これから本格的な夏を迎えようとしている7月中旬。
仕事にて日常的に手指を使うという女性から、治療のご相談を受けた。
腕の痛みと、手指の強張り。
以前から漢方を試してみようと思い、ネットで調べて当薬局に来局された。
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手仕事の影響か、昔からばね指(指の腱鞘炎)になりやすかった。
今まで6本くらい手術していて、それもあってか指が年々動かしにくくなってきた。
また最近は夜間に、二の腕あたりが痺れて起きることがある。
起きている時にはあまり気にならないが、寝ている間に強く痺れ、痛い感じすらある。
指は朝起きた時が一番動かしにくい。動かしているうちに、徐々に楽にはなってくる。
温めて楽になるかどうかは分からない。しかし、寒い時の方が手の強張りは強かった。
腫れや浮腫んだ感覚はない。病院にかかるも、リウマチではない。
頚椎にはやや変形があるようだ。ただし、症状が出るという程度でもなかった。
結局、経過観察ということで、腕と手の体操を教えてもらった。
しかし、一向に改善へと向かわず、頼みの綱で漢方治療に興味がわいた。
毎日仕事で使う腕と指である。いつ動かなくなるのかと心配だった。
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今の所、仕事が出来ないほどの症状ではない。
しかし、しばらく動かしていないと、仕事中でも強張ることが多い。
今までも何回も手術を繰り返してやっと続けている状態である。
そして今回、果たして明確な原因がわからないとなると、
いよいよ手の施しようがなくなってしまうのではいか。不安に思って当然のことだった。
現在59歳。
やや細身ではあるが、肌艶良く、年齢を感じさせない若さがある。
詳しく状況をうかがうと、内臓機能も安定している。
便通正常、胃腸に問題なく、食欲も旺盛。やや足が冷えるということを除けば、特に申し分はなかった。
眠れている。また手指を除けば疲労もそれほどない。
つまり、全身状態に顕著な問題はない。
腕・手の改善に集中するべき病態。ピンポイントにどこまで効かせられるのか、それが勝負になる症例だった。
この場合の問題は、「仕事でどうしても使う」という点。
少なからず日常的に手指を使い過ぎている。その点についてはどうしても無視することができなかった。
すなわちこの継続する悪化要因に対して、漢方での回復を追いつかせることができるのかどうか。
中途半端な効かせ方では難しい。
まずは、オーソドックスな煎じ薬から始めてみた。
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私は始め、二週間分の薬を出した。
2回目の来局時、ある程度は効果が見て取れた。
しかし悪くはないかな、という程度。まだ朝の強張りは変わらず、決して十分とは言えなかった。
何か足りない。そんな印象を強く受ける。
この場合おそらく通常であれば、より強い薬を出すというのが定石。
例えば、麻黄の入っている方剤。葛根湯や薏苡仁湯のようなものへの変更を考える。
しかし私は、どうしてもその気にはなれなかった。
まず、麻黄を使うような腫れでは決してない。
いくら胃腸や循環器に問題がないと言っても、麻黄で効く気がしない。
さらに、相談中にずっと気になる症状があった。
色白の肌を染める、やや上気するような、顔のほのかな紅潮。
おそらく、私が考えている以上に、この方には弱さがある。
攻めるのではなく、むしろ守る。
私は今までの処方に一つだけ、ある生薬を加えた。
おそらくそのほうが体になじむはず。
あえて効果をマイルドにすることで、血流が良くなるだろうと想定した。
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的中である。まずは、飲みやすくなったとおっしゃられた。
さらに手のこわばりと腕の痛みが、かなり無くなった。
全体として7割ほどの改善。まだ一か月足らずの服用を考えれば、前回の改良がなければこのスピードは出なかったように思う。
生薬一味の大切さを痛感した。
確かに漢方では、たった一つの生薬が大きく結果を変えてしまうことがある。
おそらく、あそこで麻黄を使っていたら、結果は全く違うものだっただろう。
そうならないように決定できた根拠は、実のところ感覚的なもの。
説明することは、非常に難しい。
ただしこの感覚は、決して曖昧なものではない。
私は麻黄は絶対に使わなかったであろうし、もっと正直に言えば、使えなかったと思う。
なぜならば、この患者さまに対して麻黄を使う、そう考えた瞬間、明らかに「危険」だと感じたから。
父が昔、臨床を始めて間もない私に、臆病であることは大切だと言った。
確かにそうだ。特に、お体に影響を与える臨床においては、美徳の一つでさえあると私は思っている。
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今回、漢方を服用していただいた期間は最終的に3か月。
効果の即効性という意味でも申し分なく、その後連絡がないことからも、症状が再発することなくお仕事を続けておられるようである。
長年続けた手仕事。続けるために6回も手術をしている。
回復が追い付いてホッとした。長年培った技術を、これからも出来るだけ続けていって欲しいと思う。
実は、全身状態に問題がない時ほど、治療が難しいという側面がある。
だから今回は本当に安心した。患者さまにも、難しさを伴うものの頑張らせてくださいと、最初にお願いをしていた。
腕・手指の痺証には、頚椎などの骨に異常があるもの、そうではなく内臓に異常があるもの、そしてどちらにも属さず疲労の蓄積によるものと、さまざまな病態が考えられる。
その弁別も含めて、決して油断が出来ない。今回のように細かい配慮によって効果が変わるとなれば、猶更である。
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■病名別解説:「首・肩・腕の痛み・しびれ(五十肩・頚椎症・頸椎椎間板ヘルニアなど)」
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