過敏性腸症候群

過敏性腸症候群について

人前で話さなければいけない時、嫌な仕事に行く時、苦手な人に会う時、これから大事な用事がある時、このような緊張する場面において、しぼられるような腹痛とともに急激な便意を生じてトイレに駆け込む。このような経験をされた方は多いと思います。

排便すると腹痛もおさまり一息つけるのですが、数時間後にまた起こったり、ひどい方では絶え間なく起こったりする。そのような場合は過敏性腸症候群(IBS)が疑われます。

過敏性腸症候群とは

過敏性腸症候群とは大腸の運動・緊張・分泌の働きが亢進した結果、腹痛・便秘や下痢などの便通異常・お腹の張りなどが生じることを特徴とする大腸の機能障害です。

西洋医学的には大腸がんや炎症性腸疾患がなく、甲状腺の機能や糖尿病などの影響がないという場合に初めて疑われる病気です。原因が未だはっきりはしていないのですが、心理的要因(ストレス)がかなり強く影響しているとみられる代表的な心身症の一つです。近年は若年層を中心に増加傾向にあり、いつまでも症状が改善せずに悩まれている方が多い疾患です。

西洋医学では腸管の運動を抑える副交感神経遮断薬や精神安定剤などが主に用いられることが多いようです。この場合、副作用が出たり、良くなったように思えても再発したりと、治療が難しい病という印象を持たれています。

過敏性腸症候群と漢方

総じて漢方は自律神経に関わる治療を得意とします。過敏性腸症候群は身体の自律神経の乱れに起因していますので、西洋医学的治療にて改善しない多くの方が漢方治療をお求めになります。原因不明とされてはいますが、的確な漢方処方を服用すれば、着実に改善へと向かうことができる病です。

●自律神経の乱れと漢方薬
自律神経とは自分で意図して動かすことのできないすべての部分を自動的に(自律して)動かしてくれている神経です。人体がもつ巨大なネットワークであり、未だにその詳細は明らかになっていません。

漢方はこの自律神経を細部でととらえず、あえてより大きく単純な視点をもって把握しようとする医学です。例えば過敏性腸症候群の方の中には、お腹に温まった手のひらを置くと痛みが和らぎ、ホッとして安心するという方がおられます。これは温かい刺激によってお腹の自律神経の緊張がほぐれ、それによって精神的な緊張もとれるという単純な現象です。

例えば「温薬」と呼ばれる漢方薬は直接お腹の中に温刺激を与えることで、この現象を利用しながら自律神経の緊張を緩和させるわけです。自律神経を安定させるというと、とても難しいことをしているような感覚を受けるのですが、漢方は実はこういった単純な現象から治療方法を導き出してきました。

ただし簡単に温めるといっても、温め方は人によって異なります。そして温め方がその方に合っていないと実際に温まらないのが漢方薬です。また温めるというやり方ではなく、それ以外のやり方が必要な方も当然おられます。

一見同じような症状や病気であっても個人差があり、この個人差を的確に把握しなければなりません。

参考コラム

まずは「過敏性腸症候群(IBS)」に対する漢方治療を解説するにあたって、参考にしていただきたいコラムをご紹介いたします。本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

コラム|過敏性腸症候群(IBS) ~実際に効かせるために・漢方治療における重大なコツ~

過敏性腸症候群は西洋医学的な診断・治療が比較的難しいという印象があり、そのため漢方治療が選択されやすい疾患です。しかし「漢方薬を飲んでも効かなかったよ」という方もかなりいらっしゃると思います。過敏性腸症候群治療にはコツが必要です。そのコツを理解しているかどうかで漢方薬の選択の仕方が大きく変わってきます。漢方を熟知されている先生方がいったいどのように考え治療を行っているのか。ポイントを絞って解説していこうと思います。

□過敏性腸症候群(IBS) ~実際に効かせるために・漢方治療における重大なコツ~

コラム|漢方治療の経験談「お子様の過敏性腸症候群治療」を通して〜

当薬局でもご相談の多い過敏性腸症候群。日々治療を経験させていただいている中で、実感として思うこと、感じたことを徒然とつぶやいたコラムです。

漢方治療の経験談「お子様の過敏性腸症候群治療」を通して

コラム|【漢方処方解説】柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)

漢方では、一つの処方が多くの領域にまたがって、一見全く関係ないように思われる疾患に運用されることが良くあります。今回解説する柴胡桂枝湯もその一つです。この処方はシンプルな構成でありながら、広くさまざまな病に応用することができます。今回の解説では、この処方についてやや深く掘り下げて解説していくとともに、この不思議さの秘密を紐解いていきたいと思います。

【漢方処方解説】柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)

使用されやすい漢方処方

①桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)
 小建中湯(しょうけんちゅうとう)
②四逆散(しぎゃくさん)
③柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)
 大柴胡湯(だいさいことう)
④逍遥散(しょうようさん)
⑤甘草瀉心湯(かんぞうしゃしんとう)
⑥大建中湯(だいけんちゅうとう)
⑦真武湯(しんぶとう)
⑧断痢湯(だんりとう)
※薬局製剤以外の処方も含む

①桂枝加芍薬湯(傷寒論)小建中湯(金匱要略)

 桂枝加芍薬湯はIBSに最も運用されやすい処方の一つ。芍薬・甘草の薬対にて腹直筋の緊張を去り、桂枝・甘草の薬対で自律神経の乱れを安定させる。全体に腹中を温める薬能があることから、ストレスや冷刺激によって腹痛を起こすものに良く用いられる。エキス顆粒剤でも効果を発揮することがあるが、煎じ薬をもって辛味を感じさせないと改善しないという場合が多い。小建中湯は本方に膠飴(アメ)を加えた処方で、虚労と呼ばれる身体の疲労状態に適応する。平素より体力なく皮膚乾燥して食欲にムラがあるといった者のIBSに良い。疲労感があると人は自然と甘みを求める。
桂枝加芍薬湯:「構成」
桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):

小建中湯:「構成」
桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):膠飴(こうい):

②四逆散(傷寒論)

 芍薬・甘草を薬対として含む基本処方には桂枝加芍薬湯の他にこの四逆散がある。桂枝加芍薬湯に比して緊張状が強く、「肝鬱(かんうつ)」と呼ばれる自律神経の過緊張状態を緩和させる薬方。桂枝加芍薬湯類と四逆散類との弁別は東洋医学では基本となるがその奥は深い。大まかに言えば自律神経の緊張状態が強いために腸を崩しているなら四逆散類、腹が弱いために自律神経の乱れが腸に出やすいなら桂枝加芍薬湯類。
四逆散:「構成」
柴胡(さいこ):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):枳実(きじつ):

③柴胡桂枝湯(傷寒論)大柴胡湯(傷寒論)

 両者ともに四逆散の変方として捉えることが可能で、両者には虚・実の差がある。この場合の虚実は胃気(いき)の虚実で、つまり食事を摂取する力が強い場合には大柴胡湯を、弱りがある場合には柴胡桂枝湯をという形で使い分けられることが多い。実→虚の順で、大柴胡湯→柴胡桂枝湯→桂枝加芍薬湯。ただしこれらの差はそれだけではない。柴胡剤の目標に胸脇苦満(きょうきょうくまん)という脇腹の凝りや苦悶感をあげることが多いが、これらの処方の目標は胸脇ではない。心下(胃)である。
柴胡桂枝湯:「構成」
柴胡(さいこ):半夏(はんげ):黄芩(おうごん):人参(にんじん):甘草(かんぞう):芍薬(しゃくやく):桂枝(けいし):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):

大柴胡湯:「構成」
柴胡(さいこ):半夏(はんげ):黄芩(おうごん):芍薬(しゃくやく):枳実(きじつ):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):大黄(だいおう):

④逍遥散(太平恵民和剤局方)

 芍薬・甘草を薬対に含む基本処方の1つ。四逆散の変方ともとれる。加味逍遥散という有名処方は、この処方に山梔子・牡丹皮を加えたもの。本来は本方を原型とする。加味逍遥散に比べて応用範囲が広く、胃腸虚弱な方の緊張緩和を促す方剤として用いやすい。ただし当帰が胃に触ることがあるため注意する必要がある。
逍遥散:「構成」
柴胡(さいこ):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):茯苓(ぶくりょう):白朮(びゃくじゅつ):当帰(とうき):薄荷(はっか):

⑤甘草瀉心湯(金匱要略)

 神経を使う事により胃と腸が障害された状態に守備範囲が広く用いられる。お腹がゴロゴロと鳴り、下痢や便秘を繰り返すという過敏性腸症候群に用いる。心下痞硬というみぞおちのつかえ感が目標。心を瀉すという名の通り精神を落ち着ける作用もあり、不眠などにも用いる。芍薬・甘草の薬対を含まないが、この処方でないと効果があがらないということがある。
甘草瀉心湯:「構成」
半夏(はんげ):乾姜(かんきょう):黄芩(おうごん): 竹節人参(にんじん):大棗(たいそう):甘草(かんぞう):黄連(おおれん):

⑥大建中湯(金匱要略)

 腸管の活動を是正する薬として有名。浅田宗伯の口訣に「寒気の腹痛を治するに此方にしくはなし」とあるように、腹中に固執した冷えが有りそのために腸が過敏となって下痢や便秘を起こすという方によい。目標は腹満。ガスが溜まりやすくガスが出ると一時的に腹が楽になるという者に用いる。昭和の大家の一人である大塚敬節先生は、本方を小建中湯と合わせ「中建中湯」と名付けて運用した。
大建中湯:「構成」
人参(にんじん):山椒(さんしょう):乾姜(かんきょう):膠飴(こうい):

⑦真武湯(傷寒論)

 「水飲」という身体の水分代謝異常に用いられる方剤で、下痢するとともに小便が出にくいという症状が目標となる。真武湯は陰証つまり新陳代謝が衰え水分を吸収し巡らす力のない状態に適応する。朝方に水下痢を下すことを鶏明下痢といい、真武湯を用いる目標となる。身体細く明らかな虚弱体質者に用いることの多い処方であるが、若く体格のしっかりした者でも陰証に陥ることがある。
真武湯:「構成」
茯苓(ぶくりょう):芍薬(しゃくやく):蒼朮(そうじゅつ):生姜(しょうきょう):附子(ぶし):

⑧断痢湯(外台秘要方)

 真武湯の適応に近く、陰証に属した心下の水飲つまり身体の水分代謝異常に適応する方剤であるが、より複雑に病態が絡んだ場合に用いて良い場合がある。浅田宗伯は半夏瀉心湯の変方として捉え、神経過敏な者の下痢への適応をうかがわせている。栄養失調をきたす中で起こる自律神経の緊張状態に適応するようである。
断痢湯:「構成」
半夏(はんげ):茯苓(ぶくりょう):大棗(たいそう):人参(にんじん):黄連(おうれん):甘草(かんぞう):乾姜(かんきょう):附子(ぶし):

臨床の実際

過敏性腸症候群治療の実際

内視鏡などで病状が目にみえる疾患とは違い、過敏性腸症候群は精神的なものが強く関与する腸の活動異常であるため診断が難しい傾向があります。このような疾患には漢方が使われる機会が多く、診断された病院でも西洋薬とともに漢方薬が出されることがしばしばあります。

最も頻用されている処方は「芍薬」と「甘草」とが同時に配合されている処方群でしょう。これらには筋肉の緊張を緩和させる効果があり、昔から腹痛やこむら返り(足のつり)などに広く使われてきました。ただし実際にはこれらの薬の運用にはコツがいります。

●病態認識と運用のコツ
筋肉の過緊張は様々な原因によっておこります。疲労や栄養不足・自律神経興奮の継続・ホルモンバランスの異常・冷え・水分代謝異常など、漢方薬はこれらの原因にアプローチしながらお腹の緊張を取るという薬能で構成されています。当然これらの原因に対して的確に処方を適応させなければ効果はありません。

重要なのは自律神経やホルモンバランスといった西洋医学的な言葉ではなく、あくまで東洋医学的な概念をもって病態を把握することです。西洋医学的な解釈は参考にはなります。そして人体細部を明確に把握する情報でもあります。しかしそれに拘泥すると人体全体の働きを把握するという漢方本来の治療からは遠ざかります。例えば芍薬・甘草は筋の緊張を緩和させる薬効がありますが、漢方ではあくまで陰を復す生薬です。捉え方の違いによってどうしても治療成績に大きな差がでてきます。

また過敏性腸症候群では分量の問題も重要です。心身症や自律神経系の乱れなどの病で特に言えることですが、同じ処方でも薬用量によって効果が全く異なります。通常よりも多い量を必要とする方には、倍量などで服用していただかないと効きません。逆もあります。つまり通常よりも少ない量でないと効かない方もいます。その方の場合、通常量や倍量を服用すると如実に体調が悪化します。この辺の分量調節は一律的にどうだということが言えません。経験をもって知る部分が多いと思います。

●養生(生活改善)について
精神的なものが強く関与する疾患ですが、生活の中でストレスを完全に取り除くことは不可能です。ストレスの原因をなくしなさいという指示はあまり現実的ではありません。治療としてはストレスがかかっても腹痛・下痢が起こらなくなるという方向を目指すべきだと思います。

過敏性腸症候群は未だに原因が明らかとなっていない病ではありますが、東洋医学的にみれば明らかにお体に原因があります。そういう方がこの病にかかっている印象です。その原因を是正していくことができれば、ストレスに負けない体に変化していくことが可能です。

ストレスよりもずっと重要な原因は食事の不摂生です。ストレスは避けることができませんが、食事はご自身である程度変化させることができるはずです。

下痢や便秘と腸内環境は密接に関わっています。アルコールや油もの・お菓子・アイスなどの過剰な摂取は腸内細菌のバランスを容易に破壊します。過敏性腸症候群に罹られる方は平素から腸内環境が崩れている方が多いため、健常な方よりもこれらの食事に敏感に反応しやすい傾向があります。また腸を冷やすような飲み物や食べ物、また夜間に食事をとるなどの不規則な食生活もこの病を悪化させます。

一番重要なことは、自分に合った食生活を見つけていくことです。雑誌やテレビなどで良いと言われているものが自分に合っているとは限りません。それほど人体には個人差があるのです。病気を改善させる食事を探す前に、まずは病気を悪化させる食事を止めてください。それが最短距離で病を改善していく道です。

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