■症例:体調不良

体調が悪い。

患者さまからそうご相談された場合、
治療者としては何が・どのように調子悪いのかを細かく確認しなければならない。

しかし患者さまからしてみれば、
とにかく「体調が悪い」という言葉の中にすべてが集約されている場合だってある。

自分の体調を悪さを、正確に伝えることは非常に難しい。
体調を理解して欲しいのに、どう説明していいのか分からない。

それが普通だと思う。
そして多かれ少なかれ、すべての患者さまにそのような懸念があるはずである。

ということは、
治療者側に必要なのは「感覚的なものを、具体的に把握する力」である。

患者さま自身が訴えにくい情報であったとしても、それを正確にくみ取り、把握する力。
そして同時に、患者さまのお体に何か起こっているのかを推測し理解する力。

師匠はこれを「感じる力」と呼んでいる。

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87歳、女性。

息子さんに付き添われながらの来局であった。
腰を曲げた、柔和な表情のおばあちゃん。
ゆっくりと席に着くと、少し恥ずかしそうに「最近体がだるくてね・・」と一言おっしゃられた。

その後、患者さまはほとんど話さなかった。
見かねた息子さんが、様態を話し出した。

2か月前に少し咽が痛くなった。風邪かと放っておいたが、そこから始まった咳が今も続いている。
熱も出ないし、寒気もない。咳はそこそことした軽いもので、痰も絡まず咳き込むようなこともない。

ただそれ以来、布団をかぶってテレビの前でじっとしているのだという。

そして夜、あまり眠れなくなった。体が火照って布団をはぐ。
熱いのかなと思って体を触ると、べつに熱くもないという。

食欲はと聞くと、少しへったかも知れないという。
口が渇きますかと聞くと、お茶をしきりに口に含みたがるという。

こう話されるのはすべて息子さんだった。
患者さまにお話しを振っても、「う~ん・・・そうだねえ・・・」と困ったお顔をされていた。

患者さまは、話をしたくないわけでは決してない。
自分の状態を上手く伝えられないのだ。

ただ体がだるく、しんどい。そうとしか言えない。
不快なことは沢山あるが、それをどう表現していいか分からない。

人には、そんな状態に陥る時がある。

この患者さまの体力は、実は底を突く気配を見せていた。
表現したいけど、表現する気力もない。この状態は、相当に衰弱している証拠なのである。

私は、最も「虚」に用いるべき薬方を出した。

結果は比較的早期に表れる。
服用して一週間で、身体が温まり咳が止まったという。

私はむしろ、素早い変化をより穏やかに進むよう配慮した。
体力の無い方ほど、早い変化によって体に負担をかけるべきではないからである。

その後、患者さまは日に日に良くなられた。
今では良くお話しを聞かせてくれる。
息子さんがしてくれたことや、近所のお友達とのやり取りを私に報告してくれるようになった。

実はそうとう衰弱していたんですよ、私は説明した。
当の本人は、そんなものかねぇ・・と笑われていた。

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「感じる力」の一例として本症例をご紹介した。

検査機器を使わずに病を観る東洋医学では、しばしば感覚的なものが大切になる。
医療であれば、それをより具体的な数値として表す研究も今後必要であろう。
しかし、それをするためには、まず「感じる力」自体を身につけなければならない。

では、この力はどのようにして培われるのだろう。

経験だろうか。
確かに経験を積むことは大切だと思う。
しかしきっと、経験を積んでも培われない場合だってある。

私は「想像力」だと思っている。

物事を、正確に、想像するための力。

患者さまの状態を、可能な限り的確に想像できたからこそ、
正しく薬方を選択することができたのだと、自分ではそう思っている。

ちなみに、
今回の患者さまの症例では、私よりも早く「正しく想像する」ことが出来ていた人がいる。

息子さんである。

普通ならば一見してただの疲労としか感じられない状態。
しかしそこに違和感を感じたからこそ、当薬局にお連れいただけたのである。

薬を飲む以前に、息子さんの想像力が、すでに患者さまを治癒へと導いていたのである。