【漢薬小冊子】石膏(せっこう)

2023年11月09日

漢方坂本コラム

■生薬ラテン名
GYPSUM FIBROSUM

■基原
天然の含水硫酸カルシウムで、組成はほぼCaSO₄・2H₂O

■配合処方例
越婢加朮湯
白虎湯加人参湯
麻杏甘石湯
防風通聖散
など

※生薬の解説は本やネットにいくらでも載っています。基本は大変重要ですので、基礎的な内容を知りたい方はぜひそちらを参照してください。ここではあくまで私の経験からくる「想像・想定」をお話しします。生薬のことを今一歩深く知りたいという方にとってのご参考になれば幸いです。

石膏(せっこう)

不思議な生薬、石膏。

ただの石膏。

そのまんま。石、です。

漢方では大寒薬(体を冷ます薬)に分類され、さまざまな炎症を抑える薬として使われます。

なぜ石が効くのか。その理由は分かっていません。

それでも使うと治まる炎症があります。

例えばアトピー性皮膚炎や蕁麻疹など、皮膚炎にはなくてはならない薬です。

また変形性膝関節症やリウマチなど、関節炎に使っても良く効きます。

その他、オデキや熱中症、風邪にも使ったりする。

しかし成分を抽出してみても、

現代の科学では何故効くのか説明がつかない。

経験的根拠を重視する漢方。

その特徴を、如実に物語る生薬だと言えるでしょう。

実はこの生薬、科学的に分からないだけでなく、

漢方の世界でも、各医家によって言うことがさまざまです。

例えば江戸の名医・吉益東洞よしますとうどう

名著『薬徴やくちょう』における有名な文言。

石膏は「煩渇はんかつ」を主ると。

煩渇とは、強い咽の渇きのこと。

確かに石膏は咽の渇きが目標になることがあります。

東洞に至ってはこの一言にすべてを集約させ、寒薬であることすら否定している。

現実重視。理屈を嫌う東洞ならではの教えです。

時代がのぼって幕末明治期の名医、浅田宗伯あさだそうはく

古方薬議こほうやくぎ』において、こんなことを言っている。

麻黄・石膏の配剤は汗を止めるが、

それは沸騰した湯に、数勺の水を入れれば沸が止む理屈だと。

浅田宗伯はしばしば分かりやすい表現をします。

我々の感覚に訴えてくるような、東洞とはまた違う視点が垣間見れます。

さらに幕末明治の考証医学者、天才・山田業広やまだぎょうこう椿庭しゅんてい)。

椿庭は石膏の薬能を三つに帰結しました。

曰く発表、曰く清熱、曰く滋陰、

処方で言うならそれぞれ大青龍湯、白虎湯、竹葉石膏湯なりと。

非常に含蓄が深い。特に石膏の薬能に滋陰(潤いをもたせる)を入れるあたりは天才の所業と言えるでしょう。

そして椿庭は、その後にこんなことも言っている。

名医大医の言葉だとしても、自ら試みてその善悪を判断しなければいけない。

ごもっとも。

考証学者の中でもひときわ臨床に秀でた椿庭の名言です。

東洞、宗伯、椿庭。

さまざまな言葉で表現される石膏の薬能。

三者三様、

といえども、どこかに共通した側面を感じます。

始めは何も感じられませんでした。

ただ石膏を使っているうちに、おやっと気付いたことがあります。

想うに、

私の印象では、石膏は人体が起こすある種の「勢い」に対して使うフシがあります。

膨張する「勢い」を収束させる。

そういう視点で石膏を使うと、適応することが多いのです。

単なる渇ではなく、渇と表現した吉益東洞。

沸騰した湯に水を足せば、その勢いが止むと表現した浅田宗伯。

そして発表・清熱・滋陰と帰納しつつも、臨床で試みることが重要であると説いた山田椿庭。

三者三様と雖も、どこかに共通点が見える。

病む人が実際にのぞかせる、石膏が消すべき「勢い」。

東洞は特に、石膏の薬能から「寒性」さえも捨てました。

分かる気がします。

「熱」ではなく「勢」。

そんなことを考えると、

釣藤散を脳圧が高まるような頭痛に使う理由が、

防風通聖散が口渇・多尿を顕著に起こした糖尿病に著効する理由が、

少し分かる気がするのです。

もう一つだけ。

麻黄と桂枝とを合わせると発汗に働き、

そこに石膏を加えると、さらに大発汗を導くという考え方についてです。

石膏があたかも発汗を強めるように考えられていますが、違うと思っています。

最も汗が出るのは、

100mダッシュをしている最中ではなく、止まった後。

そういうことだと思います。

最後に、説明上手の浅田宗伯から一言。

勿誤薬室方函口訣ふつごやくしつほうかんくけつ』白虎湯の条にて曰く、

「例えていえば、糟袋かすぶくろの汗を手にてしめて、絞り切ってしまう道理なり。」

至言といえるでしょう。



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