□下痢 ~梅雨時期の下痢に効く漢方薬2~

※前回までのあらすじ・・・
「平胃散(へいいさん)」と「人参湯(にんじんとう)」との合方(これを「理平湯(りへいとう)」と呼んだりもします)、梅雨に起こる下痢であれば、これだけで結構いけます。運用方法もそれほど難しくはなく、ポイントとコツさえ掴めば誰でも効かせることが可能です。

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□下痢 ~梅雨時期の下痢に効く漢方薬1~

しかし、当然それでも治らないという場合もあります。そんな時に使う処方を、ここでは2つほどご紹介したいと思います。

■それでも治らない場合、次の一手

平胃散と人参湯を飲んでも下痢が止まらなかった。それならば基本的には然るべき医療機関に相談していただくことが得策です。しかし常備薬という意味では平胃散と人参湯以外にも良い薬があるのです。そのため蛇足を覚悟してあと二つだけ、梅雨に使われやすい漢方処方を解説したいと思います。

今回ご紹介する二つの処方は、両方ともに比較的手に入りやすく、かつ穏やかで安全な処方です。ただし、少々マニアックです。前回ご紹介した平胃散と人参湯だけでなく、これらの処方を自分で選べるようになったら、かなり漢方を知っている人という感じです。

梅雨に体調を崩しやすいという方は、ぜひ参考にしてみてください。

□胃苓湯(いれいとう)

平胃散と五苓散(ごれいさん)とを組み合わせた処方を「胃苓湯」といいます(※)。この名で売られていなくても、平胃散と五苓散とを買って合わせれば胃苓湯になります。理平湯と同じく平胃散を基本とする下痢止めではありますが、理平湯が腹中の「冷え」への対応を強めている一方、本方は腹中の「水の貯留」への対応を強めた処方です。

腹痛はあまりないが、水瀉性の下痢をシャーっと下すという場合に用います。出方に勢いはあるものの、やはり出渋る感がありスッキリ出ないという下痢です。平胃散をもって腹中の「湿」を除くとともに、五苓散をもって腹中の「水」を小便へと導く。梅雨時期に水を飲み過ぎたという場合や、夏場の胃腸炎において、運用する機会の多い処方です。
 
ただし本方の目の付け所は、実は別の所にあります。腹部の「水の貯留」ということだけでは、平胃散だけで治ることも多いのです。平胃散に五苓散を合わせた真意は、水を抜くということだけではありません。むしろ「脱水」への配慮を施すために、五苓散を合方しているのです。
 
梅雨時期から発生した下痢が長引くと、胃腸が弱って飲んだ水が体内に入りにくくなります。そしてそのまま夏になれば、汗をかいて水を飲んだとしても、飲めば飲むほど下痢する、そういう状態に陥ってしまうことが多々あります。こうなると非常に脱水が起こりやすくなります。水を飲んでも下痢として体外に出ていってしまうからです。夏に体調を崩す方の中には、夏の手前で下痢傾向を発生させている方が多く、本方はそのような傾向を持つ方に対して、先手をうつ形で五苓散を合方するというのが真の目の付け所です。
 
このような状況を良く起こす方は、未だ夏に至っていない梅雨の段階で、下痢をすると伴に徐々に口が渇くようになってきます。また小便の量が少なくなり、手足や顔に浮腫みを生じやすくなってきます。特に酒飲みの方に多くこの状況が発生します。早めの段階でそのような傾向を見て取った時が、胃苓湯を使うタイミングです。

その場合は、たとえ水瀉性の下痢をしていなかったとしても、本方を服用しておく方が良いのです。下痢が止まると同時に、体が軽くなることが多く、さらに無駄に汗をかくこともなくなり、夏バテを起こしにくい体へと向かっていきます。

※・・『古今医鑑』の胃苓湯には芍薬が入る。

□藿香正気散(かっこうしょうきさん)

漢方には使い勝手が分かると非常に重宝するという方剤がいくつかあります。本方はそんな名方の一つです。

聞きなれない処方かも知れませんが、もともと日本人には馴染みの深い処方です。江戸時代初頭、庶民に広く漢方治療を流布するべく刊行された『衆方規矩(しゅうほうきく)』の中で、霍乱(かくらん:下痢嘔吐を起こす感染症)の主方として紹介されたことで広く知られることになりました。

本方は身体の「湿気」を払う薬能を備えています。外から侵入してきた湿気を、体から発散させるという点が本方の特徴です。そして名薬として生き残り続けた理由は、その作用の即効性にあります。ただし、湿気にやられていればどんな状態でもこの処方で治るというわけではありません。身体が湿気にやられている状況、さらにその中である特殊な場において、非常に即効性の高い薬能を発揮する処方です。

人体は何らかの過剰な刺激を持つ外気を受けた時に、その影響を打ち消す方向に体を反応させます。冷たい外気が当たると、身体は逆に自らを温めるよう直ちに反応します。また暑い外気が当たると、汗をかいて体温調節を図るように反応します。

しかしこの時、「湿度が高い」という性質が外気に絡むと話が変わってきます。刺激を受けた時に、人体がこのような迅速な反応を起こせなくなるのです。ちょうど皮膚にラップを巻かれたような状況と一緒です。汗をかこうにも十分に発散できず、かつ体を温めようにもいつまでも冷えた湿気がまとわりついて温まらないという状況に陥ってしまうのす。

「湿」という刺激の特徴は「居座(いすわ)る」という点にあります。いつまでもその場に居座り、長期的に体を侵し続けるという特徴です。そして同時に、様々な反応を「鈍く」させてしまいます。体の反応をマスキングすることで、長期的にはっきりとしない症状を発生させ続けるという特徴があります。

本方はこのような外からの湿気に対して、体が反応したくても充分に対応しきれていないという状況において、非常に迅速な効果を発揮する処方です。

例えば梅雨の季節に下痢を生じ、さらに鼻づまりや微熱を生じ続けている方。また喉の痛みがいつまでも治らない方などに運用する場が相当数あります。つまり、梅雨時期に起きた鼻炎や風邪などに良く効きます。

ただし梅雨時期の風邪は、症状の出方がいつもと違います。強く発熱せず、むしろ体に熱が籠ります。また鼻炎や咽痛も何となくスッキリしないという状態で長引き、お腹が緩く下痢っぽいがスッキリ出ないという症状を伴うことが多くなります。すべて湿気を外に出したいけれどもいつまでも出し切れていないという状況が目の付け所です。体がこのような反応を起こしている時に、本方は他の処方にはない顕著な効果を発現する性質があるのです。

人は常に外側に何らかのものを発散させながら生きています。水や熱、そして感情でさえも、人は外に発散させることで溜らないようにしているのです。湿気が人を包むと、この発散が充分に行われなくなります。したがって体に熱が籠っている感覚をおぼえ、体がだるく・重くなり、さらに精神的にもイライラが続くようになります。

梅雨の時期にこのような傾向を感じたら、本方をサッと服用してみると良いでしょう。風邪とか鼻炎とかに拘泥する必要はありません。体の外に湿気を払うべき時を見極めること、それさえ出来れば本方をもって一陣の涼風を体に起こすことが出来ます。

本方が上手く適合し、効果を発揮した時の心地よさは格別です。皆さまにも実感して頂きたい。最後は少々難しくなってしまいましたが、そんな思いからご紹介した次第です。



■病名別解説:「下痢