿へ導くことを托毒という。この処方はその名のとおり、裏の毒を引き出して消すという薬能を持つ。炎症が沈静化した病巣の膿を軟化させて排膿へと導く。同様の薬能を持つ処方に千金内托散があるが、托裏消毒飲には消炎剤である金銀花が入っているため、やや炎症が残存する病巣に対して用いられる。
托裏消毒飲:「構成」
黄耆(おうぎ):当帰(とうき):川芎(せんきゅう):防風(ぼうふう):厚朴(こうぼく):白芷(びゃくし):桔梗(ききょう):皀角刺(そうかくし):括呂根(かろこん):陳皮(ちんぴ):穿山甲(せんざんこう):金銀花(きんぎんか):

⑥千金内托散(太平恵民和剤局方)

 膿を軟化させて排膿へと導く補托・透托の代表方剤。「癰」であれば体表・体内に関わらず用いられることが多い。排膿後の潰瘍の治癒を早める薬能もあり、その適応範囲は広い。ただし炎症が未だ残存する場合に積極的な補托を用いると病巣を悪化させることがあるため注意を要する。山本巌先生はこの方に連翹・金銀花を加えて用いている。炎症が拡大しないようにする配慮である。
千金内托散:「構成」
黄耆(おうぎ):当帰(とうき):川芎(せんきゅう):人参(にんじん):防風(ぼうふう):厚朴(こうぼく):白芷(びゃくし):桔梗(ききょう):桂皮(けいひ):甘草(かんぞう):

⑦帰耆建中湯(瘍科方筌)

 江戸時代を代表する外科医である花岡青洲が、難治性の癰の治療のために作った処方。排膿後に潰瘍を形成した後、いつまでも治癒しきらない病巣に用いる。小建中湯に黄耆と当帰を加えるというシンプルな方剤ではあるが、その薬能は迅速。ただし当帰や桂枝などの温薬を含むため、炎症傾向のある物には用いない。
帰耆建中湯:「構成」
黄耆(おうぎ):当帰(とうき):桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):

⑧伯州散(大同類聚方)

 日本における陰証の「癰」ならびに慢性潰瘍の代表的な方剤。肉芽の新生が沈滞化し、いつまでも治癒しない潰瘍に用いる。使用法は内服・外用を問わない。皮膚膿瘍のみならず、腹腔内の膿傷や瘻孔、床ずれなどに対しても用いる。外用する場合には紫雲膏に混ぜると使いやすい。その効果は非常にすぐれていて『外科倒し』という異名をもつ。
伯州散:「構成」
鹿角霜(ろっかくそう):反鼻(はんぴ):津蟹(つがに)

臨床の実際

「癰(外癰)」は皮膚に生じた細菌感染で、その多くは毛嚢・皮脂腺の化膿性炎症です。「癰」の治療は漢方においては基本中の基本です。そのため、あらゆる化膿性皮膚疾患にこの「癰」治療の要領が応用されます。

「癰」治療の概要を簡単に示すと以下のようになります。

<「癰」治療の基本>

1)化膿性炎症の初期(発赤から膿瘍の形成)

「癰」の初期は、皮膚に腫瘍を生じ、患部が発赤して隆起してきます。炎症が強まると患部に熱感と痛みを伴い、腫瘍が拡大してきます。やがて膿ができ膿瘍を発生させますが、初期であれば未だ膿は堅く、その状態で徐々に拡大していきます。
このような時期、つまり未だ膿が硬く、皮膚表面に頭を出さず、膿の拡大が過渡期にある段階では、「消法」といって病巣を消散させる手法を用います。最も良く使われる処方は十味敗毒湯や荊防敗毒散、葛根湯などです。時に炎症が強いと全身の発熱や悪寒を生じることがあります。この場合は風邪の治療とまったく同じで、葛根湯などで汗をかかせることで病巣を消散させます。この方法を「汗法」といいます。
また消法は、炎症の勢いを早期に終息させる手法です。したがって炎症を「熱」と捉えてこれを抑制する治療を行います。これを「清法」といいます。炎症が強く、病巣拡大の勢いが顕著な場合には必ず行わなければならない手法です。黄連解毒湯や石膏などを十味敗毒湯や荊防敗毒散に合わせるのが一般的です。さらに「下法」といって、大黄や芒硝などの下剤を用いて炎症を抑制する手法もあります。面部や頭部の充血が強かったり、腹部の炎症を抑制する時に用いるべき手法です。

2)病巣の限局化から膿瘍の軟化

炎症の拡大傾向が終息してくると、病巣が限局化します。そして膿が未だ十分に軟化しておらず排膿していない時期では、膿を軟化させて排膿へと導く治療を行います。これを「托法(たくほう)」といいます。
最も良く用いられる方剤は、托裏消毒飲や千金内托散です。これらの処方の中には黄耆や当帰、白芷や桔梗といった膿を軟化させて排膿を促す薬物を配合しています。托裏消毒飲はさらに金銀花という清熱解毒薬が配合されているため、残存する炎症を抑えて膿の拡大を予防する薬能が付け加えられています。この時期の治療は炎症をちゃんと抑えきるということが重要で、炎症の勢いが残存していると托法によって炎症が悪化することがあります。したがって金銀花や連翹、時に黄連や黄芩といった清熱薬を炎症の程度にしたがって加減する必要があります。

3)膿瘍の破潰から潰瘍の形成

炎症の勢いが終息し、膿が十分に軟化し、膿瘍が自潰して排膿すると、病巣は潰瘍を形成します。通常であれば、病巣は肉芽の新生を経て潰瘍を自然治癒させていきますが、時に肉芽の新生がうまくいかず、いつまでも潰瘍が塞がりきらないという方がいらっしゃいます。また膿の排出が完全ではなく、病巣に膿を残存させることで感染を再発させてしまうケースもあります。これは自然治癒しようとする力の不足であったり、病巣の血行障害によって起こります。特に身体の虚弱な方やご高齢者に多くみられます。
このような完治できない潰瘍を治療する際に用いられる手法が「補法」です。十全大補湯や帰耆建中湯などが用いられます。特に帰耆建中湯は花岡青洲という江戸時代の名医が難治性の癰に対してつくったもので、非常にすぐれた効能を発揮します。先に述べた千金内托散もこの時期に用いることができます。
場合によってはこれらの方剤でも潰瘍が塞がりきらず、弱い炎症症状を慢性的に継続させてしまうことがあります。身体の新陳代謝の極端な衰えに起因し、これを「陰証(もしくは陰疽(いんそ))」といいます。伯州散はこの段階に用いる代表方剤です。日本における「陰証の癰」に用いる名方で、「外科倒し」と異名をとるほど優れた効果を発揮する方剤です。

4)潰瘍部のうっ血と患部の瘢痕化

また潰瘍部や病巣の周辺にうっ血があると、肉芽の形成がうまくいかず治癒をさまたげます。この場合には補法を行うとともに「駆瘀血剤」を用いて静脈のうっ血を解除し血流障害を是正する治療を行います。また潰瘍が塞がった後の皮膚に瘢痕(ケロイド)や痣(あざ)が残ることがあり、この場合にも駆瘀血剤が用いられます。桂枝茯苓丸・桃核承気湯・通導散などが代表方剤です。

<「癰」治療の実際>

以上が「癰」治療の基本です。先に述べたように、化膿性疾患であれば多くのケースでこの治療方法が応用されます。「癰」の各段階に対する適応方剤を上げていきましたが、これらの段階は常に綺麗に分かれているわけではありません。各段階が重なっていることも多いため、「癰」の治療には経験から学ぶコツが必要です。

●化膿を起こしにくい体質へ
また「癰」の治療には、さらに対応しなければいけない点があります。それは化膿性炎症を生じやすい体質を治療しなければ「癰」が完治しない、ということです。「癰」は一度治癒しても、再発することがあります。例えば中耳炎や副鼻腔炎、時に肛門周囲炎などは、一度改善しても風邪などをひけば容易に再発します。こういう方々には、化膿を生じやすい体質的な原因があります。

この原因は人によって異なりますが、それを的確につかみ、漢方薬にてその原因にアプローチしていくと、自然と「癰」を生じにくい体質が形成されていきます。化膿性疾患は抗生剤などによって昔に比べれば非常に治療しやすい疾患となりました。単発的な化膿であれば、これらの治療で問題ありません。しかし慢性経過する完治のしにくいケースにおいては、漢方治療を検討するべきだと思います。

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