■症例:腕の痛み・手指のこわばり

2022年04月13日

漢方坂本コラム

これから本格的な夏を迎えようとしている7月中旬。

仕事にて日常的に手指を使うという女性から、治療のご相談を受けた。

腕の痛みと、手指の強張こわばり。

以前から漢方を試してみようと思い、ネットで調べて当薬局に来局された。

手仕事の影響か、昔からばね指(指の腱鞘炎)になりやすかった。

今まで6本くらい手術していて、それもあってか指が年々動かしにくくなってきた。

また最近は夜間に、二の腕あたりが痺れて起きることがある。

起きている時にはあまり気にならないが、寝ている間に強く痺れ、痛い感じすらある。

指は朝起きた時が一番動かしにくい。動かしているうちに、徐々に楽にはなってくる。

温めて楽になるかどうかは分からない。しかし、寒い時の方が手の強張りは強かった。

腫れや浮腫んだ感覚はない。病院にかかるも、リウマチではない。

頚椎にはやや変形があるようだ。ただし、症状が出るという程度でもなかった。

結局、経過観察ということで、腕と手の体操を教えてもらった。

しかし、一向に改善へと向かわず、頼みの綱で漢方治療に興味がわいた。

毎日仕事で使う腕と指である。いつ動かなくなるのかと心配だった。

今の所、仕事が出来ないほどの症状ではない。

しかし、しばらく動かしていないと、仕事中でも強張ることが多い。

今までも何回も手術を繰り返してやっと続けている状態である。

そして今回、果たして明確な原因がわからないとなると、

いよいよ手の施しようがなくなってしまうのではいか。不安に思って当然のことだった。

現在59歳。

やや細身ではあるが、肌艶良く、年齢を感じさせない若さがある。

詳しく状況をうかがうと、内臓機能も安定している。

便通正常、胃腸に問題なく、食欲も旺盛。やや足が冷えるということを除けば、特に申し分はなかった。

眠れている。また手指を除けば疲労もそれほどない。

つまり、全身状態に顕著な問題はない。

腕・手の改善に集中するべき病態。ピンポイントにどこまで効かせられるのか、それが勝負になる症例だった。

この場合の問題は、「仕事でどうしても使う」という点。

少なからず日常的に手指を使い過ぎている。その点についてはどうしても無視することができなかった。

すなわちこの継続する悪化要因に対して、漢方での回復を追いつかせることができるのかどうか。

中途半端な効かせ方では難しい。

まずは、オーソドックスな煎じ薬から始めてみた。

私は始め、二週間分の薬を出した。

2回目の来局時、ある程度は効果が見て取れた。

しかし悪くはないかな、という程度。まだ朝の強張りは変わらず、決して十分とは言えなかった。

何か足りない。そんな印象を強く受ける。

この場合おそらく通常であれば、より強い薬を出すというのが定石。

例えば、麻黄の入っている方剤。葛根湯や薏苡仁湯よくいにんとうのようなものへの変更を考える。

しかし私は、どうしてもその気にはなれなかった。

まず、麻黄を使うような腫れでは決してない。

いくら胃腸や循環器に問題がないと言っても、麻黄で効く気がしない。

さらに、相談中にずっと気になる症状があった。

色白の肌を染める、やや上気するような、顔のほのかな紅潮。

おそらく、私が考えている以上に、この方には弱さがある。

攻めるのではなく、むしろ守る。

私は今までの処方に一つだけ、ある生薬を加えた。

おそらくそのほうが体になじむ・・・はず。

あえて効果をマイルドにすることで、血流が良くなるだろうと想定した。

的中である。まずは、飲みやすくなったとおっしゃられた。

さらに手のこわばりと腕の痛みが、かなり無くなった。

全体として7割ほどの改善。まだ一か月足らずの服用を考えれば、前回の改良がなければこのスピードは出なかったように思う。

生薬一味の大切さを痛感した。

確かに漢方では、たった一つの生薬が大きく結果を変えてしまうことがある。

おそらく、あそこで麻黄を使っていたら、結果は全く違うものだっただろう。

そうならないように決定できた根拠は、実のところ感覚的なもの。

説明することは、非常に難しい。

ただしこの感覚は、決して曖昧なものではない。

私は麻黄は絶対に使わなかったであろうし、もっと正直に言えば、使えなかったと思う。

なぜならば、この患者さまに対して麻黄を使う、そう考えた瞬間、明らかに「危険」だと感じたから。

父が昔、臨床を始めて間もない私に、臆病であることは大切だと言った。

確かにそうだ。特に、お体に影響を与える臨床においては、美徳の一つでさえあると私は思っている。

今回、漢方を服用していただいた期間は最終的に3か月。

効果の即効性という意味でも申し分なく、その後連絡がないことからも、症状が再発することなくお仕事を続けておられるようである。

長年続けた手仕事。続けるために6回も手術をしている。

回復が追い付いてホッとした。長年培った技術を、これからも出来るだけ続けていって欲しいと思う。

実は、全身状態に問題がない時ほど、治療が難しいという側面がある。

だから今回は本当に安心した。患者さまにも、難しさを伴うものの頑張らせてくださいと、最初にお願いをしていた。

腕・手指の痺証には、頚椎などの骨に異常があるもの、そうではなく内臓に異常があるもの、そしてどちらにも属さず疲労の蓄積によるものと、さまざまな病態が考えられる。

その弁別も含めて、決して油断が出来ない。今回のように細かい配慮によって効果が変わるとなれば、猶更である。



■病名別解説:「首・肩・腕の痛み・しびれ(五十肩・頚椎症・頸椎椎間板ヘルニアなど)

〇その他の参考症例:参考症例

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