耳鳴り・難聴

耳鳴り・難聴について

耳鳴り・難聴はお困りの方が多い症状です。治療を行っても改善しないというケースが多いからです。また完治は難しいと説明を受けられる方もいらっしゃいます。そのためこれらの症状は漢方治療をお求めになる方が多く、当薬局でも多くのご相談が寄せられます。

西洋医学的に完治が難しいと言われている耳鳴り・難聴であっても、打つ手がないわけではありません。中には漢方薬の服用により症状が激減することもあるため、諦めずに漢方治療を試してみるべきだと思います。ただし耳鳴り・難聴にはいくつかの種類があり、中には根治が難しいものもあります。したがってどのような状態に属しているのか、まずはそこから見極める必要があります。

耳鳴りについて

耳鳴りとは周囲の音ではなく、耳の中で発生している雑音を指します。非常に良く見られる症状で、一時的に起こり治療の必要なく自然と改善するものもあれば、長期的に継続し治療を行ってもなかなか改善しないものもあります。またその発生には様々な原因が関与しています。メニエール症や中耳炎や外耳炎などの感染症、また動脈硬化といった頭部血管系の問題などが関与している可能性もあります。さらに耳や頭部の問題にとどまらず、自律神経の失調や内分泌の乱れなど、より全身的な不調が関わって起こることも多いものです。耳鳴りは大きく以下の2種類に分けることができます。

〇拍動性耳鳴り
心臓の鼓動のように一定のリズムで脈打つタイプの耳鳴り。ドクンドクン・トクットクッなど血液が流れるような音と表現されることが多い。他覚的耳鳴り(診察や検査によって本人以外も聞くことのできる耳鳴り)に属する。高血圧や動脈硬化、片頭痛や貧血によって起こる。また原因に内耳腫瘍や脳動脈瘤・脳動脈奇形などが関与していることもある。これらの病は放っておくと命に関わることがあるため検査が必要である。ただし検査をしても原因がわからないことも多い。

〇非拍動性耳鳴り
一定の音色でリズムのない耳鳴り。拍動性耳鳴りに比べて頻度が高い。原因疾患としてメニエール病や中耳炎・外耳炎などの感染症がある。そして難聴を伴う耳鳴りの多くが非拍動性耳鳴りである。加齢やストレスにより難聴が進行すると、得られる音が少なくなるため脳が音に対する感度を上げ、今まで無視していた音を拾うようになる。したがって難聴自体が耳鳴りの原因になり得る。また自律神経の乱れや更年期におけるホルモンバランスの変化、さらに身体に継続する痛みなどがある場合にも耳鳴りが発生することがある。

総じて耳鳴りの原因は複数絡んでいることが多く、1つに絞ることが難しいものです。一つ一つの原因に対してアプローチしていかなければならず、さらに原因が不明なケースも少なくありません。そのため長引く耳鳴りであるほど、治療・根治が難しい症状だと認識されています。

難聴について

聴力が低下して音が聞こえにくい症状を難聴といいます。耳鳴りと同じように発生頻度が非常に高い症状で、日常生活に支障をきたす障害の中では、近視・遠視などの視力障害を上回る頻度で起こると言われています。難聴は以下のように分類することができます。

〇伝音性難聴
外耳・中耳の音を伝える伝音連鎖に問題があるもの。耳栓や耳を指でふさいだ時のような聞こえ方をする。耳垢の蓄積や中耳炎などの感染症、またボールをぶつけるなどによる鼓膜の損傷や先天性の奇形などによって起こる。薬や手術などによる治療によって治ることが多い。

〇感音性難聴
内耳や聴神経の音を感じる機能に問題があるもの。聞こえる音の範囲が狭まり、音がぼやけて聞き取りにくくなる。主となる原因は加齢や騒音そしてメニエール病などの病。突然難聴になってしまう「突発性難聴」も種別としては感音性の難聴に属している。感音性難聴は明確な治療方法があまりない。病院にて完治することはないと説明されることも多い。

〇混合性難聴
伝音難聴と感音難聴との両者が関わるもの。代表的なものが「老人性難聴」である。伝音性と感音性とのどちらが主となっているかにより治療方法が異なってくる。やはり感音性難聴が主となる場合では改善が難しくなる。

さらに難聴は発生の仕方などの特徴から以下のように分類されることもあります。

突発性難聴
朝目覚めると、当然片耳が聞こえなくなってしまう。今まで耳の疾患にかかっていなかった人が突然難聴になる病を「突発性難聴」といいます。付随する形で耳閉感や耳鳴り・めまい・吐き気などを伴うこともあります。

原因は未だにわかっていません。ウィルス感染説・内耳(蝸牛)循環障害説・ストレスとの関与(自律神経の乱れ)などが指摘されています。感音性難聴であるため治療の難しい難聴に属していますが、適切な治療により改善が可能です。治療は主にステロイド剤を投与し、時に血管拡張剤を用いることがあります。

早期発見・早期治療が原則で、発症してから約2日以内に治療を開始すると聴力が回復する人が多いと言われています。しかし一週間を超えると徐々に改善が困難になっていきます。充分に回復できなかった場合、その後遺症は非常に不快です。耳鳴りが残る場合、常に頭の中で音が鳴るため(頭鳴)生活に支障をきたすようになります。

ヘッドホン難聴
イヤフォンやヘッドホンで大音量の音を長時間効き続けることで起こる難聴です。内耳の蝸牛(かぎゅう)と呼ばれる部位の細胞が傷つくことで発症する音響外傷に属しています。難聴のみならず耳鳴りや耳閉感を生じることもあり、完治しないということも多いものです。このような難聴にならないためには、音量の調節と耳を休めることが大切です。

老人性難聴
難聴の中で最も頻度が高いのは、加齢に伴う難聴です。人は加齢とともにどうしても難聴が進んでいきます。音は内耳にある蝸牛(かぎゅう)の有毛細胞(音を感じ取る細胞)を通して感じていますが、この細胞は加齢とともに減少し、さらに一度完全に壊れてしまうと再生することがありません。また言葉を聞き分けるといった脳機能の低下も加齢とともに進んでいきます。老人性難聴は個人差こそあれ、このような老化現象によって進んでくるものと考えられています。また老人性難聴は突然起こるものではなく、さらにほとんどのケースで両耳に同時に起こります。一度減少した細胞を再生させることが難しいため難治性の難聴に属しています。

耳鳴り・難聴と漢方治療

耳という特定の部位に何らかの障害が起こって発生する耳鳴りや難聴は、早期に特定の原因を見極め、的確な対応を行うことさえできれば比較的容易に改善することができるものです。例えば中耳炎や外耳炎に伴うものや、メニエール病などの内耳の病などは、放っておかずに西洋薬をもってちゃんと治療しさえすれば、耳鳴りや難聴を残すことなく完治に至ります。

●耳部疾患のために起こる耳鳴り・難聴
ただしこれらの耳部の病では、西洋医学的治療を行っても再発を繰り替えしたり、慢性経過をたどる方がいらっしゃいます。その場合、これら耳部の病が完治しないだけでなく、耳鳴りや難聴・耳閉感などの不快な症状も完治せずに継続するようになってしまいます。漢方治療が有効なケースの1つは、このように耳部疾患が西洋医学的治療を行ってもいつまでの完治しないケースです。中耳炎や外耳炎、さらにメニエール病といった病は、西洋薬にて改善しない場合でも、漢方薬によって再発することなく完治することが可能です。そして実際にこれらの病がちゃんと完治すると、耳鳴りや難聴といった症状を残すことがありません。ただし長く患い続けていたメニエール病では、漢方治療によってめまい発作は起こらなくなっても耳鳴りだけが完治しないという場合があります。したがって早期治療を行うことが非常に重要です。

●より全身的な不調が強く関わることで起こる耳鳴り・難聴
また西洋医学的治療が難しい耳鳴り・難聴の特徴として、原因がわからないもの、原因が複数絡んでいるもの、蝸牛の損傷など不可逆的な原因によって発生しているもの、などがあります。突発性難聴から症状が慢性化してしまったケースや、老人性難聴などはこれらの理由により完治が非常に難しくなります。

さらに耳部だけではなく、より全身的な不調のために起こる耳鳴り・難聴に対しても西洋医学的治療が難しくなります。自律神経失調や更年期障害などの内分泌系の不調などが絡んでいるケースです。心療内科から抗不安薬をもらっている方や、婦人科にてホルモン治療を受けている方の中には、これらの治療を行っているにも関わらず耳鳴り・難聴が取れないという方がいらっしゃいます。当薬局に来局される方の中にも、このように耳鼻科から他科に回され、それでも良くならないという方が相当数おられます。

漢方治療が有意義なケースのもう1つは、このような全身的な不調を背景として耳鳴り・難聴を生じているケースです。つまり耳部疾患のみならず、自律神経の乱れや内分泌系の不調が背景にあり、それが耳鳴り・難聴の主たる原因に関与しているケースです。この場合、難治性の耳鳴り・難聴であっても、漢方治療によって劇的に改善していくことがあります。頭痛やのぼせ、めまいや動悸、不眠やイライラ・不安感・焦燥感といった他の症状も同時に改善していく傾向もあり、細部ではなく全体を調えるという漢方の特徴が発揮されながら耳鳴り・難聴が改善していきます。

耳鳴りや難聴は、複数の原因が関与している可能性が高いと言われています。であるならば、どのような耳鳴り・難聴であったとしても、全身的な体調の不具合が必ず関与しているといっても過言ではありません。つまり突発性難聴のように原因不明の難聴であったり、老人性難聴のように蝸牛の不可逆的な損傷を起こしている場合であっても、もし割合として自律神経や血流循環といった全身の乱れが強く関与しているのであれば、未だ漢方治療による改善の余地が残っています。実際にこのような難治性の症状であったとしても、細部にこだわらずカラダ全体の不調を是正していくつもりで薬方を選択すると、自然と耳部の症状も緩和されていくということは臨床的に良くあることです。

すべての耳鳴り・難聴が漢方治療によって改善可能である、ということまでは言えませんが、西洋医学的治療によって難しい耳鳴り・難聴であったとしても漢方治療によって改善が見込めるケースがある、ということは事実です。ただし漢方薬であればなんでも良いわけでは決してありません。全身状態を調えるにしても、基本を熟知しつつ融通無碍な薬方の運用が求められます。したがって耳鳴り・難聴にお困りの方は、必ず漢方専門の医療機関におかかりになってください。

参考コラム

まずは「耳鳴り・難聴」の漢方治療を解説するにあたって、参考にしていただきたいコラムをご紹介いたします。本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

コラム|【漢方処方解説】半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)

胃腸の弱い方の耳鳴り・難聴治療に用いれられる本方は、良薬であるにも関わらず、服用したけれども効かなかったと言われてしまう傾向があります。この処方が適応する胃腸の弱りとはどういうものなのか、また適応する症状の具体像とは何か。本方の特徴と運用のコツとを解説していきます。

【漢方処方解説】半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)

使用されやすい漢方処方

①大黄黄連瀉心湯(だいおうおうれんしゃしんとう)
②桃核承気湯(とうかくじょうきとう)
③釣藤散(ちょうとうさん)
④抑肝散(よくかんさん)
⑤小柴胡湯(しょうさいことう)
 大柴胡湯(だいさいことう)
⑥柴蘇飲(さいそいん)
⑦柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)
⑧桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)
⑨苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)
⑩半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)
⑪蔓荊子散(まんけいしさん)
⑫滋腎通耳湯(じじんつうじとう)
⑬八味地黄丸・腎気丸(はちみじおうがん・じんきがん)
 六味丸(ろくみがん)
※薬局製剤以外の処方も含む

①大黄黄連瀉心湯(傷寒論)

 「瀉火(しゃか)」の基本方剤。ある一種の異常興奮状態を古人は「火」と呼んだ。本方は上部にのぼる火を鎮めることで興奮を冷まし、ほてり・イライラ・耳鳴りなどを改善する薬方である。突発的にイライラして頭から上に血がのぼり、顔や首のほてりや熱感を伴いながら、頭痛や耳鳴りが起こる者。鼻血を出す者もいる。適応すると即効性をもってこれらの症状を沈静化させることができる。ただしすべての興奮状態がこの処方で沈静化できるわけではない。火証の見極めが肝要である。
大黄黄連瀉心湯:「構成」
大黄(だいおう):黄連(おうれん):

②桃核承気湯(傷寒論)

 上述のように、のぼせて顔に熱感を生じやすいなど頭部(首から上)に充血を生じやすい者では、大黄黄連瀉心湯のような黄連剤が良く用いられる。それと同時に良く用いられる手段の一つが、本方を中心とした駆瘀血剤(くおけつざい)の運用である。「瘀血(おけつ)」とは一種の循環障害で、血の詰まりと着想されることが多い。身体に血の詰まりがあるために、下半身に血がめぐらず、上部に溜まりやすい状況を形成すると考えられている。このような体質者に本方を用いると、気持ち良く通じがつくことで、頭部の充血が消える。そしてほてりや頭痛・目の充血などがさっぱりするとともに、耳鳴りや難聴が消えるという改善の仕方をする。特に更年期の女性や、頸や頭部外傷後の耳鳴り・難聴において瘀血が絡むことが多い。
桃核承気湯:「構成」
大黄(だいおう):芒硝(ぼうしょう):桂枝(けいし):甘草(かんぞう):桃仁(とうにん):

③釣藤散(普済本事方)

 本方は温胆湯(うんたんとう)という方剤を基礎とし、胃気を和して興奮を鎮め、上部に鬱滞する熱を去る薬方である。また上部に熱が蓄すると、脈中の陰分を損ないやすく、血管が詰まりやすくなる。そのため本方は清熱とともに滋陰の薬能を備え、身体上部の循環を促す薬能を持つ。その適応を示す資料としては、『症候による漢方治療の実際』における大塚敬節先生の解説が有名である。早朝目が覚めた時に頭痛し、動いているうちに忘れる。早朝の頭痛でなくても、のぼせて肩がこり、フワフワしためまい感を訴え、耳鳴りや目の充血があり、瞬きが多く目がくしゃくしゃするという方。大塚先生は脳動脈の硬化に基づくものと示唆しているが、臨床的にも確かにと感じる所がある。
釣藤散:「構成」
半夏(はんげ):生姜(しょうきょう):陳皮(ちんぴ):茯苓(ぶくりょう):人参(にんじん):麦門冬(ばくもんどう):甘草(かんぞう):菊花(きくか):石膏(せっこう):防風(ぼうふう):釣藤鈎(ちょうとうこう):

④抑肝散(保嬰撮要)

 本方は自律神経失調や脳神経疾患(脳血管障害後遺症やパーキンソン病、アルツハイマー)などへの適応で有名であるが、首から上の循環障害、特に頭痛や耳鳴りなどに対しても非常に優れた効果を発揮する。本方の運用については和田東郭の口訣が有名で、「多怒・不眠・性急」とその適応を端的に示している。緊張して手足が冷え震える傾向があり、寝つきが悪くイライラしやすい者。青筋を立てて怒るというような者によい。内風をしずめる釣藤鈎を含むところが本方の特徴。怒気は風にて巻き上がると頭でこじれる。頭部でうず巻き絡まる風をひも解く薬能がある。耳鳴りや卒倒するようなめまい感を伴う者。黄連を加える時もある。東郭は本方にかならず芍薬を加えて用いていた。
抑肝散:「構成」
当帰(とうき):川芎(せんきゅう):茯苓(ぶくりょう):白朮(びゃくじゅつ):甘草(かんぞう):柴胡(さいこ):釣藤鈎(ちょうとうこう):

⑤小柴胡湯・大柴胡湯(保嬰撮要)

 柴胡剤は亜急性・慢性の炎症に対して無くてはならない方剤である。特に小柴胡湯と大柴胡湯とは再発性・慢性経過する中耳炎に効果を発揮する。長引く中耳炎では耳漏(じろう:みみだれ)と同時に耳鳴りや難聴、めまいなどの生じることがある。このような長期化する中耳炎に起因する耳鳴りや難聴であれば、各種柴胡剤をもって中耳炎を改善すれば自ずと消失するものである。ただしこれらの柴胡剤は各種の加減をもって対応することが重要。炎症が強い場合には黄連解毒湯などの黄連剤、また排膿消腫の薬能を持つ桔梗・石膏・薏苡仁などの加えて用いることが多い。また小柴胡湯は中耳に分泌液が溜まる滲出性中耳炎に対しても効果を発揮する。香蘇散や五苓散、苓桂朮甘湯などを合方することが多い。
小柴胡湯:「構成」
柴胡(さいこ):黄芩(おうごん):半夏(はんげ):人参(にんじん):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):
大柴胡湯:「構成」
柴胡(さいこ):黄芩(おうごん):半夏(はんげ):芍薬(しゃくやく):枳実(きじつ):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):大黄(だいおう):

⑥柴蘇飲(本朝経験方)

 小柴胡湯と香蘇散との合方。鼻炎・副鼻腔炎や中耳炎などに応用されることが多い。近世日本において作られた合方であるが、小柴胡湯による清熱作用と香蘇散による理気利水作用とのバランスが非常に秀逸な処方である。特に滲出性中耳炎やアレルギー性鼻炎などにおいては無くてはならない方剤。さらに胃に優しく副作用の心配がほとんどなく、安心して服用できる。
柴蘇飲:「構成」
柴胡(さいこ):黄芩(おうごん):半夏(はんげ):人参(にんじん):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):香附子(こうぶし):陳皮(ちんぴ):紫蘇葉(しそよう):

⑦柴胡加竜骨牡蛎湯(傷寒論)

 自律神経の過敏・興奮状態に起因する耳鳴りに適応する処方。漢方には自律神経の乱れを調える多くの薬方がある。その中でも本方は一種の興奮の極まりに対して運用する方剤である。自分でもどうしてしまったんだろうと感じるほどに、心身ともに強い過敏状態に陥ってしまった者。一つのことが気になりだすと止まらず、不安になっていてもたってもいられなくなる。動悸して息苦しく、小さな物音が気になって眠れない。横になっても身の置き所がなく、手足がはばったく重い。甚だしいと手足に力が入って上手く動かせず、胸脇部が苦しく体をよじって伸ばしたくなると訴える。動悸や息苦しさ・耳鳴り・難聴・めまい・不眠・不安感・焦燥感・イライラなど様々な症状を出現させる病態に適応する。実はそのまま服用してもあまり効果がない。上手く使うには合方も含めてコツがいる処方である。体格充実した者に適応するという解説もあるが、私見では体格は関係ない。とにかく「胸満煩驚(きょうまんはんきょう)」という病態に陥っているかどうかが運用のカギとなる。
柴胡加竜骨牡蛎湯:「構成」
柴胡(さいこ):半夏(はんげ):人参(にんじん):黄芩(おうごん):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):桂皮(けいひ):茯苓(ぶくりょう):竜骨(りゅうこつ):牡蛎(ぼれい):大黄(だいおう):

⑧桂枝加竜骨牡蛎湯(傷寒論)

 柴胡加竜骨牡蛎湯と同じように自律神経の過敏・興奮状態に適応する処方。耳鳴りや難聴・動悸や息苦しさ・フワフワ浮くようなめまい・不安と焦りが強くじっとしていられない・寝つきが悪くて眠りが浅く、夢を見やすいなど。適応症候だけを並べれば柴胡加竜骨牡蛎湯と類似しているが、両者では運用に明らかな違いがある。本方適応の主眼は「虚労(きょろう)」である。自律神経の乱れを伴う一種の疲労状態で、本方は虚を補い疲労を回復させながら自律神経の安定を図る。柴胡加竜骨牡蛎湯の主眼は「胸満煩驚」である。あくまで強い自律神経の過敏さに適応する。両者の違いを虚・実と解説するものも多いが、体格の大小や正気の虚実によってのみ判断できるものではない。桂枝加竜骨牡蛎湯の虚は「虚労」の虚であり、柴胡加竜骨牡蛎湯の実は過敏・興奮状態の極まりを指す。
桂枝加竜骨牡蛎湯:「構成」
桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):竜骨(りゅうこつ):牡蛎(ぼれい):

⑨苓桂朮甘湯(金匱要略)

 身体の水分代謝が乱れ、各部に水が貯留して巡らなくなる病態を「飲病(いんびょう)」という。本方はその主方にて、耳部の水液循環を促すことで、耳鳴りや難聴を改善する薬能を持つ。特に滲出性中耳炎やメニエール病など、中耳や内耳に水が溜まる疾患に伴う耳鳴り・難聴・耳閉感に広く応用される。本方の類方に属する苓桂味甘湯や茯苓沢瀉湯なども、同じくこれらの病態を改善し得る方剤である。これら一連の処方群は、生薬1つ2つの違いしかない。しかしこの細かな構成の違いにより薬能が大きく変化する。その違いを見極めた上で的確に病態に合わせることが重要。それにより最も変化するのは即効性である。
苓桂朮甘湯:「構成」
桂枝(けいし):甘草(かんぞう):茯苓(ぶくりょう):白朮(びゃくじゅつ):

⑩半夏白朮天麻湯(脾胃論)(医学心悟)

 半夏白朮天麻湯には2種ある。一般的に解説されているのは『脾胃論』の方剤であり、胃腸が弱い方のめまいの方剤として有名。天麻などの熄風薬を含むことから、耳鳴りに対しても応用される。解説の多くがメニエール病に適応するとしているものの、実際にはメニエール病の発作時に見られるような激しいめまいや耳鳴りを改善する薬方ではない。水の偏在にて頭部に水が溜まるも、同時に水(津液)の不足も強く介在させているような状況に用いる薬方である。水の不足が絡んでいるため、頭部に溜まる水にも勢いはない。したがって平素から胃腸が弱い方でメニエールが長引き、発作はそれほど起きないがいつまでも頭がさっぱりとせず、耳鳴りが継続しているという段階で用いる場がある。
 これに比べると『医学心悟』の半夏白朮天麻湯には切れ味がある。小半夏加茯苓湯という支飲の治剤に、耳鳴りや頭痛を鎮める熄風薬である天麻が配合された本方は、いわゆる半夏適応の体質者に運用するべき機会がある。半夏の本質的な薬能は降気・利水であり、外・上部に張り出す気味のある浮腫に適応する。下半身は細いが上半身に肉が付きやすいという者。それほど胃の弱さを自覚せず、過食の傾向があり食後にめまいの発作が生じやすいという者。発作時に強い耳鳴りを伴いやすく、動脈硬化や高血圧の傾向があるという者。沢瀉を加えることが多い。第一選択的に用いられることは少ないが、他剤で効果がないという時に知っておくべき方剤である。
半夏白朮天麻湯(脾胃論):「構成」
半夏(はんげ):生姜(しょうきょう):茯苓(ぶくりょう):陳皮(ちんぴ):白朮(びゃくじゅつ):蒼朮(そうじゅつ):沢瀉(たくしゃ):天麻(てんま):麦芽(ばくが):神麹(しんぎく):黄耆(おうぎ):人参(にんじん):黄柏(おうばく):乾姜(かんきょう):
半夏白朮天麻湯(医学心悟):「構成」
半夏(はんげ):生姜(しょうきょう):茯苓(ぶくりょう):陳皮(ちんぴ):白朮(びゃくじゅつ):天麻(てんま):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):

⑪蔓荊子散(万病回春)

 出典に「上衝熱、耳内膿を生じ、或は耳鳴りて聾するを治す。」とあるように、慢性中耳炎にていつまでも耳漏が止まず、抗菌剤などのあらゆる薬で完治しないという場に用いて著効することがある。また現症として中耳炎は起きていないが、若い頃に中耳炎を繰り返していた既往があり、年齢とともに耳鳴り・難聴が出てきたという者に用いて良い場合がある。陰虚生熱(いんきょしょうねつ)に用いる方剤であり、浅田宗伯は「老人婦女血燥より来る者に宜し」と解説している。
蔓荊子散:「構成」
蔓荊子(まんけいし):柴胡(さいこ):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):桑白皮(そうはくひ):菊花(きくか):升麻(しょうま):麦門冬(ばくもんどう):地黄(じおう):茯苓(ぶくりょう):木通(もくつう):

⑫滋腎通耳湯(万病回春)

 出典の『万病回春』において「耳は腎の窮(きゅう)なり、腎虚すればすなわち耳聾して鳴るなり。」とあり、その主方として本方が上げられている。腎は加齢とともに弱りを見せる臓と考えられており、そういう意味で老人性難聴に本方が頻用されている傾向がある。ただし、本方は老人性難聴の特効薬ではなく、あくまで「陰虚生熱(いんきょしょうねつ)」に対する薬方である。
 人体は老化とともに皮膚や粘膜に潤いを失う。そして潤いを失った結果、相対的に火熱が高まり、熱症状を発生させる状態を「陰虚生熱」という。したがって本方は熱(炎症)症状に伴う耳鳴り・難聴に対して効果を発揮する。単に加齢というだけでなく、むしろ中耳炎が長期的に長引いていたり、更年期や加齢とともに治りにくかったりする病態に適応するものである。上記の蔓荊子散と大同小異の処方であるが、身体痩せ明らかに陰虚の体質を持つものであれば本方の方が適応となりやすい。胃腸の弱い者には不適。
滋腎通耳湯:「構成」
当帰(とうき):川芎(せんきゅう):地黄(じおう):芍薬(しゃくやく):知母(ちも):黄柏(おうばく):黄芩(おうごん):柴胡(さいこ):白芷(びゃくし):香附子(こうぶし):

⑬八味地黄丸・腎気丸(傷寒論)六味丸(小児薬証直訣)

 老化に伴う耳鳴り・難聴は多くの解説で「腎虚(じんきょ)」と解説されている。そして腎虚に対する補腎薬として、八味地黄丸(腎陽虚証)や六味丸(腎陰虚証)がしばしば用いられている。しかしこれらの方剤で改善する耳鳴り・難聴は非常に少ない。老人性難聴において腎虚という病態は必ずしも主たる病態ではないのである。もしこれらの処方にて改善を図るのであれば、加齢・耳鳴り・難聴という要素だけではなく、八味地黄丸や六味丸が適応となる他の根拠が必要である。これらの処方の本意を理解した上での運用が求められる。
八味地黄丸:「構成」
地黄(じおう):牡丹皮(ぼたんぴ):山薬(さんやく):山茱萸(さんしゅゆ):茯苓(ぶくりょう):沢瀉(たくしゃ):桂枝(けいし):附子(ぶし):
六味丸:「構成」
地黄(じおう):牡丹皮(ぼたんぴ):山薬(さんやく):山茱萸(さんしゅゆ):茯苓(ぶくりょう):沢瀉(たくしゃ):

臨床の実際

耳鳴り・難聴治療の解説を行う前に、まず知っておいていただきたいことがあります。「腎」と「耳」との関連についてです。

「耳=腎」の本音
漢方における耳鳴り・難聴治療を述べるにあたり、どこでも必ず出てくる言葉があります。「腎虚(じんきょ)」です。漢方では「腎は耳に開窮(かいきゅう)する」という有名な格言があります。聴力は腎の機能が主に関与しているという意味です。そして中国明代に書かれた『万病回春』に「耳は腎の窮(きゅう)なり、腎虚すればすなわち耳聾して鳴るなり。」とあり、これが通説となりました。したがって耳鳴り・難聴では必ず「腎虚」を疑い、八味地黄丸や六味丸などの補腎薬を使うことが定石とされてきました。

腎は老化現象に関連が深い臓とされています。そのため老化とともに耳が遠くなるという現象の根拠を「腎は耳に開窮する」という格言に求めたわけです。腎という概念は、確かに人体の老化を説明することを可能にしました。ただし「老化して腎虚すれば耳聾する」とは言っていますが、「老化して耳聾するのは(すべて)腎虚である」とは一言もいっていません。年齢とともに腎が弱る傾向があったとしても、加齢によって発生する病態・症状がすべて腎に帰結するとは言ってはいないのです。そのため腎を補えば誰でも老化が予防できるかというと、決してそうではありません。

さらに死に向かわない人はいないという生命の原則から考えれば、老化という現象はどのように予防しても必ず進行するものです。つまりいくら補腎を行ったからといって、すべての老化現象が予防できるわけではありません。補腎薬として有名な八味地黄丸(通称・腎気丸)は確かに老化に伴う諸症状の改善・予防には用いられますが、ある独特な老化の流れに属するものにのみ効果を発揮します。実際には老人性難聴の原因にいくら強く腎虚が絡んでいたとしても、八味地黄丸や六味丸を一律的に服用したところでほとんど効果は上がりません。

「腎は耳に開窮する」という格言は、あくまで老化に伴う難聴という生理現象の根拠にはなっても、さまざまな病理が重なりあう実際の臨床において、その治療の根拠にはならないのです。そしてもし主たる原因が老化に伴う腎虚であったとしても、生理的な老化現象である以上はすべてが改善できるわけではありません。これが臨床の現実だと思います。

私自身の経験から言えば、今まで漢方治療によって明らかに効果があったと感じられる耳鳴り・難聴において、補腎を行ったことは一度もありません。今までの定石・通説を熟知しながらも、それに拘泥しない処方運用が非常に大切だと思います。以下にその一旦を解説してみたいと思います。

<耳鳴り・難聴における漢方治療の実際>

漢方にて耳鳴り・難聴を治療する上で弁別しなければいけない病態は、大きく2つあります。「炎症が介在するケース」と「耳部の循環障害が主として絡むケース」です。

1.炎症が介在するケース

中耳炎など耳部に炎症が介在するケースでは、耳部の痒みや痛み・耳だれなどの症状と伴に、耳鳴り・難聴が発生することがあります。一時的な炎症なのであれば、抗菌剤の服用により迅速に改善することが多いものです。

●再発性・慢性経過する中耳炎に漢方治療が有効
ただし一時的に良くなっても、これらの炎症を何度も再発させ、そのたびに抗菌剤を使い西洋薬を手放せないという方がいらっしゃいます。また抗菌剤が効きにくく、服用してもいつまでも炎症を継続させてしまうという方もいます。このような「慢性中耳炎」や「再発性中耳炎」では漢方治療が非常に有効です。また喘息の方に併発しやすい「好酸球性中耳炎」という難治性の中耳炎においても、漢方治療が非常に有効だと感じます。いつまでも改善せず、再発させやすかった耳部の状態が、漢方薬によって完治するということがしばしば起こります。さらに抗菌剤との併用も問題ありません。むしろ抗菌剤の副作用(胃腸障害)を予防しつつ、抗菌剤の効果を高めることができます。中耳炎では病巣がいつまでも完治しない、もしくは治っても耳部の弱さを残し、耳閉感や耳鳴りが残ってしまうという方が多い印象です。漢方薬を的確に選択し服用すると、このような弱さを残すことなく完治せしめることができます。

中耳炎の治療では、その段階に合わせて以下のように薬方を選択していくことが基本です。各種炎症性疾患、特にオデキのような化膿性炎症を治療する手段と基本は同じです。ここでは簡単にその方針を示していきます。

●急性炎症期から亜急性期にかけて
中耳炎の初期、炎症が活発に行われている段階では「耳の痛み」が主になります。炎症所見に対して急性期では「発表法」、亜急性期には「和法」を用いることが一般的です。発表法を行う方剤としては葛根湯の加減や荊防敗毒散を用います。中耳炎は外耳炎に比べてより身体内に近い部に炎症が発生しますので、急性炎症期から亜急性へと速やかに移行していく傾向があります。そのためこれら発表剤よりも和法を用いる機会が自然と多くなります。和法の主方は「柴胡剤」です。小柴胡湯や大柴胡湯の加減が用いられます。また炎症が強いようなら「清法」を行う必要もあります。柴胡剤に黄連解毒湯を合わせたり、清上防風湯や加減涼膈散を選用します。

●慢性および再発性の中耳炎
慢性経過する中耳炎ではより広く薬方を選択することが必要です。中耳炎を長引かせる方にはいくつかの体質的な特徴があり、それを見極めた上で薬方を決定する必要があるからです。「熱・実」に属するタイプでは炎症を抑えつつ、熱証を生じやすい体質自体の改善を図ります。大柴胡湯や荊芥連翹湯、柴胡清肝散や竜胆瀉肝湯などをもって対応します。また炎症がより長期継続しやすい体質として「陰虚」があります。滋腎通耳湯や蔓荊子散料が用いられます。

逆に「寒」や「虚」に属する慢性中耳炎もあります。「熱・実」と「寒・虚」とは治療手法がまったく逆になります。したがってこれを間違えると効かないばかりか、悪化させることもあるため注意が必要です。「寒・虚」に対してはその程度に従い小柴胡湯加減・托裏消毒飲・千金内托散・帰耆建中湯などを選用します。また当帰芍薬散や十六味流気飲などの活血剤を用いることもあります。

中耳炎に伴う耳鳴り・難聴は、慢性経過していたとしても適切に治療できれば比較的容易に改善することが可能です。皮膚炎や膿瘍といった他の炎症性疾患の治療と基本は同じです。むしろこの基本を忠実に実践できるかどうかが勝負になります。

2.耳部(内耳)の循環障害が絡むケース

耳は目や口と異なり常に開かれた器官です。したがって刺激に対して自らの状態を常に維持し続けるための機構を備えています。内耳の中はリンパ液に満たされています。そして得られた音を振動として蝸牛管内に伝え、後に電気信号として脳に音を伝えます。また中耳や内耳は常に血液が循環することで栄養を受け取っています。そうすることで器官のしなやかさを常に保っているわけです。このようなリンパ液・血液の正常循環は、耳が自らの機能を失わずにいるために非常に重要な役割を担っていると考えられています。

何らかの理由で中耳・内耳のリンパ液・血液の循環障害が起こると、耳の機能が損なわれて病を発症させます。メニエール病は内耳のリンパ液が過剰になる(むくむ)ことで発生し、突発性難聴は内耳(蝸牛)の循環障害に起因するという説があります。これらの西洋医学的な考察は漢方治療においても通じるものがあります。すなわち、耳鳴り・難聴を改善する薬方として、身体の水の偏在を是正する方剤や、血行を促す薬、さらに乾きを潤す方剤をもって対応するケースが多いのです。そして実際に難治性の耳鳴り・難聴であったとしても、血流や水分の循環を促す薬方を服用することで改善へと向かっていく傾向が出てきます。

1)水飲が絡むもの

難聴や耳鳴りの原因として、中耳・内耳の水分代謝異常(浮腫)が関わる代表的な病には、滲出性中耳炎やメニエール病があります。漢方ではこのような身体の水分代謝を「水飲(すいいん)」と呼びます。古くは飲んだ水(飲水)が身体をめぐらず、どこかに貯留・滞留してしまうという着想をもってこのような名で呼ばれたのだと思います。水の滞留の仕方、貯留する部位によって、水飲は4つに分類されますが、これらの疾患においては特に「支飲(しいん)」と「痰飲(たんいん)」に属することが多く、これらの方剤をもって対応することで耳部の浮腫がしばしば改善されます。

滲出性中耳炎
滲出性中耳炎とは中耳つまり鼓膜の内側に貯留液が溜まる病です。耳閉感(耳が塞がったような感じ・耳の中に水が溜まっている感じ)がいつまでも消えず、そのために難聴にもなります。通常の中耳炎とは異なり耳の痛みは起こりません。小児に起こりやすいこの病は、耳と鼻とをつなぐ耳管によって中耳の換気が出来ていないことに起因します。そして急性中耳炎や風邪を引いた後に、そのまま治りきらずにこの状態になるというが一般的なパターンです。

去痰剤・抗アレルギー薬・抗菌剤・ステロイド剤などで治療を行いますが、これらの治療を3か月以上行っても改善が見られない場合には手術が検討されます。しかし私見では手術を行なう前に漢方治療を検討してみるべきだと思います。滲出性中耳炎では中耳に残存する炎症を抑え、粘膜から滲出液を漏出しにくくし、さらに耳管の働きを促して通気して中耳に水を溜まりにくくするという治療が必要です。漢方にはこれらの薬能を総合的に備えた処方が多く存在します。柴蘇飲加減や苓桂朮甘湯・苓桂味甘湯の加減が用いられることが多く、さらに状況に応じて小青竜湯や麻黄附子細辛湯などが用いられます。また時にアデノイド肥大などがあって上気道感染を起こしやすい方の中に滲出性中耳炎を繰り返す方がいます。その場合は柴胡清肝散(一貫堂)が効くことが多く、いわゆる解毒証体質者であればほぼ一律的に使用したとしても効果を発揮します。

滲出性中耳炎でおこる耳閉感・難聴は、中耳に水が溜まらない状態になれば改善します。炎症を生じやすい・耳管が詰まりやすいといった体質的傾向が発症の原因に大きく関わっている病であるという印象です。漢方薬ではそのような体質自体にアプローチすることができるため根本治療に近く、それ故に有効性が高いのだと思います。

メニエール病
メニエール病は内耳に水が溜まる疾患です。世界がぐるぐる回るようなめまいや吐き気、まるで船酔いしているような状態が主たる症状ですが、同時に耳鳴りや難聴を起こすことが多い疾患です。メニエール病にて発生する耳鳴り・難聴は発作時に強く起こり、そうでない時は消えるというパターンもありますが、発作を長期間繰り返していくうちにずっと耳鳴り・難聴が継続してしまうという状態になることがあります。

正直に言えば、長期間わずらっているメニエール病による耳鳴り・難聴の治療は非常に難しくなります。めまいと吐き気の改善はそれに比べれば比較的容易です。的確な漢方治療さえ行うことができれば、ほとんどのケースでめまいの発作を消失させ、めまいを起こさない状態へと改善することができます。しかし長期的にメニエール病をわずらい、継続的に発生している耳鳴り・難聴は、たとえめまいが改善し発作が無くなったとしても残存してしまうことが多いという印象です。したがってメニエール病では早期に治療を行うことが非常に重要です。我慢して放っておいてしまうと、このような耳部の不快な症状が残ってしまいますので、できるだけ早く適切な治療を行うようにしてください。
※具体的な治療法などはこちらの項目をご参照ください→メニエール病

2)自律神経の興奮・過緊張が絡むもの

耳鳴りや耳閉感・難聴は一時的に生じることの多い症状です。病としてではなく、例えば気温や気圧の影響、心理的なストレス、寝不足などが影響して一瞬だけ生じるということは誰にでも起こります。自律神経は身体の血行循環を調節していますので、このような影響により一時的に自律神経が乱れれば、耳部の血行状態が変化して耳鳴りなどの症状が起こります。

一時的に乱れるだけならば病ではありません。そのまましばらくしていれば自然と治ります。しかし持続的に自律神経が乱れている方や自律神経が敏感に反応しやすい方では、耳鳴りや難聴が継続してしまうことがあります。自律神経は身体に備わる壮大なネットワークで、非常に複雑に関連し合っているため未だに分かっていないことが多く存在します。したがって一度乱れると西洋薬をもって調節するということが難しくなります。さらに未だ不明な部分が多いため、どのように・どの程度乱れているかということを客観的に判断することが難しく、そのため自律神経の乱れが関与しているにも関わらず、それを把握できない・対処できないということがままあります。

●自律神経の調節と漢方
治療の難しい自律神経の乱れですが、漢方ではむしろ得意分野と言っても過言ではありません。細部ではなく全体を観ることで身体を把握する漢方だからこそ、自律神経を調節することが可能なのだと思います。他の疾患・症状でも言えることですが、漢方は総じて自律神経の乱れに対しては西洋医学的治療よりも有意義な効果を発揮することが多いものです。例えば何らかのストレスで一時的にイライラが爆発し、血圧が高くなって首から上がカーッとのぼせ、同時に強い耳鳴りが発生した、などというような場合であれば即効性をもって効果を発揮します。また長期的に自律神経を乱し、身体が過敏になっている方では、気持ちがリラックスして良く眠れるようになり、不安感や焦燥感が緩和されているとともに、耳鳴り・難聴が緩和してくるということが良く起こります。

●多くの耳鳴り・難聴に自律神経の乱れが関与している
先述のように、耳鳴りや難聴はその原因の把握が難しく、さらに複数の原因が関与していることが多いと言われています。逆に言えば、どのような耳鳴りや難聴であっても、その原因に自律神経の乱れが関与していないと断定することもまた難しいということです。実際に難治と言われる長期化した突発性難聴や、不可逆的と言われる老人性難聴においても、自律神経の乱れが関与している場合があります。そして自律神経の乱れが原因の主として関与しているのであれば、難治性の耳鳴り・難聴であったとしても漢方治療によって改善するケースがあります。

●具体的治療「火・風・胃気不和・虚労」
自律神経の過緊張と興奮は頭部に充血や虚血を起こします。手・足・頭部は身体の末端であり、自律神経が乱れた時に血行障害が起こりやすい部位です。頭部の血行障害が起こると耳部の循環・耳から脳への神経伝達が失調します。そのため自律神経の乱れから耳鳴りや難聴が起こるのだと考えられます。

東洋医学では頭部の充血により発生する症状を「火」や「風」と着想します。例えばイライラして頭から上に血がのぼり、顔や首のほてりや熱感を伴いながら頭痛や耳鳴りが起こるものは「火」です。心火や肝火と呼ばれ大黄黄連瀉心湯や竜胆瀉肝湯・加味逍遥散加減などの清熱瀉火剤が用いられます。また木の枝がざわめくような耳鳴りを感じる方もいます。強いと卒倒するようなめまいを伴い、まるで嵐の中にいるような感覚をおぼえます。「風」と着想される耳鳴りであり、釣藤鈎や天麻といった熄風薬(そくふうやく)を用いて耳鳴りを止めます。これらはともに自律神経の異常興奮状態を沈静化させる薬能を発揮します。したがって耳鳴り・難聴のみならず、イライラや焦燥感・のぼせや火照り・動悸や不眠といった興奮症状が伴っていることが目標になり、さらにこれらの症状が同時に改善されてくる傾向があります。

しかし現実的にはこれら瀉火薬や熄風薬だけではなかなか改善が難しい場合があります。より深く、自律神経が乱れている原因に対してアプローチしていかなければならないケースです。様々な病態がその原因となり得ますが、特に多いのが「胃気不和(いきふわ)」と「虚労(きょろう)」です。

消化管に不調和がある場合、人体は深くリラックスすることができなくなり、興奮や緊張のスイッチが切れなくなります。この病態を「胃気不和」といいます。胃腸機能を是正すると自然と体がリラックスする状態へと移行していきます。つまり漢方における胃腸薬は、同時に自律神経を安定させる作用を内包しています。六君子湯や香蘇散、逍遥散や柴胡桂枝湯といった処方は胃薬であるとともに、興奮を落ち着け身体をリラックスさせる薬でもあります。自律神経の安定を図る場合は、このような身体の関連を包括して治療することが必要になります。

また一種の疲労状態は身体の興奮を継続させ、リラックスしようとする力自体を弱めます。これを「虚労」といいます。「虚労」では自律神経の乱れとともに、朝起きても疲れが取れない・仕事をしていても持続力がなくすぐ横になりたくなる、などの疲労倦怠感を伴います。もしこのような疲労状態が関与している場合には、耳鳴りや難聴・不安感や動悸・不眠などの自律神経症状を前面に出していたとしても、疲労を去る処方を使わなければなりません。そして疲労が取れるとともに、不思議と比較的迅速にこのような自律神経症状が消失します。

突発性難聴
突発性難聴は朝起きると急に片耳が聞こえなくなるというのが典型例です。耳が塞がった感じ(耳閉感)や耳鳴り・めまい・吐き気を伴うこともあります。早期の治療が重要なこの病は、一週間以内に治療を行うことができない場合、その後に難聴を残すケースの多い疾患です。そして残ってしまった難聴は西洋医学的治療では改善が難しくなります。したがって漢方治療のお求めの多い疾患の一つで、どうにか治したいと藁にもすがる思いでご相談をいただくことがしばしばあります。

治療が難しいと言われるこの疾患ですが、漢方治療によって回復することの多い疾患でもあります。この病は未だに原因が不明とされていますが、おそらく耳部の循環障害が主として関わっているのではないかと感じられます。実際に今まで述べてきた治療、すなわち水飲を去り、自律神経の乱れを調えることで全身の血行循環を改善すると、難聴が徐々に改善してくるということが良く起こります。これは耳部の状態だけを見ていても治療することができません。からだ全体を把握することで、初めて血行循環がどのように悪くなっているのかが見えてきます。そして突発性難聴を生じ、それを長期継続させている方では、明らかに全身の循環の乱れを起こしている方が多いという印象があります。

老人性難聴
ある意味で耳や目などの感覚器は消耗品です。内耳にある蝸牛の音を感じる細胞(有毛細胞)は、一度破壊が起こると再生することがありません。強い音波や加齢、循環障害などによりこの細胞は破壊され、減少していきます。そして漢方においても、一度壊れてしまった細胞を再生させることは、正直に言って難しいと思います。

ただしこのような再生不能の耳鳴りの中には、一部症状の改善が見込めるものもあります。治療前の段階からそれを見極めることは難しいのですが、病院にて治らないと言われた老人性難聴が、漢方薬服用後に改善を見ることが実際にあります。破壊され減少した有毛細胞が再生しているわけではないと思います。おそらく耳部の循環が促され、未だ破壊されていない有毛細胞の感知能力が高まるのか、もしくは脳血流が促されることで音の認知能力が高まるためではないかと思います。

人は加齢とともにどうしても皮膚や粘膜の潤いを減少させていきます。特に耳などの感覚器は柔らかくしなやかな活動が求められますので、潤いがなくなると乾いたゴムのように硬くなり、そのために感知能力が減少していきます。漢方には循環を促しつつ、潤いを補うという処方があります。老人性難聴においては、それらを用いることで時に改善をみることがあります。

先述した通り、八味地黄丸(腎気丸)は特にその病証が存在していなければあまり効きません。加齢に伴う難聴・耳鳴りに一律的に用いることは無意味です。時に人参剤を用いることで回復することがあります。人参は陰(潤い)を補う薬物の筆頭で、特に疲労感や食欲不振など、いわゆる中医学的に言われるところの「気虚(ききょ)」と呼ばれる病態が介在している時には良く効きます。ただし完全に回復するというよりは、聞き取れなかった音がやや聞きやすくなっているという形で変化してくる印象があります。

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