胃潰瘍・十二指腸潰瘍

胃潰瘍・十二指腸潰瘍について

胃潰瘍・十二指腸潰瘍とは

胃壁や十二指腸の壁が粘膜下層よりも深い部分にまでえぐれが生じてる病を、それぞれ胃潰瘍・十二指腸潰瘍といいます。主な症状は胃痛や腹痛です。胃潰瘍では食後に、十二指腸潰瘍では空腹時や夜間に起こりやすいと言われています。痛みは鈍痛から耐え難いほどの激痛まで幅広く、また放っておくと消化管の壁に穴が開いたり出血を起こしてショック状態になることがありますので非常に危険です。

近年の西洋医学による胃潰瘍・十二指腸潰瘍の治癒率には目を見張るものがあります。これはプロトンポンプ阻害薬(PPI)やH2受容体拮抗薬(H₂RA)、さらにH.phlori除菌治療という非常に効果的な治療方法が出現してきたためでしょう。そのためこれらの治療を受けたことのない方や、特に出血性胃・十二指腸潰瘍などの全身状態の管理が必要となるケースでは、先ずはこういった西洋医学的治療がファーストチョイスとなります。

胃潰瘍・十二指腸潰瘍と漢方

●漢方治療を考慮するべきケース
ただしこれらの治療を受けても胃痛・胸やけ・吐き気などの症状が改善されない方もおられます。またピロリ除菌のための抗生剤3剤併用が副作用のためにできない方や、除菌をしても症状が改善されない方もいます。漢方では古くから胃や十二指腸の消化性潰瘍に有効な治療手法が研究されてきました。西洋薬をファーストチョイスにしつつも、これらの有意義な治療薬を利用しない手はありません。特に西洋医学的治療が無効なケースでは、漢方治療を検討してみることをお勧めいたします。

漢方治療では胃カメラなどによる画像上の改善よりも、先ず自覚症状の改善を目標とします。実際に症状の改善を実感し得る処方を継続して服用していくうちに、遅れて画像上の改善が確認できる傾向があります。

※夏目漱石と胃潰瘍
大塚敬節先生は「夏目漱石の病気」という小論の中で、漱石が弟子にあてた手紙の一節「本日は虞美人草休業。肝癪が起こると妻君と下女の頭を正宗の名刀でズバリと斬ってやり度い。然し僕が切腹をしなければならないからまず我慢をする。そうすると胃が悪くなって便秘して不愉快でたまらない…」を紹介し、これを胃潰瘍「漱石の胃病は肝癪をがまんするところにあったのだろう」と述べ、この胃潰瘍をあげている。香川修庵の「一本堂行余医言」を引用して、癇によるストレス性胃痛には山梔子、黄連、蒼朮、枳朮、香附子を含むの処方を証に随って応用すると述べている。

参考症例

まずは漢方治療の実例をご紹介いたします。以下の症例は当薬局にて実際に経験させて頂いたものです。本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

症例|ストレスを我慢し続けて起こった胃痛

32歳、男性。跡取りとして家業を継いだ患者さま。世代交代の中で起こるストレスから胃痛を発症しました。今現在起こっている胃痛に対して、いかに漢方薬をもって対応していくのか。以前同じ境遇を経験した私にとって思い入れの深い症例から、その一例をご紹介いたします。

■症例:胃痛・胃もたれ

参考コラム

次に「胃潰瘍・十二指腸潰瘍」に対する漢方治療を解説するにあたって、参考にしていただきたいコラムをご紹介いたします。参考症例同様に、本項の解説と合わせてお読み頂くと、漢方治療がさらにイメージしやすくなると思います。

コラム|胃痛・胃のはり・胃の重さ ~何をやっても治らない胃症状と漢方薬~

基本的に漢方治療をお求めになる方は、西洋薬を飲んでも効かなかったという方々です。しかし西洋薬で治らなかった胃症状が、なぜ漢方薬で改善できるのでしょうか。その理由と、漢方薬の効き方とを説明していきます。

□胃痛・胃のはり・胃の重さ ~何をやっても治らない胃症状と漢方薬~

コラム|漢方治療の経験談「胃もたれ・胃痛治療」を通して

当薬局でもご相談の多い「胃もたれ・胃痛」。日々治療を経験させていただいている中で、実感として思うこと、感じたことを徒然とつぶやいたコラムです。

漢方治療の経験談「胃もたれ・胃痛治療」を通して

コラム|◆漢方治療概略:「胃痛・みぞおちの痛み」

胃痛・みぞおちの痛みに使われる漢方薬にはたくさんの種類があります。ドラッグストアなどで選ぼうを思っても、「どれを試したら良いのか分からない」という声をしばしば拝聴します。そこで、そのような方々に参考にしていただけるよう、漢方治療の概略がいりゃく(細部をはぶいたおおよそのあらまし)を解説していきたいと思います。

◆漢方治療概略:「胃痛・みぞおちの痛み」

使用されやすい漢方処方

①柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)
②甘草瀉心湯(かんぞうしゃしんとう)
③香砂六君子湯(こうさりっくんしとう)
④清熱解鬱湯(せいねつげうつとう)
⑤柴陥湯(さいかんとう)
⑥人参湯(にんじんとう)
⑦熊胆(ゆうたん)
※薬局製剤以外の処方も含む

①柴胡桂枝湯(金匱要略)

 雑病として応用範囲が広く、心下部を中心とした「心腹卒中痛(みぞおちや臍回りがにわかに痛む者)」に用いる。胃、十二指腸、胆嚢、膵臓、胆石、肝炎などの心下部に疼痛を発生させる疾患に守備範囲が広い。病態に随って応用する。良姜・枳実・呉茱萸などの加味方が有名。
柴胡桂枝湯:「構成」
柴胡(さいこ): 半夏(はんげ): 桂枝(けいし):黄今(おうごん): 人参(にんじん): 芍薬(しゃくやく): 生姜(しょうきょう): 大棗(たいそう): 甘草(かんぞう):

②甘草瀉心湯(金匱要略)

 神経を使う事により胃と腸が障害された状態の胃酸過多症に守備範囲が広く用いられる。胸焼けはもちろんだが、げっぷ・腸鳴・下痢・口臭・口内炎・みぞおちの痞え・不眠・便が軟便にて気持ち良くでない・もやもやするなどに良い。食欲があって、痛みよりむしろ重苦しさとむかつきに用いる。
甘草瀉心湯:「構成」
半夏(はんげ):乾姜(かんきょう):黄芩(おうごん): 竹節人参(にんじん):大棗(たいそう):甘草(かんぞう):黄連(おおれん):

③香砂六君子湯(薛氏医案)

 六君子湯に香附子・砂仁・藿香を加えたもの。胃腸虚弱者にて平素より食の細いものに用いる。不快な胃の存在感を常に感じていると訴えるものもいる。虚弱体質の改善を目標とするが、証に合えば即効性がある。香附子・砂仁は痛みや吐き気への加減。ただし加減せず六君子湯を用いた方が効果が早い場合もある。
香砂六君子湯:「構成」
茯苓(ぶくりょう):人参(にんじん):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):白朮(びゃくじゅつ):生姜(しょうきょう):半夏(はんげ):陳皮(ちんぴ):香附子(こうぶし):砂仁(さじん):藿香(かっこう):

④清熱解鬱湯(万病回春)

 「嘈雑(そうざつ)」つまり「胸やけ」に用いる名方。出典に「心痛(みぞおちの痛み)稍久しき者は胃中に鬱熱あるなり」とあるように、熱感を伴うような激しい胃痛・胸焼けなどの症状に奏効する。山梔子・黄連を配剤している点が特徴で、四逆散や柴胡疎肝湯にこれらの生薬を加えて胃痛を治する工夫は古くからなされてきたことである。
清熱解鬱湯:「構成」
山梔子(さんしし):黄連(おうれん):川芎(せんきゅう):香附子(こうぶし):枳殻(きこく):陳皮(ちんぴ):蒼朮(そうじゅつ):乾姜(かんきょう):生姜(しょうきょう):甘草(かんぞう):

⑤柴陥湯(勿誤薬室方函)

 胃炎や胃酸過多症、胃・十二指腸潰瘍による胃痛・胸やけに応用する。出典では痰咳の胸痛(気管支炎や肺炎)への運用を提示するなどその応用範囲は広い。胃部疾患に応用する場合、煎じ薬にて用いると栝楼仁が胃にさわる。エキス顆粒剤での服用が丁度よい。
柴陥湯:「構成」
柴胡(さいこ):半夏(はんげ):黄芩(おうごん):人参(にんじん):甘草(かんぞう):大棗(たいそう):生姜(しょうきょう):黄連(おうれん):栝楼仁(かろうにん):

⑥人参湯(傷寒論)

 胃部の痛みに用いられる処方として有名であるが、寒証(冷えによって増悪する胃痛)であることが絶対条件となる処方。私見では胃・十二指腸潰瘍においては決して多い病態ではない。平素より冷えにより胃腸の調子を崩しやすいもの、また冷たい物の飲食により増悪するものに応用する。そうであっても胃痛出現時は熱証を呈する場合もある。
人参湯:「構成」
人参(にんじん):甘草(かんぞう):乾姜(かんきょう):白朮(びゃくじゅつ):

⑦熊胆(民間薬)

 いわゆる「クマノイ」。胃痛や胸やけに極めて即効性の高い効果を発揮する民間薬として有名。その効果は実際に高く、また頓服薬として用いれば誰でも安心して服用することができる点も優れている。民間薬といえども後世に残すべき非常に良い薬である。ただし高価で流通が少ないことが難点。

臨床の実際

胃潰瘍・十二指腸潰瘍治療の実際

これまで胃潰瘍・十二指腸潰瘍は精神的なストレスに原因があるとみなされてきました。しかし近年ヘリコバクター・ピロリの発見に伴い、胃潰瘍・十二指腸潰瘍の原因がこの菌にあるという見解が主流となります。そしてピロリ菌の除菌によりこれらの病に苦しまれる方々が減少の傾向にあることを考えれば、この功績は非常に大きいと言えます。

ただし臨床的には今をもって精神的なストレスをきっかけとして発症することがあります。漢方でも古くからこれを指摘しており、曲直瀬玄朔の医学指南篇の脾胃指南十二に「脾胃の働きは心の動きによって左右するもので、楽しい思いをもてば胃腸の働きが良くなり、不愉快な思いをすれば胃腸の働きが悪くなるばかりでなく、病気になる」とあります。このように胃痛は歴史的に多くの研究が重ねられた症状であり、そしてこれらの病を改善するための薬方も多く存在します。

●ストレスに負けない消化管を作ること
もしピロリ菌の除菌やPPI・H₂RAなどをもってしても胃痛・胸やけがおさまらず、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の発症や再発を危惧されている方には、漢方治療が強くお勧めできます。PPI・H₂RAなどとの併用も問題なく、むしろこれらの薬の効きが良くなり副作用も予防できる傾向があります。改善の実感としては、ストレスを受けても胃症状を起こさなくなったと感じられます。

漢方薬の胃薬はドラッグストアなどにもたくさん置いてあります。また保険適用の漢方薬でも多くの種類があります。まずは薬局や病院にて漢方薬を試してみるのも良いと思います。その際良く使われる安中散や六君子湯は胃薬として有名ですが、これらがだめでも諦めてしまうことはありません。漢方専門の医療機関であればさらに多くの処方の中から的確に選択してもらえます。総じて漢方にて改善へと向かいやすい疾患です。

関連する記事

慢性胃炎・萎縮性胃炎
胃酸過多症
逆流性食道炎
自律神経失調症
コラム「漢方と自律神経」

この記事の著者

店主:坂本壮一郎のプロフィールはこちら

※解説の内容は著者の経験や多くの先生方から知り得た知識を基にしております。医学として高いエビデンスが保証されているわけではございませんので、あくまで一つの見解としてお役立てください。

※当店は漢方相談・漢方薬販売を行う薬局であり、病院・診療所ではございません。解説において「治療・漢方治療・改善」といった言葉を使用しておりますが、漢方医学を説明するための便宜上の使用であることを補足させていただきます。

当薬局へのお問い合わせ

当薬局へのご相談をお求めの方はこちらをご参照ください。なお、ご相談は「完全予約制」になります。

当薬局では的確な治療を行わせて頂くため、なるべくご来局の上でのご相談をお勧めしております。ただしお越しになれない方のために、お電話によるご相談(遠方相談)もお受けしております。お電話によるご相談には、ご予約のための手順がございます。こちらよりご確認ください。

一覧へ戻る