【漢方処方解説】大柴胡湯(だいさいことう)

2024年01月18日

漢方坂本コラム

大柴胡湯(だいさいことう)

<目次>

大柴胡湯運用の目の付け所

大柴胡湯の特殊性

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昭和の名医・大塚敬節先生が最も使用した薬は大柴胡湯だったそうです。

自律神経失調やホルモンバランスの乱れを始めとして、心療内科・消化器科・婦人科・呼吸器科・耳鼻科・眼科・皮膚科など、さまざまな領域の病に応用されていたそうです。

しかし昨今ではあまり頻用されているとは言えません。その理由はいくつかあります。

まず大柴胡湯は、大黄配合の「下剤」という印象が強いためにその使い道が狭まっています

ただし本来大柴胡湯は、下痢だろうが便秘だろうが使う場があります。便秘でなければ使えないという意識は、明らかに本方適応の幅を狭めています。

さらに大柴胡湯を適正使用するための見極めとなる症状に「胸脇苦満(きょうきょうくまん)」がしばしば取り上げられます。しかし私は、これも非常に怪しいと考えています。

そもそも本方を最初に世に出した『傷寒論』には、大柴胡湯の適応症状に一言も胸脇苦満とは書かれていません。

柴胡剤との繋がりの中で、後の世になって胸脇苦満が指摘されるようになりました。

確かに大柴胡湯適応者の多くが、脇腹に指を滑りこませた時に不快な圧迫感を感じることはあります。

しかし胸脇に張りや痛み・硬さがあってもそれは派であり本ではありません。胸脇苦満は必ずしも必要なポイントではないと私は考えています。

では大柴胡湯の運用は何をポイントに考えれば良いのでしょうか

見極められると様々な病に応用できる薬です。今回はその運用のポイントを極々簡単に述べていきたいと思います。

ただし大塚敬節先生が頻用されたように、非常に奥が深い処方でることは確かです。

ここにお書きすることは一個人の考えであり、さらに簡略化されたものです。大柴胡湯という薬が皆さまにとって大切な薬となる、その足掛かりとなっていただければ幸いです。

(※胸脇苦満:左右肋骨の下、季肋部が固く張り、指を滑り込ませるように入れた時、不快な圧迫感を感じる症状のこと)

大柴胡湯運用の目の付け所

まずは『傷寒論』における大柴胡湯の条文を見ていきましょう。

複数個所に記載がありますが、ここでは本方の適応病態を最も分かりやすく説明している条文を意訳してみます。

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『傷寒論・弁太陽病脈証幷治中第六』
太陽病を患って十日余り経過し、誤って二三回之に下剤をかけた。その後四五日経ってもなお柴胡の証がある者は先ず小柴胡湯を与えなさい。しかし嘔気が止まず、心下急して鬱々とし、微煩するものは未だに治っていない。大柴胡湯を与えて之を下せば則ち癒える。

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傷寒とは感染症、いわゆる風邪のような状態を指します。感染症を患ってなかなか治らず、病態のポイントが体内へと移行してきた際に用いる漢方薬に柴胡剤があります。この時まず小柴胡湯を与えて治りきらないようであれば、大柴胡湯で下す、つまり便を出させてあげれば治ると説明しています。

ただし感染症は慢性経過すればするほど、さまざまな病態へと派生していきます。その中で大柴胡湯を使うポイントを『傷寒論』では明確に挙げており、それが心下急・鬱々微煩しんかきゅう うつうつびはんです。

「心下急・鬱々微煩」とは、心下(みぞおち辺り)が硬く拘急し、煩わしく鬱々とした気分におちいるという状態を形容した表現です。みぞおちの硬さや痛みをグッと噛みしめ、眉間にシワを寄せて我慢しているような状態です。

鬱々と表現していますが、鬱というよりはむしろ怒気をおさえて外に出さないようにこらえているような印象です。この心下にグッと力が入って緊張感が漂う状態こそが、大柴胡湯適応の真正面だと示唆しています。

つまり大柴胡湯が効くポイントは、苦満を呈する胸脇や、便秘を起こす大腸ではないと私は考えています。

胸脇や大腸とゆうよりはむしろ心下(しんか)、つまり胃部を中心に効果を発揮する薬です。

すなわち「心下急」が最大の目の付け所であり、みぞおち辺りに不快症状を発している場合が本方適応のポイントになります。

私はこの要所を突けば広い応用が可能だと考え、実際の臨床で広く使えることを知りました。

まずは大柴胡湯を胃薬として捉えます。

胃に限局するというよりは、みぞおちを中心に症状が派生している状態と捉えます。

例えば、ストレスがかかった時に胃がグッと硬く痛くなるとか、食べ過ぎるとみぞおちが詰まり、それが背中(主に右)に波及するとか、自律神経の乱れや食事の乱れがみぞおちに来るという場合に、この処方はしばしば的確に著効します。

特に胆石症や繰り返す胆嚢炎に使用する場が多く、かつ逆流性食道炎・神経性胃炎・機能性ディスペプシアなどにも効果を発揮します。

またそのような病名がつかなくても、イライラを我慢すると胃にくるとか、食べ過ぎると胃にくるもの、放っておけば寛解するが、何度も繰り返すという場合に使うと効果的です。

大柴胡湯が解除するこの心下(みぞおち)の不調を掴むことが出来るようになれば、消化器のみならず、他の疾患へと広く応用することが可能になります。

例えば一見消化器とは関係のない呼吸器疾患、気管支喘息であったり、気管支炎であったりしても、心下の症状を目標に大柴胡湯を使うことで改善へと向かうケースが多々あります。

ちなみに、このみぞおちをグッと硬くさせる体質者は、体の太さ・細さにはあまり関係がありません

大柴胡湯はいわゆる体格の良い人に使うとしばしば説明されていますが、私の経験ではそこは全く関係ないと思います。みぞおちが硬く実するという点に着目するべきです。

また大黄、つまり下剤が入るため、下痢傾向の方には使いにくい印象は確かにあります。

しかしそこは大黄の種類(雅黄・金紋など)や量を調節することで対応すれば良いことです。そもそも大柴胡湯が効く人は、下痢をするとむしろ腹がすっきりして気持ちが良いと言われる傾向があります。

大柴胡湯の特殊性

「心下の急」を解除する大柴胡湯ですが、そもそもこの薬能はどこから来ているのでしょうか。

大柴胡湯はその名の通り、柴胡を主とします。しかし本方の薬能は、柴胡よりもむしろ「枳実」を中心に考えた方が分かりやすいと感じています。

総じて胃腸を改善する漢方薬は、胃腸に何らかの刺激を与えながら消化管活動を促します。

白朮や陳皮、木香や縮砂などの胃腸に効く薬は、動きの悪い消化管に各種の刺激を与えることで、動きを促している印象があります。

ただし人によって消化管の弱り方が異なります。強く刺激を与えなければ動かない人もいれば、優しい刺激でないと逆に動かない人もいます。

治療にあたってはその強弱の見極めが肝要です。その強さの調節こそが、所謂虚実の見極めと考えることもできます。

大柴胡湯は比較的強い刺激を与えることで消化管を動かそうとする薬です。

その中核が枳実です。枳実は強い苦味で消化管をやや強めに叩く薬という印象があります。

枳実はみぞおちに詰まる硬く強い緊張感を、その苦味で砕くという薬です。つまり大柴胡湯の心下急(みぞおちの強い詰まり)はこの枳実をもってして砕くというのが本方薬能の主軸になっています。

そして大黄はさらにその力を強める・調節するという意味で配合されているとも考えられます。

すなわち、あくまで枳実が中心。これが大柴胡湯の薬能の柱になっています。

ちなみに枳実配合剤である四逆散しぎゃくさん温胆湯うんたんとうも、その意味で大柴胡湯に近い薬能をもちます。

ただし、四逆散は緊張を緩める薬能に長けて拘急を主とし温胆湯は痰飲を主として緊張緩和の効能は穏やかです。

すべてみぞおちに何らかの過緊張状態を呈しているといえども、その緩急に違いがあります。

おそらく先人たちはその違いをもって、薬方運用の見極めにしていたのではないかと感じるところです。

大柴胡湯は市販薬でもあります。下痢する可能性のある怖い薬と考えずに、それほど便秘ではない方でも一度試してみても良いかも知れません。

しかし、この処方にとって大黄は必ずしも必要なものではありません。ならばむしろ、大黄抜きのものが市販されていた方が使いやすい。メーカーの方々に是非ご一考いただきたい所です。



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