手足皮膚炎・掌蹠膿疱症について
手足皮膚炎とは
手足皮膚炎とは手足に起こる皮膚炎(湿疹)の総称です。この中には様々な疾患が含まれていますが、手足に選択的に起こるものをまとめてこう呼びます。
※アトピー性皮膚炎や乾癬でも手足に炎症が起こります。これらの関しては別項を参照してください。
手足は何かに触れ、刺激を受けやすい部位です。したがって日常的に炎症を起こすきっかけとなるものを触れていることで、手足に皮膚炎が生じることがあります。また普通の人なら炎症が起こらない物でも、体が敏感であったり炎症が起こりやすい体質の方が触れれば、手足に炎症が起こります。つまり手足の湿疹は外的な原因と内的な原因とが伴に関与し、かつそのバランスによって成り立っているといえます。
●接触性皮膚炎
接触性皮膚炎は外的な刺激に誘発されて起こる湿疹です。炎症を誘発する物を触れることによって起こる、いわゆる「かぶれ」です。このうちアレルギー性接触性皮膚炎(ACD)は、化粧品や金属、湿布や消毒薬、漆などの植物によってアレルギー反応が起こって炎症を生じるものを指します。これらの物質にアレルギーを持っている人のみに起こる皮膚炎です。強い痒みを生じるのが特徴です。一方でアレルギー反応を起こすわけではなく、化学物質や石鹸などの刺激物に触れることで起こるものを刺激性接触性皮膚炎(ICD)といいます。刺激性のある原因物質に触れることで生じる皮膚炎で、その刺激が強ければ大部分の人に発症します。ただし皿洗いや洗濯など、弱い刺激物を継続的に触っているうちに皮膚炎が起こってくる場合もあります。これを主婦湿疹といいます。ICDはACDに比べて、痒みよりも疼痛(痛み)が強く起こる傾向があります。
●異汗性湿疹
内的な原因が主となって現れる手足皮膚炎の一つに、異汗性皮膚炎(異汗性湿疹)があります。汗疱・汗疱状湿疹とも呼ばれます。手足の甲にはできず、手のひら・足のひら側に起こります。痒みを伴うぷつぷつとした小水疱または水疱が生じるのが特徴で、水疱が破れてじゅくじゅくとした滲出液が出て、痂皮(かひ:滲出液が固まったもの)を形成し、落屑(らくせつ:痂皮が剥がれた状態)を伴います。発汗異常が関与していると言われていますが、原因は未だに明らかになっていません。季節によって起こりやすくなったり、治まったりすることがあります。少なくとも何か外的なものに触れて起こるわけではないため、内的な原因が主として関わっていると考えられます。
●掌蹠膿疱症
また手足皮膚炎(表皮の炎症を主体としたもの)の範疇から外れますが、手足に起こりやすい皮膚病に掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)があります。手足のひら側に膿疱(のうほう:膿をもった水疱)を発生させることが特徴です。そのあと痂皮を形成し、かさぶたのようになって剥がれ落ちます。痒みは出始めの時に発生することが多いのですが、発生した後でも痒みが強くなったり落ち着いたりを繰り返します。患部の組織上、乾癬に類似している部分が多く、膿疱性乾癬と似ている疾患でもあります。※→乾癬・尋常性乾癬
手足皮膚炎と漢方
これらの病は慢性経過をたどりやすく、一度治っても再発を来り返しやすいという特徴があります。またどの病も内的な要素が少なからず関与し、それが何故なのかという原因がはっきりとしていません。したがってステロイド軟膏を主体とした対症療法に止まり、根治が難しい疾患であると言えます。
皮膚病全般に言えることですが、漢方治療はこういった原因不明とされている皮膚の炎症であっても、根治に至らせることがしばしばあります。原因が分かってないのに完治するということが不思議に感じられるかも知れませんが、それは東洋医学的にみると体に明らかな不具合があり、それを見極めて治療することで身体が自然な状態に戻るということです。したがってむやみやたらに漢方薬を飲めば治るということではありません。西洋医学とは異なる視点をもって病を把握し、それに適応した処方を的確に選択するということが大切です。
使用されやすい漢方処方
①消風散(しょうふうさん)
②荊防敗毒散(けいぼうはいどくさん)
③黄連解毒湯(おうれんげどくとう)
④竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)
⑤三物黄芩湯(さんもつおうごんとう)
⑥逍遥散(かみしょうようさん)
⑦五苓散(ごれいさん)
⑧通導散(つうどうさん)
※薬局製剤以外の処方も含む
①消風散(外科正宗)
「風湿」と呼ばれる病態に適応する。皮膚に水がせり出して湿潤傾向強く、強い痒みを生じる皮膚病に用いられる。手足湿疹では異汗性湿疹(汗疱)、そして掌蹠膿疱症に用いる場がある。ただしこの処方は単独では炎症を抑える効果が弱い。黄連解毒湯などの黄連剤を合わせることが多い。
消風散:「構成」
石膏(せっこう):知母(ちも):荊芥(けいがい):蝉退(せんたい):防風(ぼうふう):木通(もくつう):苦参(くじん):蒼朮(そうじゅつ):胡麻(ごま):牛蒡子(ごぼうし):当帰(とうき):地黄(じおう):甘草(かんぞう):
②荊防敗毒散(万病回春)
おでき治療の代表方剤であるが、同時に湿疹に対しても有効。膿疱を形成しやすく、ぽつぽつとした発疹を生じる皮膚炎に適応する。炎症初期の病巣を消散させる目的で用いる。掌蹠膿疱症に用いる機会が多い。湿を去る効果は弱い。したがって患部が湿潤し、滲出性炎症を伴う異汗性湿疹(汗疱)などでは利水・利湿薬を加える必要がある。薏苡仁・茵蔯蒿・車前子・沢瀉・苦参などを含む方剤を合わせる。
荊防敗毒散:「構成」
柴胡(さいこ):前胡(ぜんこ):川芎(せんきゅう):防風(ぼうふう):荊芥(けいがい):連翹(れんぎょう):羌活(きょうかつ):独活(どくかつ):茯苓(ぶくりょう):桔梗(ききょう):甘草(かんぞう):薄荷(はっか):枳殻(きこく):金銀花(きんぎんか):
③黄連解毒湯(肘後備急方)
清熱薬として有名な本方は、各種皮膚病の強い炎症状態に広く応用される。血管拡張性の炎症、つまり患部の赤味や充血が強い炎症に適応する。患部が乾燥し痂皮・落屑を伴う場合では石膏を加える必要がある。
黄連解毒湯:「構成」
黄連(おうれん):黄芩(おうごん):黄柏(おうばく):山梔子(さんしし):
④竜胆瀉肝湯(薛氏医案)(漢方一貫堂医学)
手足皮膚炎や掌蹠膿疱症などにおいて、炎症強くやや黄色の滲出液を出して厚く痂皮を形成するものはしばしば「湿熱」という病態を形成する。本方は湿熱治療の代表方剤。本来は陰部湿疹などの下半身の皮膚疾患に用いられることが多い。一貫堂の竜胆瀉肝湯は薛氏医案の方剤を改良したもので、解毒証体質と言われる炎症を生じやすい体質治療に用いられる方剤。やはり湿熱性の炎症に用いる。
竜胆瀉肝湯(薛氏医案):「構成」
竜胆(りゅうたん):山梔子(さんしし):黄芩(おうごん):木通(もくつう):沢瀉(たくしゃ):車前子(しゃぜんし):)当帰(とうき):地黄(じおう):甘草(かんぞう)
竜胆瀉肝湯(漢方一貫堂医学):「構成」
竜胆(りゅうたん):山梔子(さんしし):黄芩(おうごん):木通(もくつう):沢瀉(たくしゃ):車前子(しゃぜんし):)当帰(とうき):地黄(じおう):甘草(かんぞう):芍薬(しゃくやく):川芎(せんきゅう):黄連(おうれん):黄柏(おうばく):連翹(れんぎょう):薄荷(はっか):防風(ぼうふう):
⑤三物黄芩湯(金匱要略)
もともと産後の「煩熱(はんねつ)」と呼ばれる手掌の熱感に用いられる処方である。手足の充血からくる炎症に応用される。主婦湿疹において、夜間に手の熱感が強まり、痒みが強まるという場合に運用する機会がある。単剤で用いるよりも、他剤と合方されることが多い。
三物黄芩湯:「構成」
地黄(じおう):黄芩(おうごん):苦参(くじん):
⑥逍遥散(太平恵民和剤局方)
本来内分泌系・自律神経系の乱れに用いる方剤であるが、手足に停滞した血を巡らせる効能を持つ。主婦湿疹に応用する。手掌の血熱が強い場合は山梔子・牡丹皮を加える。加味逍遥散である。また荊芥や地骨皮を加えて運用する場合もある。主婦湿疹は月経前に増悪することがある。本方にて内分泌系の乱れを調えると改善に向かっていくことがある。
逍遥散:「構成」
柴胡(さいこ):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):茯苓(ぶくりょう):白朮(びゃくじゅつ):当帰(とうき):薄荷(はっか):
⑦五苓散(傷寒論)
異汗性湿疹(汗疱)に用いる機会がある。身体の水分代謝を是正し、手から吹き出す水疱を落ち着かせる目的で用いる。炎症を抑える効果がないため、黄連解毒湯や桔梗・石膏を合わせて用いる必要がある。本来、口渇・小便不利(小便の回数が少ない)という2大目標をもとに使用される方剤であるが、標治においてはこれらの症状は無視されることが多い。それでも確かに効く時がある。ただし運用にはコツが必要。同じく水分代謝を是正する薬として防己黄耆湯がある。止汗剤として有名であり異汗性湿疹に用いられる機会が多いが、経験上こちらではあまり効果がない。
五苓散:「構成」
沢瀉(たくしゃ):猪苓(ちょれい):茯苓(ぶくりょう):白朮(びゃくじゅつ):桂枝(けいし):
⑧通導散(万病回春)
もと「折傷(せっしょう)」つまり骨折や打撲などの治療薬として作られた方剤。「瘀血(おけつ)」と呼ばれる血液循環障害に広く用いられるようになった。皮膚の肥厚や厚く形成された鱗屑などを「瘀血」とらえ、正常の皮膚へと導く。主婦湿疹や掌蹠膿疱症などで用いる機会がある。単方または他剤と合方して用いる。牡丹皮・桃仁を加えることが多い。
通導散:「構成」
当帰(とうき):枳殻(きこく):厚朴(こうぼく):陳皮(ちんぴ):木通(もくつう):紅花(こうか):蘇木(そぼく):甘草(かんぞう):大黄(だいおう):芒硝(ぼうしょう):
臨床の実際
手足皮膚炎は各疾患によって症状の出かたが異なります。したがって適応する方剤の傾向も異なってきます。ただし基本的には湿疹治療の延長線上にあるため、それに則した治療を行っていくことになります。
○水疱が出て破れ、滲出液が乾燥して痂皮を作るような湿潤性の炎症には消風散を加減する。
○滲出性炎症の傾向があまりなくポツポツとした発疹を主としたり膿疱を形成する場合は荊防敗毒散や十味敗毒湯を加減して用いる。
○痂皮・鱗屑を厚く形成し、皮膚が肥厚し苔癬化するようであれば清熱薬に駆瘀血剤を合方する。
以上が皮膚炎治療、特に標治(ひょうち:現在起こっている症状を抑える治療)の基本です。ただし以下にあげる手足の皮膚病はやや独特の病態を形成してきます。そのためこれらを基本としながらも、その特徴を把握しながら薬方を選択していく必要があります。
主婦湿疹
広くは手湿疹と呼ばれるものです。水仕事をする主婦の方に発症しやすく、皮膚がガサガサになって赤くなり、ひび割れたりする皮膚炎です。本質的には進行性指掌角皮症と同じ病に属し、角質が増殖して表皮が肥厚し、固くなります。夏に軽快して冬に悪化する傾向があります。
洗剤などの化学物質を日常的に触れることで発生してくるこの病は、標治が非常に効きにくい印象があります。ゴム手袋をしても、手袋の中でかく手汗に反応して炎症が酷くなることもあります。標治によって手の炎症を抑えようとしても、日々の生活の中でどうしても悪化してくるため、薬の効果が追い付かないという印象です。
●主婦湿疹と「煩熱」
もともと手・指の末端に血行不良がある方の中には、「煩熱(血熱)」といって手のひらがほてりやすい方がいます。更年期およびその前後の女性に発現しやすいのですが、こういう方の中に主婦湿疹を発生させる方がいます。煩熱を去る処方を服用すると手の敏感さが緩和されて、主婦湿疹が改善へと向かいます。逍遥散の加減や三物黄芩湯を使います。ただし一度敏感になってしまった手は少しの刺激で悪化しやすいため、治療中はとにかく手への刺激を防ぐ工夫が必要です。さらに煩熱の治療は内的要因を改善する本治(症状を生じにくい体質へと向かわせる治療)ですので、ゆっくり改善していく傾向があります。劇的に奏効する場合もありますが、もしそうだとしても短期で服用を止めず、腰を落ち着けて治療していくことが大切です。
●主婦湿疹と「瘀血」
またガサガサとして厚くなった皮膚を「瘀血(おけつ)」と捉えて、駆瘀血剤を用いて治療する手段もあります。本来駆瘀血剤は骨盤内の血行不良や傷口の瘢痕や内出血を改善する薬です。血行を促す薬能を皮膚病に応用します。ただしこれにもやはり時間はかかります。
赤芍・牡丹皮・紫根・生地黄・苦参・山梔子・大黄・桃仁といった生薬を配合した処方を、適宜選択して運用していきます。
異汗性湿疹・汗疱
手足のひらや指から水疱を生じて破れ、滲出液が乾燥して痂皮を生じるこの疾患は、季節の変わり目や夏の盛り、つまり急に汗をかく時期によく発症します。冬や秋などの汗をあまりかかない時期では無症状の方もいます。
体質改善といって症状の無い時期でも継続して服用するやり方もあります。私見では通年的に服用を続けなくても、症状が出ている季節にだけ服用すれば充分に炎症をコントロールできる病だと感じています。症状が発生する少し前、もしくは発症した直後から的確に標治を行うことで症状を早期に終息させ、症状の無い時期には食生活に気をつけて生活する。症状の起こる時期にだけ漢方を服用し炎症を抑えることを何年か繰り返せば、そのうち時期になっても発症しなくなってくる傾向があります。
●病態解釈と適応方剤
「風湿」を基本に、炎症が酷くなれば「湿熱」へ移行する、病態を簡単に言ってしまえばこうなります。したがって荊防敗毒散や十味敗毒湯に薏苡仁・茵蔯蒿・車前子・沢瀉などが配合された利水剤を合方するか、消風散の加減や越婢湯類、竜胆瀉肝湯や各種「温病」の方剤を基に薬方を選択します。やや強引なやり方では、大黄剤で「下法(大便の排泄を促す方法」を行い、炎症の勢いを鎮めるというやり方もあります。
発汗異常という概念に捉われて、防己黄耆湯などの止汗剤を用いるやり方は経験上あまり効果的とは言えません。防己黄耆湯には炎症を抑える効果はありません。したがって皮膚炎は改善されません。標治を行うのであれば、あくまで清熱を行う必要があります。
五苓散は清熱剤ではありませんが、水分代謝を促す薬方として用いて良い場合があります。五苓散に桔梗・石膏を加えて手掌湿疹に適応させるやり方は古くからあります。ただしこれは「温病」の手法を未だ得ていない時代に用いられた苦肉の策という感が否めません。五苓散中の桂枝は温める薬能を持ちますので、多く用いると炎症を悪化させることがあるため注意が必要です。
掌蹠膿疱症
掌蹠膿疱症は手や足のひらから膿疱を発生させ、そのあと痂皮を形成し落屑を起こす病です。手足という限局された場所ではありますが、病理的に乾癬と類似し、漢方治療においても乾癬の治療と重なる部分が多々あります。
●病態解釈と適応方剤
無菌性膿疱を形成しますので感染が起こっているわけではありませんが、膿疱という起こる症状の近似から、化膿性炎症に用いる荊防敗毒散や十味敗毒湯が用いられます。これらは清熱作用が弱いため黄連解毒湯などを加える必要があります。石膏の適応を判断することも重要です。また患部が湿潤し滲出性炎症傾向が強い場合は消風散の加減が用いられます。ただし乾癬と同じように、掌蹠膿疱症は「湿熱」の病態を形成しやすい傾向があるため、これらの処方では効果が追い付かないことがあります。
そのため炎症が甚だしい時は、竜胆瀉肝湯や「温病」湿熱の方剤を用います。竜胆瀉肝湯は特に足に発生している場合に効果的です。また皮膚の肥厚が甚だしく、鱗屑が厚く形成されている場合には、駆瘀血剤を用いることもあります。湿熱を多発させる本疾患は、改善には酒や油物・甘い物などの食事を避けることが必須です。また口腔状況と関連して悪化することが経験的に知られていますので、歯磨きやうがいなどで口腔内を清潔に保つことが大切です。また喫煙はこの病を悪化させることがあります。禁煙するか節煙をするべきでしょう。
掌蹠膿疱症は治癒までに数年かかることが一般的ですが、養生を行いつつ、的確な漢方薬を選択し服用することができれば、数か月で治癒へと導くことが可能です。