脂漏性皮膚炎

脂漏性皮膚炎について

脂漏性皮膚炎とは

脂漏性皮膚炎は皮脂腺の多い部分(毛の生える脂漏部位)にできる慢性経過しやすい皮膚の炎症です。頭皮や顔面・髪の生え際、時に胸・背中・脇の下・股などに発生します。乾燥または脂ぎったフケのようなもの(「鱗屑(りんせつ)」)が皮膚に付着するというのが症状の特徴です。痒みの程度は人ぞれぞれです。多くの方では痒みが無いか、あっても軽いものですが、中には強い痒みを生じる方もいます。

マラセチアと呼ばれる真菌が発症に関与していると考えられています。この菌が皮膚から分泌される脂質を分解して炎症を起こしているようです。ただしマラセチアは正常の方でも皮膚に存在している菌です。つまりこの菌はすべての人に炎症を起こさせるわけではありません。また脂漏性皮膚炎を生じる方の皮脂は、その成分や分泌が正常であると言われています。したがってなぜこの真菌によって炎症が起こってしまうのか、その原因は未だわかっていません。

●治療の問題点と漢方薬
原因がつかみきれない病であるが故に、その治療は皮膚を清潔に保つことと、抗菌剤や炎症を抑えるステロイドの外用薬、つまり対症療法に止まります。3か月未満の乳児から思春期、30代から70代の成人と、幅広い年齢層で好発するこの病は、抗菌剤やステロイドの外用薬によって一時的に症状が緩和しても、使用をやめるとすぐに再発するというケースを散見します。

根本治療が難しく、外用薬での炎症のコントロールが難しい疾患ですが、実は漢方治療によって改善することの多い疾患でもあります。皮膚病において良くあることなのですが、皮膚の病だからといって皮膚だけを改善していても上手くいかない病が多く存在します。脂漏性皮膚炎もそういった病の一つで、体の中が綺麗になっていかないと皮膚が綺麗にならないのです。

参考症例

まずは「脂漏性皮膚炎」に対する漢方治療の実例をご紹介いたします。以下の症例は当薬局にて実際に経験させて頂いたものです。本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

症例|40代男性・常道では通用しない脂漏性皮膚炎

頭皮に多量のフケが発生し、年を経るごとに悪化の傾向をたどる患者さま。脂漏性皮膚炎と診断され治療を行うも、一向に治まる気配を感じませんでした。胃腸も丈夫で体格も良く、皮膚以外には問題はありません。常道であれば標治剤、しかしそれでは改善しないだろうと想起できました。皮膚病治療の実際と知っておくべき手法。脂漏性皮膚炎治療の現実をご紹介いたします。

■症例:脂漏性皮膚炎(脂漏性湿疹)

症例|69歳女性・特殊な経緯から発症した脂漏性皮膚炎

一か月前の風邪から頭皮に多量のフケが発生し、脂漏性皮膚炎を発症した患者さま。皮膚科にて治療を行うも治らず、ステロイドの内服まで行っても改善しませんでした。身体に継続する風邪の影響をどう解除するべきなのか。皮膚のみらなず、からだ全体から病態を把握する東洋医学の特徴を、具体例を通してご紹介いたします。

■症例:脂漏性皮膚炎(脂漏性湿疹)

使用されやすい漢方処方

①荊防敗毒散(けいぼうはいどくさん)
②十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)
③袪風敗毒散(きょふうはいどくさん)
④治頭瘡一方(ちずそういっぽう)
⑤黄連解毒湯(おうれんげどくとう)
⑥荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)
⑦半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)
※薬局製剤以外の処方も含む

①荊防敗毒散(万病回春)

 おでき治療の代表方剤であるが、同時に毛包を中心とした炎症に対して有効。したがって脂漏性皮膚炎に応用される。炎症初期の病巣を消散させる目的で用いる。鱗屑を厚く形成したり、湿潤傾向が強い場合には単独では効果が弱い。他剤との合方や加減を検討するべきである。
荊防敗毒散:「構成」
柴胡(さいこ):前胡(ぜんこ):川芎(せんきゅう):防風(ぼうふう):荊芥(けいがい):連翹(れんぎょう):羌活(きょうかつ):独活(どくかつ):茯苓(ぶくりょう):桔梗(ききょう):甘草(かんぞう):薄荷(はっか):枳殻(きこく):金銀花(きんぎんか):

②十味敗毒湯(瘍科方筌)

 おでき治療の代表方剤。特に日本では知名度が高い。荊防敗毒散を基本としながらも、構成生薬をよりシンプルにしたもの。配合から読み取れる薬能は両者でほぼ等しい。しいて言えば方中に大小柴胡湯の差がある。浅田流では十味敗毒湯に連翹を加え、十敗加連と称して運用している。
十味敗毒湯:「構成」
柴胡(さいこ):川芎(せんきゅう):防風(ぼうふう):荊芥(けいがい):桜皮(おうひ):羌活(きょうかつ):茯苓(ぶくりょう):桔梗(ききょう):甘草(かんぞう):生姜(しょうきょう):

③袪風敗毒散(寿世保元)

 十味敗毒湯や消風散のようにあまり有名ではないが、方意を掴んで用いると各種湿疹治療に応用しやすい。荊防敗毒散と消風散とを合わせたような処方で、化膿性炎症を基本にそこから滲出性炎症を介在させる場に用いる。ぽつぽつとした水疱を多発させる脂漏性湿疹に応用する。炎症を抑える力は弱い。黄連解毒湯を合わせる。地黄や麻黄などの胃に負担のある生薬が入っておらず、薬性は軽い。胃腸の弱い現代人の湿疹に用いやすい方剤である。
袪風敗毒散:「構成」
柴胡(さいこ):前胡(ぜんこ):川芎(せんきゅう):荊芥(けいがい):連翹(れんぎょう):羌活(きょうかつ):独活(どくかつ):白姜蚕(びゃくきょうさん):牛蒡子(ごぼうし):蝉退(せんたい):芍薬(しゃくやく):甘草(かんぞう):薄荷(はっか):枳殻(きこく):蒼朮(そうじゅつ):

④治頭瘡一方(勿誤薬室方函)

 別名「大芎黄湯」。頭部に生じた瘡(化膿)を治すという薬方であるが、面部なども含めた人体上部に生じる皮膚炎に応用される。比較的炎症程度の強い場合に適し、脂漏性皮膚炎では特に子供に用いる機会が多い。「下法」といって通じをつけることで炎症を除く方剤であることがポイント。衛生環境が今よりも悪い江戸時代では、頭面にひどい化膿性炎症を生じる者が多かった。本来はそのために作られた強力な化膿止めである。
治頭瘡一方:「構成」
忍冬(にんどう):連翹(れんぎょう):荊芥(けいがい):防風(ぼうふう):川芎(せんきゅう):紅花(こうか):蒼朮(そうじゅつ):大黄(だいおう):甘草(かんぞう):

⑤黄連解毒湯(肘後備急方)

 清熱薬として有名な本方は、脂漏性皮膚炎では十味敗毒湯や荊防敗毒散と合わせて用いられる機会が多い。血管拡張性の炎症、つまり患部の赤味や充血が強い場合には黄連解毒湯を加えないと効果が薄い。
黄連解毒湯:「構成」
黄連(おうれん):黄芩(おうごん):黄柏(おうばく):山梔子(さんしし):

⑥荊芥連翹湯(漢方一貫堂医学)

 一貫堂医学とは明治・大正時代に森道伯先生が編み出された病治方法。病的体質を大きく3つに分類して把握する手法にて、この処方は解毒証体質と呼ばれる慢性的な炎症性疾患を生じやすい者に適応する方剤。血行循環を調えながら炎症を抑制することを本旨とする。
荊芥連翹湯:「構成」
黄連(おうれん):黄芩(おうごん):黄柏(おうばく):山梔子(さんしし):当帰(とうき):川芎(せんきゅう):芍薬(しゃくやく):地黄(じおう):柴胡(さいこ):荊芥(けいがい):連翹(れんぎょう):薄荷(はっか):防風(ぼうふう):白芷(びゃくし):枳殻(きこく):桔梗(ききょう):甘草(かんぞう):

⑦半夏瀉心湯(傷寒論)

 脂漏性皮膚炎は体内に「湿熱」と呼ばれる病態を介在させている者が生じやすい。湿熱は主に甘い物・油もの・酒類などの蓄積によって起こる。したがって脂漏性皮膚炎ではこれらの飲食を避ける必要があり、経験上この食養生が非常に重要である。半夏瀉心湯は心下痞硬とよばる胃腸活動の失調に用いられる消化器系の薬であるが、同時に身体に蓄積した湿熱を解除する薬方でもある。脂漏性皮膚炎の体質治療として用いることがある。
半夏瀉心湯:「構成」
半夏(はんげ):乾姜(かんきょう):黄芩(おうごん): 竹節人参(にんじん):大棗(たいそう):甘草(かんぞう):黄連(おおれん):

臨床の実際

漢方による脂漏性皮膚炎治療

●病態解釈と適応処方
毛は毛球という根の部分から生え、毛包というトンネルを通って外に出ます。毛包には皮脂腺がつながっていて、毛とともに皮脂を外に出し、皮膚を保湿・保護しています。脂漏性皮膚炎はこの毛包を中心として炎症を生じる疾患で、一種の毛包周囲炎として観察されます。

毛包に起こる炎症としては、毛包炎やオデキ、尋常性ざ瘡(ニキビ)などの化膿性炎症があります。これらの皮膚病では膿が発生しますが、脂漏性皮膚炎では化膿は起こりません。ただし、これらと同じように毛包部に炎症を起こす疾患ですので、化膿性炎症に用いる処方で対応することが基本です。すなわち毒(膿)を敗毒する荊防敗毒散や十味敗毒湯を用います。

●炎症をどう抑えるか
軽症であればこれらの処方を単独で用いても効果を発揮します。しかし炎症傾向が強かったり、痂皮(鱗屑)が厚く多量であったりする場合には、他剤を合わせて用いる必要があります。

炎症が強い場合にまず加えるべき処方は黄連解毒湯です。この処方は「清熱解毒」という抗炎症作用を発揮する基本方剤です。具体的には強い充血性の炎症と、化膿性炎症とを抑えます。脂漏性皮膚炎は化膿が強く起こる疾患ではありませんので、患部の充血を去って炎症を抑える薬能を主とします。荊防敗毒散や十味敗毒湯には清熱の薬能があまりありません。したがって患部が充血する、つまり赤味が強い場合には、黄連解毒湯を必ず加えなければなりません。

また炎症が強いために痂皮が多く、鱗屑を厚く生じる場合は、石膏剤を合わせます。鱗屑は乾燥状として観察されますので、当帰や地黄などの滋潤薬を加えたくなるのですが、炎症が強い場合には滋潤薬をいくら配合しても乾燥は取れません。乾燥の原因は患部の強い熱ですから、清熱薬である石膏を使います。

●「温熱」への移行
脂漏性皮膚炎は患部の組織像が特異性に乏しく、明確に判断できないケースの多い疾患です。しかし経験上、軽症から中等度であれば上記で説明したような解毒・敗毒剤の消法で足ります。一方で中等度から重症では湿潤傾向の強まる「湿熱」の病態へと移行していきます。また頭部よりも腋窩(えきか:わきの下)や臍部にできた脂漏性皮膚炎は湿潤傾向が強く「湿熱」の病態を強く発生させます。湿潤傾向が強い場合は消風散の適応も考えられます。そしてそれでも間に合わない場合は「温病」の方剤へと適応が移行していきます。

●食事の養生
脂漏性皮膚炎の本治(炎症をおこしにくい体質にする治療)は、まずは食事療法を行います。脂漏性皮膚炎の原因は未だはっきりと分かっていませんが、私の経験上改善に食事療法は必須です。まずは漢方薬にて標治(現在生じている皮膚の炎症を改善する治療)を行います。そして本治は食事療法でいきます。具体的に気を付けるべき食事内容は、その方の生活の状況を知った上で行います。中には食事療法を行っても、再発を繰り返す方がいらっしゃいます。そういう方には、胃腸の失調を是正する方剤を基本に用いながら本治を行います。

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