頻尿・尿漏れ・排尿困難(過活動膀胱・前立腺肥大など)

頻尿・尿漏れ・排尿困難について

何度もトイレに行きたくなったり、就寝中にトイレに頻繁に行ったり、急な尿意を我慢できず失禁してしまったりといった症状で悩まれている方は多いと思います。年齢とともにこのような症状が起こりやすくなり、時に前立腺が肥大していたり、過活動膀胱と診断される方もいます。このような頻尿や排尿障害は西洋医学的治療にて改善しないケースも多く、漢方治療をお求めになる方の多い症状でもあります。

排尿障害には様々な症状がありますが、特に以下のような症状に悩まれている方が多いようです。

〇日中の排尿回数が多い
〇夜間に排尿で何回も起きる
〇急に強い尿意を覚えて我慢できない
〇急な尿意を我慢できず失禁してしまう
〇尿意があるのになかなか出ない
〇尿がしっかり止まらない(追っかけ漏れ)
〇くしゃみなどで尿が漏れてしまう(腹圧性尿失禁)

(過活動膀胱(OAB)について)
切迫した強い尿意を感じ(尿意切迫感)、しきりにトイレに行きたくなるという症状(昼間頻尿や夜間頻尿)を起こす状態を「過活動膀胱(OAB)」といいます。尿意を我慢できず失禁することもあります(切迫尿失禁)。頻尿において診断名として受けることの多いこの病は、本来ある疾患を示すものではなく、こういった切迫した尿意や頻尿などを起こす「症候群」を指しています。膀胱内に尿を溜めておくことが出来ないためにこのような症状が起こります。

頻尿・排尿障害の原因

これらの排尿障害は様々な原因によって起こります。神経の問題や前立腺肥大、子宮の疾患や直腸の問題にて起こる可能性もあります。その原因を大きく分けると神経の障害によるものと、そうでないものとに分かれます。

1)神経因性膀胱
排尿や尿意は膀胱・脊髄・脳の神経伝達によって調節されています。したがって何らかの原因でこの神経伝達が乱れていると排尿障害が発生します。脳の障害としては脳血管障害による後遺症や認知症・パーキンソン病などの神経変性疾患にて起こることがあります。この時過活動膀胱の症状を発生させるものを「神経因性過活動膀胱」といいます。また脊髄や末梢神経の障害としては、腰部脊柱管狭窄症などの腰椎の異常や糖尿病・直腸がん・骨盤内腫瘍の手術による末梢神経損傷にて起こることがあります。この場合、尿意自体が鈍感になり知らぬ間に尿漏れを起こしたり、すべて出し切れないために尿が溜まって膀胱炎を繰り返したり、過剰な量の尿が膀胱に溜まることがあります(残尿)。

2)下部尿路の狭窄(前立腺肥大・子宮筋腫など)
前立腺肥大や骨盤内の腫瘍(子宮筋腫など)、また加齢に伴って起こる子宮脱や直腸脱によって下部尿路の閉塞が起きると排尿障害がおこります。特に尿意切迫感を伴い頻尿となったり(この場合を「非神経因性過活動膀胱」といいます)、尿意があってもなかなか出ない、また酷いと尿がまったく出なくなる方もいます(閉尿)。

3)その他:緊張や筋力低下による膀胱機能障害など
頻尿は上記以外の原因によらずとも、より日常的に起こるものでもあります。例えば少し寒い思いをしただけで、如実に尿意を感じて我慢できなくなるといった症状が起こる方がいます。また長時間電車に乗るなどのトイレに行けない状況になると、しきりに尿意を感じて我慢できなくなるといった方もいます。後者はある種の心理的ストレスが頻尿を起こすケースで、「神経性頻尿」「過敏性膀胱」と呼ばれるものです。どちらにしても膀胱の機能障害に属し、切迫した尿意を感じて頻尿になる症状ではありますが、過活動膀胱には含まれません。また膀胱筋・尿道筋や骨盤底筋の弱りによっても排尿障害がおこります。これらは小便を出す、止める、我慢するといった時に働く筋肉です。これらの筋力が落ちてくると頻尿や失禁・残尿などの症状を起こすことがあり、特に加齢に伴って生じることが多く、高齢者の排尿障害に多く関与する原因でもあります。

●排尿障害と西洋医学的治療
これらの排尿障害は原因が明らかであれば、それに対する治療を行います。また過活動膀胱における膀胱機能の回復や調節においては、抗コリン薬やβ₃作動薬など膀胱の筋肉の働きを調節する薬が使われ、また前立腺肥大と併存する場合にはα₁ブロッカーも用いられます。末梢神経障害による排尿困難や残尿に対しては排尿筋に力をつける薬剤(ウブレチドなど)を使うことがあります。

このようにいくつかの対応する手段をもって治療に当たりますが、排尿障害は原因が特定できないことが多く、また薬物治療によって良くならない場合もあり、改善がなかなか難しいケースを散見します。特に加齢に伴うものや、原因が特定できない膀胱の機能障害に属するものでは、打つ手が少ないというのが現状です。

頻尿・排尿障害と漢方治療

まず明らかな原因がある場合にはその治療を行います。これは西洋医学でも東洋医学でも変わりません。したがって神経に何らかの障害があるのか、もしくは背景に何らかの病が隠れていないのかを検査によって確かめる必要があります。検査によって現状が把握できた後、その原因が特定できているのであれば漢方においてもそれを見据えて治療を行います。そのうち、脳血管障害の後遺症や認知症に伴うものなど、脳神経の問題により生じているケースでは漢方治療においても難しい病に属します。

漢方治療が有効なケース1:冷えや緊張・筋力低下に伴う膀胱機能障害
漢方治療を最もお勧めしたいケースは、冷えや筋の過緊張・筋力低下によって起こる排尿障害です。すなわち心理的要因によって生じる神経性頻尿や、寒冷刺激によって起こる頻尿、また加齢に伴う夜間頻尿など、特に背景となる病がはっきりしないにも関わらず膀胱機能が乱れたり弱ったりすることによって起こる排尿障害に関しては、漢方治療を強くお勧め致します。このようなタイプの頻尿では西洋医学的治療が難しいケースが多いのですが、漢方では対応する手段がいくつかあり、漢方薬によって改善へと向かう方が多いのです。漢方は西洋医学では難しいと言われる病に対して効果を発揮することがありますが、膀胱の機能障害においては特にその傾向を感じます。お困りの方は諦めることなく、漢方治療を試されてみるべきだと思います。具体的には以下のような症状に対して漢方治療を行います。

・冷えを感じるとすぐに頻尿になる
・冷えを感じると膀胱炎になりやすい
・緊張すると尿意が切迫して頻尿になる
・トイレに行けない状況で頻尿になる
・小便を排出する力が弱い
・小便を我慢しておけない
・小便の切れが悪く少し漏れる
・くしゃみなどで尿が漏れる(腹圧性尿失禁)

漢方治療が有効なケース2:前立腺肥大や子宮筋腫に対して
また子宮筋腫や前立腺肥大など、臓器の物理的圧迫により起こる排尿障害に対しても効果を発揮することがあります。漢方では「軟堅(なんけん)」という薬能があり、しこりを柔らかくする治療法があります。筋腫や前立腺がすぐに小さくなるわけではありませんが、この手法を用いると圧迫が緩み、不思議と排尿における不快感が取れてきます。その他、筋肉の緊張度を和らげるといった手法や血行を促すなどの手法を組み合わせることで骨盤内臓器の活動がスムーズになり、それとともに膀胱の負担が減り、排尿障害が改善されてくると考えられています。具体的には以下のような症状に対応します。

・突然トイレに行きたくなり頻尿になる
・夜中にトイレで何度も起きる
・尿が出し切れない(残尿感)
・尿が出にくい・または出ない
・尿を漏らしてしまう

漢方治療が有効なケース3:末梢神経障害による排尿異常
さらに脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニア・糖尿病などにより、骨盤内の神経伝達に問題がある末梢神経伝達障害においても、漢方治療によって改善へと向かうケースがあります。もちろん程度にもよりますが「活血」や「化瘀」などといった漢方独特の手法を用いる中で、この部の神経伝達が正常な状態へと向かっていくことがあります。骨の異常や神経の損傷自体が改善するというよりは、そのような変形や損傷があったとしても、排尿障害が起こりにくくなるという変化を起こす傾向があります。具体的には以下のような症状にお困りの方がご来局されます。

・最後まで出切らない(残尿)
・残尿により膀胱炎を繰り返す
・尿の出が悪い(排尿困難)
・または自分では出せない:この場合カテーテルを自分で膀胱内に挿入して尿を排泄させる方法(自己導尿法)を行っている方もいます。

総じて西洋医学的治療が難しいという場合においても、漢方では何かと打つ手があるものです。お困りの方は一度漢方治療を試してみることをお勧め致します。

参考症例

まずは「頻尿・尿漏れ・排尿困難」に対する漢方治療の実例をご紹介いたします。以下の症例は当薬局にて実際に経験させて頂いたものです。本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

症例|前立腺肥大にて排尿障害にお困りの68歳

以前より排尿障害があり、検査にて前立腺肥大と診断。西洋医学的治療にて改善せず、尿閉を繰り返す中で漢方治療をお求めになられました。改善の可能性を探る治療と、漢方治療における具体的な目標。排尿障害が緩和されるまでの道のりを、具体例をもってご紹介いたします。

■症例:前立腺肥大

参考コラム

次に「頻尿・尿漏れ・排尿困難」に対する漢方治療を解説するにあたって、参考にしていただきたいコラムをご紹介いたします。参考症例同様に、本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

コラム|排尿障害 ~効いた薬と効かない薬・漢方治療の現実~

漢方では有名だけれども使うべき場があまりないという処方がけっこうあります。排尿障害では猪苓湯や清心蓮子飲などが有名ですが、これらの薬はその最たるもので、一律的に使っていたとしても決して効果的ではありません。排尿障害を治療する際には、何をポイントにすれば良いのか。その現実的なところを解説していきます。

□排尿障害 ~効いた薬と効かない薬・漢方治療の現実~

使用されやすい漢方処方

①八味地黄丸・腎気丸(はちみじおうがん・じんきがん)
②猪苓湯(ちょれいとう)
③桂枝加苓朮附湯(けいしかりょうじゅつぶとう)
④苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう)
 人参湯(にんじんとう)
⑤桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)
⑥四逆散(しぎゃくさん)
⑦清心蓮子飲(せいしんれんしいん)
➇補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
 黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)
⑨騰竜湯(とうりゅうとう)
⑩疎経活血湯(そけいかっけつとう)
⑪芎帰調血飲第一加減(きゅうきちょうけついんだいいちかげん)
※薬局製剤以外の処方も含む

①八味地黄丸・腎気丸(金匱要略)

 夜間頻尿や尿の出が悪い・尿の切れが悪いといった排尿障害に用いられる方剤として有名。特に高齢者の排尿障害であれば則ちコレという具合に頻用されている傾向がある。その根拠は本方が「腎虚(じんきょ)」と呼ばれる病態に適応する処方だからである。「腎虚(じんきょ)」とは精(生殖機能)を貯蓄し下半身の力を維持する腎の弱りを指すと言われている。そのため加齢に伴い衰えてくる排尿障害を広く腎虚とみなして本方を運用している場合が多い。しかし「腎虚」はそこまで曖昧なものではない。加齢と下半身の衰えによる排尿障害だから八味地黄丸、とするのは短絡的に過ぎる。
 本方が適応する病態を腎虚とするならば、腎虚とは加齢に伴う血行循環の弱りによって生じるものである。その実は心臓の弱りに起因し、多くが初期のうっ血性心不全という形でくる。下半身の血流がうっ血して足がむくみ、同時に力が入らずにだるく、腰が重い。階段を上ったり坂道を上がったりすると呼吸が苦しくなる。夜間、生理的に血流が停滞しやすい時間になるとうっ滞が強く進み、手足のひらが火照って熱く、さらに昼はそれほど排尿しないが、潜在性の浮腫があるため夜間に排尿が多くなる。本方はこういった循環障害を改善することで利水を図り、それによって夜間頻尿を改善していく方剤である。
 加齢に伴い人はどうしても心機能に弱りを見せ始める。心臓の弱りを自覚していない者でも、歳とともに循環の弱りから下半身に力がなくなってくる。夜間頻尿・排尿困難などの症状は前立腺肥大によって起こることが多い。しかし病院にかかってもそれほど肥大はしていないと言われることが実際にある。この場合は初期のうっ血性心不全を考えるべきで、本方によって改善することがある。「腎虚」とはこのような加齢に伴う循環障害の一つであり、古人は心肺機能を若々しく保つために、本方をもってアンチエイジングを図ったのである。
八味地黄丸・腎気丸:「構成」
地黄(じおう):山茱萸(さんしゅゆ):山薬(さんやく):牡丹皮(ぼたんぴ):茯苓(ぶくりょう):沢瀉(たくしゃ):桂枝(けいし):附子(ぶし):

②猪苓湯(金匱要略)

 本方は泌尿器科の漢方薬として有名。尿意切迫感・頻尿・排尿困難・排尿痛・血尿などの症状に幅広く運用され、膀胱炎や過活動膀胱などに用いられている。ただし本方の薬能は尿量を増やすことと、尿を薄くさせて浸透圧を下げ、粘膜に対する刺激を緩めるという所に主眼がある。炎症や腫瘍、神経や血行に対する配慮があるわけではないため、あくまで頻尿や排尿困難などの自覚症状の改善という意味で用いるべき方剤である。したがって排尿障害に一律的に使用していても効果が無いことが多い。また芍薬・甘草・車前子・四物湯などの加減を行う必要もある。
 山本巌先生は前立腺肥大で尿の出が悪くて困るという場合に、自覚症状の改善を目標に本方を運用して効果的なことがあると指摘されている。ただし前立腺肥大と診断されているからといって、排尿障害が直接尿道の圧迫によって起こっているかどうかは疑問だとしている。確かに前立腺肥大の程度と自覚症状には相関しないことも多い。本方は肥大を緩和する薬能ではなくあくまで尿量の増加を図ることで自覚症状を緩和させていると考えるべきであろう。
猪苓湯:「構成」
猪苓(ちょれい):茯苓(ぶくりょう):沢瀉(たくしゃ):滑石(かっせき):阿膠(あきょう):

③桂枝加苓朮附子(方機)

 血行を促し、下半身の冷えを取ることで改善する排尿障害がある。本方のような活血薬を用いることで夜間の排尿回数が減り、尿の出に勢いがでてスッキリと出るようになることがある。本方は通常四肢の痛みなどの疼痛性疾患に運用される方剤であるが、四肢末端の冷えが取れると同時に排尿障害も改善されるということがある。ただし本方を排尿障害を主として運用する場合にはいくつかの加減や合方をもって対応する必要がある。
 身体の血行を促すことで排尿障害を改善する処方として『古今方彙』に二木散と生附散とがある。これらは「冷淋(れいりん:寒冷刺激を受けたり身体の冷えによって淋証(膀胱炎など)を生じる病)」の治剤として紹介さている。しかし膀胱炎に限らず、夜間や日中の頻尿に効果を発揮することがある。
桂枝加苓朮附子:「構成」
桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):大棗(たいそう):茯苓(ぶくりょう):白朮(びゃくじゅつ):附子(ぶし):

④苓姜朮甘湯(金匱要略)人参湯(傷寒論)

 人は急に寒いところに行くと尿意を覚えて排尿する。これは血中の水分量を減らし血圧を維持するための生理現象であるが、平素より身体が冷えやすい者ではこの現象が強く起こり、寒冷刺激によって尿意が切迫し、ひっきりなしにトイレに行きたくなり、生活に支障が出て困るという方がいる。苓姜朮甘湯はそのような場合に著効する方剤。腰回りに冷たい水袋でも背負っているかのように冷えて重く、下半身が冷えて浮腫むという者。これを「腎著」といい、本方を服用すると腰回りが温まって下半身が楽になると同時に、一回の小水量が増えて、頻尿が改善する。苓桂朮甘湯の派生として考えられている節があるが、本方はあくまで甘草乾姜湯の流れを組む。主薬はあくまで甘草・乾姜であり、故に出典では甘草乾姜茯苓白朮湯という。
 人参湯も乾姜・甘草を主薬とする方剤である。苓姜朮甘湯が腰回りの特に骨格筋を温めているような印象があるのに対して、本方は内蔵平滑筋・特に胃腸を温める方剤。つまり消化管を中から温めることで血行を促し、頻尿を止める。平素より冷え性で、冷えると頻尿になるばかりでなく、胃痛や腹痛・下痢を起こす者。色白で血色悪く、日中冷えるとすぐにトイレに行きたくなり、夜間も冷えると寝付けず、頻尿になって寝ていられないという者。総じて乾姜・甘草剤は的確に適応すると即効性をもって効果を発揮する傾向がある。
苓姜朮甘湯:「構成」
甘草(かんぞう):乾姜(かんきょう):茯苓(ぶくりょう):白朮(びゃくじゅつ):
人参湯:「構成」
甘草(かんぞう):乾姜(かんきょう):人参(にんじん):白朮(びゃくじゅつ):

⑤桂枝加芍薬湯(傷寒論)

 排尿は排尿筋(膀胱の筋肉)と括約筋(尿道の筋肉)との連携した活動により行われているが、これらに過度な緊張がかかると頻尿や尿意の切迫・尿の出渋りや残尿感などが起こる。本方は筋肉の緊張を緩和させることで、このような排尿障害を改善する。授業中やバスに乗るなど、トイレに行けない・行きにくいといった状況になると切迫した尿意を感じて苦しいという者。心理的ストレスによって尿意が起こりトイレを我慢できない、排尿してもスッキリせず残尿感が強いという者。いわゆる神経性頻尿や過敏性膀胱と呼ばれる病態に運用する機会が多い。
 ただしこのような緊張が明らかな状況でなくても、芍薬・甘草の薬対をもって排尿障害が改善されることもある。そもそも大便や小便の調節は、子供の時から強く培われる人間の本能のようなものであり、これら下腹部の筋肉はある程度の緊張状態を保っている。すなわちこのような緊張は人間の活動の土台として働き続けているため、どうしても過緊張状態へと陥りやすい傾向がある。緊張を自覚していない状況であっても、前立腺肥大や過活動膀胱において芍薬・甘草の薬対が効を奏することがある。
桂枝加芍薬湯:「構成」
桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):大棗(たいそう):

⑥四逆散(傷寒論)

 芍薬・甘草を内包する方剤として、筋肉の緊張を去ることで排尿障害を改善する薬方の一つ。本方は「肝気鬱結(かんきうっけつ)」と呼ばれる一種の自律神経の緊張状態に適応する基本処方である。「肝鬱」は緊張に怒気をはらむ精神症状を伴うことが特徴で、イライラしやすい・イライラを我慢できないといった感覚を持つ者に適応しやすい。
 神経性頻尿や過活動膀胱に適応する処方としては、上記の桂枝加芍薬湯の他に本方を基本とした四逆散類がある。四逆散類として広くとらえれば、大柴胡湯・柴胡桂枝湯・逍遥散・抑肝散などは全て本方の変方。どれも緊張感の強い排尿障害を改善し得る薬能を持つ。特に逍遥散の加減方である加味逍遥散は女性の過敏性膀胱に頻用されている傾向がある。また加味逍遥散は膀胱炎や間質性膀胱炎、過活動膀胱などに広く運用することができる方剤。つまり他の四逆散の変方もこれと同様に幅広い排尿障害に適応し得る。それぞれの特徴を掴んで的確に運用することが肝要である。
四逆散:「構成」
柴胡(さいこ):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):枳実(きじつ):

⑦清心蓮子飲(太平恵民和剤局方)

 尿意が切迫して頻尿になる・尿の出がわるい・尿が出切らない・尿が漏れるなどの排尿障害は疲労により悪化することがある。平素より食が細く、体力が無くちょっとしたことで疲れやすいという者がこのような排尿障害を起こすと、過度な労働や寝不足などによって症状が悪化することがある。これを漢方では「労淋(ろうりん)」と言う。
 本方は体力を回復し労淋を改善する薬方。さらに一種の自律神経の興奮状態を落ちつける薬能を持つ。小動物の如くソワソワして落ち着かず、刺激に過敏で興奮しやすい。ほてって喉がかわく傾向がある。また下半身がだるくて疲れやすく、小便の出が悪く残尿感があり、排尿後に小便の切れが悪く漏らす傾向がある者。上に気が昇るが下にはめぐらない。この状を「上盛下虚」といい、本方は気を下げて興奮を落ち着け、体力を回復して下半身に力が巡るように促す。主眼は陰気の回復にある。軽浮する熱を陰気をもって下げ、落ち着けるのである。疲労により悪化する過敏性膀胱や神経性頻尿のみならず、慢性膀胱炎や間質性膀胱炎に運用する場がある。
清心蓮子飲:「構成」
蓮肉(れんにく):麦門冬(ばくもんどう):人参(にんじん):茯苓(ぶくりょう):車前子(しゃぜんし):黄耆(おうぎ):甘草(かんぞう):地骨皮(じこっぴ):黄芩(おうごん):

➇補中益気湯(内外傷弁惑論)黄耆建中湯(金匱要略)

 これらの方剤は清心蓮子飲と同じく、疲労により悪化する排尿障害(労淋)に用いて良い場合がある。排尿筋や括約筋、骨盤底筋の緊張度弱く弛緩傾向があり、尿漏れ・尿の出のわるさ・尿の切れの悪さなどを持つ者に適応しやすい。補中益気湯は筋肉の緊張度を高めて弛緩・下垂傾向にある臓器を上に持ち上げるという薬能があり、これを「昇提(しょうてい)」という。加齢にともなう子宮脱や直腸脱により尿道を閉塞させて起こる排尿障害などにも用いて良い場合がある。
 一方黄耆建中湯は補中益気湯と同じく弛緩傾向にある筋肉の緊張度を高める薬能を持つが、さらに過緊張状態にある筋肉を緩和させる薬能も内在させている。筋肉の緊張度は、完全に弛緩や緊張へと振り切れているという状態はむしろまれである。弛緩しているからこそ、逆に緊張へと向かおうとするという反応は人体で良く起こることである。本方は筋肉の弛緩と緊張との両者を調節することで薬能を発揮する。「労淋」や内臓下垂による尿道閉塞のみならず、くしゃみなどによって失禁するといった腹圧性尿失禁に対しても効果を発揮しやすい。
補中益気湯:「構成」
黄耆(おうぎ):当帰(とうき):人参(にんじん):甘草(かんぞう):白朮(びゃくじゅつ):陳皮(ちんぴ):生姜(しょうきょう):大棗(たいそう):柴胡(さいこ):升麻(しょうま):
黄耆建中湯:「構成」
黄耆(おうぎ):桂枝(けいし):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):膠飴(こうい):

⑨騰竜湯(勿誤薬室方函口訣)

 もともと痔の治療薬として作られた本方は、「腸癰(ちょうよう)」と呼ばれる腹中の癰(化膿:虫垂炎など)を改善する大黄牡丹皮湯を改良したもの。その実は骨盤内のうっ血(瘀血)を去る駆瘀血剤で、同時に炎症を鎮める薬能を持つ。このような薬能は前立腺肥大や子宮筋腫により尿道を圧迫する排尿障害、また前立腺炎や間質性膀胱炎などに応用して効果的である。
 漢方には「軟堅(なんけん)」という薬能を持つ生薬がある。堅くしこりを持った臓器を柔らかくするという薬能である。前立腺肥大や子宮筋腫にこの薬能を応用すると、実際に臓器が柔らかくなり、他組織への圧迫が弱まることがある。牡蛎・鼈甲・芒硝などの生薬が使われ、実際にこれらの生薬を配合する処方や加減をもって対応すると、肥大が縮小するわけではないのに圧迫による排尿障害が軽減するということがある。
騰竜湯:「構成」
桃仁(とうにん):牡丹皮(ぼたんぴ):冬瓜子(とうがし):大黄(だいおう):芒硝(ぼうしょう):薏苡仁(よくいにん):蒼朮(そうじゅつ):甘草(かんぞう):

⑩疎経活血湯(万病回春)

 明代に書かれた『万病回春』において、手足の関節の痛みの治療薬として紹介されている処方。骨盤内の血行を促して「瘀血」を去り、湿熱を冷まして痛みを去る薬能を持つ。そのため糖尿病や脊柱管狭窄症における末梢神経障害によって起こる神経因性膀胱に応用する。足の痺れや痛みなどが改善されてくると同時に、尿意の麻痺や排尿困難、残尿などの症状が緩和されてくることがある。
 末梢性の神経因性膀胱では活血化瘀剤によって対応することが多い。程度にもよるが、ウブレチドなどの西洋薬にて不変の排尿障害が活血化瘀剤と併用することによって効果を発揮しだすということがある。本方の他にも通導散や騰竜湯の加減、また当帰四逆加呉茱萸生姜湯と桃核承気湯との合方などをもって対応することが多い。難治と言われるものであっても、試してみるべき手法である。
疎経活血湯:「構成」
当帰(とうき):地黄(じおう):川芎(せんきゅう):芍薬(しゃくやく):羌活(きょうかつ):蒼朮(そうじゅつ):茯苓(ぶくりょう):牛膝(ごしつ):防已(ぼうい):竜胆(りゅうたん):防風(ぼうふう):陳皮(ちんぴ):白芷(びゃくし):桃仁(とうにん):威霊仙(いれいせん):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう)

⑪芎帰調血飲第一加減(漢方一貫堂医学)

 産後におこる骨盤内の充血を去る芎帰調血飲に、さらに血行循環を改善する駆瘀血薬を配合したのが本方である。骨盤内のうっ血を去る駆瘀血剤の一つとして、排尿障害に効果的な方剤である。多薬にて構成されている処方ではあるが、適応の本質を見極めると比較的使いやすい方剤である。疎経活血湯に比べて本方は「寒証」に適応する。平素より下半身が冷え、膀胱炎や痔を患いやすく、時として気持ちを病み不安定になりやすい者。特に女性は産後に骨盤内の血行障害を介在させてくる方が多く、膀胱炎や過活動膀胱・過敏性膀胱や神経因性膀胱などを更年期に差し掛かるあたりから発症させてくる。本方は広く産後の病に応用され、体質改善薬として運用されることが多いものの、適応すると迅速に効果を発揮させる面を持つ。
芎帰調血飲第一加減:「構成」
当帰(とうき):芍薬(しゃくやく):地黄(じおう):川芎(せんきゅう):白朮(びゃくじゅつ):茯苓(ぶくりょう):陳皮(ちんぴ):烏薬(うやく):香附子(こうぶし):益母草(やくもそう):延胡索(えんごさく):牡丹皮(ぼたんぴ):桃仁(とうにん):紅花(こうか):桂枝(けいし):牛膝(ごしつ):枳殻(きこく):木香(もっこう):大棗(たいそう):乾姜(かんきょう):甘草(かんぞう):

臨床の実際

先にて述べたように、排尿障害には様々な原因がありますが、その中で漢方治療は以下のような原因による排尿障害に効果を発揮する傾向があります。

〇冷えや緊張・筋力低下による排尿障害
〇膀胱筋・尿道筋や骨盤底筋の弱り
〇前立腺肥大や子宮筋腫などによる圧迫・閉塞
〇腰部の脊椎・椎間板の変形や糖尿病などによる末梢神経障害

これらの原因は混在していることが多く、はっきりと区別することはできません。しかしそうであったとしても漢方では対応することが可能です。東洋医学では排尿障害を独自の視点から見ます。これらの分類は参考にはなりますが、漢方治療においてはこれらとは別の要素がしばしば重要になります。特に以下のような要素から処方を選択することが一般的です。

●「冷え」による排尿障害
●「緊張」による排尿障害
●「心臓の弱り」による排尿障害
●「疲労」による排尿障害
●「血の詰まりと臓器の固縮」による排尿障害

例えば「冷え」を改善する漢方薬は、膀胱の機能障害だけでなく膀胱筋や骨盤底筋の弱り、また末梢神経障害においても効果を及ぼすことがあります。したがって漢方を運用する場合には、上記のようなやや独特な指標をもって対応する必要があります。ここではこれらの視点から排尿障害における漢方治療を解説してきたいと思います。

<漢方による排尿障害治療の実際>

1.「冷え」による排尿障害

骨盤内の冷えは内包する臓器の平滑筋活動を乱すと同時に、神経の伝達を悪化させて排尿障害を起こす原因になります。これは寒冷刺激によって頻尿になりやすい状況を作るだけでなく、自律神経を過敏に働かせて神経性頻尿を起こしたり、末梢神経の損傷を回復しにくい状態へと向かわせることにもつながります。排尿障害の原因には、総じて血行不良が絡んでいます。したがって自覚的に腰回りや下半身の冷えを感じないという方であっても、冷えを取る漢方薬にて血行を促すと、夜間頻尿や尿意切迫感などの排尿障害がしばしば改善されていきます。

●具体的な治療と適応方剤
漢方では冷えを取る方剤が沢山あります。これは温めると一口に言っても、温め方に色々な違いがあるためです。つまり「冷え」には千差万別があり、そこに的確に合わせた処方を選択しなければ冷えは取れません。

大きく分けて、桂枝湯の加減にて取れる方、そして体内を強く温める乾姜剤で取れる方、また当帰・川芎を内包する芎帰剤で取れる方の別があります。排尿障害において用いられやすい処方としては桂枝湯の加減であれば桂枝加苓朮附子や当帰四逆加呉茱萸生姜湯、乾姜剤であれば苓姜朮甘湯や人参湯、さらに芎帰剤であれば芎帰調血飲第一加減などが用いられます。これらはそれぞれを組み合わせて用いられることも多いものです。また附子を必要とする場合もあります。さらにあまり有名ではありませんが、二木散や生附湯といった方剤を用いることもあります。

※二木散『古今方彙』:桂枝・芍薬・当帰・甘草・青皮・陳皮・木香・八角茴香・木通・沢瀉・檳榔子
※生附湯『古今方彙』:附子・生姜・半夏・燈心草・木通・瞿麦・滑石

これらの選択のポイントは各漢方家の考え方によって異なるところが多く、臨床に長けた先生であるほど運用が的確であるという印象があります。また冷えを取り血行を促すことで排尿障害を改善する治療法では、適合すると比較的即効性の高い効果が出やすいという特徴もあります。

2.「緊張」による排尿障害

緊張すると強い尿意が起こって頻尿になるという方は多いと思います。これは神経性頻尿といって自律神経の乱れに起因する排尿異常です。排尿を調節する筋肉には排尿筋(膀胱の筋肉)と括約筋(尿道の筋肉)とがあります。両者は連携することによって正常な排尿を調節していますが、これらの活動は自律神経によって行われています。したがって自律神経の過緊張や興奮などが起こると尿意や尿の排出・我慢といった神経・筋肉の活動が乱れ、排尿異常を起こすことにつながります。

●大便・小便の排出機能には緊張が起きやすい
また明らかに神経性頻尿を思わせる状態でなくても、膀胱や尿道の筋肉活動が失調している場合もあります。つまり前立腺肥大や子宮筋腫による尿道の圧迫や末梢神経障害、また加齢によってもこれらの筋活動に強い緊張状態が継続している場合があります。そもそも大便や小便の調節は、子供の時から強く培われる人間の本能のようなものであり、体がそれほど緊張しているという状況でなくても、これら下腹部の筋肉はある程度の緊張状態を保っています。これらの緊張は人間の活動の土台として働き続ける神経ですので、どうしても過緊張状態へと陥りやすい傾向があります。

●緊張緩和に働く漢方薬
主として用いられる方剤は「芍薬」と「甘草」とを配合した処方群です。芍薬・甘草は筋の緊張度を緩める効能があります。自律神経の過緊張状態を生じている様々な病に応用される処方群ですが、緊張が介在する排尿障害においても頻用される傾向があります。桂枝加芍薬湯・四逆散・大柴胡湯・柴胡桂枝湯・逍遥散などが代表的です。これらの処方群は、エキス顆粒剤と煎じ薬とでは効果に大きな違いがあります。エキス顆粒剤では効能が弱いことが多く、通常量の運用では効果が現れないケースを散見します。分量の調節や他剤との合方も含めた臨機応変な対応が求められる処方群です。

3.「心臓の弱り」による排尿障害

排尿と心臓とはあまり関係がないように思えますが、実はかなりの頻度で「心臓の弱り」から排尿障害を起こしている方がいます。心臓は全身の血流を統括するポンプとしての機能がありますが、心臓が弱ると全身の血流がうっ血し、浮腫や呼吸苦などの症状を起こすことがあります。いわゆる心不全の状態です。心不全とは心臓の機能が停止していることではなく、心臓の機能が弱まっている状態を指します。生きている間ずっと動き続けている心臓は、加齢と伴にどうしても弱りを見せ始めます。病院の検査では問題のないレベルであっても、またそれほど自覚がなくても、最近階段をのぼると息苦しいなぁとか、膝から下が重だるく下半身に力が入りにくいなぁといった症状は心機能の弱りによって起こっている場合があります。

●心臓の弱りと夜間頻尿
そしてこのような早期の心不全症状の一つに、夜間頻尿があります。若干の心不全によって起こる血流のうっ血から起こる症状の一つです。また最近小便の切れが悪いとか、小便を出すまでに時間がかかるといった症状も、血流のうっ血から起こってくることがあります。これらの症状は前立腺肥大によって起こることが多いものです。しかし病院で見てもらってもそこまで肥大していないと言われることがあります。つまりこれらの排尿障害は肥大した前立腺による尿道の圧迫のみならず、年齢とともに衰えはじめた心機能の弱りによるうっ血性心不全が絡んでいる場合があります。

●夜間頻尿と八味地黄丸(腎気丸)
飲んだ水が全身を巡らず、溜まり漏れるという病を「飲病(いんびょう)」といいますが、うっ血性心不全に対しては飲病に適応する方剤を用いることが一般的です。特に夜中にトイレで何回も起こされるとか、尿の出が悪く切れも悪いという症状においては八味地黄丸が頻用されます。また九味檳榔湯などが用いられることもあります。加齢に伴い起こる排尿障害は、前立腺肥大や糖尿病からの末梢神経障害などが上げられますが、そうであっても心臓の弱りが介在している方であれば、これらの処方にて効果を発揮することがあります。ただしすべての夜間頻尿が八味地黄丸で解決できるかというとそうではありません。夜間頻尿自体はこの他にも、冷えによる血行障害や疲労による血行障害が絡んでいる場合がありますので、一律的に用いて良いものではありません。有名処方だからこそ、的確な運用が求められます。

4.「疲労」による排尿障害

疲労という状態は非常に広い意味を持つ曖昧な言葉ですが、ここでは筋肉活動の弱りや、損傷を回復しようとする力の不足と解釈してください。疲労した筋肉や神経は、毎日睡眠をとることで回復していますが、その回復力が弱ると筋肉に力が入らない、またダメージを受けた神経が回復できないといった状態に陥ります。この状態が継続してしまうと、排尿筋や括約筋、また骨盤底筋に力が入らなくなって、尿が出切らない・尿の切れが悪く漏れる、といった症状が出やすくなります。また一度受けた神経の損傷が回復しきれないために、末梢神経障害による排尿障害がいつまでも残存しやすくなります。

漢方では筋肉や神経の回復力を高めるという薬があります。いわゆる「補剤」と呼ばれる処方群です。筋肉の緊張度の低下(アトニー)により子宮脱や直腸脱が起こって尿道を閉塞するタイプでは補中益気湯や黄耆建中湯などを用います。また腹圧性尿失禁といって、くしゃみなどで腹に力が入ると尿を漏らしてしまうなどの弛緩傾向がある方でも、これらの方剤で対応することがあります。ただし弛緩状態は、ただ弛緩しているというだけでなく、弱い緊張や急激な緊張を招くこともあります。したがって芍薬甘草湯などの基本とした緊張を去る薬方を適宜加えることもあります。

さらにある種の疲労は自律神経の興奮状態を導くことがあります。漢方でいうところの気が上に昇るという状態です。のぼせたりソワソワして不安になるといった症状と伴に、下半身に力が入らず尿が出しくかったり、漏れやすくなったりします。このようなケースに使用する方剤が清心蓮子飲です。また桂枝加竜骨牡蛎湯などの桂枝湯類で解決できる場合もあります。

5.「血の詰まりと臓器の固縮」による排尿障害

骨盤内は膀胱や子宮・大腸といった中空器官で構成されている柔らかい臓器が集中している場所です。そのため目に見えない細かな血管(毛細血管)が豊富に存在している場所でもあります。この血管に詰まりが起こると、これらの臓器が動きにくくなるとともに、これらの臓器に信号を通わせている神経の活動を止めてしまいます。このような状況に陥らせる骨盤内の血行障害を漢方では「瘀血(おけつ)」と呼びます。瘀血は未だに謎の多い病態ですが、少なくとも瘀血を解除する駆瘀血剤を用いることで、解決できる排尿障害が存在します。

●「瘀血」の解除と「軟堅」
特に糖尿病や腰部脊柱管狭窄症・腰部椎間板ヘルニアなどによって、末梢神経が損傷したり物理的に圧迫されることで起こる排尿障害では、これらの手法が効果を発揮することがあります。疎経活血湯や通導散、芎帰調血飲第一加減などがその代表方剤です。

また瘀血による血行障害は臓器の活動を失調させるだけでなく、骨盤内のしなやかで柔らかい臓器の質を硬く、さらに大きくさせていきます。前立腺肥大や子宮筋腫が発生する原因の一つには、このような瘀血が絡んでいるとも言われています。漢方では瘀血を改善するとともに、このように硬くなった組織を柔らかくさせていく「軟堅」という手法があります。鼈甲や牡蛎・芒硝などの薬物にはこの「軟堅」の薬能があり、駆瘀血剤に加えることで対応することが一般的です。桂枝茯苓丸加鼈甲薏苡仁や騰竜湯などが用いられます。肥大した臓器を立ちどころに小さくするという薬能ではありませんが、これらの方剤を使うことによって確かに圧迫が緩み、排尿がスムーズにいくようになることがあります。

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