月経不順(生理不順)について
女性にとって月経は妊娠のために必要なメカニズムであると同時に、充実した生活を継続していくためのメカニズムでもあります。月経に関わる内分泌や自律神経の働きは、身体面と精神面との両者に直接的な影響を与えます。女性が本来持っている心身の美しさを引き出せているかどうか、その目安の一つが月経だと言えます。
月経不順とは
月経の周期は一般的に28日と言われています。ただこれは厳密なものではなく、この期間が少々外れるくらいは普通にあることです。25日から38日の間に入っていて、定期的にちゃんと来ているのであれば問題はありません。ただし以下のような月経周期や月経期間の乱れがある場合には月経不順(生理不順)であるといえます。
●月経周期(月経から次の月経までの期間)の乱れ
「頻発月経」・・・・月経周期が24日以下
「稀発月経」・・・・月経周期が39日以上
●月経期間(出血している期間)・経血量の乱れ
「過短月経」・・・・出血期間が短い(2日以内)
「過長月経」・・・・出血期間が長い(8日以上)
「過少月経」・・・・出血量が極端に少ない
「過多月経」・・・・出血量が極端に多い
「無月経」・・・・・妊娠や閉経などに関わりなく全く月経が来ないもの
「不正性器出血」・・月経期間以外で出血を起こすもの
このような月経の乱れは子宮筋腫や子宮内膜症、また子宮部の癌、甲状腺機能障害などが背景に隠れている場合がありますので、病院での検査が必須です。これらの疾患に対する漢方治療についてはそれぞれの項目で説明をしておりますのでそちらをご参照ください。また無月経と不正性器出血についても別項で詳しく解説しています。
月経不順と漢方
近年、婦人科系疾患において漢方が非常に注目されており、多くの医療機関で漢方薬が使用されるようになりました。月経不順においても漢方薬が有効で、数か月の服用で改善してくるケースが多いと思います。ただし月経周期・月経期間の長短だけでは、どの漢方薬が適応となるかを判断することはできません。ご自身にあった漢方薬を選択するには、からだ全体に備わる状態を把握する必要があります。
使用されやすい漢方処方
①当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
②逍遥散(しょうようさん)
加味逍遥散(かみしょうようさん)
③桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
④温経湯(うんけいとう)
⑤桃核承気湯(とうかくじょうきとう)
⑥芎帰調血飲(きゅうきちょうけついん)
⑦帰耆建中湯(きぎけんちゅうとう)
⑧柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)
大柴胡湯(だいさいことう)
⑨鹿茸(ろくじょう)
※薬局製剤以外の処方も含む
①当帰芍薬散(金匱要略)
婦人科領域において頻用される名方である。妊娠中の腹痛に用いる処方として世に出た後、腹痛のみならず冷え性や浮腫みなどに広く運用されるようになった。月経困難症(月経痛)をはじめ、月経前症候群(PMS)や月経不順・無月経などの婦人科疾患に広く応用される。適応の目標としては「冷え性にて浮腫みやすく、色白で貧血傾向のある体質の者」と解説されていることが多い。ただしこれには付け加えなければいけない点がいくつかある。
まず本方の特徴は当帰・川芎という薬対で血行を促すという点にあるが、色白の人で当帰・川芎を使うと顔がのぼせて頭痛などを起こす者がいる。芍薬を増量するか、苓桂朮甘湯などの桂枝・甘草剤を合方する必要がある。またここでいう貧血とは一種の仮性貧血のような状態であって、血色素が減少していたり食欲無く栄養状態が悪いために起こっている真の貧血ではない。本方でいうところの貧血傾向とは、血管の緊張度が強く、末端に血液が行き届いていないような状態を指している。実際に真の貧血があり、消化吸収の力も弱いというような者に本方を用いると、胃もたれを起こしたり、返って具合を悪くさせることもある。本方には体形が細く色白で貧血という比較的体の弱い人に使うイメージがあるが、適応の本質はそこではなく、虚が明らかな者に使用するべきではない。
当帰芍薬散:「構成」
当帰(とうき)・川芎(せんきゅう):芍薬(しゃくやく):茯苓(ぶくりょう):蒼朮(そうじゅつ):沢瀉(たくしゃ):
②逍遥散(太平恵民和剤局方)・加味逍遥散(薛氏医案)
当帰芍薬散と同じく、婦人科疾患に使わる方剤として有名。逍遥とは「うつろいゆく」という意味である。その時々で訴える症状が色々と変化する者に適応する、と解説されていることが多い。確かにそのような傾向はあるが、実際の臨床においてはこのような曖昧な目標は決め手にならない。
逍遥散は元来、一種の消耗性の発熱性疾患に用いられていた。身体に緊張・興奮の状態が継続し、それにより体力を消耗して自律神経の乱れがいつまでも解除されないような病態である。本方は血の消耗を回復することで興奮を落ち着け、緊張を去るという薬能を持つ。その本質は胃腸薬であり、芍薬・甘草・生姜・茯苓・白朮が核となり、柴胡を加えることでこの処方の骨格が完成する。月経前に浮腫み、興奮してイライラしやすく、夜間に手足がほてる者。緊張すると胃腸を壊す者。胃腸の弱りは血の不足を招く。よって鉄欠乏性貧血などを伴う者もいる。
加味逍遥散は本方に牡丹皮・山梔子の血熱を冷ます生薬を加えた方剤。空間的に中心に位置する胃腸の弱りは空間外部に血行を停滞させる。特に頭部の煩熱が強く、のぼせイライラが強いものは加味逍遥散である。ただし逍遥散にも涼血の配慮がある。ある意味で加味逍遥散は逍遥散の適応範囲を狭めた処方であり、あくまで逍遥散の方が使い勝手が良い。
逍遥散:「構成」
当帰(とうき):芍薬(しゃくやく):白朮(びゃくじゅつ):茯苓(ぶくりょう):柴胡(さいこ):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):薄荷(はっか):
加味逍遥散:「構成」
当帰(とうき):芍薬(しゃくやく):白朮(びゃくじゅつ):茯苓(ぶくりょう):柴胡(さいこ):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):薄荷(はっか): 牡丹皮(ぼたんぴ):山梔子(さんしし):
③桂枝茯苓丸(金匱要略)
婦人科領域に用いる駆瘀血剤として有名。「瘀血(おけつ)」を去る薬方として婦人科疾患にて頻用されている。「瘀血」という用語は漢方の解説において多用されてはいるが、実際は非常に曖昧な概念で、各臨床家によってその定義に差があり、確立された概念では決してない。しかし本方のような駆瘀血剤を用いなければ改善できない病態は確かにある。一種の血行障害で、内出血などの凝結している血液を指す場合が多く、婦人科疾患においては子宮内膜症や子宮筋腫のように月経血に大きな血塊が混ざるという症状が一つの目標になる。
もともと本方は流産時の出血多量や、胎児死亡、後産の出ない場合や止まらない場合に、腹中に止まる「癥瘕(ちょうか:かたまり)」を下す薬として作られた。つまり本来は一時的に生じた病態に適応する薬方である点(体質治療を目的とはしていない点)は知っておく必要がある。本方適応者の体質として「体力があり中間証から実証の体質者で、足がひえてのぼせ、イライラして気逆の傾向がある者」などと説明されることが多いものの、習熟した漢方家であるほど、これをそのまま鵜呑みにして運用しない。原南陽は本方に甘草と生姜とを加え「甲字湯」と名付けて運用している。体質改善薬として用いるにはこういった加減や合方といった配慮が必要になる。
桂枝茯苓丸:「構成」
桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):茯苓(ぶくりょう):牡丹皮(ぼたんぴ):桃仁(とうにん):
④温経湯(金匱要略)
上記三処方に比べれば認知度は低い。しかし本方も婦人科領域の名方である。その名の通り下腹部の経脈を温める方剤。浅田宗伯はその運用の目標を「胞門(ほうもん:子宮部)虚寒」と提示している。下腹部を温めるという点では当帰芍薬散に近い。ただし彼方は茯苓・蒼朮・沢瀉などの利水薬をもって浮腫みを取る薬能を持ち、本方は人参・甘草・麦門冬・阿膠などの滋潤薬を内包し「血燥」ともいえる乾燥状態に潤いを持たせる薬能を持つ。口唇乾燥し、夜間に手足煩熱して、皮膚乾燥して荒れやすく、上半身のぼせるも腰から下は冷え、月経前に下腹部が張ってガス腹になる者。月経困難症のみならず、無月経・月経前緊張症・不妊症などに広く応用される。月経血に血塊が混ざるようなら桂枝茯苓丸を合方し、それでも血が快く下らない者は桃核承気湯を合方する。その他下痢傾向が強い者は茯苓・白朮を、月経前のイライラが強いものには柴胡をといった加減が行われる。
温経湯:「構成」
当帰(とうき):川芎(せんきゅう):桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):人参(にんじん):麦門冬(ばくもんどう):阿膠(あきょう):半夏(はんげ):生姜(しょうきょう):呉茱萸(ごしゅゆ):牡丹皮(ぼたんぴ):
⑤桃核承気湯(傷寒論)
代表的な駆瘀血剤の一つ。「下法(げほう:大便の通じを促すことで鬱血を去る手法)」によって瘀血を駆逐する点が特徴で、桂枝茯苓丸に比べてその作用は強い。適応する症状も実に幅広く、鼻血や不正出血などの出血症状や、月経痛や腰痛・頭痛などの痛み、打撲による内出血などに応用される。また下法は血行循環を促すと同時に、身体の興奮状態を沈静化させる薬能も持つ。故に狂(きょう)の如くと言われる精神症状や、不眠などにも応用される。月経前に便秘し、便は乾燥気味で、のぼせてイライラし、月経時に血の塊が排出されると痛みが緩和するという者。桃核承気湯が適応するのぼせは、のぼせっぱなし、である。もともとは感染症において急激に発生した瘀血を、迅速に瀉下し揮発する目的で作られたもの。したがってやや急性的に生じたものに適応する。より陳旧化した瘀血には通導散を用いる。
桃核承気湯:「構成」
桂枝(けいし):甘草(かんぞう):桃仁(とうにん):大黄(だいおう):芒硝(ぼうしょう):
⑥芎帰調血飲(万病回春)
本方は明代に書かれた『万病回春』において、産後一切の諸病に適応する方剤として紹介されていたもの。日本では後世方派を中心に頻用され、産後に関わらず月経不順や月経前症候群・月経困難症などの婦人科系疾患に広く運用されるようになった。もともと婦人科系疾患に頻用される当帰・川芎・地黄といった活血・補血薬は、胃腸の弱い者では胃に負担が来ることがある。本方は産後に体力を失い胃腸機能を弱めたものでも、活血・補血薬が負担なく吸収されるよう工夫されている点が最大の特徴。そのため誰でも安心して服用することができ、故に産後一切の諸病という。腰回りから下半身が冷え、月経前になると情緒が敏感になり、鬱々として悲愴な気持ちになる者。『万病回春』では数々の加減方を提示し、日本では一貫堂という流派が「瘀血(おけつ)」に配慮した芎帰調血飲第一加減を頻用している。
芎帰調血飲:「構成」
当帰(とうき):川芎(せんきゅう):地黄(じおう):白朮(びゃくじゅつ):茯苓(ぶくりょう):陳皮(ちんぴ):烏薬(うやく):香附子(こうぶし):益母草(やくもそう):牡丹皮(ぼたんぴ):大棗(たいそう):乾姜(かんきょう):甘草(かんぞう):
⑦帰耆建中湯(瘍科方筌)
一種の疲労状態に適応する処方。小建中湯(去膠飴)に当帰と黄耆とを加えたもので、もとは江戸時代の外科医、花岡青洲によって作られた名方である。外科手術後の傷跡や全身状態を回復させる目的で用いられていた。いわゆる虚に属する体質者の月経不順に応用される。本方は血の力を回復する方剤である。人は血の力が損なわれると、身体が冷えて、疲労を回復する力が弱まる。疲労感が強く、冷えると腹が痛むという者。冷え性ではあるが夜間に手足がほてるという者。疲労するも自律神経的に興奮が継続し、動悸や息苦しさを感じたり、不眠の傾向があったりする者もいる。血の量も質も不足しているため、子宮に溜まるまでに時間がかかる。故に月経周期は遅く・長くなりやすく、出血は少量ですぐに終わるか、少量の出血を継続させていつまでも止まない。本方は血の力を回復する、そして陰と陽とをまたいで回復するというところに主眼がある。
帰耆建中湯:「構成」
桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):大棗(たいそう):当帰(とうき):黄耆(おうぎ)
⑧柴胡桂枝湯(傷寒論)大柴胡湯(傷寒論)
柴胡桂枝湯・大柴胡湯などの柴胡剤は、通常自律神経の乱れに対して用いられることが多い。しかし内分泌の働きが関与する婦人科系疾患に対しても無くてはならない方剤である。日本では古くから婦人科系疾患に応用する意義を提示している。例えば浅田宗伯は柴胡桂枝湯に大黄を加えて無月経に用い、尾台榕堂は同方を婦人の「血の道」に良いと言い、湯本求真は体質改善薬としてこれらの方剤に当帰芍薬散や桂枝茯苓丸を合わせて用いていた。月経にまつわる諸症状には、当帰や川芎などが配合された血剤を用いたくなるものの、そこからは一見離れた柴胡剤や利水剤にて著効を得ることも少なくない。
柴胡桂枝湯:「構成」
柴胡(さいこ): 半夏(はんげ): 桂枝(けいし):黄今(おうごん): 人参(にんじん): 芍薬(しゃくやく): 生姜(しょうきょう): 大棗(たいそう): 甘草(かんぞう):
大柴胡湯:「構成」
柴胡(さいこ):半夏(はんげ):黄芩(おうごん):芍薬(しゃくやく):枳実(きじつ):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):大黄(だいおう):
⑨鹿茸
婦人科系疾患、特に無月経や不正性器出血などの月経不順において用いられる要薬である。マンシュウジカの雄の幼角であり、輪切りにした時に血色素が見えるものが上等とされている。単独で用いるというよりも、他剤に加えて用いる方がより効果的である。例えば帰耆建中湯を服用し、冷えや疲労が取れて体調がよくなるも未だ月経を見ないという場合に、鹿茸を加えることで初めて月経が始まるということがある。またいつまでも止まない不正出血に、他剤に鹿茸を合わせることで初めて止まるということもある。今一歩という場において、知っておくべき手段である。
月経のメカニズムと漢方
女性にとって、安定した月経は子宝を授かるための基本です。そして美しさの基盤でもあります。事実、月経のメカニズムに関与する女性ホルモンの一つであるエストロゲンは、肌や髪を艶やかにし、女性らしい体形を作り、自律神経を安定させて気持ちを穏やかにする働きがあります。女性が心身共に美しい状態であるためには、いかに安定したバランスで月経を繰り返しているかということが非常に重要です。
●漢方:あくまで自分自身の力を高める治療
月経や妊娠・出産など、女性特有の体内活動に対して、漢方では古くからその対処方法が研究されてきました。そして今では多くの婦人科で漢方薬を使用しています。手術やホルモン剤などの使用は、必要な場合には大変有意義な治療ではありますが、体に対して負担があることも確かです。ホルモン剤は本来自分自身の力で作られるはずのホルモンを外から取り入れる治療ですので、本来の力を弱めてしまうことにも繋がります。近年、漢方薬が頻用されているのは、より自然に、より体に負担がなく、そういう患者様のお求めが背景にあるからだと思います。。
漢方と月経不順治療
月経の乱れに対して漢方薬が頻用されていますが、では実際に漢方薬はどうやって月経のメカニズムを調節しているのでしょうか。ネットや本などでは「気・血・水」や「五臓」を基にした理論で解説されているものが多いと思います。これらは漢方の基礎として重要ではありますが、どうしても概念的な説明になってしまいます。そこでここでは少し違った角度から説明していきたいと思います。
●月経のメカニズム
そもそも月経はホルモンの働きによってその周期が管理されていますが、それを調節しているのは脳です。脳内の「視床下部」から「脳下垂体」へと働きかけ、「脳下垂体」から性線刺激ホルモンを放出します。そして放出された性線刺激ホルモンが卵巣に到達することで、初めて女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)が分泌され、月経周期を作り出しています。さらに「視床下部」は女性ホルモンを出すように働かせるだけでなく、実際に卵巣で作られた女性ホルモンの血中濃度が高すぎると、これを抑えるように働きます。これを「フィードバック」といいます。月経はこのように中枢である視床下部によって女性ホルモンの分泌量が調節されることでその周期が作られています。(より詳しい解説は以下に示します)
※月経の機序とホルモン
脳内の「視床下部」からGnRH(性線刺激ホルモン放出ホルモン)が放出され、「脳下垂体」がこれを受けます。これを受けた「脳下垂体」は、ゴナドトロピン(性線刺激ホルモン)と呼ばれる2種類のホルモンを体に放出します。FSH(卵胞刺激ホルモン)とLH(黄体形成ホルモン)です。FSHは卵巣内の卵胞(卵子の入った細胞)を成熟させ、同時に卵巣内でエストロゲン(卵胞ホルモン)の分泌を促します。エストロゲンは子宮内膜を増殖させ、受精卵が着床しやすいフカフカのベッドを作る働きをします。一方LHは、FSHとともに卵胞を成熟させると同時に、卵胞からの卵子の排出(排卵)を促します。そして排卵後に残った卵胞は黄体へと変化しますが、この黄体を刺激してプロゲステロン(黄体ホルモン)の分泌を促します。プロゲステロンは排卵期以降、分泌が減少するエストロゲンに代わって子宮内膜増殖を促します。そして受精卵の着床がなければ最終的には分泌が減り、厚くなった内膜が剥がれて、出血を起こします。
●漢方薬はどのようにして月経を調えているのか?
月経周期・月経期間の乱れの1つには、こういったホルモンの伝達や分泌の異常が指摘されています。では漢方薬は月経の乱れをどのように是正するのでしょうか。おそらく、漢方薬はホルモンの分泌を直接コントロールするわけではありません。視床下部や脳下垂体に働きかけるわけでもありませんし、性線刺激ホルモンのように卵胞や黄体に働きかけてホルモンの分泌量を調節するわけでもないと思います。
漢方薬が月経の乱れを調えることができるのは、「血流を調えるから」です。そもそもホルモン(内分泌)は、血液中に入り血流に乗って働くべき所に到達して初めて役割を果たします。視床下部や脳下垂体、卵胞や黄体で正常にホルモンが分泌されていたとしても、血流が悪ければホルモンが作用部位に到達できず、正常な機能を果たすことができません。視床下部-脳下垂体-卵巣という月経にまつわるホルモンのネットワークをつなぐものは血液であり、漢方薬はその伝達路である血流を調えることで乱れた月経を改善するのだと私は考えています。
●土台を調える漢方治療
直接的にホルモンを体に入れ込むことで改善を図るのが西洋医学だとしたら、そのホルモンがしっかりと流れ、本来の働きを順調に発揮できるように血行を促す漢方治療は、土台的な役割を担っているといっても良いでしょう。当然双方の治療が邪魔し合うことはなく、むしろ両者を組み合わせることで双方の効き目が良くなるという利点もあります。
実際に冷えやほてり、痛み等といった血行障害からくる症状が漢方薬にて改善されると、不安定だった月経周期や月経期間が同時に改善してくるということが良く起こります。「当帰(とうき)」という婦人科疾患ではなくてはならない生薬は、一言で言えば血行を促す薬です。「気」が乱れても、血行が悪くなります。手足が浮腫むなど「水」が身体に貯留しても、血行が悪くなります。つまり漢方薬は結局のところ、血液循環を調えることで月経のメカニズムを調えているのではないかと思います。
●血流改善:見立ての重要性
ただし血行循環を改善する、といっても、血行循環状態は人によって様々です。例えば、一口に冷えを取る薬方といっても、何十処方もあります。漢方薬はその方の状態に合ったものを服用しなければ、血行が良くならない仕組みになっています。
血行状態は、大きく「血液自体の質や量」と「血流を促そうとする働き」とによって決定します。乱れのないスムーズな血行状態でいるには、まず血液自体がちゃんと充実していることが必要で、さらに血流を促そうとする働きが正常に機能していることが必要です。もし血行を促そうとする働きが乱れれば、血行はスムーズに運行できなくなります。さらに血液自体の質や量が不十分になれば、さらに血行は悪くなります。血流を促す力が乱れ、それが徐々に弱り、最終的には血液自体の充実度が弱まっていく、これが大まかに言えば血行障害の流れです。東洋医学ではこの流れ一つの柱として、血行障害が現在どの段階にあるのかを正確に把握することから見立てを始めます。どのような病でも、その見立てにはこういった骨組みがあり、これを無視してしまうと症状に振り回されて的確な処方が決定できません。
●「病の流れ」
私が修行時代、病治を得意としている先生方の話を聞かせていただいた時に、同じ患者様を見ても、他の先生とは見ているところが明らかに違うと感じることがしばしばありました。では実際に何を見ていたかというと、それは「病の流れ」です。病を治療する上で、病の流れという一本の骨組みを明確に把握されていて、それに基づいて治療しているからこそ無駄がなく、実際に効果を発揮する治療を行えていたのです。「気・血・水」や「五臓」に基づいて、患者様の症状から病態を探していく作業は、ある意味では誰でもできます。症状から病態を探すのではなく、流れという動きの中で最も重要な症状を探せる能力を持っていることこそ、腕の良い臨床家に共通した特徴だといえます。