□五月病 ~効果的な漢方薬とその養生~

2022年05月14日

漢方坂本コラム

□五月病
~効果的な漢方薬とその養生~

<目次>

東洋医学からみた五月病とその原因

五月病を予防・改善するための養生

五月病に使われやすい漢方処方

東洋医学からみた五月病とその原因

ゴールデンウイーク明けになると起こりやすい病、五月病。

正式な病名ではありませんが、確かにこの時期に生じやすい体調不良があります。

何となく体がだるい、やる気が起きない、何事にも興味が持てず楽しめない

心身共に体調が悪くなるこの病は、放っておくと抜け出せなくなり、うつ病へ進行してしまうこともあるため、早めの対応が望まれます。

多くの解説で五月病の原因はストレスだと言われています。

新しく慣れない環境で頑張る新入社員や学生の方に多いと言われていて、確かにと思わせる側面もあります。

しかし、五月病の原因はストレスだけで論じられるものではありません

ストレスと上手に付き合う方法を考えることが重要だと言われても、ストレスを完全になくすことが現実的ではない以上、あまり効果的な対策だとは正直言い難いと思います。

それよりも、この病の原因には五月特有の気候が関与していることが多いものです。

急激に暑くなりはじめる五月、草木が深緑に染まり始め、日差しが夏のような強さを帯び始めるこの時期。

人体も自然と同様に、生理的に変化を起こし始めます。その変化・調節が上手くいかない場合に、心身が乱れて体調不良を起こしやすくなります。

人体は気温や気圧の変化に同調する形で、体の血流を変化させています。

寒いなら寒い時の血流に、暑い時は暑い時の血流にその流れ方を変化させています。

それによって、外界が変わっても自分自身を維持するための恒常性を発揮しているのですが、

これを行うために、血流をコントロールしているのが「自律神経」です。

この時、急激に気温や気圧が変わると、この自律神経の活動が追い付かなくなります

もともと自律神経活動が順調で力強く、かつ俊敏に動ける方であれば問題はありません。しかし逆に弱々しく緩慢で乱れやすい方の場合、この急激な気候の変化に血流調節がついていけなくなります。

結果として自律神経が乱れ、過剰な緊張・興奮状態へと陥ってしまいます。大気に比べれば、人間の体積は米粒以下です。その小ささ故に、人間は必ず巨大な大気の影響を受けながら生活しています。

五月五日は「立夏」。夏の始まりであり、日差しが急激に暑くなります。

気温が急激に上昇すると、自律神経はその暑さに合わせて血流を緩やかにさせます。その反応が追い付かない方では、気温上昇に煽られて体が興奮状態へと陥ります。

夜間に体が火照って眠れなくなったり、体がだるく重くなると同時にイライラや気鬱が起こりやすくなったりといった、血流の停滞を伴う心身の乱れが起こりやすくなります。

五月病では、このような急激な気温上昇という気候的要素が、強く関わっていると考えています。

これは私見ではあるものの、臨床において実際に観察できることであり、かつ自然と人間とを切り離さずに考える東洋医学の基本にのっとるものです。

つまり、五月病を改善していくためには天候に左右されにくい自律神経を作り上げることが必要で、今回はそのために必要な養生と、良く使われる漢方薬とを以下に解説していきたいと思います。

五月病を予防・改善するための養生

自律神経を安定させるというと、趣味などをもってリラックスする時間を作るとか、ストレスを真に受けないよう考え方を変えるなどの養生に目がいきがちです。

しかし、私見ではそれよりもまず行わなければいけない養生があります。

自律神経は血流を整える神経です。自律神経が安定していると血流が安定するし、その逆もまた然りです。

つまり血流が安定していれば、自律神経もまた安定します

したがって乱れにくい自律神経を作り出すためには、血流を常に良い状態に保っておくこと。血液の流れが悪ければ、どんなに自分の考え方を変えたとしても、自律神経は乱れやすいまま、変わることができません。

■筋肉

人体の血流を促す最大の臓器は筋肉です。

筋肉は血液の動力そのものであるため、筋力不足は血流低下の直接的な原因になり得ます

したがって普段から運動不足があるような方では血流が弱く、自律神経が乱れやすくなります。

特に仕事中座りっぱなしというような生活を行っている方であれば、スクワットなどの毎日の筋トレを習慣にするだけでも自律神経は安定しやすくなります。

■睡眠

そして筋肉は、日中いくら活動を休めていても、その疲労を回復させることはありません。

筋肉が回復するのは夜間、睡眠を取っている時だけです。したがって睡眠不足は筋肉の疲労を蓄積させ、それによって血流の低下を招きます

特に筋肉が少ない方では、睡眠不足による血行障害が如実に起こります。

特にありがちなのが、普段運動を全くしない女性で浮腫みやすいという方。こういう方が睡眠不足を起こすと、心身の乱れが顕著に起こってきます。

■食事

食事の質を気を付けることも大切です。ただし特に気を付けなければいけないのが、食事の「食べ方」です

消化管は人体最大の筋肉組織であるため、消化管平滑筋を痛めつけるような食べ方をしてしまうと内臓の血行がすぐに悪くなってしまいます。

まず一度に多量にお腹いっぱいまで詰め込まないこと。また消化管を全く使わなくすることも避けなければなりません。

つまり、ゆっくりと良く噛み腹八分目で食べつつも、定期的にしっかり食べること。お腹が減って暴食し、次の日はほとんど食べないというような食事のムラは、胃腸をどんどん傷つけていきます。

筋肉をしっかりと活動させ、かつ充分に休め、さらに胃腸を傷つけない食事のとり方をすること

基本的にはこれらがしっかりと保たれていれば、五月病にはそうそうなるものではありません。

またいくら薬で対応しようとしても、これらの症状が守られていなければ効果は薄いものです。

基本であるがゆえに、養生は非常に大切になります。

五月病に使われやすい漢方処方

一口に五月病と言っても、起こり得る病態は様々です。

そのため五月になって体調の悪さを感じたら、できれば漢方専門の医療機関におかかりになることをお勧めします。

ただし市販で売られているものの中で、五月病に対応することもある程度は可能です。

以下に使い方が簡単な処方をいくつかあげてみたいと思います。

□加味逍遙散(かみしょうようさん)・抑肝散(よくかんさん)

五月になり急に暑くなり出すと、些細なことでイライラしやすくなるという方がいます。

イライラすると同時に頭に血がのぼって顔が火照ったり、さらに寝つきが悪くなったり眠りが浅くなるという方も多いものです。

その場合にまず試してみて欲しいのが加味逍遙散です。しばしばPMS(月経前症候群)に使われる本方は、自分ではコントロールできない怒気を鎮める処方として有名です。

また加味逍遙散に良く似た処方に抑肝散があります。

抑肝散もイライラや不眠に良く効く処方で、時に耳鳴りやめまいにも効果を発揮します。

暑くなるとイライラして頭に血がのぼるという方では抑肝散に黄連解毒湯を合わせて飲んだ方が良いと思います。

特にお酒飲みの方のイライラに、黄連解毒湯は良く効く処方です。

□補中益気湯(ほちゅうえっきとう)

疲労感といえば補中益気湯、それほど疲労に対して良く使われる有名処方です。

重く深いというよりも、日常的に起こる浅い疲労に対して効果が高い処方で、新年度から慣れない仕事が続き、さらに五月になって睡眠時間が削られて一日中だるさが続くという方であれば、栄養ドリンク剤代わりに本方を服用することをお勧めします。

補中益気湯と使う目標として次の点を覚えておくと良いと思います。

・新聞やスマホの文字を読んでも頭に入ってこない
・寝ても疲れが取れない
・食後に吸い込まれるように眠くなる
・食事を食べても砂を噛んでいるようで美味しくない

これらは本方使用における有名な口訣の一部です。確かにこのような方に使うと、良く効くことが多いものです。

□五苓散(ごれいさん)・苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)

血流と水分代謝とには密接な関係があります。

急に暑くなる五月、血流が停滞することで水分の巡りが悪くなり、動かない水が体にのしかかることで疲労を強く感じる方がいます。

疲労は補中益気湯のようなもので補うものと、水を動かすことで体を軽くするべきものとがあります

補中益気湯を飲んでも効き目が無いと感じたら、水分代謝を整える方へと舵を切った方が良い場合があります。

五苓散は水分代謝を改善する処方として有名です。口が渇いて水をしきりに飲みたくなるという方では、五苓散を服用しておくと体が軽くなります。

また女性で浮腫みやすく、かつ立ちくらみや目眩などの脳貧血を起こしやすい方であれば苓桂朮甘湯が良いでしょう。

両者ともに水を動かすといっても、動かす準備を調える処方です。つまりこれらの薬だけでは水は動かず、動かすためには薬を飲むとともに、筋肉を活動させる、つまり筋トレが必要です。

養生を行いつつこれらの処方を服用すると、即効性が上がり、明らかな効果を感じることができるものです。

□平胃散(へいいさん)・藿香正気散(かっこうしょうきさん)

五月は暖かくなるだけではなく、時に梅雨に向けて湿気を帯びてくる季節でもあります。

湿気は人体の血流を容易に停滞させます。体がだるくなったり、体に熱がこもりやすくなったり、またイライラしたり鬱っぽくなったり、かつ下痢などの排便異常を伴うこともあります。

漢方では体の「湿気取り」を行う処方が多く用意されています。平胃散がその基本であり、藿香正気散はより外からの湿気に対して効果を発揮します。

五苓散や苓桂朮甘湯とはまた違った機序で効くこれらの処方は、特に山中や夏場で使われる機会が多いものです。じめじめとした環境の中で起こる諸症状に対しては、これらの処方が良く効きます。

疲労感や重だるさ、下痢や便秘、イライラや気持ちの落ち込みなど、湿気によるものならば幅広い症状を包括して改善することが可能です。

また湿気の季節の風邪やアレルギー性鼻炎にも有効で、鼻水や鼻づまり、頭痛や咽痛、発熱や寒気にも効果を発揮します。

湿気の季節になると下痢しやすいという方であれば平胃散を、また決まってだるくなるという方であれば藿香正気散を、家に備えておくと便利です。



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